167 あたりーろぼ、がんばえ~!
わたしがお姉と迷い込んだのは、魔法飛び交うファンタジーな異世界。
様々な出会い、そして別れを繰り返し、わたしは水深10万キロと言う信じられない程の深海へと向かっている。
そして今、わたしは自分がそんなファンタジーな世界に来ているのか疑問に思ってしまう程に困惑していた。
最早これではSFの世界ではないかと。
『くらうでち! 一発粉砕ロケットパンチでち!』
ズゴーンと音を出し、ここまで伝わる振動。
テレビのモニターの如く床に映った外部からの映像に視線を向ければ、アタリーロボが前足を怪物に向けて射出して、ロケットパンチを繰り出していた。
ま、マジで出た……。
わたしの困惑は深まるばかり。
だけど、わたしが困惑している間も、戦いは激化していく。
ロケットパンチは怪物の顔面にに命中し、三体いた怪物の内一体を殴り飛ばす。
すると、今度は怪物たちが反撃をしようと角を向け、そこから生えた触手をアタリーロボへと向かって伸ばす。
『ミサイルいくわよ!』
アタリーロボの貝の形をした甲羅の背面に、10台にも及ぶミサイルの放射台が飛び出して、一斉にミサイルが射出された。
そして、ミサイルは怪物の触手と角に命中して、怪物の角を触手もろとも破壊した。
『まずは一匹目の止めをさすわよ!』
『了解でち! アタリーツトライクでちー!』
貝の形をした甲羅の中に頭やら足やらが引っ込んで、尻尾かドリルの様な高速回転を始める。
そして、甲羅が横……では無く縦に回転を始めて、角を破壊されて怯んでいる怪物に突っ込んだ。
アタリーロボの攻撃を食らって怪物は悲鳴を上げて、何故か爆発して海底へと沈んでいった。
「アタリーロボ、かっこいい」
ラヴィが虚ろ目を輝かせてアタリーロボを絶賛する。
わたしはとりあえず考えるのを止めた。
『ラタたん、くるでち!』
『余裕だわ!』
怪物の残り二体のうち一体が勢いよく突進してくる。
アタリーロボは元の姿に戻ってクルリと半回転し、甲羅で怪物の突進を受け止めた。
その衝撃はわたし達のいるここに届き、その振動で少しだけ体が宙に浮く。
それで思ったけど、結構激しい動きをするアタリーロボの中にいるわたし達は、ここがアタリーロボの中なのだと忘れてしまう程に影響を受けていなかった。
『ラタたん! 駄目でち! とこはマナたん達がいるでちよ!』
『アタリーロボの強度なら大丈夫よ! それよりくるわ!』
『――っよけるでち!』
『もうやってるわ!』
怪物の突進の二撃目をアタリーロボは回避する。
回避の直後、アタリーロボは突進してきた怪物に向かって口を開き、そこにエネルギーを集束させていく。
『必殺アタリーバズーカ―でちー!』
ゴゴゴゴーっと飛び出したのはバズーカの弾……では無く、魔力で生み出された熱光線。
ここは海の中で水中だと言うのに、それを関係なしと言わんばかりの強力なレーザーが怪物に命中する。
怪物の体には風穴が開き、怪物は爆発しながら海の底へと沈んでいった。
「いけー、アタリーロボー!」
ラヴィは虚ろ目を更に輝かせて応援する。
『残り一匹! アタリー、一気に止めを――っ何よあれ!?』
残っていた怪物が咆哮しながら、角から生えた触手を己の全身に巻いていく。
そして、怪物に巻き付いた触手が石の様に固まり、それはまるで蚕の繭の様に丸く怪物を包み込んだ。
『分からないでち! でも、今の内にとどめをつるでち!』
『待ちなさい! アレを見て!』
繭が割れて中から光が溢れ出し、そこから羽化するかの様に一回り大きな怪物が姿を現す。
クジラの様な胴体に、触手の生えてない一本の角。
背からは蛾のような羽を生やし、腹には無数の触手が蠢いていた。
見た目気持ち悪いそれは、海の中でも聞こえる咆哮を放ってアタリーロボと向かい合う。
「うわ~、キモ。何あれ……」
「アタリーロボ、がんばれー!」
怪物は羽を広げ大きく振り、海中に竜巻のようなものが巻き起こる。
そしてそれは勢いよくアタリーロボに向かってきて襲った。
『スーパーコールドでち!』
