019 大人なじーじと泣き虫メリー
「凍豚の皮を使って氷雪の花を入れる為の袋を作る……ねえ。考えたね」
「はい。愛那が考えたんですよ」
メリーさんのお宅に戻って、今は食事の真っ最中だ。
もちろん、わたし達が狩って来た凍豚も料理に使われていた。
凍豚は本当に凄く美味しくて、今まで食べた事が無い食感だった。
味は全然違うけど、例えるならチョコが一番似ているかもしれない。
口の中に入れるとフワッと溶けて、噛まなくてもそのまま飲みこめる程に柔らかい。
味も凄く美味しくて、わたしが今まで食べた豚の中では絶対に一番美味しいと断言できる。
わたしとお姉は食事をしながら、早速思いついた事についての話を聞く事にした。
モーナも凍豚の肉にかぶりつきながら、もごもごと話し出す。
「ふぉーふぉんふぉふぁわは、ふふいふぇふぉふぇふぃふぉ――」
「モーナ、何言ってるか分かんないから、喋るか食べるかどっちかにしなよ」
呆れて注意すると、モーナは口の中に入れた肉を飲みこんでから、改めて話し出す。
「凍豚の皮は、薄いけど出来そうか? 私達は入れ物を作ってる暇が無いからお前が作れ」
「おいこら。何で上から目線なのよ」
モーナは相変わらずで、誰に対しても上から目線。
わたしはモーナを睨んで注意したけど、モーナは気にした様子もなく、胸を張って答える。
「私は偉いからな!」
「あんたねえ……」
「それに、こんなに美味い凍豚を狩猟してきてやったんだから、偉そうにして当然だ!」
「いやアンタ寝てたでしょうが」
わたしが呆れながらツッコミを入れると、メリーさん達が笑いだす。
それを見てわたしが恥ずかしくなって少し俯くと、メリーさんが楽しそうに話しかけてきた。
「はははははっ。良いよ。やってあげる。その代わり、期待はしないでくれる?」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます~」
「メリー、ありがと」
わたしとお姉とラヴィが同時にお礼を言ったけど、ここでもやはり一人馬鹿がいるわけで……。
「仕方が無いな。期待しないから、ありがたく思いなさいよ!」
「いい加減にしろ」
馬鹿なモーナのおでこにデコピンをお見舞いする。
「んにゃっ! 何をするー!」
モーナは涙目で怒るけど、失礼な事を言う子は無視だ無視。
わたしとモーナのやり取りを見ていたメリーさんや他の皆は再び笑いだす。
そんな時、ガチャリと扉が開かれた。
「ただいま。随分賑やかだと思ったら、キュートなお客さんがいたのか」
扉を開いて入って来たのは、渋い声で言葉を話す一羽の鶴だった。
と言っても、ただの鶴じゃない。
基本的にはツルの見た目をしていたけど、羽が熊の手のような形をしていて、その不思議な羽で扉の取っ手を握っていた。
それに、くちばしの上には髭が生えていたのだ。
わたしとお姉、それにモーナもその鶴の見た目に驚いた。
でも、驚いたのは決してその不思議な見た目にではなかった。
それなら何に驚いたのか?
それは、あの時ヤドカリを料理しようとしていた時に見た毒を持った鳥と、目の前に現れた鶴が同じ見た目だったのが理由だ。
あの時見た鳥には、髭なんて生えていなかったから、多分人違いならぬ鳥違いだとは思うけれど……。
「じーじ。おかえり」
ラヴィが鶴に駆け寄って、勢いよく鶴に抱き付く。
「ラヴィーナか。ただいま……いや、おかえりと言っておこう。随分と久しぶりだな。元気だったか?」
「元気だった」
この鳥が、じーじさんなんだ。
……声渋いな。
ラヴィに抱き付かれたじーじさんの声は、とても渋くてかっこよく、本当に鶴が喋っているのかと耳を疑う程だった。
わたしは立ちあがりじーじさんに近づき一礼する。
「始めまして。豊嬢愛那です」
「吾輩はジークレイン=ジーベア。じーじと気軽に呼んでくれて構わない」
「はい。じーじさん」
なんだろう?
