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162 海宮の乙女 その6

 マナのお披露目が終わり、フナや子供達を連れて踊歌祭ようかさいを楽しむ事にした。

 本当はナミキ達と一緒にマナを待つつもりだったけど、子供達が何やらソワソワしていて、よっぽど踊歌祭が楽しみだったのか落ち着きがないのだ。

 そう言うわけで、マナには悪いけど待たずに祭りへ足を運んだ。

 だけど、子供達のソワソワは無くならなかった。


 子供達は時折フナに「何処にあるの?」とこそこそ話していて、フナはそれを慌てた様子で口をつぐませて「しーっ」と人差し指を口の前で立たせる。

 何か怪しい、と思っていると、フナが一度海宮(かいきゅう)に戻ろうと提案した。

 幾らなんでもそれは踊歌祭を楽しみにしていた子供達が可哀想だと言えば、何故か子供達からも帰りたいと言われてしまう。

 本当に意味が分からないし、これは何かあるなと思ったけど、私は詮索しない事にした。


「カメちゃん、あれ怖い」


 海宮に戻る途中、都の都心から離れた祭りの光が届かない場所まで来ると、子供の1人がそう言って私にしがみついた。

 すると、他の子供達も上を見上げて足を止める。


「なにあれ?」


「あー! スマ知ってるー! あれウニって言う食べ物なんだよー」


「うにー?」


「いっぱいあるねー」


「カメちゃんはウニ知ってるー?」


 子供達が騒ぎ出し、物珍しいそれを楽しげに見る。

 だけど、そうで無い子ももちろんいて、怯えた顔で震えていた。


 子供達が見たウニは、都を覆う膜の上に所狭しと大量に貼りついていた。


「リン姉……これって不味いんじゃない? 絶対お祭りのもよおしなんかじゃ……」


「分かってる。子供達を避難させよう。海宮に急ぐぞ」


 声を抑えてフナに告げ、子供達に笑顔を向ける。


「はーい! 騒いでないで、みんな早く帰るぞー!」


「「「はーい!」」」


 楽しんでいる子供は元気に、怯える子は力無く返事をする。

 とにかく早くここから移動しなければならない。


 子供達が騒いでいたウニの正体は吸血うに。

 水深10万キロに生息する深海の生物で、あれ事態にはそれ程の脅威は無い。

 問題は吸血うにでは無く、それを連れて来た人物・・だ。

 私はその人物に1人だけ心当たりがある。

 随分と昔の事だけど、その力で吸血うにを見せてもらった事があるからだ。

 だけど、その人物が何故都の上にこれをしたのかが分からない。

 ただ、嫌な予感だけはした。




 吸血うには都心から離れれば離れる程に数が減っていき、海宮に辿り着く頃にはその姿は全く無かった。

 しかし、よく知る人物が私達を待っていたかのように立っていた。


「イング……?」


「久しいな、リン。それにフナも。2人とも元気そうで安心した」


 私達を待っていた彼の名はのはイング、イングロング=L=ドラゴン。

 子供の頃に教会で一緒に暮らし、海宮で一緒に子供達を育てて、そして……私の元恋人。

 あの頃と変わらない。

 だけど、身につけているものは全く違う。

 彼は武装した格好で、そこに怖くなる程に穏やかな顔を私に向けて立っていた。


 子供達はイングの事を知らないから、特に驚いた様子も無かった。

 私はイングを見て、もしかしたら子供達がソワソワしていた理由がこれなのかもしれないと思った。

 サプライズで、フナや子供達がイングを連れて来てくれたのだと思った。

 でも、子供達がフナに聞いていたのは「何処にある(・・)の?」と言う言葉。

 いる(・・)では無くある(・・)

 イングの訪問はフナにも予想外の事だったようで、本当に驚いた様子で「ロン兄?」と呟いた。

 これは間違いなくイレギュラーで、子供達がソワソワしていたこととは無関係の出来事だった。


「調べでは海宮にいる今の子供の数は16人だったが、そうか……また増えたのだな? しかし問題無い。計画に支障は出ないだろう」


 穏やかで、何処か冷たい声。

 イングは私の側にいた子供達に視線を向けた。

 そして分かってしまった。

 イングが視線を向けた子供は、全てがマナ達が子供を連れて来る前からいた16人だと。

 だからこそ私は何か良くない事が確実に起ころうとしていると感じた。

 イングがここに現れたのは、間違いなく私にとって、そしてここにいるフナや子供達にとって良くない事だ。

 それをフナも察したのかイングを睨んだ。


「ロン兄、何しに来たの?」


「君を迎えに来た」


「私はリン姉の側にいるって言ったよね? 久しぶりに顔を出したと思ったら迎えに来たって、ふざけないでよ」


 フナの目つきが鋭くなる。

 イングはまるで我が儘な子供を見る様に、ただ眉根を下げるだけ。

 するとそこで、かつて海宮に住んでいた私の義弟妹達が、武装した格好で海宮の中から現れた。

 それを見てフナが怒気を強め、そして静かに聞く。


「やっぱりそうだ。何か良くない事をしようとしてるんでしょ? もう一度言うよロン兄。何しに来たの? ここは皆で過ごした海宮で、教会と一緒で皆の思い出の場所なんだよ?」


