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179 ウェーブの異変

 カールさんとの戦いが終わると、リングイさんを襲っていたさそり達が攻撃を止め、わたしとカールさんはリングイさんの許に戻って来た。


「ありゃ? 随分と仲良くお帰りで」


「はい。勝ちました」


「かっかっかっ。そりゃいい」


「って言うか、リングイさん凄いですね……」


 わたしは海水の中なので分かり辛い冷や汗を流して周囲を見渡す。

 リングイさんの周りは、見渡す限り蠍の死骸の山で埋め尽くされていた。

 しかもリングイさんには蠍につけられた傷が無い。

 周りの海水には毒が侵食してきていると言うのにこれなので、毒の侵食が無かったらもっと凄いんだろうなと思わずにはいられない。

 と、そこでわたしは疑問を浮かべる。


「そう言えば、なんでここ等辺の毒の侵食はこんなにも遅いんですかね?」


 そう。

 普通に考えておかしかった。

 リングイさんが戦っていたこのエリア以外の場所は、かなり毒の侵食が進んでいる。

 それなのに、ここだけはまだまだ余裕がありそうだった。


「それは、ウェーブがリングイさんを殺したくないからだろうね」


 そう言って答えたのはカールさんだった。

 でも、確かに言われてみるとその通りだと納得出来る。

 話によれば、ウェーブはリングイさんの元家族なのだから。


「どうだかねえ……」


 リングイさんは不機嫌そうにそっぽを向く。


「って、呑気に喋ってる場合じゃないですよ。レオさんとウェーブさんがどうなったか確認しなきゃ」


「毒が引いてないから決着はついてないだろうな」


「この毒って、カールさんのスキルでどうにかならないんですか?」


「僕のスキル【魔獣操奏ビーストマスター】は獣や虫、それからドラゴンやモンスターなどの凶暴な生物を操るだけの能力で、毒をどうにかする事は残念だけど出来ないね」


「まあ、そうですよね。毒海に見立てて魔物モンスターを出してたんですよね」


「違うよ。毒海は僕とウェーブが2人で作ってたもので、元々そんなもの存在しないんだよ」


「へ? そうだったんですか?」


「確かに毒海なんて子供の頃聞かなかったな。カールがうにを呼べるのは見せてもらった事があるから知ってたけど、ドラゴンや蠍まで操られるなんて、ここに来て初めて知ったしな。オイラも全然気付かなかった」


「うにを見せてもらったって……それ、吸血うにですよね? そこまで知ってて、疑問に思わなかったんですか?」


「マナちゃ~ん、うにだぞうに。そんなのと毒海に出てくる魔物を一緒だって考えるか? 普通ないだろ」


「た、確かにそうですね。すみません」


 リングイさんに謝り、ふと、疑問が浮かぶ。


「あれ? カールさんがハグレに住むようになったのって、メソメがいなくなってからですよね?」


「そうだね。メソメと妻がいなくなってからだから、僕がハグレの一員になったのは比較的最近だよ。だけど、ウェーブとは子供の頃から友人だったからね。その頃から毒海を遊び感覚で作って悪い貴族をからかってたんだ。昔は人を驚かせるだけで、襲うなんてしなかったけどね」


「……めちゃくちゃ悪ガキじゃないですか、それ」


「ははは。返す言葉も無いよ。まあ、あの頃はウェーブに振り回されてたもんだよ。リングイさんと知り合ったのはその頃かな」


「あの頃からウェーブとカールが毒海を作ってたなんてオイラは初耳だぞ」


 リングイさんがジト目をカールさんに向けて、カールさんは何も言わず苦笑した。


 わたしは今まで毒海は昔からあるもので、最近それをウェーブとカールさんが真似ていたんだと思っていた。

 と言うか、本にも毒海の事が書いてあるし、そう思ってもおかしくない。

 でも、実際は言う程昔でも無く最近と言えば最近で、あくまでカールさんがウェーブと出会ってからの始まり。

 本当に迷惑な話だ。

 でも、納得した。

 だから普通は滅多に毒海に遭遇しないんだと。


 何はともあれ、この話はこれでお終い。

 わたし達にはまだやらなきゃいけない事がある。


「レオさん達どこにいるんだろう?」


「マナは先に行っててくれ」


「え?」


「ここで待っていても無駄に時間が過ぎるだけだ。それにマナのおかげでこっちには革命軍の1人カールがいる。カールに道案内してもらって先に進んでくれ。オイラは毒の中を進めないから、ウェーブの戦いが終わるまでここで待ってるよ」


