188 玉手箱の力
「――っマナか……っ!」
「避けられた!?」
モーナから受け取った指輪を媒介に魔力を増幅し、加速魔法ライトスピードを使ってリネントさんに攻撃を仕掛けるも、それは簡単に避けられてしまった。
避けられるなんて思っていなくて、まさかの回避にわたしが驚く中で、それと同時にモーナがリネントさんに魔法を繰り出す。
「グラビティレイン!」
重力の雨がリネントさんを襲ったかに思ったけど、一瞬にして全てが爆ぜるような音を上げて四散する。
わたしも透かさずリネントさんに再び近づき剣を振るう――も、今度はカットラスで受け止められた。
「この速さは光速か? 君が戦闘に不向きな優しい少女で助かった。動きが単調でなければ対処しきれなかっただろうな」
余裕のある声。
間違いなくリネントさんはわたしの光の速さについて来ている。
いや、正確にはわたしの動きの先を予想していた様な口ぶり。
恐らくだけど、実際には見えていたとしても速さにはついて来れない。
だけど、わたしの素人丸出しの動きが、リネントさんに対処させる余裕をもたせてしまっているのだ。
確かにモーナの言う通り、速さで負ける気はしないけど、自分自身がその速さを活かせないんじゃ意味が無い。
わたしは一度距離を取り、ライトスピードの効力を解いた。
すると、そこにラヴィがやって来てわたしの隣に立ち、リネントさんから目を逸らさずに口を開く。
「愛那の魔法、速くて追えなかった」
「うん、ライトスピードを使ったんだ。でも、リネントさんが凄すぎて攻撃が通じなかったよ」
「そう。体は大丈夫?」
「それは大丈夫。ラヴィが作って、モーナがくれたこの指輪のおかげ」
そう言って、わたしは剣を持つ右手を胸の高さまで上げる。
「この指輪がわたしの魔力を増幅してくれるおかげで、微量の魔力で魔法が使える。おかげでトリプルスピードと同等の魔力だけでライトスピードが使えるよ」
「そう。なら良かった」
ラヴィに説明した通り、わたしはトリプルスピードと同じくらいの魔力でライトスピードを使用していた。
とは言え、本当に今、わたしの魔力残量は少ない。
分かり易く数字で表すなら、今の残り魔力が35だとすれば、指輪無しでトリプルスピードを使うとここから10減って残りが25になる感じだ。
つまり、指輪を使ってライトスピードを使用出来るのは、今残ってる魔力を全部それに使っても3回が限界。
それ以上は危険と言う事。
因みにライトスピードは本来であれば一度に1000くらい魔力を使うらしいので、本気で指輪様様である。
そう言った事から、この戦いではわたしの加速魔法はモーナやラヴィには使わない方針だ。
気にしなくていいとも思うけど、自分以外に使う余裕が無いのは間違い無い。
と、その時だ。
わたしとラヴィの目の前に突然電気の塊の様な玉が現れて、わたしとラヴィはそれぞれ左右別方向に避ける。
すると、電気の塊の様な玉はその場で弾けて、周囲にバチバチと電気を残留させた。
そして次の瞬間、リネントさんがラヴィへと一瞬にして近づき拳を向ける。
だけど、ラヴィは既に次の行動に出ていた。
残留していた電気がラヴィの持つ打ち出の小槌に集束されていき、打ち出の小槌が姿を変えた。
「トールハンマー」
瞬間――打ち出の小槌とリネントさんの拳がぶつかり合い、強い衝撃が2人を中心に広がって、それは部屋全体に肌を痺れさす電流へと変わり走った。
「その年で大したものだな。だが」
「――っ」
ラヴィとリネントさんの間に目に見えない何かが発生し、次の瞬間、ラヴィが高速で吹っ飛んだ。
今のわたしにも見えない攻撃、つまり、今の攻撃はリネントさんのスキルだ。
「ラヴィ!」
まるで水たまりに向かって水平に石を投げた時の様に、ラヴィは床に何度も背中を打ちつけながら吹っ飛び、最後には壁にぶつかってそのまま倒れた。
わたしは急いでそこへ向かおうとしたけど、わたしの目の前にリネントさんが立ちはだかる。
そして次の瞬間、目に見えない衝撃がわたしを襲い、わたしは無詠唱でライトスピードを使ってギリギリそれを右に避け、衝撃が左腕に掠れる。
「つぅ……っ」
