175 竜宮城の罠
ラヴィ達と離れ離れになってだいたい1時間は経過してしまった。
そして、わたしは少しだけ疲れていた。
「本当に広いなここ……」
呆れる程に長い通路。
竜宮城の中は外から見た通りに広くて、その通路も馬鹿みたいに長い。
そもそも罠の一種なのかなんなのか、さっきから同じ場所をぐるぐる回ってる気すらする。
と言うか多分回ってる。
正直1人で行動しない方が良かったなと若干後悔していた。
同じ場所を回っていると分かる理由は、今に至るまでに何度か既に戦闘をしているからだ。
それは革命軍の待ち伏せとかではなく、吸血うにを始めとした魔物達との遭遇。
念の為に魔法を使わずスキルのみで戦っているのも、疲れている原因かもしれない。
と言うか、同じ所を回っているせいで、私が倒した魔物を何度も何度も目にするので精神的にもちょっと辛い。
しかも、それと一緒に新手の魔物とも何度も出会う。
そんな事が1時間近くも続けば、嫌になると言うものだ。
あ、またここだ。
いい加減きついなあ。
あの死んだ吸血うに見るの何回目だろ?
5回目?
「適当に休める所ないかな? あるわけないよね?」
力無く呟いて、適当に何かの部屋の襖を開ける。
因みにここを最初開けた時は、毒海蠍に襲われた。
「…………って、あれ? 嘘? 階段がある」
まさかの階段の発見。
正直かなり嬉しい。
同じところを何度か通っている内に、何かの条件を満たしたのか?
兎にも角にも、これでやっと先に進める。
次第にわたしの心は明るくなり、体の疲れは若干残っているものの、精神的な疲れは吹き飛んだ。
そう言うわけで、とりあえず休憩せずに階段に沿って泳ぐ。
水中用サンダルのおかげで普通に階段を上り下りも出来るけど、多分泳いだ方が早いから。
上の階に進んで行き、大広間へと辿り着いた。
そしてその大広間の惨状を見て、わたしは最悪な気分にさせたれた。
「嘘でしょう? これ、絶対罠だよね?」
わたしが見た惨状。
それは、革命軍と思われる5人が罠にかかって気を失っている姿と、罠と思われる残骸。
剥がれた床、もしくは壁から突き出た槍に足を刺されて意識を失っている者や、頑丈そうな檻に入れられ意識を失ってる者がいる。
間違いなくここで何かがあったと言える。
「……これ、戻った方が良いよね?」
そう呟いた瞬間だった。
階段があった場所が突然閉じられて、この大広間に閉じ込められてしまった。
そして更には、カチッと言う音が何処からか聞こえて突然天井が開き、わたしはもの凄い勢いで吸われ始める。
その吸引力は恐ろしい程に強く、わたしはあっという間に呑みこまれてしまった。
「きゃああああああ!」
悲鳴を上げて吸われ続け、そして、そんなわたしの吸われる先に現れたのは数えきれない程の槍。
その槍は獲物を待ち構える様に先端をこちらに向けている。
そして、その周囲にはグルグルと不規則に漂う檻の数々。
悲鳴を上げている場合じゃ無いのは一目瞭然だった。
直ぐに歯を食いしばりながらカリブルヌスの剣を構えた。
「お願いだから上手に当たってよお!?」
スキル【必斬】を乗せた斬撃を、槍と檻に向かって飛ばす。
斬撃は槍と檻を斬り裂いて、そのままその先をもバラバラに斬り裂いた。
「ヤバッ、やり過ぎた! きゃああ!」
斬り裂いた瞬間に罠を破壊して吸い込む力は消えたけど、ここに至るまでの勢いが止まらない。
わたしは腕で顔を護るように前に出して、バラバラになった槍や檻や天井の残骸の中を勢いよく飛ばされる。
残骸のせいで擦り傷を幾つか作ってしまったけど、何とか勢いが治まったので腕を解いて前を見ると、そこは竜宮城の外だった。
「何だったの今のって、まあ、罠だよねえ……はあ。戻らなきゃじゃん」
何だかドッと疲れた。
気絶していた革命軍の5人を思いだす。
あの勢いで吸われて、その先であの槍と檻なんてあったら、そりゃ気絶してもおかしくない。
下手に打ちどころが悪ければ、最悪死んでも全然不思議じゃないくらいだ。
寧ろ、足に槍が刺さった程度ですんでいたのは運が良い方だろう。
と言うかだ。
よく見ると、わたしが罠にかかった後にスキルで罠の先を斬り裂いたから、気絶していた5人も竜宮城の外に放り出されていた。
「…………放っておけないよね」
見てみぬふりも出来ないので、一緒に外に放り出された5人を救出する事にした。
と言っても、ただ単に海底に並べてあげるだけ。
一応心臓が動いてるか確認したけど全員動いていたし、上手に檻の中に全員を入れたので外敵からも身を守れる筈。