アタリーロボの目が光り、目からビームならぬ冷凍光線が放たれる。
冷凍光線は真っ直ぐと竜巻に伸びていき、竜巻や触れた海水を凍らせた。
しかし、怪物の攻撃は終わってない。
怪物は猛スピードでアタリーロボに接近し、腹の触手でアタリーロボを捕まえた。
そして、そのまま一気に上昇する。
『た、大変でち! この速度の急上昇は装甲がもたないでち!』
『全力でいくわよ!』
『フルパワーでち!』
アタリーロボが眩しい光を放ち、頭……と言うよりは首と、四本の足がちょっと伸びる。
そして、横に高速回転をして、怪物を触手ごと振り払った。
『今よ!』
『わかったでち!』
「あたりーろぼ~! がんばえ~!」
ラヴィの応援は若干舌足らずな発音になる程に必死さを増し、そして次の瞬間、アタリーロボが右前足から巨大な氷の剣をにょきにょきと出現させて、先程振り払われて怯んでいる怪物に狙いを定める。
『ハイパーミラクルボンバーアタリートードでちー!』
なんとも珍妙なネームセンスをアタリーが叫んだその時、アタリーロボが怪物に氷の剣を振るって、見事に怪物を真っ二つに斬り裂いた。
瞬間――怪物は斬られた場所が真っ赤に光り、そして膨れ上がって爆発した。
ドゴオオオンッッ! と何故か巻き起こった爆発と響き渡る爆発音。
アタリーロボはその爆発した怪物を背にして決めポーズ。
何このロボットアニメ?
そんな事を思いながら、わたしは隣で珍しく万歳して盛り上がるラヴィを見て苦笑する。
こうして、お姉が好きな戦隊ヒーローのロボットの様な、お姉が好きな昔のノリのロボットアニメの様な戦いは幕を閉じた。
◇
今現在、わたし達は全員操舵室に集まっている。
理由は全員で話す事がある為だ。
それが何かなんてのは決まっている。
このアタリーロボについてである。
「へ? お姉からロボットの話を聞いた?」
「はいでち。マナたんがおやつみちてる時に、ナミキたんがラタたんとフルート城に来て、との時に聞きまちた」
「私様もナミキお義姉様のお話は大変ためになったわ」
「お、お義姉様……? って、それより、ちょっと待って? 一応先に聞きたいんだけど、わたしってどれくらい寝てたの?」
「愛那は2日。私も1日寝てた」
「マ? てっきりその日の内に起きたもんだと思ってた……」
「愛那はずっと頑張ってたから、きっと疲れが溜まってた。もっと休んでいても良い」
「あはは……」
ここにきて、まさかの真実。
皆何も言わないし、起きた時はお姉の膝の上だったし、本気でその日の内に目が覚めたと思っていた。
でも、それなら確かに頷ける。
どうりでこんな魔改造みたいな船を作れたわけだ……って、それでも可笑しい程に短期間での改造だけど。
しかし、聞けば色々とわかった事があった。
ラタの父親の処遇にも時間がかかって、わたしが目覚めるまで罪を洗いだすのに苦労したのだとか。
なんせ都はあの惨状で、かなりの被害が出ている状況。
そんな中、ラタの父親だけに着手するわけにもいかず、他の罪人達と同時に調べていたそうだ。
ちなみにラタの父親はわたしと違って何度も目を覚ましていたけど、その都度リングイさんに腹パンで眠らされていたらしい。
本当はさっさと騎士に渡してやりたかったけど、ラタの気持ちを考えてそれはやめたのだとか。
リングイさんと言えば子供達からのプレゼントだけど、あれも探すのに苦労したのだとか。
元々フナさんが隠していて、その隠した場所を皆は知らなかった。
それで見つけたのがわたしが目覚めた2日後の朝で、皆で話し合ってあのタイミングで渡そうと考えたようだ。
ついでに一つ。
わたしが眠っている間は、お姉がわたしの体を丁寧に濡れたタオルで拭いてくれていたらしい。
どうりであの時お風呂に入る時に、無礼講と言ってそのまま入らせたわけだ。
さて、そんな今更知ってしまった真実に驚いたわたしだけど、他にも聞きたい事はあった。
もちろん話を戻してのアタリーロボだ。
「ところで、何でお姉は2人にロボットの話題なんかしたの?」
素朴な疑問。
正直どうでも良いと言えば良いけど、どうにも話の導入が気になった。
