190 命を削り、背負うもの
なんとなく、なんとなくだけど、そうじゃないかとは思ってた。
光速で動く事が出来たとして、かなりの負担、疲労がくるんじゃないかって。
そしてその予想は当たってた。
リネントさんに初のダメージを与えたものの、わたしに体力の限界と言うものが訪れていた。
正直言ってかなりきつい。
行儀が悪いけど、今直ぐにでも大の字になって寝たい気分だ。
「大分疲れてるようだな。先に――っ!」
メレカさんの水の銃弾がリネントさんを襲い、リネントさんがそれに気づいて躱す。
「あちらを先に片付けた方が良いようだ」
リネントさんは呟いて、雷の如く駆ける。
向かった先はモーナを頭に乗せたメレカさんがいる場所。
「来るぞ!」
「分かっています」
メレカさんの目の前に青色の魔法陣が大量に浮かび上がり、更に天井に灰色の魔法陣が張り巡らされる。
「アシッドウォーター・モードバレット!」
「グラビティレイン!」
瞬間――天井から重力の雨がリネントさんに降り注ぎ、メレカさんの前方から数えきれな程の酸性の弾がリネントさんに向かって飛び出した。
あの中心にいるのが自分だったらと思うとゾッとする程にヤバい魔法の嵐。
しかし、リネントさんがスキル【追撃の悪夢・打】を放ち、全ての攻撃を相殺した。
「流石だと言っておこう。だが」
一瞬でリネントさんがメレカさんに接近し、ゼロ距離で【追撃の悪夢・打】を放つ。
「――かはっ」
「くそっ間に合わな――」
とてつもない衝撃がメレカさんを襲い、メレカさんが後方へ吹っ飛び、更にはモーナが壁にぶつかる衝撃を抑えようと魔法を使用する前に衝突。
壁は衝突の衝撃で破壊され崩れ、モーナもろともメレカさんが崩れた壁の瓦礫の中に埋まった。
「悪いが、俺も背負っているものがある。この程度で止められるわけにはいかないのでな」
リネントさんがわたしの方へ体を向けカットラスを構える。
わたしとリネントさんの目がかち合い、わたしは唾を飲み込んだ。
「待たせたな。決着を――っ」
「っ?」
リネントさんが一瞬だけどふらついた。
モーナとメレカさんが何かをした、と言うわけでは無い。
2人は瓦礫の下敷きになって出て来てない。
先程のモーナとメレカさんの攻撃も、リネントさんは全て相殺していた。
なのにも関わらずリネントさんは一瞬だけふらつき、そして、更にカットラスを落とした。
「やはり時間をかけすぎたか……」
「リネントさん……?」
リネントさんは落ちたカットラスを拾わずに、それを持っていた右手の手の平を見て、握り拳を作ってわたしに再び視線を向ける。
そして、どこか悲し気な表情で微笑んだ。
「マナと一緒だ。俺も限界と言った所だ。君達との戦いに時間をかけすぎた」
「どう言う事ですか?」
「玉手箱の力【老化の煙】の副作用だな。玉手箱の魔力を利用すれば、使用者の年齢もその分平等に増え続け老いていく」
「でも、ステラさんのスキルの力があれば平気なんですよね?」
「ある程度はだがな。ステラのスキルには2つの効力がある。1つは対象を10センチの大きさまで縮ませる事。そしてもう1つが年齢を10歳まで若返らせる事だ。しかし、年齢を下げる方には強力ゆえの欠点がある。彼女のスキルは、使えば使うほどスキルを使用した本人の寿命を削る」
「寿命を……削る?」
「ああ。だから、元々ステラは命を削って、目的を果たす、もしくは果たせなくともその途中まではスキルを使い続けるつもりだった。しかし、玉手箱の使い方が言い伝えと違っていてな」
リネントさんが玉手箱を胸の高さまで上げて言葉を続ける。
「結果この中に入ってもらい、彼女の力が俺に馴染むまで使ってもらい、馴染んでからは俺が彼女の代わりにスキルを使い続ける事にした。だが、それが思いの外負担が大きくてな。この中に入っているリンとフナ、そしてステラを老化させない様にするだけでも、かなりの負担がかかった。おかげで体力も削られ、このありさまだ。これをさっきまでやっていたステラは凄い。情けないが俺はこの通り直ぐに限界がきた。上手くいかないものだな」
「……もう、もうやめて下さい」
