184 失意の竜 中編
リンと別れ、ナズとマンダを連れて神父様を見た裏路地に戻り先に進んで行くと、その先でフナの泣いている声が聞こえてきた。
その声を聞いて俺達は急ぎ、そして、腹から大量の血を流して倒れている神父様と、その側で泣いているフナの姿を見つけた。
「フナ!」
「――っロン兄! ロン兄! ロン兄! 神父様が! 神父様があ!」
フナが俺の胸に飛び込んで泣きじゃくる。
ナズとマンダは神父様に近づき容体を確認した。
「ロン兄やばいどうしよう!? 神父様腹を刺されちまってる!」
「落ち着けマンダ! くそっ! 早く手当……止血しないと!」
ナズとマンダが神父様の止血を始め、俺はフナを体から離し目線を合わせた。
神父様の事はもちろん心配だが、しかし、それでも俺は確認しなければならない事がある。
「フナ、教えてくれ。ここでいったい何が起こった? 一緒にいたウェーブとギベリオとステラは何処に行った?」
「3人は……ギベリオお兄ちゃんが捕まって、ウェーブとステラが助けるって」
「何……っ?」
「ここに来た時、神父様が騎士の人と争ってたの。それで、それでいきなり刺されて、ギベリオお兄ちゃんが騎士の人を殴って、そしたら捕まって連れて行かれちゃった!」
「……っく。ギベリオ…………」
「ロン兄、お願いロン兄! お兄ちゃんを、ギベリオお兄ちゃんを助けて!」
「任せておけ」
俺はそう答えると、再び泣き出したフナの頭を撫で、神父様の止血をしてくれていたナズとマンダに視線を向けた。
「ナズ、マンダ、神父様とフナを頼む。俺はウェーブとステラの後を追う」
「分かった。気をつけてくれよ」
「ロン兄、神父様とフナは俺達に任せてくれ」
「頼む」
急がねばならない。
胸騒ぎはまだ消えない。
よくない事が更に起きようとしている気がしてならない。
フナからウェーブとステラが進んだ方向を確認し、俺は先を急ぎ、そして直ぐの事だった。
誰かが争い合っている気配を感じ、俺はもしやと思いそこへ急いだ。
争い合っていたのはウェーブと騎士だ。
ウェーブは貴族達が暮らす住宅街の道端で騎士と戦っていた。
ギベリオとステラの姿は無い。
それだけでなく貴族達は祭りに出かけているからか、2人以外に人気は無かった。
それ故に人目につかないからか、騎士はウェーブに対して明らかな殺気を放っていた。
ウェーブはかなり体力を消耗していた。
頭や体の所々から血を流し、それでも騎士に立ち向かっている。
騎士は身に纏う軽鎧もあり外傷を受けた様子も無く、余裕の笑みを浮かべながらウェーブに剣を向けていた。
俺は近くの壁に垂直に立ち、直ぐに壁を蹴り真っ直ぐと地面に平行して跳躍する。
跳躍後、一瞬で騎士との間合いを詰めた俺は拳を作り、そのままの勢いで騎士の顔面を殴り飛ばした。
「ぐご…………っ」
騎士は数メートル先まで転がり、そのまま白目を剥いて気を失う。
傷だらけのウェーブに顔を向けると、ウェーブが驚いた表情を俺に向けた。
「ロン兄……どうして?」
「話は聞いている。お前は無事の様だな。ギベリオとステラは…………連れて行かれたのか?」
「すまねえロン兄。ギベリオに続いてステラまで連れて行かれちまった。あの騎士のせいで見失っちまった! ちくしょうっ! ちくしょうっ!」
ウェーブが両膝をつき地面を拳で何度も殴る。
俺はウェーブの腕を掴み、それを途中でやめさせた。
「まだ諦めるのは早い」
「だけど! 何処に連れて行かれたか分かんないんですよ!? ロン兄があいつを気絶させちまったから聞く事も――すみません。言葉が過ぎました……」
「いや、いい。ウェーブが俺に怒るのは最もだ。だが、聞かずとも答えは出ている」
「答えは出ている……? 何処に連れて行かれたか分かるんですか?」
「ああ、奴の軽鎧を見ろ。あの軽鎧は都を警備する騎士が駐在している駐屯地の物だ。ウェーブも見覚えがあるだろう?」
「……っあ。確か普段は都の警備の他にも、貴族の護衛をしている連中の鎧だ」
「そうだ。この近くで、その両方を任されている騎士の駐屯地は一つしかない。しかも今日は踊歌祭の日だ。ここからその駐屯地までであれば人気も少ない」
「じゃあ、そこにギベリオとステラが連れてかれたって事ですね」
「恐らくだがな。しかし、行ってみる価値はある。それに元々はボウツを連れて行ったのがきっかけだ。何かがあったとして、奴等がボウツを駐屯地で預かってると仮定すれば、同じ場所に連れて行くと考えていいだろう。とにかく向かおう。急いだ方が良い」
