165 モーナからの置き土産
ラタの父親ポンポが数々の罪で捕まり、2人の騎士に連れて行かれると、メレカさんがここに来た理由が明かされる。
そう。
ポンポを連れて行ったのは2人の騎士だけで、一緒に来たメレカさんは行かなかった。
何故なら、メレカさんには大事な用事があったから。
それは、ドワーフの国で起きたあの事件からずっと抱えていたわたしの悩み。
モーナからの置き土産。
メレカさんの目的、それは…………。
「愛那ちゃんが光ってます~」
「うん、綺麗……」
地面に描かれた大きな魔法陣。
魔法陣の上には幾つか魔石が置かれていて、その中心でわたしとメレカさんが向かい合っている。
淡い光を放つ魔法陣の上にいるわたしも、同じ様に全身を淡く光らせていた。
メレカさんがわたしの胸元に触れ、地面から風が上に吹いているかの様に、わたしだけが髪の毛や身につけている学校指定の制服をなびかせる。
スカートも少しだけ捲れてヒラヒラと舞い、普段のわたしであれば間違いなくこんな状況でも無ければスカートを手で押さえていただろう。
でも、そうしないのは単純にそれを忘れるだけの事が自分自身の身に起きているから。
淡く光るわたしの体。
メレカさんが触れている胸元から伝わる温かな光と温もり。
体全体に魔力が流れ込んできているのが分かる。
優しく落ち着く安心感のある穏やかで温かいものに包まれている様で、わたしはただそれを受け入れる。
「終わりました。お疲れ様です」
メレカさんがわたしの胸元から手をどけて微笑んだ。
気が付けば、わたしの体からは光が消えていて、魔法陣の光も消えていた。
それに、魔法陣に置かれた魔石も役目を終えたかのように、その色を濁していた。
「メレカさん、ありがとうございました」
「いえ、それよりも早速魔法を使って頂いてもよろしいでしょうか? 簡単なものであれば今直ぐ使えますので」
「はい」
メレカさんに頷くと、わたしは緊張しながらも呪文を唱える。
「ダブルスピード」
瞬間――わたしの頭上に魔法陣が現れて、それは淡い光を放ってわたしを包む。
「出来た! 出来たよ、お姉! ラヴィ!」
久しぶりに放たれたわたしの魔法。
加速魔法はわたしの動きを2倍にして、わたしは早くなった足でお姉とラヴィの許へ駆けて2人に抱き付いた。
「愛那ちゃん、良かったですね」
「元に戻って良かった。おめでとう、愛那」
「うん! 2人ともありがとう!」
魔法が再び使えるようになった事が思っていた以上に嬉しくて、ガラにも無くつい嬉しさのあまり2人に抱き付いたわたしは、これまたガラにもなく大声で感謝を述べた。
そんなわたしをお姉とラヴィは一緒に喜んでくれて、わたしを優しく抱きしめてくれた。
わたしにかかっていた【魔力欠乏症】はメレカさんのおかげで治ったのだ。
これがモーナの置き土産。
モーナがドワーフの城にいた時から、わたしの為に用意してくれたもの。
モーナはあの頃、既にメレカさんと連絡を取り合っていた。
メレカさんは魔力のコントロールが抜群に上手くて、それでモーナが手紙で相談していたのだ。
そして、わたしの魔力欠乏症を治す為に、メレカさんが来てくれた。
本当はメレカさんがドワーフの国にわざわざ来てくれたようだけど、わたし達がバセットホルンの水の都に向かったと知り、追いかけて来てくれたらしい。
と言っても、モーナも一応は手紙に連れて行くと書いていたのを、メレカさんが自分が行った方が早いと思っての事だったので、モーナが悪いわけでは無い。
だけど、そのおかげで今こうして必要な時にわたしの魔法が復活した。
これでモーナを迎えに行ける。
わたしはひとしきり喜んだ後、改めてメレカさんにお礼を言って頭を下げた。
すると、メレカさんは微笑んだ後に、直ぐに真剣な面持ちをわたしに向けた。
「治ったと言っても、光速の魔法は使わないようお願い致します」
