163 残されたもの
※今回から愛那視点に戻ります。
目を覚ますと、孤児院海宮の天井が見え……いや、視界の半分を大きい二つのまるみが邪魔してる。
その二つのまるみには見覚えがある。
「……お姉?」
「あ、おはようございます。愛那ちゃん」
そう。
二つのまるみの正体はお姉の胸。
お姉の顔はまともに見えないけど、やっぱりと言った所。
わたしは上体を起こし、そして驚いた。
「え? 何これ?」
「お布団も全部駄目になってしまったんです」
「いや、布団とかどうでも良いくらいにヤバいんだけど?」
わたしが見たのは外の景色と繋がった海宮の室内。
海宮の部屋の壁は破壊されていて、たくさんの瓦礫がそこ等に散らばっていて、見事に外と繋がっていた。
わたしが見た天井は辛うじて残っていた部分で、何があったのかは分からないけど、兎にも角にもわたしは半壊した建物の中で眠っていたようだ。
そしてわたしは思いだす。
都が襲われて、目の前に現れたモーナがリネントさんと一緒に何処かに行ってしまった事を。
思いだしてしまえば気持ちは沈んで行くばかりで、目尻に涙が込み上げてきた。
のだけど、突然お姉に左右の頬を摘ままれる。
「お風呂に入りましょう!」
「は? 何言って――――っお姉!?」
反論の余地は与えてくれない。
お姉にしては珍しく強引で、わたしは担がれるでは無く引きづられる。
呆気にとられたわたしは脱力感もあってお姉にされるがままになって、無事だったらしい風呂場へと連れて行かれた。
風呂場につくと今度はあっという間に脱がされそうになったので、わたしは堪らず立ち上がって自分で脱ぎ始める。
「自分で脱ぎ脱ぎ出来て偉いです~」
「赤ちゃんじゃないんだから当たり前でしょ」
脱ぎ終えると、全裸のお姉に腕を掴まれて浴室へ進む。
すると、ラヴィとリングイさんが湯船に浸かっていた。
「今日は無礼講です! そのまま入っちゃってください!」
わたしは基本、体を十分に洗ってからお風呂に入る。
そうしないと汚れがお風呂の中に一緒に入って、何だか気持ち悪い気分になる。
気になるならお風呂を出る時にシャワーを浴びればいいけど、それとこれとは別なのだ。
だと言うのに、お姉に無理矢理浴槽の中へと押し込まれた。
「最悪……」
「皆で仲良くあったまりましょー!」
お姉が無理矢理わたしの前に侵入し、わたしとラヴィとリングイさんを同時に抱きしめた。
「ちょっとお姉! いい加減に――――」
「愛那、おはよう」
「へ? あ、うん。おはよう、ラヴィ」
お姉を怒鳴ろうとしたけど、ラヴィに話しかけられてそんな気分でも無くなってしまった。
それによく見ると、リングイさんも何やら落ち込んでいる様子で、心ここにあらずの様な表情を見せていた。
まあ、何にせよ、これだけは譲れないと言うものがある。
「今更だけど髪の毛くらいは洗いたいんだけど?」
「それもそうですね。皆で洗いっこしましょう!」
「わかった」
とりあえず交渉は成立。
そして今更ながら髪の毛を洗い合っていて思ったけど、普段少年っぽい見た目のリングイさんは、脱いだら普通に女の子だった。
洗い合いを終えると、お姉だけ「私はやる事があるので先に出ます~」と言って先に風呂場から出て行った。
お風呂から上がると、先にお風呂から上がっていたエプロン姿のお姉とドワーフの国から連れて来た子供達に、屋根も壁も無くなった居間で出迎えられる。
と言うか、居間だった場所と言うべきか?
瓦礫が隅に追いやられていて居間の畳を見る感じだと、多分破壊された時にここは瓦礫の下に埋まったんだろうと予想できる。
が、まあ、それは今は置いておくとしよう。
元々海宮にいた子供達の姿が何故か見当たらなかったけど、それに疑問を思うより先に、わたしはまたもやお姉から強引にテーブルの前に座らされた。
そして目の前に出されたのは、何とも見た目のあまりよくない料理。
だけど、それを見て涙がまた溢れてきた。
だってこれは……この料理は……。
「ごめんなさい、愛那ちゃん。やっぱり愛那ちゃんが作るみたいに、美味しそうには作れませんでした」
この料理は、わたしがどうしようもない時に、お姉が食べさせてくれる唯一お姉が作れる料理だった。
辛い時、落ち込んでいる時、悲しい時、わたしが暗くなってふさぎ込んだ時に「元気が無い時は、お腹いっぱい食べましょう!」と言って出してくれるお姉の料理。
見た目が全然美味しくなさそうで、見た目通りに全然美味しくなくて、でも、とっても心が温まる大好きな料理。
甘すぎる見た目スクランブルエッグなたまご焼きと、しょっぱすぎる焦げた焼き魚。
いつもであればこれにプラスで、雑に斬られた具材が入っている味噌を入れ過ぎて味が濃すぎる味噌汁と、おかゆ寸前もしくは芯の残った炊き込みご飯が出てくる。
この世界で味噌と米を手に入れるのは難しいので、今回は出て来なかったけど、その代わりはあった。
「何よ……これ?」
わたしは涙を流して、腕と手の甲で涙を拭いながらお姉に尋ねる。
するとお姉は、何とも気まずそうに頬をかいて答える。
「ちょっと黒くなったパンと、シナシナになってしまったレタススープです! あ、味は確認しました! 食べれます!」