目に見えない衝撃はわたしが立っていた背後の壁に突き当たり、そのまま壁を破壊して四散する。
正直、まともに食らっていたらと思うとゾッとする。
掠った程度なので左腕の皮が多少捲れて血が出る程度にすんだ。
十分過ぎるくらいに痛いけど、痛いだけでまだ力も入るし、腕を持ってかれなかっただけでも良い方だ。
「やはりスピードでは勝てんか」
リネントさんの言う通り、確かにスピードではわたしが勝ってる。
でも、それはスピードだけ。
正直な所、わたしは甘く見ていた。
動きが見えるようになったからと言って、その動きより速く動けるからと言って、そう簡単に思い通りにいくわけがない。
と言うか、そもそもぶっつけ本番だ。
こんなの身体能力の高いプロのスポーツ選手が、自分が専門としている競技とは別の競技の大会にぶっつけ本番で出場して、優勝しようとするようなもの。
プロの選手がアマチュアの大会にとかなら、ものによってはまだ何とかなるのかもしれない。
だけど、同じプロの大会であれば話は別。
それ専門のプロには勝てるわけがない。
まさに今のわたしがそれだ。
このままじゃ、ラヴィが心配と言うのに近づく事すら出来ない。
「ラヴィーナの事は気にするな! メレカが何とかする!」
モーナが叫びながらリネントさんに近づき、両手の爪で斬りかかる。
リネントさんはそれ等を全てカットラスで受け止めて、流れるような動きでモーナのお腹を蹴り飛ばす。
モーナは蹴りを両腕でガードしたけど、その衝撃で後方数メートル先まで吹っ飛んだ。
「フナのスキルを使わせてもらうか」
「へ?」
リネントさんは呟くと、3歩程下がって左足のつま先で床を押した。
すると次の瞬間、わたしを狙う様にして、天井から槍の雨が降ってきた。
「――罠!?」
急いでその場を離れて距離を置く。
すると、今度は逃げた方向にリネントさんが待ち構えていて、手の動きから攻撃を察知して慌てて剣で防御の姿勢をとる。
次の瞬間、とてつもなく強い衝撃がわたしを襲い、わたしは槍が大量に刺さった床の方へと吹っ飛ばされ、突き刺さっている槍にダイブする。
「きゃあああ――っひゃぅ」
変な声が出た。
って、それより、私は槍に突っ込んで直ぐ、よく分からないプルプルしたゼリーの様な何かにダイブした。
そして、プルプルのそれはわたしを柔らかく包み込み、驚くほど何事も無く無傷で終わる。
「へ? 何これ?」
「援護します」
「――メレカさん!」
横から声が聞こえて振り向くと、そこにはメレカさんが銃を構えて立っていた。
「ラヴィーナは無事です。ですが、魔力の消耗が激しく、暫らくは安静にしておく必要があります。先に避難させて眠らせました」
「ありがとうございます。あ、このプルプルしたのって……」
「はい。魔法で出した水のクッションです。ダメージの吸収も多少ですが出来るので、槍の中に突っ込まれた時のダメージ程度なら回復出来たと思われますが……」
「やっぱりそうですよね。槍の刃で傷を受けたわけじゃないけど、あの量の槍の山に突っ込んで無傷だったから驚き――」
言葉を言い終える前に、目の前にまたあの電気の塊が現れる。
「――また!」
「アイスシールド・散開!」
電気の塊がその場で弾けて、それをメレカさんが一瞬で出した数えきれない程の氷の盾で全て受け止めた。
更にメレカさんはその先をいく。
氷の盾が電気の塊の攻撃を防いだ時には、既に身を低くして銃口をリネントさんに向けていた。
そして電気の塊の残留がバチバチと音を放つその前に、メレカさんがトリガーを引く。
瞬間――目の前に広がった幾つもある氷の盾の合間をすり抜けて、リネントさんの右肺辺りに水の銃弾が命中。
初めてリネントさんに攻撃が当たった瞬間だった。
「凄っ」
「やはり私の攻撃では決定打にはなりませんね」
「へ?」
驚くわたしの隣で、メレカさんが顔を歪ませる。
まさかと思ってリネントさんに注目すると、確かにリネントさんは顔を歪ませる事も無く、何でもなかったかのように立っていた。
「嘘でしょ? 今ので殆ど無傷?」
「恐らくですが、以前の彼であれば今ので勝負はついていました」
「以前の……?」
