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181 命削りし和せよ乙女

「クアドルプルスピード!」


 加速魔法で4倍の速さを手に入れ駆ける。

 モーナはわたしに向かって右手をかざし、ただ一言だけを添える。


「グラビティプレス」


 瞬間――わたしの頭上から強大な重力が押し寄せる。

 だけどそんなのは予想の範囲内だ。

 わたしはその重力にのみ込まれる前に、無詠唱で加速魔法を更にかける。

 無詠唱で使うのは、どんな魔法かモーナに悟らせない為。

 そしてわたしが使ったのは……。


「――っ!?」


 わたしは一瞬でモーナの懐に入り、カリブルヌスの剣をモーナのお腹に向けて振るう。

 スキルは使わない。

 だけど、手加減をしてやるつもりもない!


「くそ……っ!」


 モーナは一瞬で近づいたわたしに驚きながらも、悪態をつきながら直ぐに魔法で鋼鉄を生み出してわたしの攻撃を防御する。

 わたしは攻撃を防がれると、そのまま次の攻撃を繰り出す。


「アクセル・セット!」


 呪文を唱え、モーナが出してわたしの攻撃を受け止めた鋼鉄の塊に触れ、そして押す。


「な――――」


「デキュプル・ブースト!」


 瞬間――鋼鉄のそれは速度を増し、10倍のスピードでモーナのお腹に衝突した。


「――に……っ!?」


 モーナが数メートル後ろに吹っ飛び、お腹を押さえながらも転がらずその場に足を踏ん張って止まる。

 わたしは一旦後ろに二歩程下がり、カリブルヌスの剣を構え直した。


「モーナ、強いって言うわりには大した事ないじゃん」


 挑発する様に笑いながら言ってやる。

 すると、モーナの顔は怒気を孕んでいき、その怒りを含んだ顔でわたしを睨んだ。


「どう言うつもりだ!? マナ!」


「そんな怒るほど屈辱だった?」


 更に挑発。

 勿論笑って。

 だけど、違っていた。


「そんな事どうでも良い! 何でライトスピードを使ったって言いたいんだ!」


 違っていたんだ。

 モーナが怒ったのは、わたしの攻撃を受けた事でも、わたしの安っぽい挑発が理由なんかじゃない。


「おまえ、今度それ使ったら死ぬんだぞ!? 分かってるのか!?」


 モーナが怒ったのは、わたしが使ったら駄目だと言われた【ライトスピード】を使ったからだ。

 無詠唱で使ったけど直ぐにバレてしまった。

 流石はモーナだ。

 それで怒るだなんて…………でも、そんなの知らない。

 そんな事どうだって良い!


「分かってるよ! でもそんなのどうでも良い!」


「どうでも良いわけないだろ! ふざけるな!」


「ふざけてないよ。モーナもわたしに言ったよね? 絶交なんでしょ? どっか行って欲しいんでしょ? もう会わないんでしょ? だったら関係ないよね?」


「それこそどうでも良いわ! おまえは死にたいのか!?」


「死にたいわけないじゃん。でも、わたしは使うよ。この魔法を」


 静かに告げる。

 そう。

 わたしはこの魔法、加速魔法【ライトスピード】を使う。

 もちろん死ぬつもりもないし、それなりの対策はメレカさんの協力を得て船の中でしてきた。


「上等だ! だったら話は別だぞ? マナ、もう手加減はしないわ!」


「望む所! 本気でかかってきなよ、モーナ!」


 瞬間――モーナが目の前から消える。

 否、消えたのではない。

 高速で移動したのだ。

 常人であれば目で追う事すら出来ない程のとてつもないスピード。

 だけど、だからなんだって言うんだ。

 わたしはそんな事で引きさがったりはしない。


 集中し、全身に加速魔法を巡らし、そして――


「やあああ!」


「――っ読まれてた!?」


 目の前を0時の方向と考えるならば、丁度5時の方向に向かって剣を振るう。

 その瞬間、モーナの爪とわたしの剣がぶつかり合い、周囲に甲高い大きな音を響かせた。

 しかしそれと同時、わたしの全身にのしかかる重力の重し。


「くぅっ」


 声を漏らしながらも、わたしは既に対抗策へと手を伸ばしている。

 それは、ラヴィから貰った短剣だ。

 スキル【必斬】の力を乗せて、短剣を真上に向かってほんの少しだけ振るう。

 わたしのスキルはモーナの重力を斬り裂いて、わたしは重力の重しから解放された。


「だったら!」


 モーナの右手を怪しげな影が纏い、その手でわたしに触れようと手を伸ばす。


 モーナのスキル!