「リングイさん…………わかりました」


 わたしとカールさんはお互いの顔を見て頷く。


「きっとあの人は君が来るのを望んでる気がする。だから、君をあの人の所まで届けるよ」


「あの人……?」


 カールさんは一度リングイさんに会釈してから、わたしに「さあ、こっちへ」と泳ぎ始める。


「リングイさん、先に行きます」


「ああ、頼んだ。って、あ。そうそう。マナちゃんこれだけ持って行って」


「はい?」


 リングイさんはわたしの手を掴んで何かを握らせる。


「え? 何ですか? これ」


「マナは危なっかしいから一応お守りだ。とりあえず預けとくから、全部終わったら返してくれ」


「はあ? ……っ!?」


 気の無い返事をして握らされたそれを見て驚く。

 何故ならそれは、フナさんや孤児院【海宮かいきゅう】の子供達が、リングイさんの為に用意していたプレゼントだったからだ。


「待って下さい! 流石に受け取れません!」


「だから、終わったら返せって言っただろ? 預けるだけだ」


「でも……っ」


「良いから良いから。持ってなって。あ、無くすなよ?」


「無くしませんよ! ……って、はぁ。分かりました。預かっておきます」


「ありがと、流石はマナだな~」


「はいはい。それじゃあ、わたしもう行きますね」


「おう、よろしく」


 何やらとんでもなく大事なものを預かってしまった。


 死亡フラグじゃないよね?

 もしそうなら勘弁してよ。


 などと思いながら、受け取ったそれを大事にしまう。

 と言っても今は水着なので、リングイさんからしっかりとそれを入れる為の袋、腰にかけれるタイプの袋を一緒に預かった。


 リングイさんと別れを告げると、わたしは先に進んで行くカールさんを追って走る。

 魚人のカールさんと違って、わたしの場合は水中用サンダルをいているので走った方が速いのだ。

 とは言え、加速魔法が自分に使えない分ちょっとだけきつい。

 そうして少し進むと開けた大広間に出て、ようやく毒の領域から脱出する。


「やっと抜けた……って、あれ?」


 毒の領域を抜けたと思ったら、今度は別の事にわたしは驚かされ立ち止まる。


「空気が……ある?」


 この大広間には空気が充満していた。

 そして、ここに来た事によって、わたしを覆っていたメレカさんの魔法の効果が消えてしまった。

 どうやらこの魔法は、かけてもらう時は空気のある所でかけてもらったのに、水の中に入った後に空気のある所に出ると消えてしまうらしい。


「あはは……。もう戻れないじゃん」


 自分が今来た通路へと視線を向ける。

 通路は毒で満たされていて、メレカさんの魔法が無くなってしまったわたしには最早恐怖でしかない。


「まあでも、これで加速魔法が使える」


 そうでも思わないと正直きついと言うのもある。

 毒に満たされた通路だけでなく、今のわたしは海水に身を入れる事すら出来ない。

 いれたら最後、多分水圧に耐えられ無くて死んでしまうから。


「マナちゃん? 何かあった?」


「あ、いえ。空気があるなあと」


「そうだね。ここから先は空気があるんだ。昔の建物とは言え、流石は古代の国の中心だったバセットホルン城だよね。本来であれば王族しか入る事が許されなかった場所は、こうして今でもその機能を保っているんだよ」


「え? って事は、魚人の王様達も空気のある所で暮らしてたんですか?」


「その通り。僕達魚人は確かに海の中でも生活出来るけど、基本は空気のある所で暮らしているんだ。だから水の都も空気で覆われているし、僕達が住んでいるハグレの村だって、みんな海より上の場所で生活してるだろう?」


「言われてみればそうですね。と言うか、他の種族も生活出来る様にしてるんだと思ってました」


「もちろんそれもあるけど……そうだなあ。あ、マナちゃんは料理をするんだよね」


「はい」


「魚人も料理をする時に、火を扱ったりスープを作ったりもする。海の中でそれ等は出来ないよね?」


「そっか。食事をする時も、海の中じゃ料理が滅茶苦茶になっちゃいますね」


「そうだね」


 なんだか想像したらおかしくて笑ってしまった。

 そしたら、カールさんもわたしと一緒に楽しそうに笑った。


「さあ、進もう」


「はい!」


 返事をして、カールさんに続いて足を前に出した瞬間だった。


「まさかぼくちんの存在を察知出来る奴がいるなんて……くそっ。計画は失敗だ」


 不意に背後から、わたし達が来た毒が満たされている通路の方から声が聞こえた。

 わたしは驚いて後ろを振り向く。

 すると、丁度その時ウェーブが傷だらけの体で、通路からこの大広間へと現れた。


「ウェーブさん!?」


「――っ!」


 わたしとウェーブの目がかち合い、そして次の瞬間、ウェーブが頭を押さえて苦しそうにうずくまる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!」


