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161 海宮の乙女 その5

「リ……っ! ……ねえ!」


「……ん? んぁあ……あれ? オイラ寝てたか?」


「リンね……あ、起きた。もう、二度寝なんかしちゃって。早くしないとマナちゃんのお披露目会が始まっちゃうよ?」


「悪い悪い。なんか懐かしい夢見てた」


「はいはい。どうせ可愛い女の子の夢でしょ」


「うーん、覚えてないけどだいたい合ってる気がする……って、あれ? おい、フナ。オイラのお守り知らない?」


「まだ寝ぼけてるし……はあ。木彫りの亀なら、昨日の夜ご飯食べながらマナちゃんにご利益が凄いとか言って自慢して、その後更にご利益注入だーって言って神棚に飾ってたでしょ」


「……そう言えばそんな事があった様ななかった様な……」


 とか言いながら、私は寝室にある神棚を覗きに行く。

 すると、しっかりと木彫りの亀が備えられていて、私はホッと一安心して小袋にしまって腰に提げた。

 フナがいた場所に戻ると、フナが「ほらね」と呆れている顔で出迎える。

 そんなフナを見て、昔はあんなに可愛かったのにと、私は記憶の中のフナを思いだし愛でる。


「あ、そうだリン姉。マナちゃんのお披露目会が終わった後、いつでも良いから時間空けといてね」


「別に良いけど、何かあるのか?」


「もちろんあるよ。無かったらそんな事言うわけないでしょ?」


「まあ、そうだけど。気になるな」


「気になっても我慢してよね。あ、そうだ。それと神父様がたまには顔出しなさいって言ってたよ」


「……合わせる顔がないんだよ」


「あはは。リン姉すっかり変わっちゃったもんね~」


「それは…………そうだけどよ」


「ねえ、リン姉。もう良いんだよ?」


「フナが良くても、オイラが駄目だ。これはケジメだ」


「……あっそ。ま、リン姉がそうしたいなら何も言わないよ。あ、でも、今日はそのケジメを維持してもらいたいな~」


「は? なんだよそれ?」


「なんだろうねえ?」


 ニコニコと笑うフナを睨むと、フナは調子にのって「かっかっかっ」と誰かさんの様に笑って去って行った。


「誰に似たんだか……って、ヤバ。もうこんな時間かよ」


 今日は国を挙げてのお祭り踊歌祭ようかさいの日だ。

 今年はマナって言う珍しい黒髪のヒューマンに、踊歌祭で開かれるお披露目会に出場してもらう。

 そして、その応援に子供達を連れて行くのが今日の私の仕事だ。


 出かける準備をして海宮かいきゅうを出ると、既に子供達は全員集まっていて、怖い顔したフナが待っていた。

 さて、これからお披露目会に向かう前に、ここにいる皆には先に話さなければならない事があった。

 私は子供達を地面に座らせて、全員いる事を確認してから、その話を話し始める。


「えー、今日これから向かうマナが出場するお披露目会は、皆が知ってる通り新しい子達の命運がかかっている」