多分だけど……。
「マナ!?」
竜宮城に戻ろうとした時だ。
不意に声をかけられて振り向くと、そこにいたのはリングイさんだった。
わたしとリングイさんはお互いに驚きながら近づいて、リングイさんはわたしの後ろにある檻に入った5人を見て更に驚く。
「あの5人……マナがやったのか?」
そう言ったリングイさんは、明らかに動揺していた。
とは言え、その動揺を探るより、わたしは何故ここにいるのかが気になった。
「いえ、違いますけど……。それより、何で外にいるんですか?」
質問すると、リングイさんは目を丸くして「それはこっちも聞きたいね」と呟いたかと思ったら、今度は苦笑して気まずそうに答える。
「オイラは城の罠にかかって今さっき放り出された所だよ」
「それならわたしも一緒です」
「マナも罠にかかったのか? お互い散々だな。ったく、イングがフナを攫った理由が身に染みて分かったぜ。こんな事に利用しやがって……とにかく、お互いこれ以上は罠にかからないように気をつけような」
「そうですね。もうこりごりです」
「かっかっかっ。ところでマナ、あの5人と何かあったのか?」
「へ? あの5人ですか?」
再度5人の事を聞かれたので、罠の部屋で見つけた所から一応説明する。
すると、リングイさんはわたしに頭を下げた。
「ありがとう。あいつ等は教会に住んでた時に家族だった奴等だ」
リングイさんが5人を見て動揺していた理由が分かった。
教会に住んでいた時の家族だから、気絶している5人を見て心配になったのだろう。
だから、わたしもさっき見捨てずにいて良かったと心から思えた。
リングイさんは気絶している5人に近づいて、直接安否を確認した。
それから、もう一度わたしに頭を下げて、竜宮城を見上げた。
「さっさと城に戻るか。ラヴィーナとメレカの事も心配だ」
「はい。って、そう言えば2人は一緒に放り出されなかったんですね?」
今更ながら質問すると、気まずそうに視線を逸らされる。
その様子に訝しむと、リングイさんはわたしと目を合わさずに答える。
「マナがいなくなった後、直ぐにオイラも2人とはぐれちまったんだよ」
「え!? マジですか? 何があったんですか?」
まさかの答えに驚いて、食い入るようにリングイさんに近づいて問うと、リングイさんが目を合わさずに答える。
「カールだ。ラヴィーナから聞いたよ。知り合いなんだってな。……それでそのカールがドラゴンの群れを連れて来て、戦闘になってはぐれちまった」
「カールさんとドラゴンの群れ!?」
覚悟はしていた。
覚悟はしていたけど、カールさんがリングイさんやラヴィの目の前に現れたと聞いて、わたしは驚かずにはいられなかった。
しかも、カールさんがドラゴンの群れを連れて来たと言う事実。
ドラゴンと聞いて、わたしの脳裏にラージマウスドラゴンの姿がよぎって背筋が寒くなる。
あんなヤバいのが群れでやって来たとなると、ただ事じゃすまない。
わたしが動揺している中でも、更にリングイさんが話を続ける。
「メレカが殆ど1人で引き受けてくれたけど、どうにもドラゴンの数が多すぎて、流石にオイラもラヴィーナを護るまで手が回らなかった」
「……ラヴィ」
予想以上に厄介な事になっていて、途端に不安になって俯く。
フィレオと戦っている時、まさかそんな事になっているとは思わなかった。
ドラゴンの群れの脅威もそうだけど、カールさんと戦わないといけないラヴィの心情を考えるだけでも不安で心配になる。
そうと知っていれば、スキルで壁を斬って破壊して、皆を助けに行ったのにと後悔した。
でも、そんなわたしの頭に手を置いて、リングイさんが優しく撫でる。
顔を上げると、リングイさんは柔らかな笑みを見せていた。
「心配すんなって。カールがラヴィーナを見て動揺して、ドラゴンがラヴィーナへの攻撃を避けてたぜ。メレカは……まあ、分かんねえけど、少なくともラヴィーナは無事だろ」
「……ありがとうございます」
「よし、それじゃ戻ろうぜ」
「はい!」
不安になって心配している場合じゃない。
わたしは返事をすると、気を引き締めてリングイさんと一緒に竜宮城の中へと戻った。
この時、わたしは、わたしとリングイさんは大事な事に気が付いていなかった。
ここが竜宮城の外で、アタリーとラタが待っている筈の場所である事に。
そう。
本来ならばここにいる筈のアタリーとラタを乗せた船がない事に、気が付いていなかったのだ……。




