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166 密航変形アタリーロボ

「あれ? アタリーとラタは?」


「そう言えばいませんね。お別れが寂しくて帰っちゃったんですかね? ラヴィーナちゃんはお2人が何処に行ったか知ってますか?」


「知らない。さっきまで2人で何か話してた」


 水の都フルートが革命軍【平和の象徴者(ハグレ)】の襲撃を受けて、わたしが目を覚ましてから次の日。

 わたし達はそれぞれの目的の為に船に乗り込もうとしていた。

 今は出発する前に暫らく会えなくなる皆と別れの挨拶をしている所で、アタリーとラタが何故かいなくなっていた。

 お姉の言う通り寂しくなったのか、単純にさっさと帰ったのか……いや、流石にない。

 船に乗る前にもう一度ありがとうを言いたかったけど、いないのだから仕方ないかと諦める事にした。

 と、そこでお姉が乗る船の上から、ドンナさんが顔を覗かせた。


「ナミキー! 何やってんだい!? 早く船に乗りな!」


「呼ばれちゃいました。はーい! 今行きますー!」


 お姉は返事をすると、わたしとラヴィを抱きしめてから笑顔を見せた。


愛那まなちゃん、ラヴィーナちゃん、どうか気をつけて下さいね」


「うん、お姉もね」


瀾姫なみきも気をつけて」


「はい。またです~」


 お姉は返事をすると、大きく手を振って船に乗り込んで行った。

 わたしとラヴィも手を振ってお姉を見送る。

 そして、わたし達も自分の船へと向かった。


「でも、本当に2人とも何処行っちゃったんだろうね? せめてお別れの挨拶はしたいって言ってたのに」


「密航かも」


「へ? 密航ってラヴィ、そんなわけ…………いや、まさかね」


 船に乗り込んで、メレカさんとリングイさんの許へ向かう。

 2人は操舵室にいて、わたし達が来るのを待っている。

 別れの挨拶は大事だからと気を利かせてくれているのだ。

 だから、リングイさんなんかは孤児院で子供達と別れの挨拶をする時、たっぷりと時間を使っていた。

 おかげでわたしもお姉もラヴィもしっかりお別れが言えた。


 操舵室まで行くと、そこにいたのはリングイさんだけだった。

 理由を聞くと、ネズミが入ったからメレカさんが追っ払いに行ったのだとか。

 なにはともあれ出発の時がやってきた。

 船はリングイさんとメレカさんが交互に舵を取るらしいので、とくに心配なく安心して目的の竜宮城に向かえそうだ。




 船が出港して、そのまま海底を進んで行く。

 わたし達が目指すのは水深約10万キロと言う深海の奥深く。

 水の都フルートが水深3万キロにあるので、7万キロ近くも海の底へと潜る事になる。

 と言うか、水深3万キロなんて言う時点で普通は地球じゃ考えられない程だし、高所とは別の怖さがある。


 さて、それはともかくとして、わたしとラヴィは甲板に出て景色を眺めていた。

 この船は特殊な加工がされていて、船全体……と言うよりは、甲板などの場所が膜に覆われていて、空気があって外に出られるのだ。

 でも、深海の海は光が届かないから、周りが見えないのでは? と思うかもしれないが、そこは勿論心配ない。

 本来であれば光が届かない深海だけど、まるで昼間の様に明るくて、ハッキリと海の底まで見えていた。

 その理由は光るこけ

 所々にある苔がこれでもかと言うくらいに光っていた。


 そして、だからこそ分かる。

 暫らく進んだ先で見えた毒の海。

 船は動きを止めず、その毒の海に向かって突き進む。


毒海どくうみがあるって事は、やっぱりリネントさん達は毒海と関係ありそうだね」


「きっとそう」


 わたしとラヴィはそれぞれ武器を構える。

 わたしはカリブルヌスの剣を、ラヴィは打ち出の小槌こづちを。

 何故なら見えていたのは毒海だけでは無いからだ。

 毒海が発生していると言う事は、そこに魔物モンスターがいる事と同義。

 最初から魔物モンスターに邪魔をされるのは覚悟していた。

 しかし、わたしもラヴィも目の前の魔物モンスターの群れを見て冷や汗を流した。


 尋常では無い魔物モンスターの数。