 マナ達が連れて来た子供達が眉根を下げて、悲しそうな顔で俯く。

 それはそうだろう。

 マナが優勝しなければ、自分達は追い出されてしまう。

 不安になるなんて当たり前。

 それに、それはこの子達だけじゃない。

 元々いた私の子供達も、悲しそうな顔で仲良くなったその子達を見ていた。

 そして、フナの私へ向ける視線が怖い。

 目が合えば噛みついて来そうな勢いだ。

 まあ、だけどそれもここまで。

 私は今から重大な事を言う。


「よく聞けよ? オイラがマナに提案したこの話は嘘だ。最初からそんな賭け事みたいな事する気は全く無い」


「「「ええええええええっっっ!!」」」


 子供達が驚いて騒めく。

 皆目を丸くして口もぱっくり開けて実に良い表情だ。

 思わずニヤニヤしてしまう。

 しかし、ただ1人、フナだけは「やっぱりね」と呆れた表情を私に見せた。

 昔は可愛かったのに本当に可愛くない。

 それはともかくとして、時間がないのでとにかく話を続ける。


「心配かけてごめんな。海宮へようこそだ。これからはオイラの事を親だと思ってくれ」


 そう告げると、子供達から喜びの声が聞こえてきた。

 安心してホッとしている子、喜びを分かち合う子、立ち上がってピョンピョン跳ねる子、皆が色んな個性ある喜び方で嬉しいを表現している。

 思わず私も嬉しくなるけど、まだ話は終わっていない。

 寧ろこれからが重要なのだ。


「はーい。皆静かにしてくれなー」


 とくに強めに言ったわけでも無く、それでも子供達は直ぐに静かになって私に顔を向けてくれた。

 いい子ばかりでありがたい。

 フナは相変わらず私を睨んでるけど。


「それでだ。この事はオイラと皆の内緒だから、マナとナミキとモーナスとラヴィーナには絶対に言わない事。良いな?」


「「「はーい!」」」


 良い返事だ。

 うんうんと素直な子供達に頷いて、私は真剣な面持ちをして、元々海宮で一緒に暮らしていた子供達だけに視線を向けた。


「なんでマナに嘘まで言って、お披露目会に参加させたのか分かる子はいるか? 分かったら手を上げてくれ」


 誰も手を上げない。

 なんだろうと隣に座る子と話して、それでも答えは見つからない。

 私はフナにも視線を向ける。

 フナも当然のように分からない。

 私に向けていた呆れている様な睨んでる様な曖昧な視線は今は無く、真剣に考え込んでいた。


「答えを言うぞ」


 私が告げると、皆が一斉に私に視線を向ける。

 だから、私はその真意を真剣に伝える。


「これは、なんだ」


「……夢?」


 フナが呟いた。

 視線を向ければ、少し驚いた表情をしていて、そんなフナに私は微笑む。


「ああ、夢だ。マナって子はな、凄いんだ。オイラはマナと長く一緒にいたわけじゃない。でも、あの時あの子がした事、そして目を見て分かった。マナは誰かの為に強くあろうとして頑張れる凄い子なんだ。皆にもマナの凄さを知ってほしい」


