199 モーナと仲良くなるのは難易度高い
ここは居酒屋またたび喫茶。
喫茶店なのか居酒屋なのかって感じの猫喫茶ケット=シーの系列店で、猫喫茶とは違って大人用の飲食店として夜に開いているお店。
お洒落で店内の雰囲気も良くとても綺麗で、喫煙席と禁煙席みたいな感じで、賑やかな場所と静かな場所で別れてる。
防音も完璧で、騒ぎたい人用が入り口付近で、静かに飲みたい人用が店の奥で別れていて、一つの壁で遮られただけなのにしっかりと音が遮断されていた。
話を聞くと、マジックアイテムの成せる技で、防音用のマジックアイテムが壁に埋め込まれているのだとか。
さて、そんな防音バッチリで雰囲気も良いお洒落な店内で、わたし達は個室の少し広めのお座敷に通された。
皆で適当に座るけど、まあ、だいたい誰がどこには決まってる。
わたしを真ん中にして、左右に2人が座る。
左にモーナで右にロポ。
ラヴィはわたしの膝の上。
誰もわたしと向かい合って座ろうとしない。
と思ったら、モーナはジャスミンに「マモンちゃんはお手伝いしてね」と連れて行かれた。
モーナは嫌がっていたけど、耳元で何か囁かれて態度を一変。
急に機嫌よく大笑いしながら出て行った。
「今日は当店にご来店頂いてありがとうなんだぞ。主様はお仕事で忙しいから、代わりにアタシが皆をおもてなしするんだぞ」
そう言ったのは、手のひらサイズな小さな精霊の二頭身。
先程ここ、お座敷の個室にジャスミンから案内されて通された時に、この個室で待っていた精霊だ。
この子もジャスミンと契約をしている精霊の様で、水の精霊なのだとか。
名前はプリュイ=ターウオと言って、ジャスミンの事を主様と呼んでいる。
髪は綺麗なスカイブルーで、ツインテールな髪型。
くりっとした丸い目には、アメジストの様に綺麗な紫色の瞳。
何故かシュノーケルゴーグルを頭につけていて、漫画とかでしか見た事の無いスクール水着の上からエプロンを身につけていた。
正直凄くマニアックな格好で、お姉あたりは喜びそうだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
わたしはプリュイに視線を向けて気になった事を聞いて見る事にした。
「ジャスミンって見た感じわたしより年下に見えるけど、あなた達と一緒にここで働いてるの?」
「そうなんだぞ。でも、主様は多分マナママさんより年上なんだぞ」
「年上なんだ? 全然見えない……って、マナママ!?」
突然のママ扱いに驚くと、ラヴィが後ろに振り向いてわたしの顔を見上げる。
「愛那はママ?」
「なった覚えとかないから。って言うか、マナママって何?」
「ドゥーウィンが言ってたんだぞ。フルートでマナママに会ったって」
「ドゥーウィン……? あ、フルートで会ったトンペットか。あの子そんな事言ってたの?」
何だかショックで肩を落とす。
わたしってそんなに老けてるんだろうか?
ジャスミンがわたしより年上みたいだし、精霊から見たらわたしは十分おばさんなのかもしれない。
だって、どう見てもジャスミンはわたしの年下に見えるから……。
もしかして、このお店に入れたのって、わたしがおばさんに見えたから?
なんてショックな事を考えていると、モーナが「待たせたな!」と大声で戻って来た。
モーナに振り向いてみると、その手にはデザートが乗った大きなお皿を持っていて、モーナはそれを机に置く。
「凄いだろ? この店がオープンした時に私が甘狸に考案したケーキよ! 甘狸に作って貰って来たんだ!」
モーナが自信満々に言ったそのケーキは確かに凄かった。
居酒屋ってケーキなんて置くの? とも思ったけど、それ以上にそのケーキの凄さに驚かされる。
ケーキは猫の形をしていて、見た目はリアルではなく丸みのあるデフォルト。
丸みのあるその猫のケーキは、幾つもお皿の上に盛り付けされているわけだけど、ただ並んでいるわけでは無かった。
ソファに見立てたチョコレートの上に丸くなって眠る姿の猫ケーキ。
チョコレートな主人の膝の上で気持ちよさそうに丸くなって眠る姿の猫ケーキ。
タンスに見立てたチョコレートに顔を擦りつけてにおいをつけている猫ケーキ。
などなど、そのパターンは様々で、なんだか見ていて面白い。
「これ全部ジャスミンが作ったの?」
「だな。甘狸はデザート作りが得意なんだ」
「得意ってレベル越えて無い?」
「凄い」
「かわいいねー」
ラヴィとロポも絶賛して、目を輝かせながらケーキを見て前のめりになる。
モーナも2人の反応を見ていつものドヤ顔で胸を張った。
「そう言えばモーナの知り合いって、皆マモンって呼んでるんだね?」
皆が猫ケーキに心奪われている時にふと思ってモーナに聞くと、モーナがドヤ顔のままわたしに振り向いた。
「マモンが私の本名だからな」
「ふーん……。じゃあ、わたしもマモンって呼んだ方が良い?」
何となく特に気にする感じでも無く聞いてみると、モーナのドヤ顔が驚いた顔をして、わたしの顔に目と鼻の先まで顔を近づけて怒鳴る。
「駄目だ!」
「ちょ、ちょっと近い。って言うか、そんなに嫌がる事ないじゃん」
モーナのおでこに手を当てて押し退けてジト目を向けてやる。
すると、モーナが涙目でわたしを見た。
「マナと一緒の時は私はモーナスなんだ!」