 魔物モンスターはざっと見ただけでも……分からない。

 少なくとも100……いや、1000はいそうな程に大量にいる。

 正直今まで見てきた魔物モンスターの群れなんか非じゃない程の量だった。

 と言うか、数が多すぎて先が微塵も見れない。

 そんな魔物モンスター達が一斉にわたし達……船に向かって、勢いよく押し寄せた。


「思っていたより魔物の数が少ないですね」


 不意に声が背後から聞こえて振り向く。

 するとそこにいた声の主は、我等がメイドのメレカさん。

 魔物モンスターの群れを見ても、その気品の溢れる佇まいは相変わらず。

 姿勢は正しく、青空を思わせる髪を纏めたポニーテールは波打つようになびき流れ、身につけたメイド服も清楚な雰囲気に似合わず揺れ動く。

 ライフルの様な銃を構え、周囲に幾つもの青色に輝く魔法陣を展開させていた。


「メレ――」


 瞬間――メレカさんが銃を撃ち、同時に魔法陣から圧縮された水の銃弾が大量に射出された。


「――カさん!? って、え!? ヤバ…………凄すぎでしょ」


 最早わたしとラヴィの出る幕は無い。

 メレカさんの放った水の銃弾は、海の中だと言うのに海水に溶け込む事なく全て魔物モンスターに命中し、全て一撃で仕留めてしまった。

 もう呆気にとられるしかないと言った所だ。 

 一つ困った事があるとしたら、メレカさんの魔法が強力すぎて、船を覆っていた膜に大きな穴が空いてしまったことだろうか?

 と言うか、呑気にそんな事を考えている場合でもない。


「海水って言うか毒が入ってくる! 早く何とかしないと!」


 わたしが焦ると、メレカさんが銃をメイド服の中にしまって「大丈夫です」と柔らかな笑みを見せる。

 メレカさんの銃は大きさ的にはわたしの身長くらいかそれ以上はあるので、どうやってしまったのか気になったけど、正直今はそんな事どうでも良い。

 それ以上に大丈夫と言われても、何が大丈夫なのか分からない。

 今も尚、着々と毒の海水が浸水してきている。

 しかも勢いよく。

 なんなら、5秒もあれば船が毒に包まれる勢いだ。

 わたしの頭は混乱を増していたけど、隣にいるラヴィはわたしと違って冷静だった。


「凍らせる」


 ラヴィが打ち出の小槌を構え、目の前に大きな魔法陣を浮かび上がらせる。

 だけど、それはメレカさんの手に制止させられた。


「お任せ下さい」


 瞬間――毒の海水の浸水がピタッと止まり、まるで逆流するかのように膜の外へと戻っていく。

 そして、あっという間に毒は全て膜の外へと出て行って、何も無かったかのように膜も元通りになった。


「怖がらせてしまって申し訳ございません。魔物相手だとつい手加減を忘れてしまいます」


「い、いえお気にせず…………って、それよりメレカさん、さっきのアレなんですか?」


「さっきのアレ……ですか? 魔物の群れを倒した魔法はバレットウォーターと言う魔法です。本来は――」


「そっちじゃなくて、毒を外に出したアレです」


「ああ、そちらでしたか。勘違いしてしまいました。あちらは一応魔法には変わりませんが、とくに気にする様なものではございません。水の属性魔法を幾らか極めれば、あの様に水を操る事は可能です」


「そうですか……」


「はい」


 メレカさんは屈託のない満面の笑みを見せ、わたしは乾いた笑いを出して肩を落とした。

 なんと言うか、フロアタムで出会ったナオさんを始め、出会ったモーナの知り合いは皆まとめて凄い人ばかりだ。

 もう驚くのも馬鹿らしいほどにだ。

 だいたいあの数の魔物モンスターを一瞬で排除して余裕のあるメレカさんが凄すぎる。

 そう思ったのはわたしだけじゃ無かったようで、ラヴィがメレカさんを不思議そうに虚ろ目で見つめて問う。


「メレカは都が襲われた時、何してた? それだけ強ければ色々護れた」


「……はい。そうですね。仰る通りです。ですが出来ませんでした。弁明の余地はありません。ですが、あえて理由を説明させて頂けると言うなら、あの時はフルート城が巨大な……丁度あれと同じ魔物が十体ほど現れて襲って来たので、城やその場にいる皆様を護っていました」