 あの時……私が東の国でマナと初めて出会った時。

 マナがラヴィーナの母親にした事は、今でも覚えている。

 あの子は命を懸けて成し遂げて、ラヴィーナに笑顔を届けた。

 まあ、ラヴィーナはいつも虚ろな目をしていて、オイラには表情の変化がいまいちまだ分からないけど、それでも嬉しさは心にグッとくる程伝わってきた。

 少なくともあの時のマナを見て、私が自分のやり方に疑問を持つほどに。

 どんな事情を抱える子供であれ、子供を“買う”と言う行為で連れ出して良いのだろうかと。

 オイラが買ってここに来た子供は、皆良い顔をするようになった。

 でも……。


 私は子供達1人1人と目を合わせる。

 そして尋ねる。


「今日、マナがお披露目会で優勝出来ると思ってる子はいるか? 出来ると思うなら、手を上げてくれ」


 誰も手を上げない。

 当然だ。

 皆昨日のマナを見ている。

 何を歌うか姉と相談して、ろくに歌も踊りも練習をしていなかった姿を。

 試しにこの国の歌を教えたら、音程を外して顔を真っ赤にさせていた姿を。

 そんな姿を見ているから、誰も優勝出来るなんて思っていなかった。

 そう考えても何も可笑しくはない。

 私はこれまでもお披露目会の見学に、皆を何度も連れて行っているのだから。

 だからこそ知っているのだ。

 お披露目会に出場する子供達の中には、歌と踊りを物心つく前から鍛え上げられてる子が……貴族がいる事を。

 前日にあーでもないこーでもないと悩んでいるマナが、そんな凄い子供に勝てるわけがないと思うのは当然だった。


 でも、だけど違う。

 手を上げなかったのは、元々海宮にいた子供達だけだ。

 マナ達が連れて来た子供達は違う。

 全員が元気よく手を上げて、全員が「マナお姉ちゃんなら優勝する!」と口々に喋った。

 確かにこの子達はあの凄い貴族の子供達を知らないと言う理由もある。

 だけど、昨日のマナを見ていたのは変わらない。

 だからこそ、それには元々海宮にいた子供達も、もちろんフナも驚いていた。

 だけど私は驚かない。

 驚くわけがなかった。


「どうか皆、見ていてほしい。きっとお披露目会でマナの姿を見たら、世界がもっと楽しくなるから」


 海宮で暮らす子供達には“夢”が無い。

 皆明るくて元気だけど、夢が無いんだ。

 私が悪い親から買った子だけじゃない。

 親に捨てられた子もいるし、両親が死んで路頭で行き倒れていた子もいる。

 そう言った子供達の過去は何も解決していない。


 皆心に傷を負っていて、外の世界に恐怖を覚えて夢を持てないでいる。

 そんな子供達ばかりだからこそ、今が一番幸せで、今ある幸せが続けば良いとしか考えていない。

 私だって昔はそうだったし、別にそれが悪いとは言わない。

 でも、いつまでもそのままじゃいられない。

 私も今まで色々な事を頑張ってきたけど、皆に夢を持たせる事は出来なかった。

 どうすれば皆に夢を持ってもらえるのかが分からなかった。


 そんな時にマナと出会った。

 マナはおませなだけの普通の子だ。

 でも、マナと関わった子は心が輝いている。

 マナに救われている子はラヴィーナだけじゃなかったんだ。

 同じような境遇を持つ新しくここに来た子供達の顔を見て、私はマナなら子供達に夢を与えてくれるかもしれないと思った。

 それ程に新しく来た子供達の笑顔は輝いていて、希望と夢に満ちた目をしていた。


 マナにお披露目会に無理矢理参加させたのは、そんな思いがあったからだった。

 我が子可愛さにマナを利用する事には少しだけ気が引けるけど、その分のお礼はたくさんする予定なので考えない様にした。

 きっとフナの様に睨んでくるだろうけど、それは仕方が無いと諦めようと思う。


 私は想いを伝えると、手をパチンと叩いて静まりかえった子供達を我に返して、お披露目会の会場へと向か――


「なんだ。そう言う事ならちゃんと言え」


 不意に聞こえた最近聞きなれた部外者……の様な友人になった者の声。

 私はビクリと肩を震わせて、声のした方に視線を向ける。


「モーナス……いたのか?」


「だな。さっきまで二度寝してたけど、さっきリリィ=アイビーに叩き起こされたんだ」


「あ、そう。何それ? フナに起こされたオイラと一緒じゃん。気が合うな」


「おまえと一緒はヤだな」


「オイラだって嫌だよ」


 どうやら、黙っていたい相手の1人には、全て聞かれてしまったらしい。

 フナに視線を向けると、モーナスの事を知っていたのか、何やら焦った表情で目を逸らされた。

 私は小さくため息を吐き出して、それからモーナスにはきっちりと他言無用だと口止めしておいた。




 お披露目会は、お披露目会でのマナは、想像を超える結果をもたらしてくれた。

 誰が予想できただろう?

 きっと誰も予想なんて出来っこない。

 マナの歌、そして踊りは奇跡を生んだ。


 子供達の目は輝いて、皆が楽しそうに歌い踊るマナに夢中になった。

 名前も知らない不思議な歌や踊りは何もかもが新鮮で、聞く者を、そして見る者を楽しくさせる。

 海宮の子供達だけでは無いんだ。

 このお披露目会を見に来た全ての子供が目を輝かして、皆それぞれとても楽しそうにマナの歌を聞いて見ていた。

 こんな事が今までこのお披露目会であっただろうか?

 いいや無い。

 こんな事は初めてだ。


 マナは全ての子供を魅了して、観客席にいた子供達を楽しませた。

 こんなにも楽しいお披露目会は今まで見た事が無い。

 誰もがそう思ったに違いなかった。

 審査員達も、子を連れて来た親も楽しそうにしている我が子を見て自然と頬を綻ばせる。


 マナに頼んで本当に良かった。


 心の底からマナに感謝する。

 マナのお披露目を見る海宮の子供達の顔は、私が願っていた以上に、とても眩しく輝いていた。

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