187 加速魔法が導く可能性
「マナ、先にこれを使って下さい」
竜宮城に戻る途中、不意にメレカさんに呼ばれて振り向くと、メレカさんは透明な石をわたしに見せた。
「……魔石ですか?」
「はい。魔力を多少は回復出来ます。無いよりはマシでしょう」
「そっか。モーナと喧嘩して魔力が無いのか。ありがとうございます。遠慮なく使います」
メレカさんにお礼を言って魔石を受け取り、使用しながら先に進む。
完璧にとはいかなかったけど、それなりに魔力が回復した。
「あ、そうだ。モーナ、わたしのスキルで玉手箱の煙って斬れないかな?」
「煙を斬る……?」
「うん。あの煙の魔力がリネントさんの中に入ると強くなるんでしょ? それなら、ラヴィのお母さんの悪い心を斬った時のように、煙の魔力……それか老化? の力だけ斬れないかなって」
「出来る……と思うけど、メレカはどう思う?」
「恐らくですが、出来るとは思います。伝承によると、あの煙は常に増え続ける性質を持っています。スキル必斬は極めて珍しいスキルではありますが、過去に同じ様な事例はあります。達人の域であれば煙の力を断ち切る事も可能でしょう」
「達人の域……」
「だったらマナは無理だな」
「やっぱ駄目かあ」
と、わたしががっかりした所で、竜宮城の玉手箱が封印されていた部屋までやって来た。
わたし達は部屋には入らず、一先ずは外から様子を見る事にした。
「あれってレオさん……だよね?」
「レオ。でも若い」
部屋の中で倒れたままのレオさんは、ラヴィの言った通り何故か若返っていた。
多分年齢で言えばわたしと同じくらいの年。
若返っているせいもあって、服や靴が体にあっていない。
子供が背伸びして大人の格好をしている様な感じになってしまっている。
「レブルのスキルでしょうか?」
「それはないぞ。私があいつの仲間になってた時にステチリングで確認してるからな。あいつのスキルは【追撃の悪夢・打】と【毒見】だ」
「リネントさんもスキルが二つあるんだ? って毒見?」
「食べなくても毒があるかどうか見抜けるスキルだな。日常生活にしか役立たないわ。スキルの方は魔族の特徴で、魔族は全員二つ持ちだからな。なんかウェーブが変な薬を手に入れて、それで魔族化したらしいぞ」
「ウェーブが……?」
ウェーブの名を聞いて、あの時、突然様子がおかしくなった時の事を思い出した。
ラヴィが不安に思っていた件もある。
「愛那、あそこ」
ラヴィが指をさし、その先にウェーブが倒れていて、その目の前にはリネントさんとステラさんが立っていた。
更にその3人はレオさんと同じで若返っていた。
レオさん程ではないけど、ウェーブとステラさんは少なくともお姉と同じ年齢くらいには見える。
レブルさんだけはそこまでの差は感じなかったけど、それでも2人と比べればの話だ。
「もしかして、ステラさんのスキル?」
「そう言えばステラの情報は見た事なかったな。対して強くもないしノーマークだったわ」
「部屋の中の状況を考えると、ほぼ間違いないですね。しかし、彼等は何をしているのでしょうか? まったく動く気配を感じられません」
「私もそれは気になってた。多分玉手箱の力はもうレブルの中に入ってるわ」
「リングイとフナがいない」
「ホントだ。リングイさんとフナさんの姿が無い。2人共が逃げれたって事かな?」
「いえ、2人の魔力はこの部屋の中から……っ! そんな……しかし……っ」
「メレカさん?」
「レブルが手に持っている玉手箱の中から、2人の魔力を感じます」
「あの中に……?」
信じられない事だけど、多分本当の事だろう。
メレカさんは魔力を感じ取れる人なのだから間違いない。
「気付かれたぞ!」
「――っ!」
リネントさんと目が合い、その瞬間にわたし達が身を隠している壁が何かに破壊された。
「レブルのスキルだ! 気をつけろよ!」
モーナが叫び、同時に動く。
目で追うのも厳しい程の速さでリネントさんに接近し、爪を伸ばして斬りかかる――が、リネントさんもカットラスでそれを受け流し、ステラさんを連れてモーナから距離をとった。
瞬間――メレカさんが水を圧縮した銃弾を発砲し、リネントさんに命中……せずに目の前で弾ける。
「愛那っ」
「うん、分かってる」
ラヴィに返事をし、わたしもラヴィと一緒に駆ける。
「ロン兄、わたしの力も」
「ああ、借りよう」
リネントさんとステラさんが言葉を交わし、次の瞬間、ステラさんの体が縮みだした。
そして、リネントさんが玉手箱を開け、その中にステラさんが入って行く。
「これ以上想定外な事は起きないでもらいたいが……」
リネントさんは玉手箱に蓋をして呟き、そして、再度接近していたモーナに向かって左手をかざす。
「――っ!?」
モーナが勢いを止めて3時の方向に横っ飛びする。
