204 関わったら駄目なタイプな大人達
カルルの家の近くにある大きな木のある公園。
子供の遊び場になっている場所で、小さな子を持つ親はここによく子供を連れて来て遊ばせている。
しかし、この公園は最近起きている“神隠し”の被害が一番大きな場所となっていた。
だからと言って、王国の騎士がここで張り込みをしても、そう言う時にかぎって神隠しは別の場所で起きてしまう。
更には封鎖したらしたで、別の場所での神隠しが増えるだけで、悪戯に事件範囲を広げるだけとなってしまっていた。
その為、逆に捜査に悪影響が及ぶとして、封鎖が解かれた矢先にカルルが神隠しにあった。
そして今、その公園の大きな木にもたれかかって、ジャスが寝ている……フリをしていた。
スミレさんを助っ人として連れて来たところ、この大きな木から攫われたであろう女の子達の匂いがするらしい。
だけど、分かるのはそれだけで、ジャスがククのやっていた事の再現をすると言って始めた。
マーガリンになったククは眠ってはいなかったけど、ジャスはこれを誰かの犯行だと言って、無防備な姿を見せておびき寄せると提案したのだ。
わたしとラヴィとククとスミレさんは少し離れた場所にある物陰から、眠ったフリをしたジャスに近づくかもしれない何者かが現れるかどうかを注意して見張っている。
「大丈夫かな? やっぱりわたしが変わった方が……」
「愛那が変わるなら私が変わる」
「2人とも凄いな。私は無理だ。マーガリンにされてたって聞いたせいで、怖くてもうあそこには近づけねえよ」
「普通は怖くて当然なの」
スミレさんの言う通りだ。
普通は怖い。
でも、わたしは多分ただの慣れ。
今までさんざん危ない目にあってきたし、なんなら何度か死にかけてるから、多分危険な事に慣れてしまってる。
正直少し危ない傾向にあると思うけど、わたしはそんな事は気にしてない。
「とにかく幼女先輩に任せておけば大丈夫なの。それにこの中で幼女先輩が一番強いし適任なの」
「そうかもしれな…………へ? 一番強い?」
スミレさんの言葉に驚いて顔をスミレさんに向けた瞬間だった。
「いたっ」
ラヴィが呟いて駆け出した。
「――っラヴィ!」
ラヴィが駆け出した先、ジャスに視線を向ける。
ジャスは未だに寝たふりをしていて、その側には誰もいない。
「マナ、枝だ!」
「枝!?」
ククの言葉で木の枝に視線を移すと、木の枝の内の一本がみるみると上半身裸の男へと姿を変えて、そのままジャスに向かって手を伸ばす。
そして次の瞬間、ラヴィが男へ向かって跳躍し、魔法で氷の槌を出現させて思い切り振るう。
「成敗っ」
「――ぶっぼおおおおお!!」
男はラヴィの氷の槌を顔面に受け、勢いよく吹っ飛び転がる。
「ラヴィーナちゃんかっこいいなの~」
「ラヴィすげえじゃんか!」
絶賛するスミレさんとククと一緒にわたし達もジャスの許に走り、ジャスは目を開けて立ち上がる。
「ジャスミン、大丈夫?」
「うん。ラヴィちゃんのおかげで何ともないよ」
ラヴィとジャスが微笑み合う。
わたしもその場に到着すると、念の為に直ぐステチリングを使って男の情報を探る。
ユラー=ブセラー
年齢 : 35
種族 : ヒューマン
職業 : ロリコン
身長 : 172
装備 : 牛皮ズボン・牛皮靴
属性 : 土属性『土魔法』
能力 : 『健やかな食用油脂化』未覚醒
スキルが犯人だと語っている。
間違いない。
この上半身裸の男がククをマーガリンにした犯人だ。
「うわっ。このおっさん見るからにヤバそうじゃね?」
ククがドン引きしなだら後退る。
まあ、気持ちは分かる。
黄土色の髪の毛はボサボサで油が乗っていて、情報通りの格好でたるんだお腹。
汗も流している様で、転がった拍子に地面の草や砂や土や小石が肌にくっついていた。
髭も微妙に伸びていて、お洒落と言うより剃ってないだけに見える。
まあ、髭とかよく分からないから、そう言うファッションなのかもだけど。
そんなわけで、若干……と言うかそれなりに不潔な感じがする。
まあでも人を見た目で判断するのはいけないし、って、この男はククをマーガリンにした犯人だし見た目通りか。
なんて事を考えていると、男がムクリと立ち上がった。
「まさか犯行の現場を目撃されるなんて思わなかったよ。やっぱり食べごろの幼女がいるからって、直ぐに手を出すべきじゃなかったね」
背筋に悪寒が走り、わたしは体を少し震わせる。
と言うか、発言がキモい。
「でも、ボクちんの正体を見てしまったからには仕方が無いよね! ここで君達にも“神隠し”にあってもらうよ!」
男の一人称にわたしは驚き、ラヴィに視線を向けると、ラヴィも驚いた顔でわたしと目を合わせた。
「愛那……っ」
「うん、確証はないけど多分そうかも」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ!? ボクちんのスキルをお見舞いして――」
突然、男が驚いた顔でわたし達……と言うか、わたしとラヴィとククとジャスの胸を見て肩を落とす。
「ああ、やっぱり駄目だ。昨日捕まえたカルルたんのおっぱいを見てから、まな板には興奮しなくなってしまったようだよ」
「誰がまな板だ!」
問答無用!
わたしは加速魔法ライトスピードを使用して、糞男との間合いを一瞬で詰めて、短剣にスキル【必斬】を乗せて振るった。
「ぎょええええええええ!」
わたしが放った斬撃は糞男に命中。
糞男は悲鳴を上げてその場に……倒れない!
