192 ロポ
「ラヴィ! ラヴィ! ラヴィ!」
「待てマナ! マナが言っても巻き込まれて死ぬだけだ!」
「でも! あそこにまだラヴィが!」
「落ち着いて下さい! ラヴィーナの魔力はまだ感じます。あの子は無事です!」
「――っラヴィ…………でも、このままじゃ……」
モーナとメレカさんに体を押さえられ、竜宮城に再び向かおうとするわたしは止められる。
「おーい! 何かあったのかーい!?」
不意に声が聞こえて振り向くと、その先にはカールさんと、その隣には丸まって転がるように泳ぐダンゴムシの姿があった。
1人と一匹はわたし達の所までやって来て、カールさんは気を失っているリングイさんやリネントさん達を見て顔色を青くさせた。
「リネントさん、リングイさん、フナちゃん……3人とも酷い怪我をしてるじゃないか!」
「カール、そっちの話は後だ! 今竜宮城の中にラヴィーナが取り残されてる! 煙の出所の下の階にいるんだ! 早く助け出さないとヤバいわ!」
「なんだって!? あの中に……」
カールさんが竜宮城に視線を向けて、広がり続ける老化の煙を見て震える。
だけど、それは直ぐに無くなり、竜宮城を上下に見て「そうか」と呟き、わたし達に振り向いた。
「あまり期待せずに聞いてほしい。多分だけど玉手箱の老化の煙も、その性質は普通の煙と同じで、上に昇っていくのかもしれない」
「どう言う事だ?」
「ほら、あそこを見てごらん?」
モーナの質問にカールさんが答えて竜宮城の下層部に指をさす。
今まで気が付かなかったけど、確かに下の方は煙の周りが遅く、未だ煙が回っていない部分もあった。
そして、そこから視線を上に向ければ向ける程、煙もどんどんと濃くなっていき、竜宮城から飛び出した煙も上へ上へと昇っていた。
でも……わたしは知ってる。
「煙って本当は空気より重いんです。だから普通は上に行かないけど、周りの空気と比べて火で熱くなって、それが原因の一つで上に昇っていくんです」
そう。
煙はあくまで何かを燃やすから上に昇ってく。
だから、玉手箱のように何も燃やしていないなら、それは上には昇らないのだ。
竜宮城の外に出た煙が上に昇る理由は不明だけど、少なくとも竜宮城の中でそれは関係無い。
煙が熱をおびていない以上、下にだって流れていく。
「だったら問題無いんじゃないか?」
「へ?」
「私達が戦ってて、あの部屋凄い温度だぞ。マナなんか光の速度で動いてたしな」
「――あっ。そっか。じゃあ、下の階と比べたら温度が高いんだ」
「急げばまだ間に合うかもしれませんね。いえ、間に合ってみせます」
「メレカさん?」
「私の魔法ならラヴィーナに使用した泡の膜が張れます。かなり魔力を消費しますが、行って帰って来るくらいなら出来ますし、無いよりはマシでしょう。それに、あの子をあそこに置き去りにしてしまったのは私の責任です。非難させている場所も私にしか分かりません。私が行くのが筋でしょう」
「……メレカさん、お願――」
「――駄目だ。メレカ、お前は行くな」
「モーナ? あんた何言って――――っうそ? フナさんが……」
最悪な事は連鎖する。
騎士に斬られていたフナさんの容体は悪化していた。
さっきまでそこまで悪くなかった顔色も今は青く、白くなっていっていて、まるで死んでいるようだった。
「こいつは元々私等と違って戦闘経験なんてない。だからリングイとレブルと違ってこの傷でも致命傷なんだ。かなり呼吸も小さくなってるわ。今直ぐメレカの回復の魔法で治療しないと不味いぞ」
「急ぎます!」
メレカさんがフナさんの前に急いで移動して回復を始める。
そして、視線をフナさんから変えずに、悔しそうに顔を歪ませた。
「申し訳ございません。早く気が付くべきでした。想像以上に深い傷です」
「だったら僕が行く! ラヴィーナちゃんは僕の娘の恩人だ! 貴女の魔法を使って貰えば、僕だってあの煙の中に行けるはずだ!」
カールさんがメレカさんに申し出るも、メレカさんは小さく首を横に振る。
「出来ません。私も既に魔力をかなり消耗しています。この子の傷は深い。私の魔力を使い果たさなければ命を救う事が出来ないでしょう」
「そんな……っ! だったらこのままでも!」
カールさんが竜宮城に向かおうとして、それをモーナがカールさんの足を引っ掻いて止める。
「死人が増えるだけだ! メソメの事考えろ!」
「――――くそぅ……っ。何も出来ないなんて…………」
もう、誰もが何も出来なかった。
ここにいる誰もが諦めるしかなかった。
わたしはモーナを見て、カールさんを見て、フナさんを見て、メレカさんを見て、そして――
「――あれ? ダンゴムシは?」
「ダンゴム…………本当だわ! ロポがいないぞ!?」
ダンゴムシの姿が無かった。
確かにさっきここにカールさんと一緒に来たダンゴムシの姿が。
「まさかロポの奴、あそこに行ったのか……?」
「そんな……っ。でも、あいつはダンゴムシなんだよ? こんな海の中じゃ」
「いえ。オリハルコンダンゴムシには海は関係ありません。地上に生きる昆虫ではありますが、あの子より小さなオリハルコンダンゴムシでも、空気の無い所で1時間以上は生存できます」
「メレカの言う通りだ。それにマナもさっき見ただろ? 回転して泳ぐ事も出来るし、あいつは硬いからな。水圧で潰れる事も無いわ。……メレカ、ロポの魔力は感じられるか?」
「……はい。竜宮城の中から」
