183 失意の竜 前編
※イングロング=L=ドラゴンの過去話になります。
時間軸で言うと、160話の続きのようなお話です。
あれはいつだったか?
俺がまだ幼く東の国に住んでいた頃、両親が戦争の犠牲になって死んだ。
両親は駆け落ちして結ばれた2人だったようで、身近には頼る宛が無かった。
だが、そんな両親にも唯一の味方がいた。
それは、南の国の水の都フルートと言う場所にいる神父様だ。
両親から「何かあった時は神父様を訪ねなさい」とよく聞かされていて、神父様を頼ろうと思い、幼いながらも1人で南の国へと向かった。
何日もかけて水の都に辿り着いた俺は、神父様と出会い、神父様の許で世話を受ける事になった。
そしてその日の内に、水の都を見学していた時、1人の女性と出会った。
濃いめの緑色をした長く綺麗な髪の毛に、エメラルドグリーンの様に綺麗な瞳をした女性。
その女性は、俺を受け入れてくれた神父様の教会の修道服に身を包んでいた。
そして、裏路地で暴漢達から顔を殴られ、腹を蹴られて蹲っていた。
俺は直ぐにその女性に暴力を振るっていた暴漢達を殴り追い払い、声をかける。
「おねえさんだいじょうぶ? いたいいたい?」
女性と目が合った。
暴力を振るわれて体中に傷を作ったボロボロの女性。
しかし、それでも尚その姿は美しく綺麗な女性は笑んだ。
その笑みに惹かれ、俺も共に笑いながら、幼いながらもこの女性に見惚れてしまう。
そんな時だ。
女性は涙を流しながら俺を抱きしめた。
「ありがとう、ありがとう、ありが……とう…………」
女性は何度も俺にお礼を言って、俺を抱きしめ泣き続けた。
だから、俺はその女性を抱きしめ返し、女性が泣き止むのを静かに待った。
これが当時まだ3歳だった俺、イングロング=L=ドラゴンと、彼女、リングイ=トータスの出会いだった。
◇
時が過ぎるのは早いもので、リンとの出会いから暫らくが経った。
俺もあの頃の様な幼い姿では無く、今ではリンの身長を越えて、大人と言える程度には成長していた。
そして、色々な事があった。
ウェーブ、ステラ、ギベリオとフナの兄妹との出会い。
世話になっている神父様の教会で増え続ける家族の多さに、リンが痺れを切らして孤児院を作る事を提案したりもした。
その結果リンが院長を務める孤児院【海宮】が出来上がった。
それから、俺がリンとつきあう事になったりと、本当に色々な事があった。
どれもが楽しく、俺は幸せだった。
しかし、それはある日を境に崩れ去ってしまった。
前日に皆で教会に集まって一晩過ごした翌日の朝、踊歌祭の日。
その日、俺は義弟妹達の計らいで、リンと2人だけで出かける事になった。
リンは昨日、普段お世話になっているお礼として、プレゼントの木彫りの亀を皆から貰ってご機嫌だった。
が、俺はこの日寝不足だった。
理由は大した事では無いのだが……あえて言うのであれば、神父様と義弟達にリンへの気持ちだとか、リンとの関係がどこまで進んだのだとかを色々聞かれて、それが今朝方まで続いたせいで眠れなかったと言う理由だ。
「ねえ、ねえ。イング、ほら見て? 可愛いでしょ?」
そう言って、リンが手の平に乗せて俺に見せたのは木彫りの亀。
「ああ、可愛いな」
だが、これで10回目だ。
リンはずっとこんな風に目を輝かせて木彫りの亀に執心していて、祭りの催しに見向きもしていない。
そして、俺達2人の背後、少し離れた物陰にはいつもの面々が顔を覗かせていた。
「リン姉の阿呆。木彫りの亀なんかどうでも良いから、ロン兄とイチャイチャしろよ」
「いやあ、ありゃもう駄目だろ。やっぱ祭り終わってからの方が良かったんじゃね?」
「2人とも何言ってるのよ。ウェーブもギベリオお兄ちゃんも分かってないわね。リン姉のああ言う所が可愛いんだよ」
「可愛いのは認めるけど、ギベリオの言った通り祭りの後の方が良かったんじゃない?」
「へえ、ステラはギベリオお兄ちゃんの肩を持つんだ? 流石はこっそりつきあってるだけあるよね」
「「――――っ!?」」
「え? おまえ等つきあってんの?」
「おま! 馬鹿! ふざけんな! 何言いだすんだ!」
「そ、そうよ! フナってば変な事言わないでよ!」
「本当につきあってんのか!? こうしちゃいられねえ! 皆に報告だ!」
「やめろ! そんなんだからいつもリン姉に怒られんだよ!」