そして次の瞬間、モーナの背後数十メートル先の壁が轟音を上げて崩れ、一瞬の内に瓦礫へと変わる。
続いて、リネントさんの周囲を青く輝く魔法陣か囲い、瞬きする間もなく水の槍が飛び出してリネントさんを襲う。
だけど届かない。
全てがリネントさんに届く前に弾け飛ぶ。
「出来る事なら、このまま見逃してもらいたいのだがな」
リネントさんが呟き、それと同時にラヴィが打ち出の小槌をリネントさんに振るう。
けど駄目だ。
打ち出の小槌はカットラスで簡単に流され、更にリネントさんがラヴィのお腹に触れ、ラヴィは強い衝撃をお腹に受けて数メートル先に吹き飛ばされる。
「ラヴィ!」
「マナ! よそ見するな!」
「分かってる!」
わたしもようやくリネントさんに近づいた。
既に加速魔法クアドルプルスピードを使ってる。
それでも周りが速すぎて追いつけてないだけだ。
いや、ホントに皆速すぎでしょって、そんな事考えてる場合でも無い。
手加減はしない。
したら何も出来ず終わるだけだから。
だからわたしはスキル【必斬】をカリブルヌスの剣に乗せて、横一文字に思いっきり振るった。
「必斬、やはり注意すべき力だな」
わたしの斬撃は躱され、リネントさんの姿が消える。
「――えっ」
瞬間――わたしの背後に突然モーナが現れて、背後から強い衝撃音が聞こえた。
違う。
衝撃音だけじゃない。
モーナの背中がわたしの背中とぶつかり、そのまま前方数メートル先まで吹っ飛ぶ。
吹っ飛ぶ先が前だったおかげで、わたしは床を転がる事なくそのまま足と剣で勢いを消して立つ事が出来た。
だけど、背後にいるモーナは相当なダメージを受けたのか、血を吐くように咳をした。
「モーナ!」
振り向いてモーナに視線を向けると、やっぱり血を吐いていて、腕で口についた血を拭っていた。
「良いか? マナ。魔法の使用者は、その使用する魔法に因んだ適正があるんだ」
「え? 何言って――」
「良いから聞け! メレカとラヴィーナが時間を稼いでくれてる間に話す!」
リネントさんの方に視線を向けると、ラヴィが氷の魔法と打ち出の小槌を振るってリネントさんに攻撃を仕掛けていて、メレカさんもそれをサポートする様に銃で応戦していた。
「水の魔法が使える奴が溺れる事は無いし、炎の魔法が使える奴は焼かれて灰になる事は無い。風の魔法が使える奴は飛べるし、土の魔法が使える奴は地面の中を泳ぐように進む事も出来る」
「……でも、ラヴィは? ラヴィは海の中で息が出来ないよ?」
「それはあいつが今まで氷山暮らしだったから知らないんだろ。コツを掴めば海の中だって息が出来るし、水圧に押し潰される事も無いわ」
「そうなんだ……。あれ? じゃあ、それならわたしの場合は……」
「マナの魔法は無属性【加速魔法】だ。良いか? 加速魔法が使えるマナが、ライトスピードを使って光速で走れるマナが、レブルの動きが見えない筈無いんだ」
モーナがわたしの目を真っ直ぐと見つめる。
「わたしと戦った時の事を思い出せ、マナ。あの時、マナは私の動きが見えてただろ? レブルの動きは私とそんなに変わらないんだ。今の攻撃だってその気になれば見えていた筈だ」
「……そうか。そうだったんだ」
「そうだ。目だけじゃない。マナはその気になればどんなスピードにだってついて行ける」
モーナはドヤ顔で得意気に胸を張る。
そして、まるで自分の事を話すように、自慢気に笑った。
「だから胸を張れ。マナが本気になれば、速さで敵う奴はいないんだぞ」
「――っうん!」
「まあ、私が一番だけどな」
「ははは、何それ?」
わたしは笑いながら、モーナから受け取った指輪を媒介にし、そして、呪文を唱えて魔法を解放する。
「ライトスピード」
瞬間――わたしの全身が光に包まれて、全てのものが、時間がゆっくりと流れているような感覚を覚える。
「モーナ、ありがとう。この指輪のおかげで、凄く体が楽になったよ」
モーナから貰った指輪。
それは言わば魔力増幅用のマジックアイテム。
魔石が魔法使用時に使用者の魔力を増幅してくれるおかげで、微量の魔力で強力な魔法が使えるのだ。
わたしがライトスピードを今使えているのも、これのおかげ。
ライトスピードを使ったと言うのに、今のわたしは驚くぐらいに体が軽かった。
でも、魔石で回復したとはいえ、今あるわたしの魔力は多くない。
モーナもそれは十分承知している。
「だからって、あんまり無理するなよ」
「分かってるって」
頷いて、わたしはモーナと同時に駆ける。
体が軽い。
わたし以外の全てが……同時に駆けだしたモーナですらもゆっくりと動いてる様に感じる。
モーナの言った言葉は本当だった。
わたしはこの速さに対応出来るんだ!
わたしは光速でリネントさんに近づき、間合いに入れて剣を振るった。