「それなら、私様がナミキお義姉様にマナが歌った歌の事を聞いたのがきっかけね」
「とうでちね~。プ~……プイキュ~……? とにかくとのプイキュなんとかと言うアニメと、同ぢ日朝タイムでやってる戦隊チリーズのお話を聞いたんでち」
「へえ…………」
なんだか頭が痛くなってきたが、とりあえず2人の話を聞き続ける。
「そこからその戦隊シリーズに出てくるって言うロボットの話になって、色んなロボットアニメのお話を聞いたわ」
「とれで閃いたんでち! あたちの船もロボットみたいにちたら凄いって思ったんでち!」
「おお」
2人の話で珍しく手に汗握って目を輝かすラヴィ。
その瞳は、まるでロボットを見る少年のように純粋な輝きを放つ。
わたしはと言うと、ロボットの方でなく、せめてもう片方の某少女アニメの方で盛り上がってほしかったと思い悩む。
本当に何で女の子なのにそっちにいっちゃったかなって感じだけど、その考えは偏見なので表には出さないでおく。
「デリバーたんもナミキたんのロボットのお話をちたら、快く受け入れてくれたでち」
「ええ、あの下み……小父様は中々話の分かる下民だわ」
せっかく下民から小父様に言い替えたのに、結局最後に下民と言ってしまってそれに気付かないラタの満足気な顔を見て、わたしは苦笑して「そうだね」と頷いた。
そんなわけで、こんなSFチックなロボットが誕生してしまったわけだけど、おかげで難から逃れたのもまた事実。
とりあえずお姉は会った時に叱るとして、今は竜宮城に急がねばならない。
ちなみに外部からの映像は、アタリーロボ変形時に射出される【えーぞー君・水中仕様改】からの映像で、これまたマダーラ家の財力で手に入れたマジックアイテムだそうだ。
この【えーぞー君・水中仕様改】は元々は水深5万キロまで単体で潜る事が出来るもので、メレカさんの魔法で強化して持続中のみ10万キロまで可能としている代物だった。
つまり、出発時のネズミの侵入を見に行った時には、メレカさんはアタリー達からこっちの協力も要請されていたと言う事だった。
今まで黙っていたのは、ピンチに出た方がかっこいいのと、密航変形ロボだから密航する必要があると言うくだらない理由だった。
そしてもう一つ、その【えーぞー君・水中仕様改】はまさかの役目を果たしていた。
「ナミキたんの提案で、えーどー君・水中仕様改に映る映像は水の都にも流れてるでち」
「へ?」
「生中継でロボットが見れるなんて絶対面白いって言ってたでち」
「それにテレビ? みたいなものだから、こう言うのは皆で見た方が楽しいって」
テレビでは無いだろと言いたい所だけど、ここでそれを言って伝わる相手がいないのでやめておく。
兎にも角にも、お姉と違ってロボットに興味の無いわたしは、そんな話を聞いて冷や汗を流すしかなかった。
「お姉……本当、何やってんだか…………」
「っくしょおおおおん!」
大きなくしゃみが大海原で鳴り響く。
それは遠慮のない恥じらいを微塵も感じさせない大きなくしゃみ。
くしゃみをした人物は鼻水を啜って、ティッシュをポケットから取り出した。
「な、ナミキ、凄い大きいのが出たね。体調でも悪いのかい?」
くしゃみをした人物……お姉は背後から話しかけられ、ズビーっとまたしても恥じらいの無い音を立てて鼻をかむ。
それから話しかけてきた相手に振り向いて、嬉しそうな笑顔を見せた。
「いえ、大丈夫ですドンナさん。きっと愛那ちゃんがお姉ちゃん大好きーって噂してるだけだと思います」
そんなわけないだろとツッコミたくなるお姉の言葉にドンナさんは苦笑した。
「マナはそんな事言いそうにないけど……まあ、良いわ。それより、そろそろシェルポートタウンに着くから、それを過ぎたらもうハグレの村って所まで直ぐだよ」
「分かりました! リリィさんに知らせて来ますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
「はいー!」
わたし達が竜宮城へと向かい近づく頃、お姉達もハグレの村に到着しようとしていた。




