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160 海宮の乙女 その4

 孤児の希望を育む場所になれればどんなに嬉しくて幸せなんだろう。

 そんな想いを込めて水の都フルートの辺境の地に建設した家、孤児院の名前を、私は【海宮かいきゅう】と名付けた。


 あの日、文字を義弟妹達に教えると決めてから、驚くほど早く海宮は完成した。

 一番の功労者はやっぱりイング。

 彼が文字を教えると言ってくれたからこそ、これだけ早く海宮が完成したのだ。

 今まで言葉だけで意思疎通をして家づくりに取り組んでいた。

 でも、そこに文字で正確に伝える事が取り入れられ、それだけで全ての事が的確かつ迅速な速さを生みだした。

 この海宮を建てる上でのヒントもイングが読んでいた本のおかげで手に入れた。

 その昔この国バセットホルンの中心だった竜宮城は、とても不思議なつくりをしていた。

 この地域では見ない木造の建物は魅力的で、本に描かれたイラストに思わず心を奪われた。

 わたしはそれを参考にして、色んな資料を集めて海宮の建設を進めていった。

 そうして、あんなに苦労していた建設作業も、ようやく今日と言う踊歌祭の日に終わりの時を迎えた。

 私はこの海宮の院長として、子供達を預かる立場となったのだ。


 そして、イングとの決着をつける時がやってきた。


 海宮が完成した国のお祭り踊歌祭の日。

 イングに告白されたあの日の様に、イングを教会の屋根の上に呼び出して向かい合う。


「えと……その……わた、私はイングより7も年上で…………」


 これでもかと言うくらいの緊張。

 だけど意識はしっかりと保ち、頭の中が真っ白なんて事には絶対にしないように気をつける。

 体温が高くなり、顔は火照って熱を感じるけど、こればっかりはどうにも出来ない。

 でも、それはもう仕方が無いとして、私は勇気をもってしてイングの顔を見た。


「そう……そうじゃじゃなくて…………だから、その………………私は……私の…………っ」


 凛々しい顔で端正な顔立ち。

 年齢にそぐわない身長を持つイングの顔は、もう見上げなければ見れない程に高く、それだけで何故かドキドキと鼓動が高くなる。

 柔らかな微笑みは大人びていて、7つも年下だとは思えない程に年上にしか見えない。

 3歳の頃は舌足らずで小さく可愛い男の子だったのに、気が付けば私よりもよっぽど大人らしい。

 そんな彼は、イングは私にとって優しく温かい掛け替えのない存在。

 そう気付かされたのは、あの時、義弟妹達に文字を教えようとなった時だ。

 時間を忘れる程に話をしたあの日、久しぶりに楽しくイングと話をした私は自分の気持ちにやっと気づいた。

 だから、私は今日この日この時の為に自分の気持ちを整理して、あの日に受けた告白に応えるのだ。


「私と一緒に海宮に来て下さい!」


 私の一世一代の告白。

 真剣に、真面目に、心の底から出た私の全て。

 全身の熱が焼き石よりも熱いとすら感じる程に、私の体が熱くなる程に込められた私の言葉。


 そんな私の告白に、イングは拍子抜けするほど驚いた顔をしていた。

 何なら頭の上にクエスチョンマークが見えていてもおかしくない程に。


 そして、私の告白の答えが、イングの口から…………ではなく、またもや様子を見ていた外野が答える形となってしまった。


「ロン兄の告白に意味不明な事をリン姉が言うから神父様がズッコケて落ちたああああ!」


 意味不明とは失礼な事を言ってくれる。

 本当に何やってるんだあの子達……と言うよりは神父様は…………。


 と、私が騒ぎ出した義弟妹達にがっくりと肩を落とすと、目の前で驚いた顔を見せていたイングが笑いだした。


「ははは。またか。皆本当に懲りないな」


 イングが楽しそうに笑うので、なんだか私も可笑しくなって一緒になって笑う。

 見ればウェーブとギベリオが顔を真っ青にさせて神父様の両足首を掴んでいて、その周りでフナとステラや他の義弟妹達が真っ青な顔で成り行きを見守っている。

 いつもの事だからと私は助けに行こうともせず、とりあえず人の決死の想いで挑んだ告白を覗いた報いを受けてもらおうと怪しく笑む。

 すると、そんな下衆な考えに至って笑んだ顔の私の唇に、不慣れで柔らかな感触が触れられた。