 ウェーブが叫び、わたしとカールさんは何が起きているのか分からず、その場で動けなくなってしまった。

 そして、ウェーブは叫び終えると虚ろな目をして立ち上がり、わたしとカールさんを交互に見て怯えた表情で再び頭を抱えた。


「違う! 俺じゃない! 俺じゃ――――っ」


 瞬間――ウェーブからとんでもない量の魔力が放出さる。

 それは本当にとんでもない量で、魔力を読み取る事が出来ないわたしでも分かる量。


「ウェーブ……さんっ!?」


 ウェーブの目が鋭く細められ光り、そして、瞬く間も無くわたしとの距離を詰めて目の前まで接近した。


「――っ!?」


 ウェーブがわたしを抱きしめて、耳元で囁く。


「会いたかったよ。ぼくちんの可愛いマナちゃん」


「へ? なっ」


「ウェーブ! どうしたんだ? やめろ!」


 ぞくりと背筋が凍る様な寒気を感じて、わたしは全身を震わせる。

 ウェーブはカールさんに言われたからか直ぐにわたしの体を離し、ニヤリと笑みを浮かべたかと思ったら、今度はケラケラと愉快そうに笑った。


「でも残念だなあ。この体は早すぎた。親愛なる分身(マイオルターエゴ)、ぼくちんの【思念転生リスタート】には耐えられない」


「ウェーブさん? 何言ってるの?」


 聞いた事のある言葉【親愛なる分身(マイオルターエゴ)】と、始めて聞いた言葉【思念転生リスタート】に、わたしは困惑し恐怖で一歩後退る。

 ウェーブはそんなわたしを見て笑んだ。


「おっといけない、会えた喜びで喋りすぎた。もうこの体はいらないな。マナちゃんに見つかってしまったし、まだぼくちんとマナちゃんが出会う時期じゃない。これはイレギュラーな出来事だ。こいつの体はもう役目を果たしたし返そう」


「何言ってるの?」


「じゃあね、マナちゃん。異世界から来たぼくちんの花嫁」


「危ない!」


「――っきゃ」


 一瞬だった。

 カールさんが護ってくれなかったら、わたしは間違いなく口にキスされていた。

 ウェーブはわけの分からない事を言うと、突然わたしの口に自分の口を重ねようとしてきたのだ。

 カールさんはウェーブの意味不明な言動を不審に思っていたのだろう。

 わたしに迫る危険を察知して、わたしの腕を引いてキスを回避させてくれた。

 正直言って、こんな時にキスだのなんだのとくだらないと思うかもしれないけど、わたしのファーストキスがかかった死活問題だった。


「あ、ありがとうございます」


「いいんだ。それよりウェーブ、本当にお前どうしたんだ? こんな時にこんな幼い子に無理矢理キスをしようだなんて、いったい何を考えているんだ?」


 カールさんの問いに、ウェーブは何も答えない……いや、答えられない。

 わたしがカールさんに引っ張られると、ウェーブは床に倒れたのだ。


 わたしはカールさんと一緒にウェーブから距離を置く。

 正直本気で意味が分からない。

 いったいウェーブに何が起きたと言うのか。


「ウェーブさん……?」


 わたしが恐る恐る声をかけると、ウェーブがビクリと身を震わせて、フラフラと立ち上がった。


「俺は…………っ」


 ウェーブの顔色がみるみると青ざめていく。


「何で俺は今まであんな……っ不味い! このままだと……っ!」


 ウェーブが顔面蒼白で走り出す。

 わたしとカールさんはお互い何が起きているのか分からずに、走り去るウェーブを何もせず見送ってしまった。


「カールさん、あっちの方向って……」


「うん。今から向かう先だよ」


 何があったのかは分からない。

 だけど、何か良くない事が起きようとしていると、ウェーブを見て間違いなく感じた。

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