198 精霊に愛されし少女
あれはそう、海底国家バセットホルンの水の都フルートで、わたしがレオさんと一緒に訓練所で修行していた時の事だ。
わたしより少し年下で7歳くらいの女の子が、レオさんの許に訪れた。
「レオお兄ちゃーん! アマンダさんから聞いて見に来たよ~!」
「お! ジャスミンじゃないか! よく来たなー!」
突然現れた女の子にレオさんが笑顔で駆け寄ったので、それを素振りをしながら遠目で見ていると、女の子と目が合って笑顔を向けられる。
女の子は同性のわたしから見ても分かる程にとても可愛らしい子で、凄く明るそうな子だった。
髪の毛は白銀で肩にかかる程の長さで、大きくて真っ赤なリボンをつけていた。
目は丸く、瞳の色も綺麗な赤色。
顔も丸くて小顔で、美少女と言う言葉がよく似合う。
服装は赤いワンピースに、腰にはベルト付のポーチを提げている。
それから、身長を気にしているのか、厚底の靴を履いていた。
女の子を見て、可愛い子だなと思っていると、レオさんがわたしに振り向いて手招きした。
手招きで呼ばれたからには無視するのは失礼なので、わたしは素振りを止めて2人に近づいた。
近づいて分かったけど、女の子は思っていた以上に小さくて、厚底の靴を履いている状態でわたしと同じくらいの身長だった。
もしこれがわたしの予想通り、身長を気にして履いているのだとしたら、わたしが思っているより年下では無いかもしれない。
「はじめまして。ジャスミン=イベリスだよ」
「うん、はじめまして。わたしは……マナ」
若干言葉を詰まらせて名前だけ名乗る。
ジャスミン=イベリスと名乗った女の子と同じ様に、豊穣愛那と本名を名乗ろうかとも思ったけど、今にして思えばこの世界では異質な名前。
それならば、名字は念の為に名乗らない方が良いのかなと思ったからだ。
それに、レオさんもそうだけど名字を名乗らない人や、元々名字を持って無い人もいるようだから。
と、その時だ。
女の子が腰に提げていたポーチから、手の平サイズで二頭身の少女が飛び出して、わたしの目の前まで飛んでやって来た。
「どうもはじめましてッス。ボクはトンペット=ドゥーウィン、ご主人と契約している風の精霊ッス」
「――っ!?」
突然目の前に現れた精霊と名乗る小さな少女は、少年の様な笑顔をわたしに向けた。
流石はファンタジーな世界。
この世界の事が書かれている本を読んでいるから知っていたけど、今まで見た事が無かったから実際に存在していたのかとわたしは驚いた。
風の精霊トンペット=ドゥーウィンと名乗った少女は、大きさとしてはアタリーと同じか、それより少し小さいサイズだろうか?
髪の毛はショートヘアで、綺麗なエメラルドグリーンの色。
目は少しつり目で、瞳は綺麗な黄色。
背中からは楕円形の形の羽が4枚あるけど、飛んでいるにもかかわらず動いていなかった。
服装は夏場の少年の様な半そで短パンと言ったラフな格好をしていた。
「あ、トンちゃん。いきなり飛び出したらびっくりしちゃうよ。精霊さんは普通人前には出ないんだからー」
「えー。そんなの気にしたら負けッスよ~。ボクは自由に生きるッス」
「もー。あ、えーっと……ビックリさせちゃってごめんね、マナちゃん。トンちゃん悪い子じゃないから許してあげてほしいな」
「へ? ああ、うん。怒ってないから大丈夫」
「ホント? 良かった~。マナちゃん、ありがとう……って、あ! お料理上手のマナちゃんだ!」
「へ?」
「アマンダさんから聞いたよ~。革命軍の人達の野望を止める為に船で竜宮城に向かってる時に、料理をいっぱい作ってて、その料理が凄く美味しかったって!」
「……あ、ありがとう」
アマンダさんとはつまり、メレカさんの事。
どうやら女の子はメレカさんと知り合いらしい。
と言うか、メレカさんが美味しいって褒めてくれたと思うと、嬉しくて少し照れてしまう。
「確かにマナの作る飯は美味いな。なんつうか……家庭的な、そう。おふくろの味って感じの美味さがある。俺には出せない味だ」
「おふくろって……それ、褒めてるんですか?」
「最上級の褒め言葉だろ。なあ?」
「うんうん! 良いなあ。私もお菓子とかはよく作るけど、料理はそんなにだし、マナちゃんの料理食べてみたいな~」
「ボクもそこまで言うなら食べてみたいッスね」
「よし! だったら今から調理道具一式をここに持って来る。折角だから訓練中の騎士どもにも食べさせてやろうぜ」
「やったー! 楽しみだな~!」
「楽しみッスね~。あ、ボクは一応この事を偉い人に知らせて来るッス~」
そんなわけで、わたし本人の意志を聞かずに、2人と1人の精霊によって訓練所で料理を作る事になった。
◇
時は現代に戻って夜の9時。
暗い夜道を街灯が照らし、その下をわたしは達は歩いていた。
昼間は人で賑わっていたクラライト城下町の凱旋通りも、今ではすっかり人通りも少なくなって静寂に支配され、見回りの騎士とすれ違う事が多かった。