「光速の魔法……ライトスピードの事ですか?」
「はい。モーナスからの手紙で拝見しました。それを使用し魔力欠乏症になったと」
「そうですね。あの時は必死で、正直わたしもあの一瞬で何をしたのかよく分かってないんですけど」
「愛那ちゃんのその……ライトスピード? を見たのは、チーちゃんだけでしたっけ?」
「うん。でも、チーも速すぎて何が起きたのか分からなかったって。いきなりわたしが消えて、あいつが斬られてたって言ってたよ」
横からお姉が質問するのでそれに答えると、メレカさんが「無理もありません」と呟いて言葉を続ける。
「私も光速以上で動ける者を見たのは両手で数えれる程度しかいません。その領域になると、普通の者では目で追うのも難しいでしょう」
両手で数えれる人数って多くない? と、意外にも多いその人数に、思わず冷や汗を流す。
お姉は呑気に「少ないです」なんて言っているけど、両手は流石に多いだろと、わたしは思う。
ラヴィも多分わたしと同じ意見だ。
お姉が「少ないです」と言った時に、相変わらずな虚ろ目を顔ごとお姉に向けていた。
尚、メレカさんの話は続いているので、呑気なお姉は放っておいてメレカさんの話に集中する。
「魔力欠乏症の事は既にご存知かと思いますが、今後の為にも説明します。原因の一つは、膨大な魔力を一度に使用して起きると言うものです。それも、本来持っている魔力の限界を超える程の魔力をです。マナはライトスピードと言う莫大な魔力を使う魔法を使用して魔力欠乏症にかかりました」
「はい。メレカさん以外にも、もう二度と使ったら駄目って言われました。次使ったら死ぬかもって」
「そうですね。今のままでは死んでしまうでしょう。よろしいですか? 魔力と言うのは、一種の生命の力です。ですので、魔力が体内から無くなった時、それでも魔力を消耗しようとすると、本人の意志とは関係なく生命を消費するのです。それが、次に使ったら死ぬと言われた理由です」
「な、成る程……。結構ヤバいですね」
「愛那ちゃん、使っちゃ駄目ですからね!」
「分かってるって。って、ちょっとお姉、顔近い」
眉根を上げて顔を近づけるお姉の顔を両手で押し退ける。
心配してくれるのは嬉しいけど、死ぬと言われて使うわけがない。
正直言って心配しすぎ。
「マナたんはこれから竜宮城に向かうでちか?」
「え? 私は……」
不意にアタリーがわたしに近づいて尋ねたので、わたしは少し考えて、リングイさんに視線を向ける。
「リングイさん、リネントさんは竜宮城に眠る古代兵器って言ってたんですよね?」
「……そうだな。だから間違いなくイングは竜宮城に向かった」
「それならわたしも竜宮城に行く」
「とれなら、あたちに任てて下たいでち」
「へ?」
突然アタリーがポンと胸に手を当てて言うので、わたしが驚いて首を傾げると、メレカさんが微笑んでアタリーの言葉の意味を話す。
「アタリーが都まで乗って来た船を、デリバーとドンナに頼んで、水深10万キロにある竜宮城まで行ける様に改造して頂いているのです」
「えええっっ!? ホントなの? アタリー」
まさかのデリバーさんとドンナさんの存在、そしてアタリーの船の改造。
2人はもう帰ったと思っていたし、それにアタリーがわたし達の為に船を改造してくれる事に驚いた。
アタリーは驚くわたしに笑顔を向けて両手を広げる。
「お友達を助けるのは当然でち」
「アタリー、ありがとう」
わたしはアタリーを抱きしめて感謝した。
「あたちだけぢゃないでち。船を改造つる為のお金は、全部ラタたんが出ちてくれたでち」
「え!?」
またもや驚いてラタに視線を向けると、ラタは微笑して答える。
「マナには……マナには私様の事で、それにお父様の事で沢山迷惑をかけたんだもの。それに、これくらいでしか恩を返せれないわ」