「そうそう。昨日も怒られてたよね。リン姉がプレゼントに浮かれてるから許されるとか言ってたっけ?」
「怒られてねえよ! ちょっと軽く怖い顔で睨まれながら注意されただけですー! お前等つきあってるからって良い気になるなよ!?」
「いや怒られてるじゃんそれ。ウェーブ一回少し落ち着きなよ。そうやって馬鹿みたいに直ぐ騒ぐから、あの温厚なリン姉も怒るんじゃん。昨日もそうやって夜遅くまで騒いで、下の子達が眠れないって泣いちゃって、それでリン姉が怒ったの忘れたの?」
「いやあ。本当何であれ怒られたの? 俺。少し前までリン姉すげえご機嫌だったじゃん。心ここにあらずで騒ぎまくっても良い雰囲気だったよな? ギベリオだって一緒にロン兄に色々聞いてただろ?」
「確かにオイラや他の義兄弟達、それに神父様も聞いてたけどお前は別だろ。深夜だってのに一々リアクションが煩いんだよ。普段ならオイラもそれに付き合ってやるけど、お前は時と場所を考えろよ」
「うっわ! 女の前だからってかっこつけてやがるぜこいつ。兄弟よ~、そりゃないんじゃねえの? 俺達の仲じゃねえか。女の事なんか忘れて、ありのままに自分を俺と一緒に出していこうぜ?」
「かっかっかっ……って、気持ち悪いなオイ! 何だお前そのノリ!? 何かホモっぽくないか!?」
「馬鹿野郎! 誰がホモか! 俺は年上のお姉さんが大好きなんだよ!」
「ねえ、フナ。なんか今日のウェーブいつにも増してウザくない?」
「う~ん。寝てないからじゃない?」
「っつうか俺の事はいいんだよ! ロン兄とリン姉の尾行してんだよ俺達は! バレたらどうすんだ!?」
バレたらと言うか、まる聞こえだ。
あれだけ煩いのに、リンは全く気付いていない様だが……いや、まあ良い。
せっかく皆が2人きりにしてくれたんだ。
リンとの距離をもう少し縮める努力をしよう。
「リン、せっかくだから、たまにはお披露目会でも見に行かないか?」
「お披露目会? そうだなあ……あ。でも、お披露目会を見に行くなら、義弟妹達も連れて行こうよ。皆まだ教会にいるかな?」
「……そう…………だな」
すまん皆。
俺にはリンとこれ以上の距離を縮める事は出来んようだ。
「いや、はええよ! あきらめんなよ!!」
「あ、ギベリオだ~!」
不意に聞こえたギベリオの大きな声に、リンがようやく気がついたようで、振り返ってギベリオに笑顔を向けた。
「げっ」
「この馬鹿!」
「ギベリオお兄ちゃん最低ー」
「何やってんのよ~。それじゃあウェーブと対して変わらないじゃんかさあ」
「わりい……」
「え? 何? 俺と比べないでもらえる?」
「あ、ウェーブとフナとステラも! みんな偶然だね!」
何も知らないリンが嬉しそうに4人の許に走って行くので、俺もその後を追って歩いた。
ウェーブとステラとフナがギベリオに冷ややかな視線を送っていて、それに気付いたリンが不思議そうに4人を見た。
そのリンの表情が可笑しくて俺が少しだけ笑うと、ギベリオが俺を睨んで「ロン兄は笑ってんじゃねーよ!」と指をさした。
義弟妹4人と合流した事により、リンの要望通りに皆でお披露目会を見に行こうと思ったが、それは出来無そうだ。
どうやら、俺とリンが祭りに向かった後、直ぐに全員教会を出たらしい。
リンはがっかりとして落ち込んだ様子だったが、4人が一緒に来てくれる事になって、幾らか元気を取り戻してくれた。
「そう言えば知ってる? 海宮が出来てから、貴族たちがあの周辺の土地をいらないって捨てだしたらしいよ」
「あー私も知ってる。薄汚いゴミどものいる土地なんて持てるかー! って大騒ぎらしいね。その内私達みたいに貧しい人達が暮らせるようになるかも」
「それ良いね。私も賛成。それなら、私も将来は海宮の近くに家を建てて暮らしたいなあ。フナもどう?」
「賛成! そこでステラと暮らしながら、海宮に通ってリン姉のお手伝いするのも良いかも」
「アホくさ。なんだよそれ。っつうかフナ、お前もどっからそんな情報仕入れるんだよ?」
「私はギベリオお兄ちゃんと違って流行はいつもチェックしてるの」
「オイラは毎日神父様の手伝いで忙しいんだよ」
「何言ってんだい兄弟。いつも俺とサボってるじゃねーかよ。気がついた時にはどっか行ってるけど」
「さささ、サボってねーし。な? ステラ?」
「何でそこでステラに聞いてんだよ」