「うそ……っ」
◇
煙漂う竜宮城内部。
そこには、珍しい昆虫オリハルコンダンゴムシの姿があった。
そのダンゴムシは身長222センチと言う驚きの巨体の男の子。
男の子と言っても、既に371年も生きている年長者。
そんなダンゴムシな彼は、ここに女の子を助けに来た。
煙で前は見えないけど、なんて事は無い。
何故なら彼の目はそこまで発達していない。
だから普段から頭につけた触角をセンサーにして移動するのだ。
走る速さだって自慢の足で素早く動く。
外敵からは自慢のオリハルコンな甲殻で身を守る事だって出来ちゃうのだ。
ただ問題は、凸凹を通るのが苦手な事だ。
煙が彼を老いさせているけどなんて事は無い。
彼は大好きな子の為になら、例えそれで命を落としても構わないと考えているからだ。
彼は竜宮城の中を進んで行き、階段と言う最初の山に到着した。
山と言っても登るのではなく、下に下りて行かないといけない。
だけどこんなの難関でも何でもない。
何故なら彼はオリハルコンダンゴムシ。
丸くなって転がっていけば、下に下りるだけならへっちゃらなのだ。
ころころと転がって下の階に進むと、そこはまだ煙があまり届いていなかった。
彼が触角で感じたのは、人であれば身を低く、寝ながら移動すれば余裕で大丈夫な煙の高さ。
そして彼は見つけた。
少し進んだその先で、彼が助けに来た女の子が眠っていた。
女の子をここに置いたお姉さんが何かをしたと言っていたけど、女の子の周りには何も無かった。
だけど、それでもようやく見つかった女の子に彼は安心して、撫で下ろす胸が無いので触角を撫で下ろして女の子へと近づいた。
女の子は眠っていた。
外傷があるかどうかは彼には分からなかったけど、それでも無事である事は分かった。
だけど、彼は困ってしまった。
何故なら、女の子を背中に乗せる手段も無いし、乗せたら煙に包まれて大変な事になってしまうからだ。
女の子も起きる気配が無いし、こうしている間にもどんどん煙は女の子に迫っている。
彼は周囲を確認し、崩れかけの壁を発見した。
それを見て彼は壁を壊して外に出ようと思いついて行動する。
何度も壁にぶつかって、崩れかけていたおかげで穴が開いた。
だけど大変な事が起きてしまう。
外はここより煙が下に広がっていたのだ。
壁が壊れると今度は外から煙が入ってきて、彼は焦って慌てて女の子の許に急いで戻る。
慌てたのと焦ってしまったせいで途中で凸凹に躓いて、彼が丸くなってころころと転がった。
そして彼は閃いた。
女の子を押して運んで、彼は壁の穴と女の子と自分が直線になるように準備する。
そして全力で勢いよく走って、女の子に覆いかぶさると、そのまま丸くなって女の子を自分の体の中に閉じ込めた。
丸くなった彼はそのまま勢いよく転がっていき、勢いそのままに竜宮城から脱出した。
◇
竜宮城が煙に包まれて、どれだけ時間が経っただろうか?
ダンゴムシが姿を消してから、どれだけの時間が流れてしまったのだろう?
フナさんはメレカさんのおかげで無事に命を取り留めた。
リングイさんやリネントさんの傷も深かったけど、2人は応急処置だけで済み、命に別状はない。
だけど、ラヴィーナを助ける算段が思いつかない。
メレカさんもフナさんに魔法を使った疲労で、もう限界だった。
誰もラヴィを助けに行く事が出来ない。
だから、だからわたしはひたすらにスキル【必斬】を使い続けていた。
竜宮城を覆う煙の力を断ち切る為に。
だけど、結果は意味の無い悪あがきだ。
煙は広がり続ける。
わたしのスキルなんて、なんの役にもたたなかった。
「マナ……。もうやめろ」
「……っだって、だって、モーナ。あの中にラヴィとあの子がいるんだよ……ぉ」
モーナの言いたい事は痛いほどわかる。
こんな事しても意味が無いと。
疲れるだけで無駄な事だと。
それでも、それでもわたしは諦めたくなかった。
だから、どんなに意味が無くても、この無意味な行為を止めれなかった。
だけどそんな中、竜宮城で何かが起きた。
何かが崩れるような音。
わたしじゃない。
スキル【必斬】が何かを斬ったわけじゃない。
何よりわたしはモーナと話している間は、斬撃を繰り出していなかった。
その音はここからじゃ聞き取り辛い小さな音だったけど、ハッキリと耳まで届いた。
わたしは、わたし達はその音の出所を探す。
だけど、何も無い。
どこを見ても、何度見たって煙が漂っているだけで、それ以外何も見えない。
「…………あ」
何も見えないその中で、わたしは青白く輝く丸いものを見つけた。
それはクルクルと回転して、煙の中から飛び出した。
そしてそれは煙から離れると丸みを無くし、1人と一匹に姿を変える。
気付けば、わたしはその1人と一匹に向かって深海の海の中を泳ぎ出していた。
「ラヴィ! ラヴィ! ラヴィ!」
わたしは大声を上げて呼ぶ。
大切なものの名前を。
深海の海にわたしの溢れだす涙が溶けこんでいく。
わたしは両手を広げ、そして、1人と一匹を同時に抱きしめた。
「ラヴィ、良かった。本当に良かった」
ラヴィは眠っていた。
でも、息はある。
無事だと分かる。
その事実が嬉しくて、わたしの目から止まる事の無い涙が溢れ出る。
そして、海水に溶け込むわたしの涙を拭うように、下まぶたを触角がそっと優しく撫でた。
わたしはその触角に触れ、その優しい彼に笑顔を向けた。
「ありがとう、ロポ」