「そんな、迷惑だなんて……ううん。ありがとう、ラタ」
わたしはラタに近づいて抱きしめた。
この国に来て出来た友達は、2人とも優しくて、それが何よりも嬉しかった。
「2人とも、本当にありがとう」
再び心からの感謝を述べて、わたしはアタリーとラタの2人を一緒に抱きしめる。
2人もそれに応えてくれて、わたしの事を抱きしめてくれた。
するとそこにラヴィとお姉がやって来て、ラヴィが口角を上げて微笑みを見せる。
「私も愛那と行く」
「ラヴィ……うん。一緒にモーナを迎えに行こう」
わたしとラヴィが頷き合い、そして、お姉も真剣な面持ちをわたしに向ける。
「愛那、私はリリちゃんと一緒に、ハグレの村に行こうと思います」
「え?」
わたしはてっきり、お姉も一緒に行くと言うと思っていた。
だから、その予想外の言葉に驚くと、お姉は表情を崩さずに真っ直ぐとわたしの目を見て言葉を続ける。
「愛那が寝ている間にリリちゃんとお話をして決めたんです。ハグレと言う村には、レオさんとチュウベエさんが愛那達を捜しに行ってくれました。でも、2人ともまだ戻って来ません。それに、もしかしたら人質に捕られた子供達も何人か連れて行かれているかもしれません。だから、私はリリちゃんと一緒にハグレと言う村に行きます。一緒に行ってあげられなくてごめんなさい」
「お姉…………ううん、お姉ありがとう。そうだよね。お姉の言う通りだ。気をつけて行って来てね」
「はい! 愛那ちゃんも気をつけて行って来て下さいね」
お姉は笑った。
いつもの変わらない笑顔を見せて、わたしに抱き付いた。
いつもは鬱陶しいから押し退ける所だけど、今回だけは我慢してあげようと思う。
こうして、わたし達はそれぞれの目的の為に、決戦の舞台への準備を開始した。
竜宮城へ向かうのは、わたし、ラヴィ、リングイさん、メレカさんで4人。
ハグレの村に向かうのはお姉とリリィさんと、一緒にデリバーさんとドンナさんが行ってくれるらしい。
2人はアタリーの船を改造したら、メレカさんと女王様が用意してくれた船でお姉とリリィさんをハグレの村まで連れて行ってくれるのだ。
後でお礼を言わないといけない。
アタリーとラタは子供達と一緒に都でお留守番だ。
2人とも戦闘経験もないし、危ない目に合わす事も出来ない。
それに2人をこれ以上危険な事にまき込みたくない。
アタリーだけでなく、ラタもわたしに何か手伝える事はと言ってくれたけど、もう十分だった。
アタリーは船を用意してくれたし、ラタもアタリーの船を改造する為の費用を出してくれた。
だから、わたしは2人に待っててほしいと伝えた。
それから、メレカさんの話では、国からは船の提供しか出来ないとの事。
原因は吸血うにから始まった革命軍の攻撃の被害があまりにも大きかったからだ。
都は殆ど機能しなくなっていて、被害者の数も多く、未だに都の何処かに潜んでいる魔物の駆除にも時間がかかっているらしい。
恐らくだけど、これも含めての都への攻撃だったのではないかと、メレカさんと女王様は考えた。
都に甚大な被害を出す事で、騎士を都から離せなくして、自分達の邪魔をさせないようにしたわけだ。
革命軍【平和の象徴者】はわたし達の大切な物を奪い、破壊していった。
魔物が人を襲い、都の被害だって沢山でた。
どんな理由があったって、どんな過去があったって、どんなに虐げられていたって、そんな事をして良いわけがないんだ。
竜宮城には古代兵器が眠ると言われている。
そしてその古代兵器を手に入れる為にフナさんが利用されようとしている。
古代兵器を手に入れて何をするかなんて、考えなくたって分かる。
どんな理由があったって、これ以上罪もない人を巻き込むなんて絶対させたら駄目だ。
絶対止めて、絶対モーナを連れて帰る。
この、モーナが残したカリブルヌスの剣で!




