016 アイスマウンテンと崖の村
わたしは両手を口元に近づけて、はあっと白い息を吐きかける。
寒い。
わたし達は今アイスマウンテンに来ていた。
空を見上げると、分厚い雪雲が今も尚雪を降らしている。
わたしの目に映るのは満面の雪景色。
アイスマウンテンから見る眺めは絶景で、とは降り続ける雪のおかげでいかなかったけれど、それでも白く綺麗に輝いていた。
結局【礼雀のつづら】は手に入らなかった。
それから、聞いたところによると【礼雀のつづら】自体は作る事が出来るそうだ。
だけど、作るのに三年もかかってしまうようで、諦める事にした。
そうして、わたし達はありったけの厚着をしてから、アイスマウンテンを登る事にしたのだ。
問題は【氷雪の花】を見つけた後の事なのだ。
だけど、今の所良い案が思い浮かばない。
特殊な保存方法でなければ溶けてしまうだなんて、いったいどうやって持ち運べばいいのだろう?
まあ、考えていても仕方が無いのでと、とりあえず今は見つけ出す事に集中しようと結論付けた。
「ザクザクですね。アイスマウンテンに積もってる雪って、雪と言うよりは氷って感じです」
「そうだね。雪を踏んでる感じが全然しない」
積もった雪を踏みしめて、近くにあった雪を一つまみする。
その雪はどれも氷の様に硬く、まるで積もって時間を置いて固まってしまった雪の様だった。
わたしは、雪の降った数日後の通学路の端っこによけられた雪を連想しながら、そんな事を考えた。
話によると、アイスマウンテンの雪は止む事が無く、ずっとこの固い雪が振っているらしい。
それにしても寒い。
わたしはもう一度白い息を両手に吐いた。
「もう……限界だ~」
モーナが急にわたしに後ろから抱き付く。
「――きゃっ」
わたしはいきなり後ろから抱き付かれてバランスを崩して、倒れそうになったので足に力を入れた。
だけど、残念ながら力を入れた先は雪の上。
「うぎゅ……」
わたしは雪で滑ってこけてしまった。
おかげでわたしの顔や体を、たっぷりと新鮮で冷たい雪がこれでもかと言うくらいに刺激して、わたしは全身で雪の冷たさを感じ取る。
「モーナアッ」
わたしは怒って雪に埋めた顔を上げて、モーナの名前を呼んだ。
だけど、モーナはわたしが機嫌を悪くしたのは気付いていないのか、全く気にする事なくわたしの背中に抱き付いたまま喋る。
「マナ~。寒すぎるわ。このままだと凍って冷凍保存よ」
「意味わかんない事言ってないでどいてくれる? だいたい、ちゃんと服を着ないモーナが悪いんでしょ」
モーナは結局乳バンドにカボチャパンツと言う、頭の悪い格好でアイスマウンテンを登っていた。
当然そんな格好で、この寒い雪山を登るなんて出来っこない。
「助けてマナ~」
「あーはいはい。分かったからどいてよ」
モーナがわたしの上からどいて、立ち上がる。
わたしはモーナを一度睨んでから、マフラーの代わりにはなるだろうと考えてタオルをランドセルから取り出した。
「はいこれ」
「タオル? マナ、こんなんじゃ寒いのはどうにもならないぞ?」
「わかってるって」
わたしは着ている服を一枚脱いでモーナに渡す。
「これ以上は知らないからね」
「マナー!」
「あー! 一々抱き付いてないで早く着なさいよ!」
喜んでわたしに抱き付くモーナを見て、お姉が微笑みながら一枚脱いだ。
「モーナちゃん、私のも着て下さい」
「ナミキもありがとう!」
今度はお姉に抱き付くモーナ。
それを見て、ラヴィが自分の服を脱ごうとしてわたしが止める。
「ラヴィはそれ一枚だけでしょ? モーナの為に裸になる事ないよ」
「そう。わかった」
ラヴィは雪女の女の子だから、脱いでも平気だろうけど、女の子を裸にさせてまでモーナの馬鹿を温めてやる必要は無い。
そもそも、そんな事をラヴィにさせるなんて出来ない。
モーナはわたしとお姉から貰った服を着て、相変わらず下はカボチャパンツだけだったけど、随分とご機嫌に温かそうに顔の表情を緩めていた。
それからも、アイスマウンテンを暫らく歩いた。
風も段々と強くなる。
雪が吹雪く中、わたし達は十分足元に気をつけて、そして【氷雪の花】を探しながら進んで行く。
だけど【氷雪の花】はまったく見つからなかった。
「見つかりませんね~」
「うん」
「マナー! 見ろ!」
「え? 何? 氷雪の花でも見つけたの?」
モーナが突然大声を上げたので、わたしはやっと見つけたと思い安堵する。
だけど、どうやら違ったらしい。
「村があったわ!」
「村?」
「村ですか?」
わたしとお姉が同時に声を上げて、顔を見合わせる。
モーナが指をさして、私達は視線を移した。
「凄い……」
モーナの言った通り、そこには村があった。
……いいや、私の目には村と呼べるものには見えなかった。
