189 VSイングロング=L=ドラゴン
モーナから貰った指輪を使ったおかげで余裕が生まれた事で分かった事がある。
加速魔法ライトスピードには弱点がある。
弱点はわたし自身が使いこなせていないと言うものでなく、元々魔力消費量が半端ないと言う事。
常に光速で動き回る事の出来るこれには、使用し続けてある一定の時間を越えると、秒単位で魔力が消費されていってしまう。
ただ対処方もあり、一度魔法を解除して一定時間の休憩をはさめば、再び通常の魔力で使用可能になる。
しかし、この使用し続けれる一定の時間が問題だ。
少し前……ライトスピードの効力を一度解いていた時より少し前、指輪のおかげで余裕の生まれたわたしは、この事に既に気づいていた。
その結果あの時はまだその一定の時間に余裕があったけど、わたしは二度も攻撃が通じなかった事で焦り、それもあって一度魔法を解除してしまった。
そして今、モーナの後に続いてリネントさんに向かって駆けだして、わたしはその時間が迫っている事に気が付いた。
わたしは一度魔法を解除する。
と言っても、さっきまで光速で走っていたわけで、車が急に止まれないのと一緒で、わたしだって急には止まれない。
だから、そのままの勢いでリネントさんに剣の先端を向けて突っ込む。
だけど相手はリネントさんで流石に通じない。
簡単にカットラスで受け流されて、わたしは勢いそのまま軌道をずらされて別方向へ転がされ受け身をとる。
「マナ! ふざけてる場合か!」
モーナがわたしに視線を向けずに叫びながら、リネントさんに爪で斬りかかる。
「うっさい! これでも大真面目なの!」
とは言ったものの、ふざけてると思われても仕方ない。
流石に勢いに任せて突っ込むなんて馬鹿すぎた。
と言うか、今転がされる前に、モーナが魔法で上手く衝撃を抑えてくれたのが分かる。
多分それが無かったら、下手したら転がった衝撃でわたしは死んでた。
なんせ光速なんだ。
そんなスピードで転んで、普通大丈夫なわけがない。
「もっと考えて戦わないと」
わたしは呟いて再びカリブルヌスの剣を構え、一度ゆっくりと深呼吸をし、モーナの戦いを見る。
交差する攻撃と防御。
モーナとリネントさんの動きに無駄は無い。
そして、メレカさんの援護も見事と言うほかない。
モーナの動きに無駄が無いとは言え、リネントさん相手ではどうしても隙が生まれる。
そうなってくると何度か危険な場面も出てくるけど、それ等を全てメレカさんが銃でカバーして、リネントさんがその隙をついて攻撃するのを全くさせない。
「よし、もうそろそろ……」
ライトスピードの残り使用回数は2回。
わたしは深呼吸して、ライトスピードを使おうと魔力を指輪で増幅させる。
と、その時だ。
「そろそろだな」
「――こいつ!」
リネントさんがモーナの爪の攻撃をわざと素手で受けて掴み、モーナに触れる。
そして次の瞬間、モーナが少し縮んで――違う。
モーナが若返ってる。
そして、突然ポンッと猫の姿へと変身した。
「んにゃあああ! ヤバい! この姿じゃ戦えないわ!」
「ステラのスキル【減少現象】の力で、君を10歳まで若返らせたが……ふっ。随分と可愛くなったな」
わたしは突然の出来事で魔法を使うのも忘れて呆然と立ち尽くし、そこでリネントさんが猫になったモーナを拾って、わたしに向かって放り投げる。
わたしは慌てて放り投げられたモーナを受け取って、マジマジとモーナを見た。
「猫にされちゃったの……?」
「違う! この姿はケット=シーだ! 私は魔族のケット=シーで、元々はこの猫の姿だったんだ! 成長して力をつけたから人型になってたのよ!」
「……へ、へえ。魔族とは聞いたけど、ケット=シーだったんだ……。って言うか、猫の姿でも普通に人の言葉が話せるんだね」
