195 3つの条件
オリハルコンダンゴムシのロポ(オス)が、擬人化を得て女の子になったその日の内に、わたし達は借りている部屋に戻って出かける準備を開始する。
何処に出かけるかは、勿論モーナの所属している組織のボスの所在地だ。
と言っても、組織は組織でも、まさかの会社? だったけど。
「え? 猫喫茶ケット=シーがモーナの働いてるところだったの?」
「だな。何だマナ、猫喫茶ケット=シーの事を知ってたのか?」
「いやだって、結構色んな所で見かけるチェーン店じゃん」
そう。
猫喫茶ケット=シーは色んな所で見かけるチェーン店。
水の都で踊歌祭の日に屋台も出していたし、このドワーフの国にも実はある。
と言うか、昨日お姉が行きたいとか言ってきたので、皆で行ってきたくらいだ。
そう言えばモーナはあの時いなかったっけ。
「クラライト王国のクラライト城下町に本店がある」
ラヴィが猫喫茶ケット=シーに行った時に手に入れたパンフレットを見て呟いて、いつもの虚ろ目をキラキラと輝かす。
「って事は、そのクラライト城下町って所に行くの?」
「そうだな。リリィ=アイビーが通ってる学校がある所だ」
「へえ、そうなんだ? また会えるかな?」
「帰るって言ってたし、学校に不法侵入すれば会えるな」
「……それ無理なやつじゃん」
どう言う学校かは知らないけど、何となく想像出来た。
多分、結構エリート的な人が通う学校で、リリィさんは多分だけど学校の敷地内の寮とかで暮らしてるのだろう。
リリィさんって見た目が凄く美人さんのお嬢様って感じだし、もしかしたらお嬢様学校的なものなのかも。
なんて事を考えていたら、そこへサガーチャさんとグランデ王子様がやってきた。
そして、サガーチャさんがニマァッと笑みを浮かべて告げる。
「皆で一緒にお風呂に行こうか」
◇
「あれ? お姉、ロポ知らない?」
「知らないです。何処に行っちゃったんでしょう? ラヴィーナちゃんは知ってますか?」
「知らない」
「そう言えばいないな」
サガーチャさんに誘われて、グランデ王子様も連れて向かった先は家族で行くような大きな銭湯。
銭湯は結構賑わっていて、多くの家族連れが利用していた。
グランデ王子様は男の子なので、女湯と男湯で別れて浴室へと向かう。
そうして皆で体を洗い合って、さて湯船に浸かろうかと言う時の事。
ロポがいない事に気が付いて質問するも、全員声を揃えて知らないと答えた。
だけど、そうで無い者もいた。
「愚弟と一緒に男湯に入って行ったよ」
「あ、そっか。ロポは男の子だから……って、何で止めなかったんですか!?」
サガーチャさんの答えにわたしは慌てた。
何故なら、ロポは現在あの人化したラヴィと同い年な見た目をした女の子の姿。
そんな姿で男湯に行っただなんて大問題だ。
「ロポくんはあんな見た目でも中身は7000歳を越えているだろう? 流石に女湯に誘うのはマナくん達も嫌なのかと思って、敢えて黙っておいたのさ」
「敢えないで下さい!」
ロポの年齢は確かに玉手箱のせいで7000歳以上になってしまったけど、だからって見た目は女の子なんだからそこは止めるべきだ。
とも思ったけど、わたしはふと冷静になる。
「あれ? でも、そもそも見た目がラヴィと同じ年くらいだし、その位なら気にする事ない?」
「愛那ちゃんもその位の歳の頃は、お父さんと一緒に男湯に入ってましたね。お姉ちゃんとしては、一緒に入れなくて寂しかった苦い思い出です」
「お姉の苦い思い出はどうでも良いけど、そうか。そうだよね? あまり覚えてないけどそうだった気がする。それなら普通かあ」
「そうだね。気にする事は無いさ。私達ドワーフは皆揃って見た目が君達と比べて幼いから、その理屈だと少し厳しいけどね。……ん~。でも、そう考えると止めた方が良かったかな?」
「…………」
サガーチャさんが余計な事を言うので、わたしはサガーチャさん、それから他のドワーフの人達に視線を向ける。
ドワーフ族、個々の差はあれど、全てと言って良い程に皆見た目が幼い。
サガーチャさんを例に挙げるならば、歳は27歳らしいけど、見た目がわたしとそれほど変わらない。
しかもこれは特殊では無く基準。
サガーチャさんに聞くと、わたしと同年代の子の場合は、基本ラヴィと同じくらいの見た目なのだとか。
つまりロポが男湯に行く事は、わたしが男湯に行くようなもの。
「ロポを連れ戻さないと……っ!」
「落ち着いて下さい愛那ちゃん! セーフです! ギリギリ見た目的にはセーフです!」
「全然アウトだよ!」
「意外と小学校卒業までお父さんと一緒にお風呂に入る子もいるので大丈夫です!」
「それ一部じゃん!」
わたしとお姉が騒ぎ、そして……。
「お風呂で騒がないでねー?」
スタッフさんに怒られた……。
数分後、わたしは急いで体を拭いて着替えて、髪の毛も乾かさずに男湯ののれんの前で仁王立ちする。
と言うか、いざ入ってロポを連れ出そうと思ったけど、男湯に入って行く勇気が湧かない。
何だか周囲から奇異な目で見られている様にも感じだして、わたしの精神は凹みかけた。
と、そこで、背後から誰かに腕を引っ張られる。
「――きゃっ」
「さあさあ。そんな所に突っ立ってないで、私とお話をしようかマナくん」
「さ、サガーチャさん?」
