018 凍豚を狩猟しよう
※今回の話を読む時は、食事中の方はご注意下さい。
モーナの魔法で崖の下に到着すると、そこにはまっしろな草が沢山生えている草原があった。
崖の上と違って雪は降っていないようで、寒さも大分マシな様に感じる。
早速、凍豚を捜しに歩き出す。
崖を降りる途中でラヴィから聞いた説明によると、凍豚は凍粘土と呼ばれるものを使って、氷のレンガで家を作るらしい。
ちなみに凍粘土とは、凍豚のうんちなのだそうだ。
わたしはこれを聞いた時には流石に汚いなとも思ったのだけど、野生の動物なんてそんなものかもしれないと納得した。
お姉は「臭そうですね」なんて言いながら、ケラケラとモーナと一緒になって楽しそうに笑っていた。
しかも凄く興味あり気に……。
凍豚を捜して歩いていると、ラヴィが綺麗で宝石の様な赤い石を取り出した。
「何それ?」
「炎の魔石。この中の火の魔法で、凍豚の家を燃やす」
「へ~。見せてもらっていい?」
「いい」
わたしはラヴィから炎の魔石を受け取り、マジマジと顔に近づけて見る。
炎の魔石は少し暖かくて、目を凝らしてよく見ると、中でほんの少し炎が揺らいでいる様に見えた。
不思議な感じ。
石の中で炎が燃えているみたい。
腕にはめたステチリングに付いている赤い魔石と青い魔石を見る。
こっちは何も無い。
魔石って言っても、本当に色々と種類があるんだな。
「見つけました!」
魔石から視線を逸らして前を見る。
「雪の家ですよ、愛那!」
「わあっ」
視線を前に移してわたしが見た物は、写真や絵で見た事ある様な雪の家に似た氷のレンガで作られた家【凍レンガの家】だった。
雪のブロックで作り上げられた雪の家の様に、その家も氷のレンガを互い違いに積み上げられて、ドームの様な形状だった。
よく見ると、煙突までついていて、本当に豚が住んでいるのかと疑問に思える。
「マナ、待ってなさい! 私が豚の息の根を止めて来てやるわ!」
モーナが尻尾をぶんぶんと、大きく左右に振りながら凍豚の家に向かって走り出す。
「あっ」
ラヴィが走り出したモーナに手を伸ばした瞬間の事だ。
突然煙突から白い何かが飛び出して、それがモーナに直撃する。
「うぎゃっ!」
モーナは白い何かに吹っ飛ばされて、転がってわたし達の所まで戻って来た。
「モーナ!?」
「な、なんだ今のは~……」
モーナが目を回しながら呟くと、ラヴィが真剣な虚ろ目で答える。
「雪玉」
「雪玉ですか?」
「そう」
「雪玉でモーナがここまで吹っ飛ばされたの? それってかなり危ないやつじゃん」
わたしが血の気が引くのを感じながら喋ると、ラヴィが頷いた。
「凍豚は用心深い。考えなしで近づくと死ぬ」
「へう~! 死んじゃうんですかー!?」
凶暴とは聞いていたけど、まさか凍豚を拝む前に命の危険に晒されるような状況になるとは思わなかった。
お姉もわたしと同じで、命まで係わるとは思っていなかったのだろう。
これでもかと言うくらいに顔を真っ青にさせて、へうへう言いながら震えていた。
「上等だ! 私を怒らせた事を後悔させてやる!」
「モーナ!?」
モーナが立ち上がり、これまた馬鹿正直に正面から突っ切ろうと走り出す。
それがどういう結果をうむかと言うと、わかりきった答えが返ってくるわけで……。
「モーナ、あんたってホント……」
馬鹿だなぁ。
モーナは雪玉を何発も食らっては吹っ飛ばされ立ち上がりを何度も繰り返して、再起不能になってしまった。
目を回して、尻尾をだらんと下げて、草の上でうつ伏せに倒れていてピクリとも動かない。
死んではいない様だけど、もうこれは完全に駄目だろうと見てわかる。
「モーナちゃん、生きてますか~?」
お姉がモーナを人差し指でつついて呼びかけるも反応は無し。
「ねえラヴィ。ラヴィって凍豚を狩るのが得意なんだよね?」
「そう。ラルフに教えて貰った」
「あー、あの狼の獣人のラルフさん」
「そう」
ラヴィは返事をすると、しゃがんで草をむしりだす。
「ラヴィ?」
「愛那と瀾姫も手伝って。いっぱい必要」
「う、うん。わかった」
「わかりました!」
ラヴィにお願いされて、わたしとお姉もしゃがんで草むしりを開始する。
すると、今度はラヴィは立ち上がって、周囲をキョロキョロと見始めた。
「どうしたの?」
「見つけた。木の枝とって来る」
「木の枝?」
ラヴィが走りだし、少し離れた先にある木の所まで行くと、落ちている木の枝を拾いだす。
それから少し経つとラヴィは集めた木の枝を持って来て、わたしとお姉がむしった草の横に置いた。
「もしかして、それを炎の魔石で燃やすんですか?」
「違う」
「違うんですか?」
「そう。待ってて」
ラヴィはそう告げると、木の枝一本一本に草を巻き付け始めた。
草を巻きつけた枝同士を長めの草で縛っていき、出来上がったのは盾だった。
「これで雪玉防げる。この草と枝、雪を直ぐ溶かす」
「あー、だからここ等辺は雪が積もってないんだ? 雪が降ってないからってわけじゃ無かったんだね」
「そう」
ラヴィは頷くと、早速盾を構えて凍豚の凍レンガの家に向かって歩き出し、わたしとお姉もそれに続いた。
わたし達が近づくと、モーナを襲った様に、煙突から雪玉が射出される。
ラヴィが盾を構え直して、向かって来る雪玉を盾で防ぐと、雪玉は瞬きする暇もなく一瞬で溶けてしまった。
「凄い……」
溶けると言っても、ここまで一瞬で溶かすとは思わなくて、わたしは驚いて立ち止まってしまった。
立ち止まって前を進むラヴィから距離が離れしまったその時、煙突からわたし目掛けて雪玉が放たれる。
しまった……っ!