 わたしは直ぐにライトスピードを使用して後方へ下がり、それを回避した。


「――っくそ。一々すばしっこいな」


「お互い様でしょ」


「それよりマナ、ライトスピードを使うのをやめろ」


「やめるわけないじゃん。お断りだっての」


 わたしとモーナは睨み合う。

 お互い一歩も譲る気は無い。

 本気と本気の戦い……ううん、これは喧嘩だ。

 喧嘩だからこそ譲るわけにはいかないんだ。


「いい加減にしろ!」


「それはこっちのセリフ!」


 2人同時に駆け、同時に魔法を使う。

 わたしはライトスピードを。

 モーナは重力の魔法を。


 一瞬全身を重力が包み込んだけど、それは光の速度で一気に駆け抜け範囲の外に出る。

 勢い余って壁にぶつかりそうになったけど、それすらもライトスピードの速さを剣に乗せ、剣を振るう事で軌道を変えて勢いそのままモーナに突っ込む。

 しかし、モーナは流石と言うべきか、わたしとモーナの間に重力の壁を作り、わたしは前方から来る重力で速度を落とされる。


「大方メレカから魔力を抑える方法を聞いたんだろ!? それにシュシュもある! だからそうやって使ってるんだろ!?」


 モーナの言った事は当たっている。

 メレカさんは魔力コントロールの天才だ。

 だから、わたしは竜宮城に向かう途中、船の中で色々と教わった。


 無詠唱でライトスピードを使えば、その性能は一気に下がるけど、その分魔力の消費が抑えられる。

 それに、わたしの腕にはめたシュシュには、予めメレカさんの魔力を入れて貰っていた。

 これによって、本来シュシュのサポート機能を使うには魔力が必要になる所を、メレカさんの魔力で補っている。

 そしてわたしがライトスピードを連続で使えているのは、シュシュのサポート機能のおかげだったのだ。

 だけど、このわたしの手には有り余るほどに強大なこの魔法は、魔力の消費が激しくて、シュシュの性能の許容は開始早々とっくにオーバーしていた。

 モーナの言う通りメレカさんやシュシュのおかげでもあったけど、今はもう殆ど無理矢理使っている状態だった。


「だったら何だって言うのよ!? あんたには関係無いでしょ!?」


 落ちたスピードのままだろうが関係ないし問題も無い。

 モーナの目の前まで無理矢理にでも重力を押し退けて来てやった。

 そして、わたしの剣とモーナの爪がぶつかり合う。

 刃と刃は火花を散らし、甲高い音が響き合う。


「関係無いわけないだろ! 私はおまえを心配してるんだ! マナ!」


「心配……? だったら何でいなくなるの!? ここで待ってろって! 直ぐに戻って来るって言ったじゃん!」


「それは……っ」


 モーナが言い淀んで距離を置く、わたしは後追いせずに、次の一手の為に身を低くして構えた。


「おまえには関係ないだろ!」


「関係無いわけないとか関係ないとか、そんなんじゃ分からないでしょ!」


 叫んだ瞬間、視界が一瞬ぐにゃりと歪む。

 汗は滝のように流れて鬱陶うっとうしいし、体の節々(ふしぶし)が痛くて堪らない。

 それでも、まだ終われないんだ。


「わたしは、わたしはモーナが一緒にいてくれなきゃ嫌なんだ!」


「――っ!」


 カリブルヌスの剣にスキル【必斬】の力を乗せ、横一文字に大きく振るう。

 瞬間――必斬の効果を乗せた斬撃が飛翔し、モーナはそれを跳躍して避けた。


「よし、これで――」


 モーナの跳躍直後に、ライトスピードでモーナの懐に入って攻撃を繰り出す。

 それでモーナを動けなくしてやって、嫌がろうが何だろうが、引きずってでも帰る……予定だった。

 だけど、それは出来なかった。


「――へ?」


 突然足に力が入らなくなった。