血飛沫を上げ血反吐を吐きながら、目の前にいるわたしと目を合わせてニヤリと笑んだ。
「甘いな! 君のおっぱいの大きさと同じくらい甘いよ!」
「殺す!」
「待ってなの!」
怒りが爆発してもう一振りしようとしたけど、それをスミレさんに後ろから羽交い絞めされて止められた。
そして、そのまま持ち上げられて、バックステップで糞男と距離をとらされる。
「離して下さい! あいつは絶対許さない!」
「落ち着くなの! 奴はロリコン変態野郎なの! 幼女の攻撃はご褒美だから効かないなの!」
「何ですかそれ!? 意味分かんないです!」
「はっはっはあっ! その行き遅れは十分解かってるじゃないか! その通り! このバターマン、幼女の攻撃はご褒美なのだ、まな板幼女よ! ほらほら! 存分にその甘美なる攻撃をするが良い! 全てがボクちんにとって快感へと昇華されるのだ!」
本気で意味が分からない。
と言うか、マジでキモい殺す。
とは言え、わたしは一旦落ち着いて魔法を解く。
本気で意味の分からない理屈だけど、情報を見るかぎりそれっぽいスキルは無い。
斬っても斬っても効かないと言うなら、他にこの糞男をどうにかする手段を考えなければ気が済まない。
「ふっ。マーガリンマン、お前の負けは確定してるなの」
「何!? ちょっと待て! 俺はバターマンだ! マーガリンマンなどではない!」
「どっちでもいい」
「あれ? あいつの名前ってユなんとかじゃなかったか?」
「あ、あはは。ラヴィちゃん、ククちゃん、あの変態さんはスミレちゃんに任せて、私達は後ろに下がってようよ。マナちゃんも、ね?」
「嫌っ。斬るまで下がらない」
「ええーっ!?」
どう言う仕組みか分からないけど、攻撃が効かないからと言って引き下がれない。
わたしは将来有望であって、まな板では無い!
多分来年あたりは、お姉みたいに大きくなってる筈だ!
「捕まえた幼女達を返すなの!」
「良いよ」
「そうはいかな……え? 良いなの?」
まさかの返却。
糞男はズボンのポケットからマーガリンを取り出して、わたし達に向かって投げだした。
投げられたマーガリンは宙を舞い、そしてその途中でポンッポンッと音を立てて女の子へと姿を変えていく。
スミレさんはそれを見て、慌てて女の子達が地面に落ちない様に受け止める。
ラヴィとククとジャスも後ろに下がっていたけど、慌てて前に出た。
そして、流石にわたしも怒っている場合では無いので、慌てて女の子達を受け止めた。
そうして受け止めたのは全部で8人。
殆どの子達をスミレさんが受け止めてくれて、何とか1人も怪我をさせずにんだ。
だけど、そこにはカルルの姿だけが無かった。
「カルルがいない」
「おっぱいの大きな牛の獣人幼女カルルたん、あの子はダメだ! ロリ巨乳はボクちんのものだ!」
「最低のクズ野郎なの! 幼女は愛でて見守るものなの! そもそも幼女を放り投げるだなんてロリコンの風上にも置けない言語道断の糞野郎なの! お前には幼女を愛でる資格が無いなの!」
「黙れ年増! 貴様の様な年増のおっぱいの言う事などに興味は無いわ!」
「お前の方こそ黙れなの! せめて匂いを嗅ぐだけで我慢しろなの! 幼女に手を出すのは条例違反なの!」
「なあなあ、条例違反ってなんだ? ラヴィ知ってるか?」
「知らない」
「あはは……。ククちゃんとラヴィちゃんは知らなくても良い事かなぁ」
スミレさんと糞男が睨み合い、ラヴィとククが首を傾げてジャスが困惑気味に苦笑する。
そしてわたしは気が付いた。
あっ。
スミレさんには悪いけど、これ、2人とも関わったら駄目な大人だ。
と。
って言うか、糞男みたいに誘拐も駄目だけど、臭い嗅ぐのも駄目すぎて2人まとめて犯罪者だ。
「食らえなの! 必殺、お婆さんブロマイドなの!」
「ぎうおおおおおおおおお!!! 目が……っ! 目があああああああ!!」
スミレさんが懐から何かを取り出して糞男に見せると、糞男が苦しみながら悲鳴を上げて血反吐を吐き出した。
正直わたしには意味が分からない状況。
いったい何が起きたと言うのか、よほどのダメージ? を受けたのか、糞男は苦しみながら白目を剥いて足をがくつかせて倒れ痙攣し意識を失った。
「ふっ。またつまらない変態をこらしめてしまったなの」
スミレさんがどこか遠い目をして何処かを見つめる。
するとその時、糞男のズボンからマーガリンが転がって外に飛び出して、それは気絶したカルルへと姿を変えた。
「カルル」
「やったな! カルルが出て来た!」
ラヴィとククはカルルの許に走り出す。
わたしはすっかり苛々していた気持ちが治まり、ジャスに視線を向けて糞男に指をさす。
「何あれ?」
「あははぁ……。ただの変態さんだよぉ。でも、流石スミレちゃんだなぁ。変態さん相手には頼りになるね」
「……はあ?」
ふと、スミレさんに視線を向けると、スミレさんが糞男に見せたものが何か見えた。
そしてそれを見て、わたしは再び困惑する。
え?
お婆さんの……水着写真……?
いや、異世界だから絵かな?
って言うか、あれ見て血を吐いて白目になって気絶したの? あいつ……。
こうして女の子達ばかりを狙った神隠し事件……と言うか誘拐事件は解決して、幕を閉じたのだった。