「食べれますって、もう……。それってつまりは美味しくはないんじゃん」
涙を拭い、口角を上げて笑いながら文句をたれた。
そして、わたしはいただきますをして料理を食べる。
その味は思った通りの味で、あまり美味しいとは言えない味。
焦げたパンはジャムを塗っても苦くて、シナシナどころかドロドロになったレタスのスープは何やらしょっぱい。
相変わらずの甘すぎるスクランブルエッグ風たまご焼きに、焼きすぎてパサパサした塩のかけ過ぎでしょっぱい焼き魚。
どれもこれも見た目通りに美味しくなくて、でも、心は凄く温まった。
「お姉、今度ちゃんとこれ位は作れるように練習だからね」
「へぅ」
「それが良い。瀾姫の料理は不味い」
「へぅ。ごめんなさい」
「本当に不味いな……。何だかオイラ、気持ち悪くなってきた」
「へぅ。お料理の練習頑張ります」
わたしに続いてラヴィがストレートな言葉を言い、止めにリングイさんが真っ青な顔でフォークを置く。
そこへ子供達が「デザートだよー」と、甘いバニラの香りがする美味しそうなアイスを持って来た。
「え? これは……誰が作ったの?」
それは、まるで何処かのレストランに行った時に出てくる様な仕上がり。
お皿に乗ったアイスはお洒落に盛り付けされていて、流石にこれをお姉が作って盛り付けたとは思えない。
それで思わず疑問を口にすると、子供達が一斉に答える。
「「「リリィさん!」」」
「……ええ、凄。リリィさんって、こんな凄いアイスも作れちゃうんだ?」
「あら? こんなの勉強すれば誰だって作れるわよ。それより早く召し上がってね? アイスが溶けてしまうわ」
リリィさんが苦笑しながらやって来る。
わたしはリリィさんにいただきますと言ってから、スプーンを取ってアイスを一口。
口の中に広がるバニラの甘い優しい味。
そのあまりの美味しさに、気が付けばあっという間にアイスを平らげていた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ごちそうさま。リリィは料理上手」
「こんな美味いもんがあるんだな」
わたし達が口々に褒めると、周りからも「美味しい!」と絶賛の嵐が巻き起こった。
見てみると、子供達もアイスを食べていて、皆美味しそうにして喜んでいた。
「そうそう、皆、リングイに渡す物があるのでしょう?」
子供達がアイスを食べ終わると、リリィさんが子供達にそう話しかけた。
すると、子供達は慌ててリングイさんの前に集まる。
「リングイさ……か、カメちゃん。連れてかれちゃったフナお姉ちゃん達が、カメちゃんにって……」
「……え?」
代表の子がリングイさんに小包を渡す。
リングイさんは震える手でそれを受け取ると、恐る恐るそれを開けていった。
そしてその中から出てきたのは、小石程の大きさで、亀の形をした青く輝く小さな魔石だった。
「フナお姉ちゃん達がね、カメちゃんにいつもありがとうって、踊歌祭が終わったら渡そうねって皆で言ってたの」
リングイさんは小さな魔石を手で包み、胸に押し当てて俯いて涙を流す。
「勝手に渡したらダメだと思ったけど、カメちゃんに元気出してほしくて、全部取られたわけじゃないよって。カメちゃん、全部取られたって泣いてたから…………ごめんなさい」
リングイさんは首を横に振って、そして、顔を上げて涙を流しながら笑顔を見せた。
「謝らなくて良い。ありがとう…………本当に、ありがとう」
リングイさんがそう言うと、リングイさんの目の前に集まっていた子供達が、一斉にリングイさんを抱きしめた。
わたし達がドワーフの国から連れて来た子供達は、まだ、この海宮で過ごした時間は短い。
だけど、それでもこんなにもリングイさんは慕われていて、こんなにも思いやれる。
そんなリングイさん達の姿を見て、わたしの目からまた涙が溢れてきた。
「愛那、大切な物ですよ」
不意にお姉に話しかけられて振り向くと、お姉が優しい笑みをして立っていた。
そしてその手の中にある物を見て、わたしはそれから目を離せなくなった。
「モーナちゃんの想いはここにありますよ、愛那」
お姉がそれをわたしの前に差し出す。
わたしは何も言わず、何も言えず、ただ怖くて、躊躇いながら手を伸ばす。
「愛那、大丈夫」
ラヴィがわたしに優しく微笑む。
わたしは緊張して、勇気を出して、お姉からそれを受けとった。
そして、わたしはそれを手に取って、また涙が溢れだした。
「モーナ…………っ」
わたしが受け取ったのは、モーナから受け取った【カリブルヌスの剣】。
カリブルヌスの剣はいつもと変わらない重さで、非力な私でも持ち上げられる重さのまま。
それは、モーナがこの剣に使っている魔法を、重力の魔法を解いてない何よりの証。
モーナがまだわたしを見捨てていない信頼の証。
モーナとわたしを何よりも深く繋ぐ絆の剣だ。
わたしはカリブルヌスの剣を抱きしめる。
体に力が湧いてくる。
「お姉、ラヴィ、ありがとう。わたしはもう大丈夫だからっ」
涙を拭い、そして、立ち上がってカリブルヌスの剣を腰に提げる。
「モーナ、待ってなさいよ。絶対に連れ戻して、心配させた事を後悔させてやるんだから!」