「はい!」
俺はウェーブと駐屯地へ向かいながら、ナズとマンダから聞いた話を説明した。
駐屯地のある場所はここからそれ程離れていないので、走れば5分もかからないだろうが、話す余裕くらいはあるだろう。
「ロン兄……ボウツが何かしたんですかね?」
「それは分からん。あの子はまだ12と幼い。それにまだここに来てひと月も経っていない。元は他国で暮らしていたんだ。貴族とのトラブルがあった可能性も考えられる。考えたくはないがな……」
「そうですね。もし貴族とトラブルがあったとしたら、何をされるか分かったもんじゃない。最悪神父様より酷い目に合わされる」
「そうだな」
ウェーブの言葉に相槌をする頃、駐屯地が視界に入った。
俺達は念の為そこからは慎重に進み、駐屯地の塀に隠れて中の様子を窺う。
すると駐屯地の正面、出入口の目の前で、ボウツと騎士の1人が話し合っている姿を見つけた。
ウェーブがボウツと騎士を見て直ぐに飛び出そうとしたが、俺がそれを止める。
止めたのは様子がおかしかったからだ。
話に聞いていたのは、ボウツが連れて行かれたと言う話だった。
それを聞きボウツが捕まっていると思ったが、騎士と話すボウツは捕まったと言う雰囲気では無かった。
それどころか、ボウツの手には大金が握らされていた。
何かがおかしいと、そう思った俺は小声でウェーブにそれを伝え、2人の様子を見る事にした。
「しっかしお前もたいしたガキだぜ。ゲロックの野郎も、よくこんな恩知らずのひでえガキを見つけて来たもんだな」
「何とでも言いなよ。金の為なら何でもする。でも、今回の仕事は楽な仕事だったよ。院長を騙して孤児院に入居して、院長がどんな生活をしてるかの報告だけだったからね」
「よく言うぜ。ゲロックの野郎が怒ってたぜ~? 何であのガキはイングロングとか言う男の事を報告しなかったんだってね」
「そこは計算外。契約は1日で銀貨1枚って約束だろ? だから報告しなければ、その分あの孤児院での生活が長引いて、お金が稼げると思ったんだよ。それなのに男の事が分かった途端にこれだからね。しかも黙ってた罰とかで減給だよ。やってられないね」
「はっはっはっ。違いねえ。ゲロックの野郎が昨日あの嬢ちゃんが図書館から出てくるのを隠れて待ってたのが、お前にとっての災難だったな。あれで男がいるって分かってブチ切れて今日のこれだ。今頃イングロングと離れた後直ぐにお前が騙して連れて来た嬢ちゃんも、さっき男と一緒に連れて来た嬢ちゃんと一緒にお楽しみって所だろうよ」
俺は耳を疑った。
焦りから心臓の鼓動が速くなる。
今まで味わった事の無い程に動揺していた。
聞き間違いであってほしいと願った。
しかし、現実は残酷で、それが無意味な願いだとつきつけられる。
「わかんないねえ。片方は霊亀で片方は混血だろ? 両方ゲテモノだってのに、何がそんなに良いのさ」
霊亀……それはリンの事だ。
霊亀種の種族は珍しく、この都に住む霊亀種を俺はリン以外知らない。
間違いなく、ステラとギベリオだけでなく、俺と別れた後にリンが奴等に捕まっていた。
「ガキには分からねえよ。女ってのは男に抱かれる為に存在してるんだ。将来誓い合うってなら正気の沙汰じゃねえだろうが、楽しむだけなら何も問題ねえのさ。あいつ等ゲテモノは俺達にとってただのストレス発散の道具だからな。っつっても、ゲロックの野郎は別だ。ありゃあ根っからのロリコンで幼い女なら種族なんて関係ねえ。何でも良いのさ。っつっても、あの嬢ちゃんは見た目のわりにそれなりの年みたいだけどな」
「うげえ」
「っつうかお前も混血って偽ってあの孤児院に潜入したんだろ? 少しくらいゲテモノ共に同情しないのかよ?」
「あのねえ、お兄さん。混血と名乗ってはいるけど、オレは立派な魚人なんだよ? あんなおめでたい連中と一緒にされちゃあ困るね」
「はっ。そりゃあ悪かったな。ま、もうお前もさっさとどっか行くんだな。この国には居づらくなんだろうしよ」
「本当だよ。元の国に戻って次の職を探さないとさ。じゃあね」
「ボウツウウウウウウウウッッッッ!!」
止める間も無かった。
寧ろ今までよく耐えたと言ってもいい。
ボウツと騎士が話を終えた時、ウェーブがボウツの名を叫びながら飛び出し、ボウツの顔を殴り飛ばした。
「――ぎゅあが……っ」
ボウツは駐屯地の外壁に頭からぶつかり、血を流して倒れる。
そして、ボウツを殴り飛ばしたウェーブを見た騎士が素早く腰に提げた剣を抜いて振るった。
だが、俺もこれ以上は黙っているつもりもない。
