174 幻炎の誘い
竜宮城で敵の罠にはまって、ラヴィ達から孤立してしまったわたしの前に現れたのは1人の男。
男は踊歌祭の日に都を襲った革命軍の1人で、わたしに恨みを持ってしまったらしい。
わたしを見る目は殺気立っていて、それでいてニヤニヤと下卑た笑みをしているものだから不気味で仕方ない。
そんなこの男はあの時は急いでいたのもあって特に気にしていなかったけど、改めて見ると背には背びれが生えていて、随分と細い体をしていた。
その細長い体は腰回りがとくに細く、一部の女性からは羨ましがれそうだ。
とにかく、この男を倒してラヴィ達と合流しないといけない。
わたしは男の情報を探るべく、直ぐにステチリングの光を向けた。
フィレオ=サゴシー
年齢 : 21
種族 : 魚人『鰆種』
職業 : 革命軍下っ端
身長 : 179
装備 : アイアンサーベル
牛皮製海水パンツ
サーチカットリング
属性 : 火属性『火魔法』
能力 : 『誘いの幻炎』未覚醒
やっぱり火属性の魔法。
さっきの焚き火はやっぱり魔法か。
でも、海水の中で火の魔法なんて使えるの?
それにスキルも火……だよね?
誘いの幻炎ってなんだろう?
「ステータスチェックリングか。随分と高価なもん持ってんな! 俺にくれよ!」
フィレオと言う名の男が炎の玉を出現させる。
またもや水中で放たれた炎は、消える事なくわたしに向かって飛んできた。
「幻炎……っあ。分かったかも!」
飛んでくる火の玉に向かってカリブルヌスの剣を振るって受け止める。
すると、思った通りの結果になった。
火の玉は剣に当たると、そのまま何も無かったかのように消えていった。
「やっぱりそうだ。誘いの幻炎は幻を見せるスキルだ」
「ガキの癖によく分かったな。褒美に良いもん見せてやるよ」
フィレオがそう話した次の瞬間、フィレオの両隣りに幻の炎が出現する。
しかも、今回の炎はただの幻じゃない。
その炎はフィレオ自身を投影したような分身で、まるでフィレオが3人いるようだった……と言うわけでもない。
正直呆れてしまった。
現れた幻は、確かにフィレオの分身だ。
だけど明らかな欠陥品と言える見た目で、炎がフィレオの形をしているだけで、パッと見は人の形をした炎だった。
目や鼻や口も無ければ、色も炎の色のみ。
これでは誰が本物かなんて一目瞭然だ。
だと言うのに、この男、フィレオ自身はかなり得意気だ。
「どうだ? これでお前は俺を攻撃する事が出来ないぜ」
「いや、まる分かりだけど?」
「そう思うなら、お前の持ってるその剣で試しに斬ってみればいい。サービスで最初の一撃は食らってやるぜ」
「は?」
本当に呆れてしまう。
ステチリングの情報では、この男は下っ端らしいけど、確かにそれも頷ける。
スキルで出した分身はまる分かりだし、魔法だと思っていたものはスキルだったわけで、この男の魔法は火属性だから海の中では使えないだろう。
そのくせこの自信に満ち溢れたドヤ顔だ。
最早この水中戦で、わたしですら余裕で勝てそうだと言うのに、この男はそれが分かってない。
とは言え、わたしは一応油断はしない。
この男が魚人であるなら、海水の中では向こう側に利があるだろう。
それに相手は大人でわたしは子供。
単純な力の差なら、わたしは余裕で負けてしまう。
決して油断をせずに、その上で相手のサービスとやらに甘える事にする。
「だったら遠慮なく!」
フィレオに近づいてカリブルヌスの剣を振るう。
と言っても、スキルは使わない。
流石に無防備な相手をスキルで真っ二つなんて出来ない。
だけど、戦闘不能くらいにはしないとと考えて、一応足を狙っておく。
「おいおい。何処を狙ってんだ?」
「――嘘っ!?」
信じられない事が起こった。
カリブルヌスの剣は空……では無く、幻と水を切る。