「魔族だからな。って、そんな事どうでも良いわ! ヤバいぞマナ! レブルのせいで10歳まで戻された! 10歳の頃の私は食って寝るくらいしか取り柄が無いわ! ただの可愛い猫魔族だ!」
「マジかぁ……。って、あんた何歳だったの!?」
「そんなの今はどうでも良いだろ!? とりあえず私は邪魔になるから離れるわ。油断するなよ、マナ!」
「う、うん」
モーナを離して、再びカリブルヌスの剣を構える。
しかし未だに頭の中は少し混乱している。
リネントさんがステラさんのスキルを使って、モーナが若返って、モーナが実は魔族のケット=シーで、実は10歳では無かった。
と言うか、今にして思えばモーナは自己紹介の時に適当に年を言っていた。
いや、それよりも、リネントさんに触れれば若返らされてしまう。
余計な事を考えて触られてしまえば、わたしなんて赤ちゃんにされてしまってもおかしくない。
とにかく不味い。
さっさと頭の中を切り替えなければならないのも事実。
モーナがメレカさんのいる許に向かい、メレカさんはリネントさんから目を離さず銃も構えたまま、2人で何か話し始める。
わたしは緊張して唾を飲み込む。
カリブルヌスの剣を持つ手に手汗が出てくる。
わたしが焦りを感じながらもリネントさんから目を離さず見ていると、リネントさんが微かに微笑む。
「今にして思えば、何も説明せずにいるのは良くなかった。少し、説明をしよう」
「説明?」
「ああ。俺達……いや、俺の目的は再び水の都に行く事。そして、玉手箱の【老化の煙】を使う事だ」
「都に住む人、全員を老化させて殺すんですか?」
「そうじゃない。マナが先程見た様に、俺はステラのスキルで若返らせる力も使える。あそこで眠っているレオと言う男も、そしてウェーブも、この力のおかげで【老化の煙】の中、老化せずにいる事が出来た。それを、俺は水の都に住む罪の無い人々に使うつもりだ」
わたしは理解する。
リネントさん……革命軍【平和の象徴者】の目的、カールさんが言っていた復讐の仕方を。
革命軍は水の都を再び襲う。
だけどそれは、前回みたいな無差別まがいなものじゃなく、自分達の復讐相手へのピンポイントの老化と言う攻撃を仕掛ける事だ。
ステラさんの力があればそれが出来る。
「俺が狙うのはあくまでも悪人だけだ」
「だから止めるなって言いたいんですか?」
「……そうだな。これ以上は時間をかけていられん。止めると言うなら、君を殺さなければならない」
「死にませんし止めますよ」
「狙うのは悪人だけだとしてもか?」
「それでも絶対にさせません」
「そうか……残念だ。話せばとも思ったが、簡単にはいかないな」
わたしとリネントさんは向かい合い、互いに構える。
と、そこでリネントさんの周囲に複数の魔法陣が浮かび上がった。
「どうやら話はここまでだな」
リネントさんが呟いたその時、魔法陣から一斉に鋭い針の形をした水が飛び出し、リネントさんに向かって勢いよく飛翔する。
わたしも同時に、今度こそ魔法ライトスピードを無詠唱で使用する。
そして、水の針がリネントさんに届く前、一気にリネントさんとの間合いを詰めた。
わたしは剣を振るい、それをリネントさんがカットラスで止める。
「直接掴んで止めないんですか?」
「君のスキル相手では斬られ損を食うだけだからな」
リネントさんが答えた次の瞬間、魔法陣から先程飛び出した水の針がリネントさんを襲い、わたしは直ぐにその場から離れた。
水の針はリネントさんに届く前に弾け飛び、リネントさんがわたしに向かって拳をかざし、見えない衝撃がわたしに向かって飛んできた。
――っリネントさんのスキル!
右に横っ飛びして避け、次の攻撃に備え――――てる場合じゃない!
