197 到着、首都クラライト城下町
ドワーフの国を出て幾日か経ち、わたし達はクラライト王国の首都に足を踏み入れた。
ここに来るまでの道程はそれなりに楽しいものだった。
その中でも一番楽しかったのは、やっぱり王都フロアタム。
通り道にある王都フロアタムでは、久々にチーやワンド王子達と再会して、たっぷりと観光を楽しんだ。
他にもチョコの実が生る木が並ぶチョコ林なんて所にもいったりした。
そうそう。
ロポは元のオリハルコンダンゴムシへと姿を変えていた。
もちろん元通りのオスだ。
しかも、ロポが自由に人化したり元の姿に戻れるようになっている。
ただ、結局は人化したら女の子になっちゃうみたいで、なんとも不思議な体質にロポはなってしまった。
と言うわけで、わたしとラヴィとお姉はオリハルコンダンゴムシの姿のロポの背中に乗って移動している。
あの小さいロポの姿を思うと何だか気が引けるけど、ロポが背中に乗ってほしいと言うので仕方ない。
尚、言葉を話せるのは人化した時だけの模様。
なにはともあれ辿り着いた首都、クラライト城下町。
城下町の町並みのイメージは、中世ヨーロッパが近いかもしれない。
とは言え、そのまんま中世ヨーロッパと言うわけでもない。
建物の大きさはどれもが背が高く、大きな通りに沿って建つ建物はお洒落な装飾などで着飾られている。
そこ等中に色々な種族が溢れていて、上を見上げれば見た事も無い乗り物や人が鳥達と一緒に空を飛んでいる。
馬車や初めて見る乗り物が往来する大きな道には、商人達が開く露店も幾つか出ていて多くの人で賑わっている。
綺麗な町並みと人の量は、どれをとっても今までで一番大きな規模。
王都フロアタムやドワーフの国や水の都フルートも凄く魅力的だったけど、ここクラライト城下町はそれ等全て上回る魅力があった。
そんな町並みを眺めながら、直ぐにモーナの勤め先である猫喫茶ケット=シー本店に向かおうと思ったけど、そんな簡単にはいかないらしい。
「へ? マ? 猫喫茶ケット=シー本店って明日にならないと着かないの?」
「だなあ。歩くとなると長いからな。城だってまだ見えないだろ? 本店は城の近くにあるんだぞ」
モーナに言われて気付く。
確かに見えない。
建物が大きいからとかではなく、本当に見えない。
モーナの話では、わたし達が今いるのは城下町の凱旋通りと言われている大きな道で、この道を真っ直ぐ行けば城に着くらしい。
それにも関わらず見えない。
つまりはそれだけ遠くにあると言う事。
「今日はどこかにお泊りですね」
「うん。……って言うか、ねえ、モーナ。何処かで馬車か何か借りれないの?」
「馬車か~」
「そうですね。一昨日立ち寄った村までは馬車で移動してましたし……あれ? 何で馬車から降りちゃったんでしたっけ?」
「お姉が観光したいって言って、御者の人に待っててもらうの忘れたからだよ」
すっかり理由を忘れているお姉に冷ややかな視線を送ると、お姉が涙目で謝る。
「へぅ。すみません」
「まあまあ、マナちゃん落ち着くなの。気の利かない御者が悪いなのよ」
「それはそうかもですけど……」
スミレさんに宥められ、とりあえず落ち着いてモーナに視線を向ける。
「モーナ、馬車はどうなの?」
「暫らく来てないから忘れたわ。スミレは知らないのか?」
「普段使わないから知らないなの。でも、適当にそこ等辺の商人に聞けば良いなのよ」
スミレさんは質問に答えると、露店を開く商人達に視線を移した。
確かにこの大きな道には露店が沢山あって、その位なら聞けば誰かは教えてくれそうだ。
だけど、お姉はそう思わないらしく、首を傾げた。
「そう言うのって、酒場で情報収集じゃないんですか?」
「酒場?」
「成る程なのよ」
ゲームじゃないんだから、と言いたくなるお姉の発言にモーナが首を傾げて、スミレさんは納得したように頷く。
そう言えば、サガーチャさんの話では魔族の殆どは転生者だった筈。
スミレさんも前世ではわたしとお姉の世界で生きていたのかもしれない。
もしかしてスミレさんの名前って前世の名前かも。
だって、この世界でスミレなんて日本人みたいな名前、他に聞かないし。
なんて事を考えていると、突然背後から大声が聞こえてきた。
「あああああっっ! マナじゃんか! 久しぶりだな!」
その大声は聞きなれた懐かしい声。
少年っぽい喋り方の少女の声。
わたしは振り向き、その少女を見て驚いた。
「クク!」
そう。
振り向いた先にいたのは、ドワーフの国で奴隷生活をしていた時に一緒にメイドをしていた虎の獣人の少女ククだった。
ククは相変わらず少年っぽいショートヘアーで、黄と黒のツートンカラーな虎模様の髪の毛。
虎の耳がピクピクと動き、尻尾はピーンと立たせていた。
服装はあの頃と違い、ちょっと大きめのシャツと短パン姿。
それから手には、手提げのバッグを持っていて、買い物の後なのか中にはいっぱい果物が入っていた。
ククはわたしと目が合うと嬉しそうに駆け寄って来て、わたしもロポから降りて、ククと再会のハグをする。
「おっ。よく見たらラヴィもいるじゃんか。元気だったか~?」
「元気。ククも元気そうで良かった」
ラヴィとクク、それからお姉やモーナやスミレさんも再会の挨拶を交わす。