わたしが繰り出した斬撃は、何故かフィレオには当たらなかった。
「ひゃっひゃっひゃっ。驚いてるようだなあ!? ええ!? しかし、俺も驚いてるぜ~。クソガキ、てめえヒューマンなんだってなあ? そのわりには随分と上手に海の中を陸みてえに歩けてるじゃねえか!」
「実は魚人だったりして」
もちろん嘘だ。
実は、海の中を陸と変わらず普通に歩けるのには理由がある。
それはラヴィと準備したとっておきのマジックアイテム【水中用サンダル】のおかげだ。
これは以前ラヴィと読んだ本に書いてあった海に潜る方法の一つで、マニアックな一品らしい。
都で探してたまたま見つけた物で、今ではそれ程出回っていないらしい。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
わたしの嘘は流石にバレバレだったようで、フィレオが苛立った顔でわたしを睨んだ。
「あっ? なめてんのか? そんな嘘に引っ掛かるかよ! 次はこっちから行くぜ?」
「――っ!」
フィレオがサーベルを振るい、わたしはそれを受け止め――られない。
サーベルを振るったのはもう一つの幻だったのだ。
わたしは幻の攻撃を防ごうとして剣を振るってしまい、幻だったそれは消えたものの、それだけで終わるわけもない。
幻だと気がついた時には、既にわたしはお腹を蹴られていた。
フィレオの蹴りをもろに受けてしまったわたしは吹っ飛び、壁にぶつかって背中に衝撃を受ける。
「くは……っ」
「あれれー? どうしたどうした? 教会で俺を倒したのはまぐれだったかー? 今のが蹴りじゃなかったら今頃死んでたぜ~? なあ? ひゃっひゃっひゃあ!」
正直、何が起きたのか分からない。
フィレオの出した幻は、誰がどう見ても直ぐに分かる程にただの炎の塊にしか見えない。
なのに、一度ならず二度も騙された。
フィレオの言う通り、もし今の一撃が蹴りでは無くサーベルでの斬撃であれば、わたしは間違いなく死んでいる。
「何だ何だ? その目は意味が分かんねえって目だな~? ひゃっひゃっひゃあ! 良いぜ。冥土の土産に教えてやるよクソガキ」
フィレオが下卑た笑みを浮かべそう言うと、サーベルをペロリと舐めて更に幻を二体追加して言葉を続ける。
「俺のスキル【誘いの幻炎】はその名の通り誘うのさ。例えこれが幻の炎だと分かっても関係ねえ。無意識に幻へと誘い込むスキルだからなあ。地上なら俺の火属性の魔法とセットで無敵の力を誇るが、まあてめえの様なクソガキ相手には今のままでも十分だ。おめえはどうあがいたって俺に攻撃する事なんて出来ねえからなあ!」
「そう言う事か。教えてくれてありがとう。おかげで頭の中がスッキリしたよ」
背中とお腹の両方からくる痛みに耐えながらも、わたしはカリブルヌスの剣をしっかりと持って構える。
サーベルで斬られずに蹴られただけに終わったのは、恐らくこの男が油断して手加減している証拠。
わたしに恨みがあるようだし、大方苦しめて殺すなんて低俗な事を考えているからだろう。
だからこそ、わたしはそこに勝機があると考えた。
フィレオはわたしがお礼を述べると、これまた愉快そうに下卑た笑みを浮かべて益々不気味な顔になる。
「どうした? お礼なんか言って媚びを売ろうってのか? だが残念だったなあ! 俺はガキには興味がねえ! てめえはここで苦しんで死ぬ運命なんだよ!」
フィレオが大声を上げて、それを合図にして二体の幻がこっちに向かって走り出した。
わたしは迎え撃たずに、幻から逃げながら身を低くして周囲を確認した。
「逃げても無駄だぜ!」
「きゃっ」
いつの間にそこにいたのか、目の前と言うよりはわたしの横にフィレオが立っていて、わたしは足を前に出されて転ばされる。
「ひゃっひゃっひゃっ。おいおい気づいてないのか? 自分から俺の所に来た事をよお!」
自分から!?
