202 友達に会いに行こう
モーナが新たな任務を受けた次の日。
ククとの待ち合わせの為に、昨日と同様に猫喫茶ケット=シーに来店して、紅茶を飲みながら待っていた。
それからこの事をジャスに話したら、一緒に遊びたいと言われたので、一緒に紅茶を飲みながらククを待っている。
さて、肝心のモーナの任務の事だけど、それは明日からと言う事になった。
だけど、今日はお休み……と言うわけでは無く、モーナはウェイトレスとして働いている真っ最中。
お姉もウェイトレスをしたいと言い出して、モーナと一緒に楽しそうに仕事をしていた。
だけど、一つ問題が起きてしまった。
モーナが話に聞いていた通りに、食材を台無しにしたり店の備品を壊していたりしている事では決して無い。
もちろんそれも問題だけど、わたし的にはそれ以上の問題が起きていた。
わたしはお姉に注目しながら、目の前に座るジャスに尋ねる。
「ここの猫喫茶って、猫と戯れながら食事や紅茶を楽しむ所だよね?」
「そうだよ?」
ジャスが首を傾げて、それを見て、わたしの隣に座るラヴィがジャスに説明する様に話す。
「瀾姫の胸に皆が注目してる」
「……あ。ホントだ。ナミキさんはお胸が大きいもんね~」
そう。
起きてしまった問題はまさにそれ。
お姉のウェイトレス姿は実に可愛かった。
妹のわたしも鼻が高くなる程に可愛かったから見れて良かった。
でも、問題はその後。
最初は少なかった男性客が、何処から聞きつけたのかお姉を目当てにどんどんと増え続けていて、みんなが鼻の下を伸ばしてお姉を見ている。
最近お姉に近づく男が全然いなかったのもあって油断してたけど、まさかこんな所でこんな事になるなんて思わなかった。
わたしはいやらしい目つきの男達を睨みつけて警戒する。
だけど、出来るのはそれだけ。
一応お店の客だから、お店に迷惑がかかりそうな事は出来ないからもどかしい。
「あのウェイトレスの服って胸を強調しすぎじゃない? それにほら。お姉の胸が歩くたびにちょっと揺れてる。この店って本当はいかがわしい店なんじゃないの?」
「あはは。考えすぎだよ、マナちゃん」
「そう、考えすぎ。モーナスは揺れてない」
ラヴィがモーナに向かって指をさすので視線を向けると、確かに尻尾は揺れているけど胸は揺れてなかった。
と言うか、そもそも揺れる胸なんてモーナには無い。
「マナちゃんってお姉ちゃんが大好きなんだね」
「――っべ、別に普通だよ。わたしがしっかりしないと、お姉なんて変な男に引っ掛かるから心配してあげてるだけ」
「そっかそっかぁ」
ジャスが微笑ましいとでも言いたげな視線をわたしに向けてくるので、わたしは恥ずかしくなって、顔を逸らして紅茶を飲んだ。
「マナちゃんって可愛いね」
「そう。愛那は可愛い」
何だか居た堪れない。
恥ずかしさで体温が上昇していくのが分かる。
こういう時は抱き心地の良いロポを抱きしめて心を落ち着かせたいけど、ロポはオリハルコンダンゴムシの姿で丸くなって猫達と戯れてるしそれも出来ない。
もう1人の抱き心地良いラヴィは、そもそものわたしのこの状況を作った原因の1人だし、何だか気が乗らない。
心の底からククに早く来てほしいとわたしは願った。
「愛那ちゃん、どうぞです~」
不意に話しかけられて振り向くと、お姉がパンケーキを運んでやって来て、わたしの目の前にパンケーキを置いた。
「何これ?」
「パンケーキです~」
「いや、そうじゃなくて頼んでないんだけど?」
「大丈夫です。お姉ちゃんの奢りなのです」
ドヤ顔な笑顔でお姉が言うので、一応「ありがと」とお礼を言う。
すると、お姉が「はい~」と嬉しそうに返事をしながら、体を軽く上下に揺らして胸も揺らす。
その途端に周囲の男どもが感嘆と声を漏らすので、わたしはすかさず睨んでやった。
わたしに睨まれて視線を逸らす男どもに気が付いていないのか、お姉は相変わらずの呑気な笑顔で「美味しいんですよ~」なんて言って、仕事に戻って行った。
仕事に戻って行くお姉の背中を見ながら紅茶で喉を潤して、フォークを手に取ってパンケーキを一口。
そして――
「――っ何これ!? 美味っ!」
思わず声が出てしまい、それを聞いたジャスが嬉しそうに微笑む。
「そのパンケーキって凄くフワフワでしょ?」
「うん。こんなにフワフワして美味しいパンケーキなんて、わたし初めて食べたかも」
「えへへ。ありがとー」
「……? あ、もしかしてこのパンケーキって」
「私が作り方を提供したんだよ~」
「やっぱり」
わたしとジャスは微笑み合う。
それからわたしは美味しいパンケーキを楽しく食べる。
もちろんラヴィも夢中になって、わたしと一緒にパンケーキを食べた。
そうして美味しくパンケーキを食べ終わる頃、お昼時になるより少し早い時間に、ククが笑顔でやって来た。
「マナー!」
「あ、クク。おはよう」
「おはよう。ラヴィーナも……っと、その人は?」
「ああ、うん。友達のジャス」
「はじめまして、ジャスミン=イベリスだよ」
「私はクク。よろしく」
ククがジャスと自己紹介をする。
そんな2人を見ていて気付いたけど、今日のククはちょっとおめかししていた。
花柄のブラウスに、膝上でキュッと締まったハーフパンツ。