わたしはカリブルヌスの剣を構えようとしたが間に合わない。
「――っ!」
雪玉がわたしに当たる直前、お姉がわたしの前に出て魔法を使う。
「アイギスの盾!」
お姉の出した盾の魔法に雪玉が衝突して、低く鈍い音が大音量でこの場に響く。
「へうっ」
お姉は少しよろめいたけど、雪玉を見事に防ぎきった。
「お姉っ。ありがとう」
「はい。ケガはありませんか?」
「うん。お姉のおかげだよ」
「良かったです」
ラヴィがわたし達に駆け足で近づき、心配そうに眉根を下げる。
「大丈夫?」
「はい。大丈夫です。でも、ちょっと手が痺れちゃいました」
そう言って、お姉が苦笑しながら見せた手は小刻みに震えていた。
「お姉はモーナの所で待ってて。凍豚の家はわたしとラヴィで何とかするから」
「愛那……」
「必要無い。もう終わった」
「え?」
瞬間、突然凍レンガの家が燃え上がる。
どうやら、わたしがお姉に雪玉から守られている間に、ラヴィが炎の魔石を使って凍レンガの家を燃やしたようだ。
そして、凍レンガの家の中から、水色の豚が飛び出した。
凍豚の見た目は、水色の皮膚以外はわたしの知っている普通の豚と大して変わらなかった。
「豚さんが三匹もいますよ!」
お姉が目を輝かせて指をさした。
わたしは念の為にステチリングで凍豚のステータスを確認する。
凍豚
種族 : 豚
味 : 美味
特徴 : 氷皮
加護 : 雪の加護
能力 : 未修得
氷皮?
凍豚の皮が氷で出来てるって事?
「「「ブヒャアアアアアアアッッ!!」」」
「――っ!?」
凍豚達が鼻息を荒くさせて、わたし達に向かって突進してくる。
しかもただ突進して来るだけじゃない。
凍豚の周囲には雪玉が何個も浮かび上がり、それがわたし達目掛けて飛翔する。
「アイギスの盾!」
お姉が雪玉を魔法の盾で防ぐ。
「くる」
ラヴィが呟き、私の腕を引っ張る。
「へっ?」
もの凄く強い力、まるで大人に引っ張られるような感覚を覚えて、わたしは驚きそのまま引っ張られた。
その瞬間にわたしが立っていた地面に、雪玉が物凄い勢いで幾つもあたり地面が抉られる。
「やばっ……」
お姉はこんなのを魔法で防いでたの!?
モーナなんておもいっきり食らってたんだけど……。
「ありがとう」
わたしは顔から血の気が引いていくのを感じながらラヴィにお礼を言うと、ラヴィは無言で頷いた。
あれ?
でも……。
「草が雪を溶かす筈なのに、なんで溶けずに地面が抉られたの?」
「多すぎると溶かしきれない」
「そう言う事か」
「愛那、斬って」
「え?」
「剣」
ラヴィに言われてハッとなる。
「そうだ。ボーっとしてる場合じゃないか」
わたしは姿勢を低くして、カリブルヌスの剣を横に構えて能力の力を込める。
狙うは凍豚三匹。
目の前にいるお姉とラヴィに斬撃を与えない様に全神経を集中して、一気に空を薙ぎ払う。
わたしが薙ぎ払った瞬間に、真空の刃が凍豚を襲い、凍豚は斬撃を浴びて絶命した。
「やりましたー!」
お姉がバンザイをして喜び、ラヴィが口角を上げて喜ぶ。
わたしはと言うと、大きく息を吐き出して、その場にペタリと座り込んだ。
「なんとかなったね」
「愛那、お疲れ」
「うん」
わたしとラヴィが微笑み合い、そこにモーナがやって来る。
「酷い目に合ったわ」
「モーナ、もう大丈夫なの?」
「あたりまえだ。私は世界でトップクラスの頑丈な女だからな!」
モーナが得意気に胸を張る。
わたしはそれを見て、本当に大丈夫そうだなと思いながら立ち上がった。
何はともあれ、凍豚を無事に狩猟出来たわたし達は、再びモーナの重力の魔法で崖の上へと登って行く。
崖の上に登る途中でラヴィから聞いたのだけど、凍豚の皮は本物の氷の様なものだけど、溶けない皮らしい。
焼いて食べる事も出来て、口の中に入れるとアイスの様に溶けて美味しいのだとか。
保存は常温でも良いらしくて、皮自体が常に冷温を保っているから保存食としては便利な食べ物らしい。
そして、わたしはそれを聞いて思いついた。
もしかしたらこの凍豚の皮【氷皮】は、氷雪の花の持ち運びに使えるのではないかと。
そんなわけで、わたしはその事を皆に話して、メリーさん達にも使えるかどうか聞いてみようと言う事になった。