立ち上がりながら周囲に視線を向けると、確かにフィレオは動いておらず、わたしは自分から近づいていた。
その事実に驚いていると、フィレオが下卑た笑みをしながら手の平を上に向けて、そこにあった幻の火をわたしに見せた。
「こんな小さな火でも、俺のスキルは立派に役目を果たすんだぜ。つまり、おめえは気付かないうちにこの火に誘われてたって事だ」
成る程と理解するも、かなり厄介なスキルに嫌気がする。
この男のスキル【誘いの幻炎】は思っていた以上に厄介かもしれない。
けど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
「そろそろひん剥いてやるぜ! にゃーにゃー猫のように鳴いたって誰も助けに来ねえんだぜえ!? ひゃっひゃっひゃっ!」
さっきからずっと気になっていたけど。
「煩いから少し黙ってくれない?」
瞬間――フィレオの腹が血飛沫を上げ、同時に幻が全て消え去った。
「馬鹿な…………っ!?」
フィレオは驚きの顔そのままに、白目をむいて気絶した。
わたしはカリブルヌスの剣を腰に納めて、もう聞こえていないだろうフィレオに視線を向けて勝気に微笑んだ。
「ずっと1人で喋ってるから、その間にちょっと小細工をしただけだよ」
そう。
わたしは小細工をした。
幻から逃げる時、身を低くして周囲を見たのはその為だ。
フィレオの幻はあらゆる攻撃を誘う厄介なスキルだ。
だけど、数度目にすれば弱点は分かる。
弱点、それは、一度攻撃……と言うより、何かが当たれば消えてしまうと言う事だ。
そこでわたしは考えた。
予め先に消してしまえばいいと。
ここはボロボロの廃墟竜宮城。
身を低くして周囲を確認しながら、他に幻が無いか念の為確認し、ついでにそこ等中に転がっている崩れた壁の破片を幾つか拾う。
そして、フィレオが油断してお喋りを自慢気に話している隙に、わたしは破片を幻に向けて指で軽く弾く。
隠す気も無く堂々と魅せられたフィレオと同じ背丈のある幻を狙うなんて、お姉が好きな半熟の目玉焼きを作るより簡単だ。
そうして幻を先に破片で狙ったおかげで、それに気付かなかったお喋りなこの男に攻撃が出来たと言うわけだ。
まあ、いつの間にかフィレオに向かって走ってて、転ばされた時は流石に肝を冷やしたけども。
だけど結果的にはそのおかげで警戒もされない状態で懐まで入れて、思いついた作戦が上手くいったので良しとする。
「と言っても、流石にぶっつけ本番で無詠唱からの新魔法が成功するかは、正直お祈りものだったけどね。……って、それより」
どうやってラヴィ達と合流しようかと考える。
スキル【必斬】を使って壁を斬ったとして、万が一直ぐそこにラヴィ達がいたらと思うと、むやみやたらと斬れないのも事実。
「どうしようかなあ……。この水中用サンダルのおかげで結構普通に水中の中でも歩けるし、1人だと危ないかもって事以外は、この先に進む分には問題無いんだよねえ」
ん~…………。
と、悩んだ挙句、わたしは先に進む事に決めた。
理由は、とくにない。
と言うわけでもなく単純な話、メレカさんが魔力を読み取れるのに、未だにここに来ないからと言う理由だ。
メレカさんさえいれば、本来であれば直ぐに合流できる。
それなのに未だにラヴィ達がここに来ないと言う事は、ラヴィ達にも何かが合ったと言う事。
このままここにいても、仮に壁を斬って元いた場所に戻っても、多分暫らくは合流できない。
それならいっその事先に進んだ方が良いと考えたわけだ。
「よしっ。ちょっと怖いけど、1人で行こう。待ってなさいよ、モーナ」




