幕間 その後のハグレ
※今回はラヴィーナ視点のお話です。
「ラヴィー、行くよー」
「分かった」
愛那に呼ばれて、うさぎの耳がついたカチューシャを頭につけて、教会の宿舎を出る。
宿舎の前には、この都で買った水着の様な服を着た愛那と、ロポが待っていた。
愛那はいつもみたいに優しげに微笑んで私を迎えた。
今日はメソメと遊ぶ約束をした日。
待ち合わせ場所は孤児院海宮の跡地。
廃墟となった海宮には今は誰も住んでない。
でも、リングイ達が新しく海宮を建ててる。
「よし、じゃあ行こっか」
「うん」
わたしが頷いたのと同時にロポが触角を縦に揺らして、出発になった。
移動はロポの背中に乗って移動する。
最近はこれが定着していて、愛那も今ではロポの背中の上に座って、ロポの背中を撫でてる。
色々あったけど、愛那とロポが仲良くなって良かった。
海宮の跡地に到着すると、既に建設作業が始まっていた。
建設作業は罪人を使ってる。
だから、何人もの罪人達が建設作業をしていて、少し離れた場所に監視役のリングイが立っていて、私達はリングイの姿を見つけると側に移動した。
「はーい、お前等~。きびきび働けよ~」
「リングイさん楽しそうですね」
「お。マナとラヴィーナとロポじゃないか。よく来たな。確かメソメが来るんだっけか? ナミキとモーナスはいないんだな?」
「2人とも寝てます」
「皆朝から忙しそう」
「そうだよねえ。まだ朝6時なのに」
「かっかっかっ。そりゃあ海宮をこんなんにした連中に、しっかり責任ってもんをとらせてやらないといけねえからな。16時間労働だぜ」
「滅茶苦茶ブラックじゃないですか」
「ブラック? よく分からんが、あいつ等は罪人だからこの位で丁度良いんだよ。どうだ? マナとラヴィーナもあいつ等をこき使って良いぜ。ジュースでも買いに行かせるか? 勿論あいつ等のおごりで。かっかっかっ」
リングイが楽しそうに笑い、愛那が軽蔑する様な視線を送る。
でも、愛那はリングイを本気で軽蔑してるわけじゃない。
リングイが楽しそうなのは、罪人がリネント達だからだ。
ハグレの村の大人達が、ここで罪滅ぼしの一環として、女王様の命令で海宮の建て直しを手伝ってる。
女王様が革命軍に下した刑罰は、都の復興を手伝わせる事だった。
その他にも罰は色々あるけど、今はそれが優先になってる。
だから、リネント達が海宮の建設作業の為に、リングイにこき使われてる。
愛那も軽蔑する様な視線を送ってるけど、直ぐに表情を和らげて苦笑した。
「ジュース買いに行かせるって、それどこの不良ですか? いらないです。って言うか、こんな朝早くから店なんて開いてませんよ」
「私もいい。メソメが来たら遊ぶ」
「マナとラヴィーナの為なら、あいつ等自分の金を使ってでも喜んで買いに行くと思うけどな~」
少し分かる。
愛那が喜ぶなら私も行く。
でも、喜ばないって知ってるから、行くなら一緒に仲良く行く。
そっちの方が喜んでくれるし、私も嬉しい。
「流石に無いですよ。どんな変人ですかそれ」
「かっかっかっ。それより、やけに早く来たな? メソメとの約束は何時なんだ?」
「お昼前。メソメにカールの仕事してる所を見せて、一緒にご飯食べてから遊ぶ」
「皆さんの朝ご飯作ろうと思って、早めに来たんですよ。まさか既に働いてるとはって感じですけどね」
「それでこんなに早く来たのか。おかしいと思ったんだよなあ。メソメが今日は午前中に教会の仕事を手伝うって言ってたからさ」
「そうですね。なのでお姉とモーナが起きなかったら、叩き起こしてって頼んでおきました」
「かっかっかっ」
ハグレの村に住んでいたメソメは、教会の宿舎に引っ越して来た。
メソメは教会の仕事を毎日手伝っていて忙しそうだけど、ここに来ればお父さんのカールと毎日会えるから、それを楽しみにして毎日頑張ってる。