「それは出来ない。義弟妹達、そして平和の象徴者の者達の思いを俺は背負っている。王族、もしくは貴族の中に、全ての元凶……根源がいる。だから俺はその根源を見つける為にこの計画を考え、仲間達を犠牲にしてここまできた。その為なら邪魔する者、君でさえ殺す覚悟がある」
リネントさんが拳を構える。
そして、わたしに向かって駆けだした。
「そんなの……っ!」
わたしはライトスピード……では無く、別の魔法を無詠唱で使う。
それは音速の領域で駆け抜ける魔法【サウンドスピード】。
ぶっつけ本番で使う事になったけど、そこは特に問題無い。
とは言え、光速と比べればはるかに遅い。
でも、それでも常人であれば目に見えない程に速い速度。
わたしがこの魔法を使ったのは理由がある。
別に残り1回しか使えないライトスピードをケチったわけじゃない。
それ程にリネントさんの走る速度が落ちていたのだ。
そして、わたしは寿命を削っていると聞いて、これ以上リネントさんを傷つけたくなかった。
「速度を下げたのか。手加減をしても感謝するつもいはないぞ?」
「感謝なんて!」
リネントさんが拳を振るいスキルを発動させ、わたしがそれを必斬で斬り裂く。
驚くべきは、速度が衰えてもリネントさん自身のスキル【追撃の悪夢・打】の威力が衰えない事か。
わたしが斬り裂いた瞬間に爆ぜたその衝撃は大きく、わたしは怯み、その隙をリネントさんが狙い拳を振るう。
だけど、わたしは直ぐに剣でそれを受け止めて、スキルの衝撃で後方に吹っ飛んだ。
「きゃああああ!」
「悪いがこれで止めだ」
吹っ飛ぶわたしに向かって、リネントさんが追い打ちでスキルを飛ばす。
わたしは吹っ飛びながらも剣を床に刺して勢いを消し、見えない衝撃に向かって斬撃を飛ばす。
「負けない!」
大声を上げ、わたしは再び駆けだし、そして、リネントさんに横一文字に斬りかかる。
だけど、リネントさんはわたしが吹っ飛んでる間にカットラスを拾っていて、わたしの斬撃をそれで受け止めた。
「わたし、分かりました!」
刃と刃が交わる中、わたしはスキルを発動する。
その瞬間わたしの剣は切れ味を増し、カットラスの刀身を斬り裂いて、そのままリネントさんに斬りかかる。
リネントさんは後ろに下がって斬撃を避け、体勢を低くして拳を構え、わたしも次の攻撃に備えて剣を構え直す。
「リングイさんとフナさんを傷つけたくなくて、巻き込みたくなくて、だからその中に入れたんですよね!?」
リネントさんは何も答えない。
答えずに、拳を振るいスキルを放つ。
しかも今度は一撃じゃない。
漫画やアニメ、ゲームとかである何発にも見える拳の嵐の様な衝撃の嵐。
そしてその全部がわたしを追って狙って来る。
わたしは直ぐにバックステップして、迫る衝撃から逃げながら必斬の斬撃を飛ばし相殺していき、叫ぶ。
「その中にいれば、ステラさんのスキルを使い続けている間は安全だから! それにウェーブさんだけじゃなく、敵のレオさんまで老化から助けた!」
「それは関係無い者だからだ。俺達の狙いはあくまで――」
「関係無いわけないじゃないですか!」
追って来る衝撃の数が少なくなると、わたしは残りを斬り捌きながらリネントさんへと向かって走り、一気に距離を詰めて薙ぎ払う。
リネントさんはそれを寸での所で躱して、わたしから距離をとろうとして後方へ下がった。
だけど、わたしは逃がすつもりなんて無い。
「邪魔するなら殺すって言ってたじゃないですか!」
必斬で斬撃を飛ばし、同時に駆けてリネントさんを追う。
リネントさんは斬撃の軌道から避け、追うわたしに備えて拳を構えた。
「だからこうして殺そうとしている」
「だったらなんで」
わたしのスキルとリネントさんのスキルが衝突し爆ぜる。
本来であれば必斬が斬り裂くところだけど、わたし自信の体力の限界がそうさせてしまった結果だ。
必斬自体の射程距離が短くなり、リネントさんに届く前に、スキル同士の衝突で相殺されてしまったのだ。
そして、それを見抜いたリネントさんがわたしに接近する。
「なんでわたしに殺されようとしてるんですか!?」
「――――っ!」
一瞬の隙。
リネントさんが動揺し、一瞬の隙を見せ、遅れてスキルを放つ。