ちょっと長めの靴下に、可愛い白のパンプス。
わたしが知っているククとは思えないその姿に、わたしは今更ながらに驚いた。
すると、ククがそれに気づいて、照れくさそうに笑った。
「母ちゃんが着てけって煩くてさ。似合わないだろ?」
「ううん、似合――」
「すっごくお似合いですよ! ククちゃん可愛いですー!」
「お、お姉……」
わたしの言葉を遮って現れるお姉。
とりあえず仕事をサボるなと言いたい。
ククとの待ち合わせも終えたので、若干お姉に群がる男どもが気になったけど、お会計を済ませて外に出た。
とりあえず今から遊ぶのは、わたしとラヴィとククとジャス。
ロポも連れて行こうと思ったけど、猫喫茶の主役の猫達に気にいられてしまっていたので置いて行く事にした。
まあ、ロポも嬉しそうにころころと転がされていたので、問題は無いと思う。
「実はこの近くにカルルもいるんだぜ」
「え? そうなの?」
懐かしい。
カルルもククと一緒で、わたしが奴隷時代に仲良くなった友達。
牛の獣人で7歳の女の子。
「カルルの家に今から行ってみないか? ラヴィとジャスが良ければだけど」
「会う」
「うん。私も会ってみたいな」
「それなら決まりだな」
「カルルかあ。会うの楽しみだなあ」
まさかこのクラライト城下町に来て、あの時の友達と2人も再会できるなんて思わなくて、何だか凄く嬉しい。
奴隷時代は大変だったけど、それでも皆と過ごした毎日は良い思い出だから。
ククの案内で城下町を進んで行き、暫らく歩く事15分。
1本の大きな木が生えた広場に辿り着いた。
「ここを抜ければカルルの家だぜ」
「……うん」
ボーっと大きな木を見つめながら返事をすると、ラヴィがわたしの手を軽く引っ張った。
なんだろう? と視線を向けると、相変わらずな虚ろ目でわたしと目を合わせて呟く。
「行こう」
「へ?」
いつの間にかわたしは立ち止まっていた様で、ククとジャスとの距離が結構離れていた。
「あ、ごめん。ありがとう、ラヴィ」
お礼を言うとラヴィが口角を少し上げて頷き、わたし達は少しだけ駆け足してクク達に追いついて、カルルの家に向かって歩き出した。
カルルの家に辿り着くと、そこは何か不穏な空気に包まれていた。
ククに教えて貰ったカルルの家の前には、カルルの母親と思われる牛の獣人の女性と、この国の騎士が5人いて真剣な面持ちで話している。
周囲には片手で数えれる程度だけど、ひそひそと話しながら、遠目にそれを見ている人達がいた。
「何かあったのかな?」
ジャスがそう口にすると、ククは女性と騎士の所に駆け寄った。
わたしもそれを見て、何か妙な胸騒ぎがすると感じながら、ククの後を追った。
そして……。
「おばさん!」
「ああ、ククちゃん」
ククが女性に話しかけると、女性はククに気が付いて視線を向ける。
すると、騎士もククに視線を向けて、騎士の内の1人が女性に尋ねる。
「この子は?」
「あ、はい。娘の友達です」
「おばさん、何かあったのか?」
ククが女性……カルルの母親に尋ねると、騎士達は困った表情で顔を見合わせ、その内の1人がカルルの母親を見て首を横に振る。
騎士が首を横に振ると、カルルの母親は「はい」と頷いてから、ククに視線を戻した。
「何でもないのよ。それからごめんね。今日はカルルはいないから、また今度遊びに来てくれる?」
「そうなのか……」
ククが表情を曇らせて俯くと、その後ろからジャスが「ちょっと待って!」と手を上げた。
カルルの母親と騎士達はジャスに注目し、騎士達だけがジャスの顔を見て驚いた顔をする。
それに、騎士の内の何人かが「貴女は」なんて呟いている。
「5人も王国の騎士が集まってるって事は、何かあったんだよね? 何があったか教えてもらって良いかな?」
ジャスの発言にカルルの母親は困惑し、騎士達は5人とも顔を明るくさせ、1人が嬉しそうに声を上げる。
「魔性の幼女様がいれば、この事件は解決したも同然だ!」
「は? ましょ――」
「わー! わー! わー!」
突然ジャスが真っ赤な顔になって騒ぎ出し、わたしの言葉が遮られた。
どうやら、そのましょーのなんたらとか言うのは、ジャスの仇名だか通り名だからしい。
本人の反応を見ると、思いっきり嫌がってるようだけど。
「って言うか、ジャスって有名人?」
「あ、あはは……」
あまりこの話題は答えたくないらしい。
ジャスは苦笑するだけで、答えようとはしなかった。
まあ、騎士の反応を見ればだいたい想像はつくけど……と思っていたら、騎士だけじゃなかった。
他にも約2名、ましょーのなんたらと聞いて目を輝かせた人物がいた。
「すげええ! ジャスってあの魔性の幼女だったのか!」
「魔性の幼女は実在した」
目を輝かせいたのはラヴィとクク。
同じ町に住むククならともかく、ラヴィまで知っている所を見るかぎり、もしかしたらこの世界ではかなり有名人なのかもしれない。
と言っても、目を輝かされた本人のジャスは凄く困っているようだけど。
でも、そんな時だ。
カルルの母親が目を潤ませて、突然ジャスの前に出て両膝を地面につけ、ジャスに懇願するような視線を向けた。
「お願いします! 神隠しにあった娘を助けて下さい!」