「――っ!?」


 唇の感触はゆっくりと離れていって、それをした人物が私に優しい笑みを魅せる。


「ありがとう、リンね……いや、リン。俺を君の海宮に一緒に連れて行ってくれ」


「は、はははははは、はい!」


 教会の屋根の上で、義弟妹達が騒ぐ中、私とイングは恋人になった。

 私は幸せに満たされて、自分は世界で一番幸福なのかもしれないと感謝した。







 教会の宿舎で暮らしていた私とイング、それから義弟妹達は全員が海宮で暮らす事になったわけでは無かった。

 何人かは神父様と離れたくないと言って、教会の宿舎に残ったのだ。

 とは言っても、殆どの義弟妹は海宮に来てくれたので、私は毎日を忙しくして暮らしていた。

 教会を出ても教会の手伝いは勿論している……と言うか頼んでさせてもらっているし、他にも海宮について来てくれた義弟妹の為にも、仕事なんかも始めていた。

 始めた仕事は図書館の受付係。

 義弟妹達に文字を教えるようになってイングに本を読ませてもらってから、実は本に興味を持ったのだ。

 それで運良く募集を見つけて、こうして図書館の受付として働くようになったのだ。


 そうした毎日を送って幾らかの年月が経った。

 海宮にも新しい家族が増えて益々忙しく、でも幸せな日々。

 そんなある日、教会に残っていたギベリオが、フナと一緒に珍しく図書館にやって来た。

 この血の繋がった2人の兄妹は、兄のギベリオが教会、妹のフナが海宮で別れて暮らしている。

 最初はフナが気遣ってくれて私の許に来てくれたと思って、フナに兄のギベリオと一緒に教会に残って良いと言うと、これでもかと言うくらいに嫌な顔をされた。

 フナは血の繋がった実の兄より、血の繋がらない義姉である私の方が好きらしい。

 嬉しいけど、なんだか複雑な気持ちになったのは今でも覚えている。

 そんな2人は別々に暮らすようになってからは、教会や畑仕事以外で会う事は無く、2人はそれに対してお互いとくに気にしている感じもしなかった。

 だからこそ、こうして2人で出かけている姿を見るのは珍しい。


「リン姉、仕事頑張ってるー?」


「うん、もちろん。2人揃って図書館だなんて珍しいわね。何か気になる本でもあるの?」


「オイラ達は伝言を預かって来てるだけだぜ」


「伝言? あ、もしかして最近家族になったボウツ? 12歳だからかな? あの子しっかりしてるよね。もう皆と馴染んでるし、私驚いちゃった」


「ボウツ? 確かにリン姉よりしっかり……って、違う違う。家族みんなからだよ」


「みんな? なんだろ?」


「明日の踊歌祭はここも休みで仕事は無いんだよな?」


「うん、明日は国を挙げての踊歌祭だからね。お仕事はお休みだし、久しぶりに皆と遊べるわよ」


「良かったあ。最近はずっと仕事だもん。みんな寂しいって言ってるよ。私も寂しいもん」


「あはは、そっかあ。もう少し義弟妹達との時間を大切にしないとよね」


「そう言う事だ。それで伝言だけど、今日はリン姉は久々に教会の宿舎に帰って、海宮には顔を出さない事。以上だ」


「……え? 何で?」


「それは教えてあげられないよ。内緒だもん」


「えーっ、気になる」


 どうやら私に内緒で何かを企んでいるらしい。

 気になる所だけど、イタズラっぽく笑うフナと悪ガキの笑みを見せたギベリオの顔を立てて、これ以上の詮索はしない事にした。


「せっかく来た事だし本でも読んでくか」


「賛成~」


「ごゆっくり~。あと、中に入ったら静かにしてね」


「「はーい」」


 ギベリオとフナが返事をして中に入って行く。

 最近一緒にいるところをあまり見ない2人だけど、せっかく血の繋がった兄妹なのだから、私への伝言がきっかけで一緒にお出かけできたのは良かった。


「リングイちゃん、会いに来たよ」


「――っ。ゲロックさん、また来たんですか?」


 不意に声をかけられて視線を向けると、そこには1人の騎士が小さく手を振って立っていた。

 この騎士はゲロックさんと言って、以前会った事ある男の人だ。

 あれは海宮が出来る前よりもっと前、私達が土地を探していた時に出会った騎士の中の1人で、ロリコンと同僚に言われていた人だ。

 この図書館にはプライベートでよく来るらしく、来る度に私に話しかけてきていた。


「冷たいな~。俺はこんなにもリングイちゃんとお近づきになりたいと思ってるのに」