 足だけじゃない。

 全身から力が抜けて、わたしはカリブルヌスの剣をその場に落として、そのまま崩れる様に倒れた。

 その瞬間、これがライトスピードを使った代償だと気付いた。


「マナ!?」


 モーナが顔を青ざめさせてわたしに向かって走り出す。

 だけどそれを見て、わたしは出ない力を振り絞る。


「こ……んな……事…………でええええ!」


 手や腕に力を込め、精一杯に立ち上がろうとする。

 床に向かって腕を伸ばし、上半身が床から離れると、わたしは床に落ちる赤色の液体に気が付く。

 その赤色の液体はわたしの鼻から出た血だった。

 多分ライトスピードを使い過ぎた後遺症の鼻血だろう。

 でも、そんなものには構っていられない。

 わたしは更に力を振り絞り、そして、床に落ちたカリブルヌスの剣を拾いながら立ち上がった。


 そんなわたしにモーナは驚き動揺して立ち止まる。

 わたしはそんなモーナの顔を見て、鼻で笑ってやった。


「どうしたの? 酷い顔してるよ?」


「だってマナ、おまえ…………っ」


 力は……入らない。

 意識は……どうだろう?

 朦朧もうろうとしてるかも?

 でも、モーナは見える。


 変な顔。


 わたしはモーナを見て思った。

 馬鹿みたいに情けなく、今にも泣きそうな、らしくない顔。

 いつもの殴りたくなるあのドヤ顔は何処へ行ったのやら。

 でも、仕方が無い。

 いつもみたいなムカつくドヤ顔じゃないけど、その顔で勘弁してやる。


「ばー……か…………」


 すぐ目の前まで泣きそうな顔でやって来たモーナに、そう言っていつものデコピンをお見舞いしてやる。

 残念ながら、モーナのいつもの「んにゃ」も聞こえなかったし、ペチリとも音は立たなかったけど、モーナには随分と重い一撃を与えてやれたようだ。

 モーナは涙を流して、わたしを見つめていた。

 こんなにも弱々しく泣いているモーナの姿なんて初めて見た。

 申し訳ないけどそれが可笑しくって、わたしは口角を上げる。

 思いっきり笑ってやりたい所だったけど、残念な事にそこまでの体力はわたしには残っていなかった。


「ごめん、ごめんマナ。ごめん……ごめん…………」


「あ……やま……ったって…………事は……、わた……しの……勝ち…………だよ……ね?」


「マナ、マナごめん。ごめん……」


 モーナは何度も何度もわたしに謝って、そして、わたしはモーナに抱きしめられた。

 わたしの質問に答えずに謝り続けるモーナには少し不満だけど、まあ、せっかく謝ってくれたんだからそこは気にしない。

 でも、そんなに謝るなら、最初からどっかに行こうとしなければいいんだ。

 わたしが気に入らなくなったなら、いつもの調子で気に入らない事を言えば良い。

 それでわたしが怒るかもしれないけど、それこそいつもの事なんだ。

 まあ、でも、今後はわたしも少しくらいは気をつけてあげようかなと思う。


「ごめん、ごめん、ごめん……」


 まったく、いつまで謝るつもりだろうか?

 さっきから謝る事しかしない。

 でも、今日のわたしはいつもよりちょっとだけ心が広い。

 そんなに謝るなら、許してあげようじゃないか。

 と言っても、正直今のわたしは、モーナが何に謝ってるのかよく分かってない。

 申し訳ないけど、やっぱり頭の中は朦朧としていて、意識は朧気おぼろげだった。

 だから、わたしがハッキリと言えるのは、簡単な一言とわたしの意思。


「いっ…………しょに……帰……ろ…………? モーナ……」


 わたしは精一杯の力を振り絞ってモーナを抱きしめた。

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