「そう。メレカごめんなさい。少し疑った」


 メレカさんの答えにラヴィが納得して、メレカさんも「お気にしないで下さい」と微笑む。

 そして、ラヴィのおかげでわたしも納得できた。

 確かにあのサイズの同じ魔物モンスターが十体も出れば、流石に他の場所を護りになんて行けな――


「――って、嘘でしょ!? なにこの魔物モンスター!! でかすぎでしょ!?」


 呑気に話している場合じゃない。

 突然現れたのは、わたし達の船を上回る程の巨大な怪物。

 クジラの様な胴体に、額の真ん中から一本の角を生やし、その角からはうねうねとした触手が無数に生えている。

 そんな怪物が三体も現れたのだ。


 わたしはその怪物に恐怖しながらも、直ぐにステチリングの光を当てて情報を読み取っ――ろうとした瞬間だった。


「――っきゃ」


 突然船が大きく揺れて、わたしはバランスを崩して小さく悲鳴を上げて尻餅をついた。

 そして、その揺れは怪物の攻撃を受けたからと思ったけど、原因は別にあった。


『このモンツターは、アタリーロボに任てて下たいでち!』


「へ!? 何この声……アタリー? って言うか、これスピーカー?」


 聞こえてきたのはアタリーの声。

 それはスピーカーを通して聞こえたような機械音。

 そう言えば、わたしがお披露目会で使ったマイク……と言うかマジックアイテムは何処にしまったんだっけ? とふとに思い、それどころじゃないので一瞬で忘れる。

 そして船の揺れは大きくなり更に傾く。

 ラヴィもバランスを崩して甲板の上をわたしと一緒に滑り、メレカさんがわたしとラヴィを掴んで止めてくれた。


『ラタたん今でち!』


『分かったわ!』


 アタリーに続いて聞こえたのはラタの声。

 ここにいる筈の無い声2人目の登場に、わたしは困惑するしかない。

 するとその時、ポチ。っとスピーカーごしに聞こえる音声。

 何かを押したかと思えるその音と共に、わたし達が乗る船が姿を変えていき、傾いていた甲板が平地へと戻る。

 そして甲板がドームに覆われて一瞬真っ暗になったかと思えば直ぐに光度が抑え気味の照明がき、ついでにドームの前の部分が透明化して外が見える様になる。

 それで分かる事は、船の前の部分が亀の頭の様な形になった事。

 いや、もう一つ。

 何故か怪物達が待ってくれているのか、船を見ているだけで動かない。

 さっきまで襲ってきそうな勢いだったのに。


『密航変形アタリーロボでち!』


『外部からの映像、出すわよ!』


 スピーカーごしに聞こえる何やらノリノリな2人の声。

 すると、甲板だった床の一部が光って、そこに見えたのは確かに外部からの映像。

 どうやって撮影しているのか、そこに映っていたのはわたし達が乗っている“船”だった物。

 名残りがあるので分かった。

 間違いなく、そこに映っているのはわたし達が乗っている“船”だった物だ。

 それなら今は何なのかと言うと、正直それはわたしが聞きたい。


 “船”は“貝”に姿を変えて、その貝から亀の頭と足四本と尾が生えている。

 その貝の形はあさり。

 あさり亀の魚人のアタリーがいつも頭に被っているものと瓜二つな見た目の貝。

 そして目の前には、今まさに正面にいる怪物が三体。


「これは……」


 わたしが困惑して呟くと、メレカさんが困り顔で呟く。


「話には聞いていたけど、本当に変形したのですね」


「メレカさん、知ってたんですか?」


「はい。船に侵入したネズミ……アタリーとラタの2人に、この船をドンナとデリバーに改造してもらう時に頼んだ機能があるから、それを使いこなせるのは自分達だけなので密航させてほしいと言われまして……」


「……何ですかそれ? 色々ツッコミどころがあってアレですね」


「ラタのお母様も、夫に騙されたストレスをここで発散すると言って投資した様で、この様な物をラタから渡されました」


「へ……?」


 メレカさんが懐から1枚の紙をぴらり。

 見せられたのは契約書の文面。

 そこに書かれているのは、この船への乗船を許可無しでする事の出来る権利。

 その対象は、密航した船の持ち主アタリーと、船の資金を出したマダーラ家と言うかラタ。


「こんな物を出されてしまっては、私も強くは言えませんでした」


 最早密航ではないのでは?


 なんて事を思ったけど、そこにはつっこまないでおく事にする。

 何はともあれ、目の前に巨大な怪物がいると言うのにこの脱力感。

 わたしはため息を吐き出したくなる気持ちを抑えて肩を落とす。


『怪物たん達! どこからでもかかってくるでち!』


『私様がマダーラ家の財力でかき集めた魔石で、エネルギーを十分に得たアタリーロボのパワーを見せてやるわ!』


 突然のロボットアニメよろしくな展開にノリノリなアタリーとラタ。

 お姉がいれば喜んでいただろうけど、わたしはロボットアニメは好きでも嫌いでも無いので特に喜ばない。

 メレカさんもやれやれと言った感じで、相変わらずの困り顔で成り行きを見守っている。

 しかしそんな中、ラヴィだけは違っていた。


 ラヴィは床に映った外部の映像を見ながら口を丸く開けて、虚ろ目の瞳をキラキラと輝かせていた。

 そしてラヴィは両手に拳を作り、それを胸の前まで上げると、テレビの前でアニメを見る少女の様に無垢な声を上げる。


「アタリーロボ、がんばれー」

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