「うるせえ! 別にオイラはサボってステラに会いに行ってねえ! ステラも何とか言えよ! 会ってないよな!?」
「面倒だから話しかけないでくれる?」
「ステラ酷くね?」
「だからあれほど女は残酷な生き物だって教えただろうがよ」
「ウェーブってたまにホモっぽいよね」
「ホモじゃねーよ! おい兄弟! お前の妹どうなってんだよ!?」
「知らねえよ。オイラが聞きたいよ。昔はあんなにも可愛かったのによ……」
「あら? フナは今でも可愛いわよ」
「リン姉大好きー!」
お披露目会が開かれる城に向かっている途中、そんな風に楽しく話しながら歩いていた時だった。
ステラがリンとフナを微笑ましく見ている途中で、何かに気が付き指をさした。
「あれ? あそこにいるのって神父様じゃない?」
ステラの指をさした方角へ視線を向けると、裏路地に入って行く神父様がいた。
「あ、本当だ。何処行くんだろ? ねえねえ、ギベリオお兄ちゃん、ちょっと行ってみようよ」
「は?」
「あ、それ良いかも~。私も2人と一緒に見に行っちゃおうかなあ。ね、ウェーブ」
「え? 俺? お前の彼氏はギベリオだろ。俺は関係な――」
「え!? ステラとギベリオって付き合ってたの!?」
リンが驚いて尋ねるが、ステラはそれに答えずウェーブの背後に回って背中に両手を当てる。
「はいはーい。そう言うわけだから、私達は4人でちょっと神父様のとこ行って来るね~」
「うんうん。さー行こー! リン姉とロン兄は先に行っててよ」
「おいこらフナ! オイラは行くなんて言ってね…………あっ。なんか急に行きたくなってきたわ」
ステラがウェーブの背中を、フナがギベリオの背中を押して、4人が神父様が入って行った裏路地に向かって行く。
「行っちゃった……」
「俺達も行くか」
「うん」
恐らくだが、4人は……いや、ステラとフナとギベリオの3人か。
3人は俺に気を使ってくれたのだろう。
最初はギベリオも気付いていなかった様だが、途中で気が付いた様子だった。
ウェーブは最後まで気が付かなかったようだが、3人のおかげで再びリンと2人きりになる事が出来た。
今にして思えば、俺達2人はつきあいだしてからも、こうして2人きりになる事が殆どない。
リンは義弟妹達から本当に人気だ。
いつも周りに義弟妹がいて、俺もそれを嫌とは思っていないから、必ずと言って良い程いつも誰かがいる。
と言っても、今の様にステラとフナが仕切って俺達を2人きりにしようとしてくれているわけだが、なんせ家族が沢山いる。
だから殆どが失敗に終わる。
「あー! ナズとマンダだ! おーい!」
まあ、こんな風にリンから義弟達に話しかける事がよくあるからな。
少し2人だけで歩いていると、リンが義弟のナズとマンダを見つけた。
見つければその後の行動はいつも通りだ。
リンは笑顔で手を振りながら、2人の許へと走って行った。
俺はそんなリンに微笑みながら、その後ろを歩いた。
だが、その時、俺は異変に気がついた。
ナズとマンダの様子がおかしかった。
2人は何か焦った様な表情をしていた。
そして、リンの姿を見ると2人は顔を見合わせて頷き、ただ事ではない様子でリンに駆け足で近づいた。
俺の胸がざわつき、歩いていた足を速めて走る。
「リン姉、ロン兄、大変だ。ボウツが貴族に捕まっちまった」
「――っえ? 待って? どう言う事?」
ボウツはリンが孤児院を持つ事になって、元々教会にいた義弟妹を除けば、始めて来た孤児院生……つまり家族、俺達の義弟だ。
ナズから聞いた貴族に捕まったと言う話に、笑顔だったリンの表情が曇る。
「詳しくは分からない。だけど、さっき神父様に会って、神父様がその貴族と話をつけに行くって」
「それで俺達リン姉とロン兄を捜してたんだ」
「――神父様……っ!? イング!」
「分かっている。今直ぐあの場に戻って確かめる」
「うん!」
「あの場?」
「ロン兄は知ってたのか?」
「偶然だが、先程ウェーブ達と共に神父様が裏路地に入って行くのを見た。それより急ぐ。リンは念の為に他の義弟妹達を集めて教会で待っていてくれ」
「分かった! イング、お願いね!」
「ああ、任せておけ」
「俺達も行くよ!」
「……分かった。ついて来い」
胸騒ぎが抑えられそうにない。
俺はナズとマンダを連れて、直ぐに先程神父様を目撃した場所まで急いで戻った。