モーナ曰く「酔っぱらいや不審者が多いから」らしい。
不審者はともかくとして、どの世界どの場所にも湧いて出る酔っぱらい達。
実際モーナの言っている事は正しくて、見回りの騎士に負けじと酔っぱらいが目立っている。
覚束ない足でフラフラと歩く酔っぱらいや、知人に支えられて歩く酔っぱらいなど、様々な酔っぱらいが町をうろついている。
と言うか、何度か酔っぱらいと目が合って、何やらいかがわしい目つきを向けられたりなんかもした。
その度のモーナが睨んで追い払っていたけど、あれがつまりは不審者なのかもしれない。
そんな夜の街を歩きながら、わたしは前を歩くモーナに尋ねる。
「ねえ、モーナ。何処行くの?」
「またたび喫茶だ」
「またたび喫茶?」
「そうだ。うちの系列の居酒屋だな。ここにしかないんだぞ」
「へえ……って、おい。ちょっと待て」
モーナの肩を掴んで歩くのを止める。
すると、ラヴィとロポも足を止めてわたしとモーナに注目した。
「なんだ?」
「なんだじゃない。わたし達は子供なんだよ? 居酒屋なんて入れるわけないって言うか、入っちゃ駄目でしょ」
「酒を飲まなきゃ良いだろ? それに」
ラヴィが頭につけているうさ耳のカチューシャをモーナが取って、それをわたしの頭につける。
「完璧だ」
「いや、意味分かんないし」
言いながらうさ耳カチューシャをラヴィの頭につけ直すと、モーナが殴りたくなる様な困り顔で首を横に振った。
「分かってないなあ。獣人は10歳で成人だから、マナが獣人と間違われれば酒が飲めるんだぞ」
「そもそも飲むつもりないわ!」
「じゃあジュースで我慢だな」
「我慢って……って言うか、マジで行くつもり?」
「そうだな。久しぶりに甘狸にも顔合わせときたいしな」
「あまだぬき? 狸の獣人の知り合い? まあ、そう言う事なら良いか」
「なんだ? 酒飲みたくなったか?」
「だから飲まないって。でも、ラヴィとロポは帰る? そんな所行っても楽しくないと思うけど?」
「行く」
「ぼくもー!」
「そっか。じゃあ、一緒に行こっか」
「うん!」
ラヴィは口角を上げて頷き、ロポは元気に万歳して返事する。
わたしは対照的な2人を見て微笑んで、2人と手を繋いで歩くのを再開した。
そうして辿り着いたのは、凱旋通りを少し外れた裏通りにある建物。
看板には“またたび喫茶”とデカデカと書かれていて、お店の前では酔っぱらいがベンチに腰掛けてお酒を飲んでいた。
と言うか、お店の前にも机や椅子があって、テラス席みたいな感じになっていた。
そして、本来悪目立ちする酔っぱらい達よりも、圧倒的に目立った小さな存在が1人。
「汝等お待たせしましたの~。リザードフィッシュのカルパッチョを持って来てあげたの~」
そう言って客に料理を出すウェイトレスを見て、わたしは驚いた。
そのウェイトレスは、長くサラサラな漆黒の髪を後頭部でまとめてポニーテールにし、何故かアイドル衣装を身に纏っていた。
居酒屋なのにアイドル衣装を着ていて、見た目が派手なそのウェイトレスだけど、それが理由でわたしが驚いたわけじゃない。
わたしが驚いたのはもっと別の理由は、そのウェイトレスは宙に浮いていて、更には手のひらサイズの二頭身だったからだ。
「おーい! シェイドー。久しぶりだな~」
「あ、マモなの~。よく来たの~」
シェイドと呼ばれた少女がモーナの所まで飛んで来る。
少女は近くで見ると結構な美少女だった。
眉毛は短くまつ毛は長く、目は少し細目で、瞳の色は真っ暗だけど綺麗な瞳。
だけどその表情は無表情と言った感じで、最初出会ったころのラヴィを思いだした。
と言っても、ラヴィと違って虚ろ目なわけでは無いけど。
「甘狸はいるか?」
「もちろんいるの~。呼んでくるからちょっと待つの~」
小さな少女がそう言って店の中に入って行くと、モーナがわたしに振り向いた。
「さっきの奴は闇の大精霊のシェイドだ。甘狸と契約してる奴だぞ」
「闇の……大精霊…………」
「精霊、初めて見た」
「ぼく、のーむさまとあったことあるー」
「ああ、あの爺かあ。甘狸はその爺にも気に入られてるな。精霊に好かれやすい体質みたいで、シェイドの他にも契約した精霊がいっぱいいるんだ」
「凄い」
「うん、すごーい」
何だか話についていけない。
正直頭の中は混乱していた。
そしてあの時、ジャスミンと名乗った少女の事を思い出していた。
「マナ、どうした?」
「う、ううん。何でもない」
顔に出ていたらしい。
わたしは苦笑しながらモーナに答えて、一度大きく息を吐き出した。
その時、店の中から闇の大精霊が1人の人物を連れてやって来て、わたしはその人物を見て驚いた。
「ジャスミン!?」
「マナちゃんだ! 久しぶりだね~!」
そう。
闇の大精霊が連れて来たのは、モーナが精霊に好かれやすいと言っていた相手は、なんとあのジャスミン=イベリスと言う名の少女だったのだ。
わたしは思いもよらぬまさかの再会に、目と口を大きく開けて驚いたのだった。