 イングは答えない。

 義弟妹達に視線を向けるだけで何も答えようとしない。

 子供達は武装した見知らぬイングや他の私の義弟妹達に怯えて、私の背後で集まって震える。


「リネントさん、やっぱりこの中には何も無かったぜ」


「そうか。それなら予想通りリンが持っているのか。出来れば傷つけたくは無かったが……」


 私とイングの目がかち合う。

 イングは手の平を上にして前に出し、感情の無い無表情の顔を私に向けた。


「リン、君が大切にしていた木彫りの亀を譲ってくれ。それが必要になった」


 私は動揺して一歩後退る。

 子供達がそんな私を見て不安そうに表情を曇らせ、そして、フナの怒りが爆発した。


「何言ってるの!? あれがどれだけ大切な物かなんて、ロン兄だって分かってるでしょ!? あれには、あれにはギベリオお兄ちゃんの想いだってあるんだよ! それなのに――」


 一瞬だった。

 フナが怒鳴っている最中に、イングがフナに近づいて気絶させた。

 そして、倒れかけるフナをイングが抱えて、イングの側に義弟の1人が近づく。


「すまないな、フナ」


 次の瞬間、イングがフナを義弟に渡す前に私は駆け出していた。


「フナを離せえええええっ!」


 腰に提げた霊亀の甲羅を掴み、イングに向かって投げる。

 甲羅はイングに向かって地面を水平に飛んでいき、一瞬にしてイングの横腹に接近する。

 しかし、イングはそれを足で蹴り上げて、甲羅は垂直に舞い上がる。

 だけど私の攻撃は終わってない。

 駆け出した時には、既に手に魔力を集中させている。

 私の周囲に幾つもの魔法陣を浮かび上がらせ、私がイングに接近する頃、魔法陣から無数の氷の刃を一気に放つ。


「強くなったな」


 イングが呟き、私が放った氷の刃を全て一瞬で叩き割る。

 その速度はとてつもなく、全く動きが見えなかった。

 でも、だからって引けない。

 ここで引くわけにはいかない。


 私はイングに接近した事で先に投げて蹴り上げられた甲羅を掴み、甲羅を媒介にして魔法を発動する。


「アイスメテオ!」


 甲羅が氷を纏って姿を変える。

 それは直径5メートル。

 これ以上大きくすれば、フナを巻き込む。

 でも、これだけの大きさがあれば、人を1人飲み込むには十分な大きさ。


 この魔法がイングに命中した瞬間を狙って、その隙にフナを助け出すつもりだった。

 だけど、そんな隙は起こらなかった。

 イングはフナを抱えたまま、私の魔法に何かを叩きこんで粉砕し、そして……。


「そんな――っ何!?」


「貰ったぞ」


 腰にぶら提げていた小袋を奪われた。

 木彫りの亀が入っていた小袋を。

 取り返そうと、私は直ぐに手を伸ばす。


「返せええええええ!!」


 魔力を手に集中させて、魔法をイングに叩きこもうとするも、出来ない。

 私はイングに腹を殴られ吹っ飛び、そのまま海宮に突っ込んで外壁にぶつかった。


「……かはっ」


 血反吐を吐いて立ち上がる。

 イングに視線を向けると、既にフナを義弟に渡し終わっていた。

 それだけじゃない。

 他の義弟妹達が子供達を、海宮の子供達を捕まえていた。


「やめろおおお!!」


「フナへの人質として、念の為データのあるこの16人の子供達だけ連れて行く」


 信じられなかった。

 あの優しかったイングが、子供を人質にとろうと言うのだ。

 何が彼をそうさせたのか知らないけれど、今はそんな事はどうでもいい。

 子供達を人質だなんて、そんな事は絶対に認めるわけにはいかない。

 奪われていくのを黙って見ているなんて出来ない。

 諦めるなんて出来なかった。


 さっきのダメージが思っていた以上に大きく足がふらつく。

 だけどだから何だって言うのだ。

 フナを、子供達を、私の大切な家族を奪われたくなかった。

 子供達が私に「カメちゃん助けて!」と泣き叫んでいるのに、言う事を聞かない足に負けている場合では無い。


「させるかああああああ!!」


 力を振り絞る。

 絶対に護りたいと言う想いを力に変えて、あの時マナがラヴィーナを助けた様に、私は全力を出して走り出した。

 だけど、届かなかった。


「悪いな、リン。だが、元家族のよしみもある。一つだけ教えよう。古のバセットホルン城……竜宮城に眠る古代兵器」


 イングがそう口にして私に向けて手をかざし、次の瞬間、私は見えない何かに全身を殴打された。

 それはまるで私の全身を大きな拳一つ、一撃で殴られた様な衝撃。

 その威力は絶大で凄まじく、私の背後にあった海宮さえも巻き込んだ。

 そして巻き込まれた海宮が轟音を立てて半壊していく。


 私は奪われる。

 大切な宝物を全て奪われる。

 思い出の詰まった木彫りの亀のお守りも、何よりも大切な子供達も。

 そして、たった1人残って、ずっと側にいてくれたフナさえも。

 奪われたのは全て私が無力だったから。


 結局私には何も護れない。

 大切なものを何一つ護る事さえできない。

 あの時と何も変わらない。

 強くなると決めたのに。

 弱いから、力に屈して見る事しか出来ない。

 だから、彼等を、イングを止める事なんて出来ない。


 全身に激しい痛みを感じながら、私の意識は遠のいていく。

 意識が遠のく中で聞こえてくるのは、子供達が泣き叫ぶ声。

 目に映るのは、フナと子供達が、かつての家族に捕らわれる姿。



 己の無力を憎みながら、私は意識を失った。

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