わたしは必斬でそれを相殺して、リネントさんが玉手箱を持っている左手に斬撃を浴びせた。
「くぅ……っ」
リネントさんの左手から血しぶきが上がり、リネントさんは玉手箱を落とし、わたしはそれを拾うでも無く蹴っ飛ばす。
玉手箱はころころと転がって、数メートル先で裏返しになって止まった。
「俺が……君に殺されようとしているだと?」
目がかち合う。
リネントさんは左手の傷口を右手で押さえて、わたしを睨むでもなく、ただ見つめた。
「つまらない冗談だ」
「殺されたいから、止めてほしいからリングイさんに竜宮城の事、玉手箱の事を言ったんだ!」
「昔のよしみでリンに情けをかけただけだ」
「違う! それにリネントさんはアレに気づいたんですよね?」
「アレ? 何の事か分からないな」
アレ……それは、今も尚この戦いを映し続けている映像の事。
気がついたからこそ、目的を話したのだろう。
リネントさんは国の皆に知ってほしいんだ。
この国で何があったのか。
何で自分達がこんな事をしようとしたのか。
知ってほしくて喋ったんだ。
「わたし知ってるんですよ? カールさんに聞きました。リネントさんは復讐を誓った仲間の代わりをしてるだけだって」
「彼は勘違いしているのだろう。大方、ウェーブにでも騙されたのかもしれないな」
「っ。リネントさんは卑怯です。自分勝手すぎます」
「そうだな。俺は卑怯で自分勝手な男だ。だから仲間を、義弟妹達を利用した。俺は復讐の為に都を落とす」
「利用? どうしてそうやって全部自分で背負おうとするんですか!? そんなの!」
剣を構え、決着をつける為に再びリネントさんに向かって走る。
リネントさんも再び身を低くして拳を構えた。
「勘違いさせてすまない。実際には背負ってなどいないさ。そう話しておいた方が、聞こえがいいからな。君が泣くほどの事ではない」
「わたしは……っ」
泣いていた事に自分でも気が付いていなかった。
だから、泣いていたのがいつからなのかは分からない。
でも、今はそんな事はどうでも良かった。
だって、リネントさんだって気が付いてない。
リネントさんの体はもうボロボロで立っているのも不思議な位だった。
わたしがリネントさんから玉手箱を離させた頃には、既にリネントさんは老化が進んでいた。
ステラさんのスキルを使っても、カバーしきれないくらいに年をとっていた。
寿命も削られて、いつ死んだっておかしくない状態になっていた。
実際には背負ってない? そんな事ない。
そう話した方が聞こえがいい? 今更そんな嘘通じるわけがない。
そうやって悪い人を演じてるだけだ。
わたしが本気を出せるように、斬った後に罪悪感が湧かない様に。
リネントさんはこれ以上誰かを傷つけたくないから、本当は誰かに止めてほしいんだ。
そうじゃなきゃ、こんな所にいつまでも止まらない。
スピードに追い付けるのがわたしだけで、そのわたしの攻撃をあんなにも簡単に何度も防いで躱す事が出来るなら、こんな場所に居続ける意味なんて無いのだから。
最初から直ぐにここから出て行けば良かった。
でも、それをしなかった。
リネントさんなら、それくらいの事分かるはずなのに。
誰かに止めてほしかったから、全てを背負ったまま死ぬ為にリネントさんはここに止まったんだ。
だから、だからわたしは……。
「――――っ!」
剣を振るう事が出来なかった。
スキルを放った後にリネントさんはその事に気づき、目を見開く。
そして次の瞬間、リネントさんが放った【追撃の悪夢・打】からわたしは身を守れず――
「グラビティミキサアアアアアアアア!!」
モーナの魔法がリネントさんのスキルとぶつかり弾ける。
「マナアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
「――っ!」
モーナの声で流れていた涙は止まり、剣を振る事の出来なかった手に力がこもる。
「やああああああっっ!!」
わたしは雄叫びを上げてスキル【必斬】を乗せてカリブルヌスの剣を振るい、リネントさんはそれを避けようともせずに、ただ、安心した様に優しく微笑んだ。
 