「はい。玉手箱の魔力を手に入れた事により、肉体的にも強化されているのでしょう……いえ、違いますね。伝承では“魔力を手に入れる”とありますが、実際は玉手箱を持っている間は、その中の“魔力が使える”と言ったように見えますね」
「みたいだな」
「モーナ!?」
メレカさんとは逆側のわたしの隣にモーナが立つ。
モーナにいつものような余裕はなく、若干息を切らしていた。
「実は先程話す余裕が無かったので申し上げる事が叶いませんでしたが、玉手箱そのものの魔力もリングイとフナ同様にあの中に入っています」
「やっぱりそうか。多分レブルが中々動かなかったのも、本来の仕様が伝承と違ってて調べてたからだな。しかしあいつヤバいわ。以前は私と同じ音速程度のスピードだったのに、今は雷並の速度だぞ」
「はい。あそこまでのスピードになると、攻撃を当てるのも至難の業ですね。それに恐らくですが、あの玉手箱の力は、中に封じられている煙では無くそのものの魔力……いえ。正確には力を使えると言ったものでしょう。その為リングイとフナを小さくして、あの中に入れたと思われます」
「そうだな。あいつさっきフナのスキルを使って、部屋の中の罠を調べて作動させやがった。それがその証拠だわ」
「ちょ、ちょっと待って? モーナさっき、リネントさんは自分くらいのスピードって言ってたよね?」
「ん? そうだな。だから驚いてるんだ。まさか雷鳴並の速度が雷並の速度に上がってるとは思わなかったんだ。あ、でも安心しろ。雷程度、マナの光速と比べたら大した事ないわ」
「いや、あるでしょ! もうそれ殆ど光と同じ速さじゃん!」
「そうか?」
「どうでしょう? 雷程度であれば、光そのものと比べれば遅い筈です」
駄目だこの人達。
もともと強いから一般人のわたし目線の意見が理解出来てない。
それにしてもだけど、モーナが雷鳴……つまりは音速並の速さだったなんてって感じである。
どうりで今まで何度も動きが見えない事があったわけだ。
そんなに速いんじゃ、人の目じゃおいつけない。
と言うか、それも驚きだけど問題は玉手箱だ。
モーナとメレカさんの話してる事が当たっているなら、かなり厄介な事になってる。
つまり今リネントさんは玉手箱の力だけでなく、あの玉手箱の中に閉じ込められてるリングイさんとフナさん、そして自分から入って行ったステラさんの合わせて3人の力までもが使えると言う事。
今まで色んな強い相手と戦ってきたけど、リネントさんはその誰よりも圧倒的に強くて、そして隙が無い。
しかも、今までの相手はわたしのラッキー勝ちな所が多かった様に思える。
殆どの相手がわたしが子供であり戦闘の素人だから油断していた。
だけどリネントさんは違う。
わたし相手でも本気で戦ってると分かる。
今まで戦ってきた相手と比べて、次元が違いすぎていた。
「しかしどうするんだ? メレカ。あの玉手箱をレブルから引き剥がせば何とかなると思うが、今のレブルは私のボスと同じくらい強いぞ」
「……へ? ボス? モーナあんた今ボスって言った?」
「そうですね。あのレベルの相手は何度か戦ってきましたが、私も今は万全ではありません。言い訳や弱音を吐くのも情けない話ではありますが、万全でない今の状況では少々骨が折れます」
「ねえ? モーナってどっかの組織の一員なの?」
「煩いな。そんな話は後で良いだろ?」
「いや、そうなんだけど……」
だって気になるじゃんか。とも言えず、わたしは黙る。
でも、正直いつも馬鹿な事ばっかり言って人を振り回すモーナに正論を言われると、少しだけムッとするものを感じる。
まあ、わたしが悪いから文句は言わないけど。
「この中ではマナのスキル【必斬】が一番強いんだ! レブルに集中しろ!」
モーナはそう言うと、リネントさんに向かって跳躍した。
突然の褒め殺し。
いきなり一番強いだなんて、いつも自分が一番と言ってるモーナから言われるものだから、何だか体温が上昇して顔が熱くなる。
「絶対ちゃんと後で説明してよね!?」
顔の火照りを紛らわすかのようにわたしは叫ぶように訴えて、モーナの後に続いて走り出した。
すると、背後から「仲良いわね」と、メレカさんの苦笑する声が聞こえた気がした。