それから、ロポが人化出来る様になった事を教えようと思ったけど、それをする前にククが「やばっ」と慌てた様子で言葉を続ける。
「今母ちゃんの手伝いの途中なんだよ! ごめん、早く帰らないと怒られる。行かなきゃ!」
「そっか。じゃあ急がないとだね。久しぶりに会えて嬉しかったよ」
「また会えるか?」
「どうだろ? わたし達は猫喫茶ケット=シーの本店に行く予定なんだけど、ここから結構距離あるみたいだし」
「ああ、あそこか。なら私も明後日そっちの方に母ちゃんと出かける予定あるから、会えそうだったら昼飯時に猫喫茶に行くよ」
「そっか。それなら会えたら猫喫茶で」
「おう! またな!」
「うん、またね」
別れの挨拶を済ませると、ククは本当に慌てた様子で駆け出した。
何だか本当に元気そうで安心する。
「ボーイッシュ系もまた至高なの」
「はい。耳と尻尾も猫さんみたいで、とっても可愛いですよね」
変な事言ってる人が2人ほどいるけど、とりあえずそれは無視して話を戻す。
「それじゃあ、馬車を借りれる所を探そっか」
「ククに聞けば良かったな」
「あっ。……モーナ、それを早く言ってよ」
◇
適当な露店で買い物をして情報収集をして、馬車に乗る方法を聞いた所、わたしの世界で言うバス停の様なものがある事を知る。
決まった場所に立って待っていれば、決められた時間に馬車が来て乗せてくれると言うもの。
行き先も決まっているので決められている場所だけにはなるけど、御者に「次で降りる」と声をかけて、そこで止めてもらって降りれるらしい。
と言うわけで、教えてもらったバス停ならぬ馬車停で馬車を待ち、わたし達は城の見える首都の中心部へとやって来た。
とは言え、聞き込みの時間と結構な距離があったので既に夜。
もう周囲は真っ暗だ。
そんなわけで結局今日はどこかに泊まろうと言う事になり適当に宿をとり、一息ついてステチリングの時計を見ると、既に時間は夜の8時だった。
「愛那ちゃん! ここの宿屋さんには温泉があるみたいですよ!」
「温泉? へえ、異世界にも温泉なんてあるんだ?」
「はい! ここの女将さんが温泉のスキルを持っているみたいなんです!」
「温泉のスキル……ちょっと羨ましいかも」
「そんなわけなので行きましょう!」
「わっ。ちょっとお姉、引っ張らないでよ」
と言うわけで、わたしはお姉に腕を引っ張られて温泉へと向かい、モーナとラヴィとロポとスミレさんも後をついて来た。
そして、ロポは人化して男湯に入ろうとしたので、ラヴィがロポの手を引っ張って女湯に連れて来た。
それを見て今更ながらに思ったけど、人化したロポが毎回全裸なのはどうにかならないのかな?
「ナミキちゃん、ここは天国なの?」
「温泉ですよ?」
不意に聞こえた変な会話。
視線を移すと、お姉とスミレさんが横に並んで湯船に浸かりながら、別の場所で同じく湯船に浸かるわたしとモーナとラヴィとロポを見ていた。
ちなみに今のわたしの周りは相変わらずの密集地帯。
わたしを中心に、目の前に座ってわたしに背中を預けるラヴィに、左側でわたしに抱き付くモーナと、右側でわたしに抱き付くロポ。
正直暑苦しい。
3人とも温泉に入りに来たんだから、もっと離れて伸び伸びすればいいのにと思う。
と言うか、これがモーナだけだったら間違いなく手で追い払っている所だ。
「なあ、マナ~。この後少しだけ散歩に行かないか?」
「もう夜遅いし嫌」
「夜はこれからだ!」
「私も散歩する」
「え!? ラヴィ?」
「流石はラヴィーナ、分かってるな!」
「ぼくもいくー」
「ロポまで……」
「ロポも分かってるな! マナも行くだろー?」
「……うーん」
既に夜8時をとっくに過ぎてるし、正直この後はゆっくりと休んで眠りたい気分だったけど、ラヴィとロポが行くなら仕方ない。
わたしは悩んだ挙句、諦めて散歩について行く事にした。
「わかった。わたしも行くよ」
しかし、こんな夜遅い時間に子供だけで出歩いて大丈夫なのか気になるところ。
わたしはお姉に一緒について来てもらおうと思い、お姉に話しかけようと視線を向け……れなかった。
いつの間にかお姉がスミレさんと一緒にいなくなっていた。
「あれ? お姉とスミレさんは?」
「知らない」
「私も見てないわ」
「あっち」
ロポがサウナがある方向へと指をさす。
どうやら2人でサウナに入って行ったらしい。
「意外とあの2人って仲良いよね」
「うん、仲良し」
「2人ともおっぱいがでかいからな。おっぱい同士で気が合うんだろ」
「いや、胸は関係無いだろ」
お姉とスミレさんは何かと馬が合う様で、今回の旅でかなり仲良くなっていた。
まあ、わたしがモーナやラヴィやロポと一緒に行動する事が多いから、自然とそうなったのかもしれないけど。
とは言え、気がついけば一緒に行動している事が多い2人。
この世界でお姉にも気の合う友達が出来て、妹として嬉しいかぎりだ。
「それじゃあ、わたし達だけで散歩に行こっか」
「賛成」
「はーい」
「おまえ等! 私について来い!」
モーナが勢いよく浴槽から出て水飛沫ならぬお湯飛沫が上がり、わたしとラヴィとロポはそれを思い切り顔に受けお湯をかぶる。
何だか先が思いやられるなと感じながら、わたしはずぶ濡れになった顔を手で拭って、温泉から上がるのだった。