メレカさんの魔法で放たれた水の針が弾けた事で、その四散した水が見えない攻撃の軌道をわたしに見せてくれたからこそ、それが分かる。
見えない攻撃がわたしを追って軌道を変えたのだ。
「何で……っ」
「俺のスキル【追撃の悪夢・打】は元々そう言うスキルだ」
わたしは逃げる。
動き回り、見えない攻撃から逃げ続ける。
するとそこで、メレカさんが水の銃弾を見えない攻撃に撃ちこみ、それは弾けた。
「助かった……?」
「そのスキルはある一定の衝撃を与えれば消滅するようね」
「早くも気づいたか。アマンダ=M=シー。王族でありながらその立場を捨て、弱者に寄り添い、力を持つ悪しきを討つ者。やはり強いな」
「あら? 私の事を知ってるのね?」
「有名人だからな」
メレカさんの銃撃は終わってない。
リネントさんが答えた直後だ。
いつの間にかこの部屋の壁や天井、そして床を跳弾していた幾つもの水の弾が、次々とリネントさんに向かって飛翔する。
「成る程な。だが……」
リネントさんはスキルを使わず全てを躱し、メレカさんに向かって走り出した。
そのスピードはまさに雷。
常人であれば目ですら追えないスピード。
わたしは直ぐにリネントさんを追って駆け出して、次の瞬間、リネントさんのスピードが急激に遅くなった。
「あーっはっはっはっ! 馬鹿め! 私はこの姿と年でも、既に魔法は使えていたんだ!」
何処に逃げたかと思ったら、メレカさんの頭の上に、モーナがお腹を下にしてだらしなく寝そべっていた。
リネントさんはモーナの重力の魔法を食らって、重力の重さで動きを鈍らせたのだ。
そして、先程リネントさんが避けた水の銃弾が更に跳弾を繰り返し、それが全てリネントさんに命中した。
「……っく」
リネントさんが怯み、わたしはその隙にリネントさんに接近して間合いに入れる。
「やあああ!」
剣を横一文字に振るい、それはリネントさんの背中を掠める。
「――っ!」
「油断禁物だなっ」
速い。
確かにリネントさんは隙を見せた。
だけど直ぐにわたしの攻撃を掠めるだけに終わらせ、モーナとメレカさんでは無く、わたしに体の向きを変えて拳を振るった。
――ヤバッ!
急いで後方へ下がり、その瞬間にスキル【追撃の悪夢・打】が放たれる。
「斬れえええええええええ!!」
モーナが叫び、それに反射する様にスキル【必斬】を乗せて剣を振るう。
瞬間――2つのスキルがぶつかり合い、わたしのスキルが【追撃の悪夢・打】を斬り裂いて衝撃波が巻き起こる。
「――っ!」
衝撃波が巻き起こった瞬間に必斬の斬撃がリネントさんに届く。
リネントさんのお腹の右側から左胸に向かって斜めに当たった斬撃が肉を斬り、勢いよく血が噴き出る。
リネントさんはダメージにより一瞬顔を歪ませて、素早く移動してわたし達から距離をおいた。
「油断したのは俺の方か……」
初めて入った一撃。
だけど、咄嗟に放った必斬だったとは言え、そのダメージを受けてまだ余裕の顔を見せるリネントさんに、正直肩を落としてため息を吐き出したくなる思いだ。
とは言え、当たった瞬間は顔を歪ませる事が出来た。
一歩前進と考えよう。
だけど……時間とは関係なく、わたしはライトスピードを解除する。
「ヤバ……はあ、はあ。結構……そろそろ体力の限界かも……はあ、はあ」
酸素を求め、荒くなる息遣い。
上がった体温を下げようと、大量に流れる滝の様な汗。
筋肉痛でも起きてるのかと思えるような体の節々、そして両足の痛み。
肩で息をしながら、額の汗を腕で拭い、両足の痛みを踏ん張って我慢する。
わたしはライトスピードを維持し続けるのも辛くなる程に、早くも体力の限界に近づいていた。