ウェーブに向かったその攻撃を俺は拳で流し、直ぐに騎士の喉元に拳を繰り出す。
俺の拳を喉元に食らった騎士は、そのままその場で倒れた。
「くそっ! リン姉まで攫われたのかよ!」
「ウェーブ、一刻の猶予も無い。3人を助けるぞ。居場所はこいつから聞き出す」
そう言って、俺は倒れた騎士の胸ぐらを掴んで起こした。
「き、貴様等、こんな事をして――」
「殺されたくなければリン達のいる場所まで案内しろ」
首を掴み少しだけ力を込めると、騎士は顔を青ざめさせて両手をあげた。
「する! 案内するから殺さないでくれ!」
「俺は今気が立っている。もし嘘の場所へ連れて行ったら、その時は命が無いと思え」
「わ、分かった! 約束する!」
騎士の首から手を離し、騎士を歩かせ駐屯地へ侵入する。
ウェーブは周囲を警戒し、俺はこの騎士が逃げない様に注意しながら進んで行った。
そして……耳に、身の毛もよだつものが聞こえてきた。
「おら! 大人しくしろ! 後がつかえてんだよ!」
「いやああああああああああっっっ! お願い! お願いだからそれだけは!」
「うるせえ! 混血のクズが俺達魚人様に相手してもらえんだ! ありがたく思えクソガキ!」
「やめて! ステラには何もしないで! 私はどうなってもいいから! その子だけには手を出さないでええええ!」
「はっはっはあっ! 残念だけどそれは無理だよリングイちゃ~ん。お前が俺の物になるのは既に決まってるんだ! これは俺と言う男がありながら、他の男に現を抜かしたリングイちゃんへの見せしめの罰だ! でも、安心して良いよお? あの娘が最初の相手を終えたら、俺達は別の部屋で2人きりで愛し合うからさあ!」
「助けて! ギベリオ助けて! お願い! 助けてええ!! いやああああ!!」
「やめろおおおおおお!」
「まだ生きてやがったのかあ? てめえはさっさと死ねや!」
「ステラから離れ――――ごぼっ」
「そんな! ギベリオ! こんな事って……っ!」
「ギベリオ? いや! やだ! や――いや! 離して! こないでええ! ギベリオ! ギベリオオオ!」
「その叫び声ゾクゾクするぜえ。ヒャハハハハ! いただきま――」
その時、ステラを暴行していた男が部屋の壁に激突する。
「――っずおがああっっ!」
声が聞こえた時には、既に俺は全力で走っていた。
そして、部屋の扉を蹴破り、真っ直ぐとステラを暴行している男の許に向かって行き、男を殴り飛ばしたのだ。
男は壁に激突すると血反吐を吐き出し前のめりに倒れた。
俺はステラの前に立ち、ステラの姿を見て怒りがこみ上がるのを感じた。
「ステラ! 無――――っ!? ステラ、お前……くそっ!」
一足遅れてウェーブが部屋に入り、ステラの姿を見て顔を歪ませる。
ステラは何も着ていなかった。
部屋の中には何人もの男がいて、全員が身につけていたものを脱ぎ、下着だけの姿。
その男達はステラを囲って、ステラの腕や足を押さえつけている者もいる。
ステラは体中に暴行を受けた痕があり、何をされていたのか嫌でも思い知らされる。
俺は直ぐにステラを押さえつけていた男達を殴り飛ばし、上着を脱いでステラにそれを被せた。
ここに俺が来た事で、周囲にいる愚かな男達は混乱した様子で俺を見ている。
俺はそんな愚か者どもでは無く、俺を見て驚愕していた男に拘束され身動きの取れなくなったリンに視線を向けた。
リンは涙を余程流したのだろう。
目は充血し、目の周りも赤くはれ上がり、それでもまだ涙を流している。
俺は怒りで全身の血が沸騰するかの様な錯覚を覚え、驚愕から我に返ろうとしていたその男を、リンを拘束していたその男を殴り飛ばした。
「イング……イング……」
「すまない。君を1人にするべきでは無かった」
リンは首を横に振り、そして、俺では無く別の場所に視線を向けた。
「ギベリオが……ギベリオが死んじゃう」
「――っ!?」
リンが向けた視線の先。
そこには右腕を切断され、大量の血を流して倒れているギベリオの姿があった。
傷はそれだけでは無い。
全身に斬られた傷があり、床がギベリオの血で赤く染め上げられていた。
目は閉じられておらず瞬きもしていない。
その姿はまるで死んでいるようで、俺はその姿に恐怖した。
大切な家族を……ギベリオを失ってしまうかもしれないと言う現実に震えた。
「おい、嘘だろ? 嘘だろギベリオ!」
ウェーブが動揺し、焦りながらギベリオに駆け寄る。
そして俺は…………。
「皆殺しにする」
俺の中の何かが弾けた。