「そういやマナは都で革命軍に襲われたらしいな」
皆の邪魔にならない様に愛那が少し離れた場所に移動して、持って来た調理器具を出して料理を始めると、そこにリングイがやって来て愛那に尋ねた。
愛那は手を止めて「へ?」と驚いた顔をリングイに向けたけど、直ぐに視線を戻して料理を再開しながら答える。
「ありましたね。わたし貴族じゃないのに」
「イングの奴が珍しくぼやいてたぜ。目的の為に新人をたくさん入れた結果、そいつ等がマーブルエスカルゴを連れてる貴族を何人か襲ってたってな」
「マーブルエスカルゴを連れてる貴族ですか?」
「高値で売れるんだよ。それでどさくさにまぎれてマーブルエスカルゴの乱獲があって、人死には運良く出なかったらしいが、女王様から監督不行き届きだって怒られたらしいぜ? かっかっかっ」
「ああ、それで……って言うか、怒られた程度で済んだんですか?」
「責任は責任者では無く、やった本人にとらせるんだと」
「ありがたい話ですね」
「だよなあ」
愛那がリングイと頷き合う。
だけど、突然愛那が「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。
「いやあ、本当にその件はマナちゃんに迷惑かけちまったな~」
「ウェーブ……っさん!?」
いつの間にか愛那の背後にウェーブがいて、愛那のお尻を触っていた。
そのせいで愛那が真っ赤な顔になった。
私は氷の槌を魔法で出してウェーブの顔にぶつける。
「ぐほぁっっ! ら、ラヴィーナちゃん、暴力はいけないよ」
「愛那のお尻を触った罰」
「ウェーブお前、マナの尻を触ったのか?」
「ち、違うんだリン姉! 腰に手を伸ばして触れたのがたまたま柔らかいお尻だっただけだ! それにほら見ろよ? マナだって気にせず料理を再開しただろ? 大した事ないんだって!」
「大した事ないだあ!? おい、ウェーブ。それ本気で言ってるのか? っつうかお前、うら若き少女に何してくれてんだ? しかもマナはオイラ達の大恩人だぞ」
「死刑」
「待て待て2人とも! 腰くらい良いだろ!?」
確かに愛那は頬を赤くしながら料理を再開した。
でも、それはそれでこれはこれだ。
腰くらい良いだろなんて言って反省しないウェーブは許さない。
そもそも触ったのは腰じゃなくてお尻だ。
愛那のお尻を触った罪は消えない。
私とリングイがウェーブを睨みつけ、ウェーブが汗を流して後退ると、ウェーブの背後に一つの影が現れた。
「最低!」
「――ぎゃああああああ!」
背後に現れた一つの影の正体はステラ。
ステラはウェーブの背後に現れると、ウェーブの股間を蹴り上げた。
ウェーブは叫んで地面に倒れて股間を抑えてむせび泣く。
「ごめんね、マナちゃん。ウェーブが馬鹿で」
「い、いえ」
「それにしてもこれ良いわね。マナちゃんのおかげで対ウェーブ専用黙らせ術が手に入ったわ」
困惑して料理する手を止めた愛那の手を、ステラが両手で掴んで微笑んだ。
「……ほ、程々にしてあげて下さい」
「考えとく」
ステラは笑顔で答えて愛那の手を離して、ウェーブの足を掴んで引きずって戻っていった。
皆の所に戻ると、ステラはカールにウェーブを渡して作業に戻る。
遠目だからよく分からないけど、カールはウェーブに苦笑しながら話しかけていた。
「ステラさんの前であれはやんない方が良かったかあ。ウェーブに悪い事したかも」
「ステラに何教えたんだ?」
「教えたつもりは……なんかすみません」
詳しくは知らないけど、愛那はステラと戦った。
その時にステラの目の前で誰かの股間を蹴ったのかもしれない。
「そう言えば、ステラさんとウェーブさんってつきあわないんですかね?」
「お? 何だ~? マナもそう言う話に興味あるのか?」