腕を引っ張ったのはサガーチャさんだった。
わたしはそのままサガーチャさんに引っ張られて、周囲にあまり人がいない休憩室の様な場所に連れて来られた。
それから、近くにあるソファに座らされて、その隣にサガーチャさんも座る。
「たまにはこう言う場所でお風呂に入るのも良いものだね。マナくんとナミキくんの姉妹漫才も見れた事だし、実に楽しめたよ」
「……それはどうも。って言うか、話って何ですか?」
「そうだったね」
サガーチャさんは頷くと、わたしの顔を見ず、真っ直ぐと何処かに視線を向けながら言葉を続ける。
「マナくんとナミキくんの世界の事を私やモーナスくんが知っていた事について、今更ではあるけど、それを君に伝えておこうと思ったのさ」
「そう言えば聞いてませんでしたね」
「モーナスくんも説明はしていないんだろう?」
「はい。わたしも気にしてなかったし、言われてみると不思議だけど、スマホとか知ってる人もいたから疑問に思わなかったのかもです」
「スマホ……。親方から聞いた事あるね」
「親方? ですか」
「先代の国王、私の祖父だよ。私にマジックアイテムの作り方を教えてくれた師匠でもある」
「ああ、それで親方」
「そうだね」
サガーチャさんは笑い、それから、わたしと視線を合わせた。
「良いかい? マナくんが今から会いに行く人物、ベルゼビュートは魔族だ」
「あっ、はい。出発の準備の時に、それはモーナから聞きました。魔族だってだけですけど」
「そうか。それなら、魔族がどうやってなるものかは?」
「へ? どうやってなる……ですか? 親が魔族だから魔族として生まれてくるんじゃないんですか?」
「そうだなあ……例外ではあるけど、チーくんの事を思い出してほしい」
「チー? ……もしかして、魔族は親とか関係ない?」
「その通りだよ。と言っても、もちろん親が魔族であれば生まれてくる子も魔族なのは変わりないけどね。だけど、世にいる魔族の殆どは、親が魔族でない者ばかりなんだよ」
「じゃあ、皆チーみたいに薬を飲んだって事ですか?」
「そうじゃない。それこそ最近になって出来た異例だよ」
サガーチャさんが真剣な表情でわたしを見て、静かに告げる。
「魔族の正体は【転生者】だ」
人によっては聞きなれた言葉、転生者。
その言葉を聞いて、わたしは目を丸くして驚いて、サガーチャさんはそんなわたしを見て楽しそうに笑う。
そして、わたしは困惑しながら尋ねる。
「転生者って、あの……よくある生まれ変わりとかの転生者ですか?」
「ははは。そうか、やっぱりマナくんの世界ではよくあるんだね」
「いえ、正確には創作物でよくある設定と言うかなんと言うかって感じなんですけど……」
「もちろん分かってるよ。何故なら私の祖父も転生者だからね。魔族にはならなかったようだけど」
「……そうだったんですね」
「でも、ここまで話せば分かっただろう? 何故私やモーナスくんが君達の世界を知っていたのか」
「あっ、そっか。転生者が……サガーチャさんのお爺さんが前世の記憶、わたしとお姉が暮らす世界で生きていた記憶を持ってたからだ。もしかしてモーナも?」
「正解」
まさかの事実にわたしは自分で言って驚いた。
つまり、モーナは元々わたしやお姉と同じ向こうの世界で生きていた記憶があるのだ。
ライトノベルだとかではよく見る設定だけど、まさか現実にそんな事があるなんてって感じで、わたしが驚くのも無理ない話。
わたしが驚いていると、サガーチャさんが微笑み、優しい眼差しをわたしに向ける。
「君達の世界に興味を持ったわたしは、この世界と君達の世界を繋げる為の“扉”を作った。でも、その“扉”を使うには膨大な魔力を秘めた魔石の他にも、条件が二つあった」
「二つ……」
「一つは場所。二つの世界を繋ぐ為のポイントが限られていたんだ。そして導き出した場所が、君達が初めてこの世界に来たあの場所だった」
「ああ、だからあそこなんですね。今にして思えば、場所が何処でも良いなら、ドワーフの国の中でも良かったですもんね」
「本当にね。結局は完成させる事にばかり夢中になりすぎてしまって、マナくんのいた世界に行く準備をするのを忘れていて、準備の為に国まで戻って来た間に真っ二つになってしまったけど。当時は、モーナスくんから手紙で知らせが来た時に、真っ二つになったと知って本当にびっくりしたよ」
モーナがそんなやり取りをあの頃からしてたのかと思うも、それよりも何だか申し訳なくなってきて、わたしは頭を下げる。
「なんかすみません」
「はははは。謝らなくて良いよ。元は私の不注意が招いた事だからね。それにそのせいでマナくんとナミキくんをこの世界に閉じ込めてしまった」
サガーチャさんは笑いながら言うと、一度大きく息を吐き出して、真剣な表情を見せる。
「“扉”を使う最後の条件、それは前世の記憶を持つ転生者……それも、飛びっ切り魔力の高い【大罪魔族】と呼ばれる魔族の力が必要と言う条件だよ」
「大罪魔族……?」
「そう、大罪魔族さ。魔族の中でもトップクラスの魔族で、他の魔族を寄せ付けない程の魔力とスキルを持っているんだ。大罪魔族と呼ばれている魔族は全部で7人いる。そしてその大罪魔族の1人が、偶然にも丁度その近くで任務をしていたよ」
「――あ、それって」
「そう。それがモーナスくんだったのさ」