全く意味が分からないけど、一つ分かった。
嫌がるは嫌がるでも、本名で呼ばれるのが嫌と言うよりは、単純にわたしにモーナと呼ばれるのが好きなんだろう。
だからわたしは苦笑した。
「分かったよ、モーナ」
「分かれば良いわ!」
今度は嬉しそうに尻尾を立たせて笑顔のモーナに、わたしも笑顔を向けておく。
するとそこで、個室の入り口から喜びに満ちた様な声が聞こえてきた。
「あのマモンちゃんが、こんなに嬉しそうに笑うなんて! 良かったねぇ、マモンちゃん!」
振り向くと、そこには飲み物をおぼんに乗せてやって来たジャスミンが泣いて立っていた。
と思ったら、泣いていたのはジャスミンだけじゃない。
何故かプリュイまで「良かったんだぞ」なんて言いながら泣いている。
そんな2人を見て、わたしは冷や汗が出るのを感じながら、モーナの耳元で声を小さくして尋ねる。
「ねえ、モーナ。あんた普段どんなんだったのよ?」
「何がだ?」
「いや。何がって、わたしが聞いてるんだけど?」
やはり本人に聞いても分からない。
馬鹿なモーナに聞いたわたしが馬鹿だった。
「アマンダさんに聞いてた通りだね。マナちゃん、マモンちゃんと仲良くしてくれて嬉しいよぉ」
「主様の言う通りなんだぞ。マモンさんはいつも自由だから大変だけど、これからも仲良くしてほしいんだぞ」
うん。
なんか分かった気がした。
「おまえ等なんで泣いてるんだ? 私は自由が好きだけど大変じゃないぞ?」
うん。
なんか本当に分かった気がした。
って言うか、ジャスミン達もモーナの事で普段苦労してたんだなあって思うと、何だか親近感が湧いてくる。
「それじゃあ私、そろそろお仕事に戻るね」
ジャスミンは飲み物を机に置いて、最後に「ごゆっくり」と言って出て行く。
猫ケーキは、とても美味しいケーキだった。
と言うか、今まで食べたどのケーキよりも美味しい。
飲み物は紅茶で、なんの紅茶かは分からなかったけど、これもケーキによく合っていて凄く飲みやすくて美味しい。
しかもプリュイの説明によると、この紅茶は消化促進の効果が極めて高く、飲めばこの時間に食事をしても胃もたれしないらしい。
この時間の食事は体に良くないなんて、つい忘れていた事だけど、おかげで安心して美味しくケーキを食べられた。
そう言う事もあり、おかげでどちらも美味しくペロリと簡単に平らげる事が出来た。
まあ、それだけ美味しかったと言うのが一番の理由だけど。
ステチリングで時間を確認すると、既に夜10時になりそうな時間。
そのせいか、いつもはこの時間に眠っているラヴィとロポもあくびをしてうとうとしている。
わたしもわたしでそれなりに眠たくて、眠気眼を手で擦った。
またたび喫茶を出ると、空には満天の星空が広がっていた。
わたしは星空を見上げながら、大きく深呼吸をする。
なんだか空気も透き通っている様で、とても気持ちが良い。
「今日は来てくれてありがとう」
「ありがたく思え」
「なんで偉そうなのよ」
「偉いぞ?」
「あはは。マナちゃん、マモンちゃんは一応猫喫茶の副社長みたいな立場なんだよ」
「……は?」
思わずモーナを二度見する。
聞き間違いかと思ったけど、そうでもないらしい。
モーナはいつものドヤ顔で胸を張っていた。
「マ? モーナってそんなに偉い人だったの?」
「そうだぞ! 凄いだろ!」
「うん、マジで凄いね。って言うか、あれ? だからお金いっぱい持ってるの?」
「お金は知り合いから貰ったって言っただろ? 私はそんなに持って無いわ」
「偉い立場なのに? って、あ! 思いだした! 知り合いの王族ってメレカさんでしょ!? って言うかアンタ全然一般市民じゃないじゃん!」
「一般市民だぞ?」
「え? マモンちゃんってアマンダさんからお金貰ってたの?」
「よく猫喫茶に来るから仲良くなったからな。頼んだらくれるぞ」
「駄目だよ! ちゃんと自分で稼いだお金使わなきゃ!」
「そうだよモーナ。何で自分のお金使わないの?」
「そう言われても給料貰ってないからな~。自分のお金なんて使いようがないわ」
「はあ!?」
「うそっ!?」
わたしとジャスミンが同時に驚き、顔を見合わせて頷き合う。
「明日抗議しに行こう」
「そうだよね。私もつきあうよ」
「おまえ等仲良いな」
「「そんな呑気な事言ってる場合じゃない」でしょ!」
モーナのまさかの給料無し発言。
ブラックなんてもんじゃない程の悲惨な労働環境に、わたしとジャスミンが手を取り合う。
と言うか、給料無しで働いている本人のモーナは呑気なもので、あくびをして「眠くなってきたな」なんて言ってる。
とにかくこんな事が許されて良いわけない。
わたしとジャスミンは明日会う約束をして、この日は別れた。
と言っても、ジャスミンはまだ仕事中なので、まだまだこれから夜は長いようだけど。
帰り道。
ラヴィとロポがついに歩きながら眠ってしまう勢いだったので、わたしがラヴィを背中に、モーナはロポをおんぶする。
わたしの力じゃ少し大変かと思えるけど、そこは安心だ。
モーナの重力の魔法のおかげで、ラヴィは箸を持つより軽かった。
わたしはモーナと一緒に星空を見上げながら、明日の抗議の為に、ベルゼビュートと言うモーナのボスについて聞きながら帰ったのだった。