雰囲気が凄くかっこいい。
それにじーじって、名前じゃなくて仇名だったんだ。
「愛那のお姉ちゃんの瀾姫です。じーじさん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。お嬢さん」
「モーナスだ。氷雪の花の咲いている場所を教えなさい!」
「おいこら。いきなり失礼でしょ。だいたい何で今会ったばかりの相手に上から目線で偉そうなのよ」
「私の方がこの熊鶴より偉いからな。当然だ!」
「何が偉いよ。偉そうなのは態度だけでしょ」
「はっはっはっ。面白いお嬢さんたちだ。モーナス、それにマナと言ったね? 話し方なんて些細な事だ。そのままで構わないよ」
「お前、話の分かる奴だな! 気に入ったわ!」
大人だ。
それに比べてモーナ、アンタってホントに……。
馬鹿なモーナの失礼な発言を笑い飛ばすじーじさんに、とてもかっこいい大人の印象をわたしは受ける。
それからじーじさんと自己紹介を終えたわたし達は、食事を再開して氷雪の花についての話を始めた。
食事が終わり、食器を洗うのを手伝って、リビングのソファーに座ってゆっくりと時間が過ぎていく。
ラヴィは寝室に行って、狸の獣人のラクーさんを枕にして眠った。
狐の獣人のフォックさんも眠いと言って寝室に向かう。
わたしは紅茶を飲みながら、お姉とモーナと一緒に、お酒を飲んでいるメリーさんから驚きの真実を聞かされていた。
「ラヴィが着てる鶴羽の振袖って、じーじさんの羽から作られたんですか?」
「そうなんだよ。熊鶴の羽は丈夫で、それで作った着物は肌触りも良くて着心地が良いってもんだから、じーじが自分の羽で織ってあげるって言いだしたんだよ」
メリーさんはお酒を一気に飲み干して、空になったコップを上に掲げる。
すると、それを見ていたキッチンに立つ狼の獣人のラルフさんが、早足でやって来てお酒をコップに注いだ。
「私は止めたんだけどね~。鶴羽の振袖って言ったら国宝級のお宝なんだ。そんなもの、あの幼いラヴィーナに着せちまったら、誘拐される事間違い無しだろう?」
メリーさんがまたもやお酒を一気に飲み干して、空になったコップを上に掲げる。
すると、ラルフさんが早足でまたやって来て、お酒をコップに注いだ。
「そりゃあ私だって、四年間も一緒に生活してきた家族のラヴィーナと別れる時には何かあげたいと思ったけど、それでラヴィーナを危険に晒すのは間違ってるとは思わないかい?」
メリーさんがまたまたお酒を一気に飲み干して、空になったコップを……以下略。
と言うか、お酒を注いだラルフさんに「私がやります」とお姉が見かねて話しかけてお酒を受け取ったので、ラルフさんはお姉にお礼を言ってキッチンに戻って行った。
「ラヴィーナは確かにしっかりしてるよ。だけどあの子はまだ幼いんだ。いつどこで金に目が眩んだ馬鹿に狙われるかわかったもんじゃない」
メリーさんがお酒を一気に飲み干して、お姉がお酒をコップに入れる。
「だいたい、何だってラヴィーナを産み親の所に返してやらなきゃいけないんだ。確かに私とあの子に血の繋がりは無い。だけど、あの子は、ラヴィーナは私の子だ! あんな男と金に汚い女の許に返したくは無かったよ!」
メリーさんがお酒をって、それどころでは無い。
私は突然の事実に驚いた。
「ラヴィは……ここから出て行った後に、産んでくれた母親の所に帰ったんですか?」
「そうさ。私は反対したんだよ。あの女は誰の子かもわからない子供なんていらないって言って、私の所にあの子を連れて来て捨てた女なんだ。そんな女の許に、私の娘を返すだなんて、絶対にしたくなかった」
メリーさんがお酒を一気に飲み干したけど、お姉はお酒をコップに入れなかった。
メリーさんの瞳が潤み、涙が流れる。
「だけど、ラヴィが言ったんだ。お母さんと一緒に暮らすってさ。そんなの、私が止められるわけないじゃないか」
そこまで話すと、メリーさんがメエメエと泣き出した。
「ああ~、ごめんだべ。マミーはお酒が入るとたまにこーなるんだべ」
ラルフさんがキッチンから頭をかきながら眉根を下げてやって来た。
「い、いえ」
わたしは言葉が見つからず、そんな返事しか出来なかった。
でも、なんだかとても温かい気持ちに包まれた様な気分を味わった。
ラヴィがいらないと言われた子供だったと知ってこんな気持ちになるなんて最低だと思われるかもしれないけど、それでもわたしはメリーさんの話を聞いて、メリーさんの話す姿を見て心が温まったんだ。
生みの親に捨てられるようなかたちでメリーさんに預けられたラヴィ。
だけど、育ての親であるメリーさんは、こんなにもラヴィを愛している。
血は繋がっていないのかもしれないけれど、そんなの関係がないんだ。
メリーさんにとってのラヴィは、本当の娘であり大切な愛する家族なんだと、私は嬉しくなった。
そんなわたしの心が温まる感情を、一瞬で冷ます馬鹿がいた。
「あーっはっはっはっはっ! メリーは面白いな!」
この通り、わたしの心を一瞬で冷ました馬鹿はモーナだ。
おいおい。
わたしはモーナに視線を送り、笑うなと目で訴える。
モーナはわたしの視線には気がついたけど、その意図は決して通じない様で、メリーさんに指をさして笑う。
「メリーは馬鹿だなー! 止めたきゃ止めればいいのにな!」
いやまあ、その通りだけどさあ。
世の中そんなに上手くいかないでしょが。
「あのねモーナ、アンタが思ってるほど簡単な話じゃないの」
「大丈夫だ! 逆らったら力尽くでねじ伏せれば良いんだ!」
「おい」
呆れてものも言えなくなる。
力尽くでって、物騒にも程がある。
わたしがそれ以上何も言わないでいると、勝ち誇ったかのように、モーナは胸を張ってドヤ顔になった。
力でねじ伏せる事を否定しておいてなんだけど、その顔を見ていると、段々腹が立って力でねじ伏せたくなってくる。
まさかこんなくだらない事で、わたしに同意を求めさせるとは、モーナめ意外とやるじゃないか。
って、まあ、それは今は置いておくとしよう。
メエメエと未だ泣き続けるメリーさんを、ラルフさんが背中を撫でてなだめていると、お姉がわたしの隣に座って耳元で囁く。
「愛那、そろそろ私達もおやすみしませんか?」
「そうだね。メリーさんの泣いてる姿を見ているのも、なんだか申し訳ないし」
こそこそと声を潜めて答えると、お姉は「そうですね」と頷いた。
わたしは立ちあがってモーナに寝ようと話しかけると、モーナは面白いから暫らく見てると言いだしたので、無理矢理寝室に連れて行く事にした。