「多少は……。それでリングイさんから見てどうですか? あの2人お似合いだと思うんですよね」
「そうだな。まあ、でもつきあう事は無いかもな」
「へ? 何でですか?」
「血は繋がってないけど、あの2人は本当の兄妹みたいなもんなの。しかもウェーブって実は年上好きだしね」
「へえ、そうなんですか……って、フナさん!?」
愛那の質問に答えたのはフナだった。
フナはウェーブの様に背後から現れて、驚く愛那に微笑むと、リングイの隣に移動した。
「因みに私は今も昔もリン姉一筋」
フナが本気なのか冗談なのか分からない表情をして、リングイに抱き付いた。
「あ。でも、マナちゃんとリン姉って少し似てるんだよね。だからウェーブが惚れるとしたらマナちゃんかも……って、ヤバ。それだとウェーブはロリコンだ」
「変な冗談言わないで下さいよ」
「そうだぞ、フナ。ウェーブはロリコン…………じゃない」
「リングイさん、何でそこで迷って言葉が詰まるんですか? 言いきって下さい」
「ウェーブはロリコン。覚えた」
「ラヴィはそんな言葉は覚えなくて良いから」
愛那は意外と隙だらけで危ない。
ウェーブが近くにいる時は、愛那が変な事されないように私が気をつける。
「そう言えばだけどさ、ステラの寿命を縮める作戦をしようとしてたなんて、今でも信じられないな~。あれってウェーブが考えたんでしょ?」
「彼も彼なりに考えが……と言いたいが、確かにウェーブとは思えない作戦だった。それにステラの身を案じて、最後には止めようとしていた」
今度は背後では無く、正面からリネントが来て答えた。
フナの質問もそれが分かっていたからの質問だったようで、答えたリネントに驚かなかった。
「そっか~。って、ロン兄どうしたの?」
「作業内容の途中経過を報告しに来た」
「リネントさん、ちょっと聞きたい事があるんですけど良いですか?」
愛那が今度は自分から手を止めて尋ねる。
すると、リネントはマナに微笑んで答えた。
「なんだ? 俺が答えれる事であれば答えよう」
「ありがとうございます。あの、ウェーブさんは最初はステラさんの寿命を削る事を良しとしてたんですか?」
「そもそもあの作戦を思いついたのがウェーブだからな。寧ろ率先して案をだしていて、俺も最初は驚いていた」
竜宮城でウェーブが人が変わった様になった事は愛那から聞いてる。
多分それが原因だと思う。
でも、愛那とはその事について皆には話さないと決めた。
愛那が「多分もう大丈夫」と言ったから。
リネントの言葉を聞くと、愛那は「そうですか」とだけ答えて俯いた。
きっと愛那は人が変わった時のウェーブを思いだした。
だから、それ以上何も言えないんだと思う。
リネントは経過報告を済ませると、リングイから指示を受けてまた戻って行き、その後ろ姿を見つめながらフナが呟く。
「リン姉、また図書館の仕事再開しなよ」
「そんな事したら男手が必要な時に困るだろ?」
「だから、また男の子も受け入れ再開すれば良いじゃん。何度も言うけど、もう気にしなくて良いんだよ。ね? マナちゃん」
「へ!? わたし?」
「ね?」
「は、はい」
半ば強引に愛那が頷かされる。
それを見て、リングイは苦笑してから、建設作業をしているリネント達に視線を向けた。
「オイラ…………私も、私もまた、夢を見ても良いのかもしれないね。子供達……ううん。フナや皆と一緒に」
働くリネント達を愛しむように静かに呟いたそのリングイの声は、いつもの少年の様な口調と違う大人の女性を思わせる優しい声だった。
リングイの顔は私からは見えなかったけど、見なくてもどんな顔をしてるのか分かる。
「うん、リン姉」
フナがリングイの言葉を聞き、顔を見て、とても嬉しそうに瞳を潤ませて優しく笑んだから。