だけど、これだけはハッキリと言える。
心を打たれるような、とても素晴らしい景色があると。
そこは断崖絶壁の崖に建つ小さな家の密集地帯。
崖にくっつく様に家が建てられていて、目を凝らしてみると、幾つもの道が崖の中に隠れているように見える。
どうしてそう見えたのかと言うと、崖には窓の様な物が所々に見えていたからだ。
それに、崖の外側にもむき出しになっている足場の悪そうな道があって、それが崖の中に続いていたりもしている。
あんな所に道があっても、危なっかしくて通れないんじゃとも思ったけど、意外と大丈夫なのかもしれない。
何故なら――
「凄いですね~。風向きの関係で、あそこは風が当たらないのかもしれないですね」
「うん」
お姉の言葉に私は頷く。
そこは丁度風下で崖の壁に守られていて、風が当たっていないのだ。
まあ、そうだとしても、よくあんな危ない所に住めるなと感心するけども。
わたし達は崖の村へと急ぎ、村へ入る為の入り口を探す。
正直どうやって行けばいいのか想像もつかなかったから、村に入るのに時間がかかると思ったけど、モーナのおかげで簡単に入る事が出来た。
「モーナの魔法って、本当に便利だね」
「当たり前だ!」
モーナが得意気に胸を張って鼻を伸ばして、私はそれを見て苦笑した。
実際のところ、本当に凄く助かった。
崖の村にある幾つかのむき出しになっている道に出入する場所から、モーナの重力の魔法で入ったのだ。
宙を浮いて行くので落ちる心配も無かったし、私は何もしないので凄く楽ちんだった。
「ありがとう」
「礼には及ばないわ! それより、この中は暖かいわね」
「言われてみるとそうだね。これなら厚着しなくて良いかもしれない」
「本当ですね。私は少し暑いくらいです」
お姉が着ていた服を脱ぎ出す。
それを見て、わたしは慌てて周囲を確認した。
誰も……いないみたい。
良かった。
もー。お姉はホント周りを気にしないんだから。
あれ? そう言えば……。
「モーナは脱がないの?」
こういう時、一番に脱ぎ出しそうなのに。
「私はこのままでいーわ」
「ふーん。そっか……」
モーナが笑いながら、このままでいいと言うので、わたしは変なのと思いながらモーナを見た。
「あれ? ラヴィーナちゃん? 何処行くんですか?」
お姉の言葉でわたしも気が付く。
ラヴィはいつの間にか何処かへ向かって歩いて、お姉に呼び止められて振り向いた。
「じーじに会う」
「じーじ?」
それってもしかして、ラヴィのお爺さんって事?
ラヴィがお姉の質問に答えてから再び歩き出すので、わたし達はラヴィを追いかけた。
不思議なところだな……。
わたしはラヴィの後を追いながら、そんな風に感じていた。
崖の中の通路から見える外の景色は、相変わらず雪が吹雪いているけど、不思議な事にここは全然暖かい。
お姉の好奇心で、それが本当に不思議な事だと分かった。
お姉は何を考えてなのか知らないけれど、窓の様になっている外の景色が見える場所から外に手を出したのだ。
そしてその時、全てが、ただの空いているだけの穴だと知った。
ただの穴なのに、外からの冷たい空気が通路に全く入って来る事が無くて、そしてこの暖かさだ。
やっぱり、異世界って凄い。
不思議でいっぱいだ。
暫らく歩くと、ラヴィが立ち止まった。
ラヴィが立ち止まったそこには扉があり、崖の外にある家への扉の様だった。
「ラヴィ、ここにラヴィのお爺さんがいるの?」
わたしが訊ねると、ラヴィは首を横に振って答える。
「違う。ここにはじーじがいる」
「じーじって、ラヴィーナちゃんのお爺さんの事じゃないんですか?」
お姉もわたしと同じ事を考えていた様で、ラヴィに訊ねたけど、やっぱりラヴィは首を横に振った。
「違う。じーじは熊鶴のじーじ」
「熊鶴?」
わたしが首を傾げた丁度その時、目の前の扉が開かれた。
扉を開いたのは羊の様な角を生やした女性で、その女性とラヴィの目がかち合う。
「あらまあ。家の前で話しているのは誰かと思ったら、ラヴィーナじゃないか。随分と久しぶりだねえ。この子達はラヴィーナのお友達かい?」
「あの、はじめまして。わたしは愛那って言います」
「私は瀾姫です。いつもラヴィちゃんには助けてもらってます」
「私はモーナスだ!」
「へえ、珍しい事もあるもんだ。本当にラヴィーナがお友達をここに連れて来るなんてねえ。私はメリー、ラヴィーナの育ての親さ。さあ、外は寒かっただろう? 入って入って」
育ての親……。
じゃあ、ここがラヴィの家って事なのかな?
でも、メリーさんの反応を見る限りだと、とてもそうは思えない。
今はそうじゃないって感じがする。
まあ、でもそれは今は置いておくとしよう。
私達はメリーさんに迎え入れられ、家の中にお邪魔した。