幕間 天使が舞い降りた日
※今回はオリハルコンダンゴムシのロポ視点の短めなお話です。
「ロポー。はい、しっかり食べてね」
ぼくはロポ。
オリハルコンダンゴムシのロポだ。
大好きな天使様のお姉さんに名前をつけて貰った。
そして、今ぼくにご飯をくれたのが天使様。
天使様は愛那と言う名前で、とっても優しい人。
「もうすっかり仲良しさんですね、愛那ちゃん」
「……ん、うん」
天使様は少し頬っぺたを赤くして、お姉さんから顔を背けた。
ぼくはそんな恥ずかしがりやな天使様を見て、出会った頃の事を思いだした。
◇
ぼくは天使様と出会った。
それは突然で、天使様は怯えていたぼくを素敵な笑顔で助けに来てくれたんだ。
あれは、ぼくがまだ天使様と出会う前、山の中で暮らしていた頃。
小さい頃から住んでいた山の草が減ってきて、住む場所を変えようと他の山に移動を始めた。
ぼく達オリハルコンダンゴムシは、人と違って家族と一緒に暮らすと言う概念が無い。
一匹一匹が産まれて直ぐに独り立ちして、それぞれが一匹で生きていく。
ぼくもそれは同じ。
産まれた頃からずっと一匹で生きている。
だから、この時も一匹で住んでいた山を下りて、他の山に移動したんだ。
ぼくは目立つ背中をしているから、移動の途中は物陰や綺麗な岩の側で偽装して隠れて進んで行った。
ぼくにとってこの住処を変える行為は初めての体験だったから、結構大変だったけど、それでも新しい生活にワクワクしていた。
道すがら子連れの獣を見たり、群れで行動する獣をたくさん見た。
馬車と言う乗り物を使って移動する人達も見た。
初めて見る景色や他の生物の暮らしは、ぼくの心を凄く楽しませてくれた。
そうして長い時間をかけて辿り着いたのは、ドワーフが暮らす鉱山。
ここには草は殆ど生えてないけど、草を生やしたミミズがいて、その草が凄く美味しいんだ。
それに、そのミミズをぼくは食べないから、一生食べ物に困らないとぼくは考えた。
それだけ故郷の草が無くなってしまった事に、ぼくは困ってしまっていたんだ。
初めて来た山にワクワクして歩いていたら、そこを住処にしていたネズミがいっぱい出て来て、ぼくを食べようとして追いかけて来たんだ。
ぼくは必死に逃げて穴を掘った。
でも、大変な事になっちゃった。
ネズミに食べられそうになって、本当に怖くて必死に逃げていたから、何処をどう逃げていたのか分からなくなってしまったんだ。
外に出たいけど、何処まで進んでも外に出られない。
それどころか、やっと抜け出せたと思ったら、今度はヘビの巣に出てしまったんだ。
ヘビは怒ってぼくを襲って来た。
怖くて怖くて堪らなくて、ぼくは必死に土石を掘って逃げながら前の山に凄く帰りたくなった。
でも、もう怖くて外に出られなかった。
やっとの思いで逃げきれたけど、ぼくは恐怖で震えてしまった。
今度また外に出たら、今度は何に襲われてしまうんだろうって身動きが取れなくなった。
そして、ぼくは必死に土や石で周りを囲って、一歩も動かなかった。
それから何日も過ぎた。
ぼくは未だに外に出れずに震えていた。
それに、そろそろ何か食べないと体がもたなくなる頃だった。
元々ぼく達オリハルコンダンゴムシは、何日かは食料を食べなくても生きていける。
でも、それが限界を迎えようとしていた。
このままだと恐怖では無く、本当にそんなの関係無く動けなくなるかもしれない程に危険な状態だった。
でも、ぼくは動けなかった。
怖かった。
またネズミとヘビに襲われたら、もう逃げ切れないと思ってしまった。
そんな時だった。
突然目の前の土が掘り起こされてしまった。
ぼくは恐怖した。
ネズミかヘビがぼくを追って来て、今度こそ食べられると思った。
でも、違ったんだ。
「大きい魔石? これなら」
現れたのは人間の女の子だった。
人間の女の子はぼくの目の前にあった土や石を全部取り除いた。
そしてぼくは見たんだ。
その人間の女の子の天使の様な笑顔を。
女の子の笑顔はとても眩しくて、ぼくにはそれが天使様の笑顔に見えた。
天使様がぼくを助けに来てくれたんだと思ったんだ。
◇
「偉い偉い。残さず食べたね」
不意に天使様に撫でられて、ぼくは思い出の中から戻ってきた。
昔の事を思い出しながらご飯を食べていたら、いつの間にか食べ終わってしまっていた。
「マナー! 船旅飽きたぞ!」
「魚でも捕まえてこれば?」
「それは昨日もやったわ!」
「今日もやれば良いじゃん。って、あーもう! ウザい! 一々くっつくな!」
「マナ成分の補充だー!」
天使様の頭にケット=シーの女の子がお腹を乗せて抱き付いて騒いでる。
この2人はとっても仲が良い。
少し前に喧嘩して離れ離れになっちゃったけど、仲直りできてよかった。
あの時はぼくもケット=シーの女の子が心配でついて行ったけど、でも、そのおかげで天使様の大事なお友達を護れた。
それに、それがきっかけで、ぼくも天使様と仲良くなれた。
ぼくはそれまで天使様に遠ざけられていたけど、でも、ぼくは天使様がずっと好きだった。
あの時、ネズミやヘビから逃げていた時に見せてくれた笑顔で、それだけでぼくは救われた。
それにいつも素っ気ない態度を取っても、天使様はぼくが嫌だと思う事は絶対にしない。
いつもぼくを気にかけてくれて、それが凄く嬉しかった。
「もう、仕方ないなあ。だったらお姉とラヴィも呼んで何かしよっか?」
「流石マナだな! 話が分かるわ!」
「はいはい。行こ、ロポ」
天使様があの時と変わらない笑顔をぼくに向ける。
ぼくは嬉しくなって触角を縦に上下させて、天使様と一緒に歩いた。