「はあ。そう言うのいらないので、今日も本を借りていくんですよね? さっさと借りてって下さい。私は仕事で忙しいんです」


「へいへ~い」


 いつものようにあしらって、直ぐに仕事に戻る。

 ゲロックさんはいつもこんな感じだ。

 だから、私は相当暇人なんだろうなと思ってる。


 それから暫らくして、ギベリオとフナが出て来た。

 2人の顔は、ここに来た時と比べて何処か影のある顔だった。

 表面上は明るく振る舞っているけど、何処か無理している様な表情。

 心配になって何があったか聞こうとしたけど、それより先に2人から教会に必ず行くようにと念を押されて、尋ねる機会を逃してしまった。


 そうして2人の事が気になりながらも仕事を終えて図書館を出ると、私の恋人……イングが迎えに来て待ってくれていた。


「イング、珍しいね。どうしたの? いつもは迎えに来るなんて無いのに」


「あ、ああ。そうだな。お疲れ」


「うん、ありがとう。……あ、もしかして私が教会に行くの忘れて海宮に帰っちゃうと思ってた?」


「む……うぅ」


「やっぱりそうなんだ」


「ステラに連れて来いと頼まれてな。それより顔色が優れないな。何かあったのか?」


「……うん。実は今日、ギベリオとフナが来たんだけど……」


 私は教会に向かって歩きながら、2人の事をイングに話して相談した。

 図書館で何かがあった。

 もしくは、何かを見つけて、それが2人に何らかの影響を与えたかもしれないと。


 イングは私の話を静かに聞いて、それから考えて答えてくれた。


「図書館には、この国であった過去の事件の資料などもあると聞く。あの2人はその資料を見たのかもしれない」


「過去の資料を……。でも何で?」


「あの2人が教会に来たきっかけは、両親が事故で無くなったからだ。それで、神父様が2人の両親と知り合いだったから、行く宛の無い2人を引き取った」


「ああ……そっか。だからその時の事故の資料を見ちゃったかもしれないんだ」


「恐らくだがな。2人も当時の事故の事は気にしていたのだろう。だから真実を知りたくて調べても何もおかしくはない」


「うん、そうだね。それなら、2人に何があったのかは聞かない事にする。あまり思いださせたくないし」


「ああ。それが良い」


 イングが優しく笑んで、私も微笑む。

 それから私達は楽しくお喋りをしながら教会へと向かった。

 私の仕事の事、イングが手伝っている神父様の教会でのお仕事の事。

 そうした楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付けばもう教会の目の前に来ていた。


 そして、私は神父様と義弟妹達に笑顔で出迎えられる。

 海宮に私と一緒に来てくれた義弟妹達まで全員いたので、私は驚いて、隣にいるイングに視線を向けた。


「本当は海宮でとも考えていたんだ。しかし神父様の都合が合わなくて教会でと言う事になってな。皆の所に行ってやってくれ」


「う、うん」


 イングに背中を押されて、困惑しながらも前に出る。

 未だに皆が何をしようとしているのか分からない。

 そして、そんな困惑している私の前に、フナとステラが2人で一緒に仲良く手を繋いで笑顔でやって来た……違う。

 何が違うって、仲良く手を繋いでいると思ったら、2人は一緒に何かの小さな袋を持っていたのだ。


「「リン姉、いつもありがとう!」」


「「「ありがとー! リン姉ー!」」」


 私に向かって、フナとステラが同時に感謝を口にすると、それに続けて義弟妹達も一斉に感謝を口にした。


「――っえ? え? え? ええっ?」


 突然の出来事に驚いて、皆の顔を1人1人見て目を合わせると、皆は私に満面の笑顔を見せてくれた。

 私が何に感謝されているのか分からず混乱していると、フナとステラが顔を見合わせて笑い、そして2人で持っていた小さな袋を私の目の前に出した。


「リン姉にはいつもお世話になってるから、いつかお礼をしたいって皆で話してて、海宮が出来た日にしようって皆で決めたんだよ。でも、海宮が出来てからは、ずっと忙しくてお礼をする機会が作れなかったでしょ? だから、今年こそはって思って皆で色々考えたの」


「それで今年は海宮が完成した踊歌祭当日では無くて、念の為その前日に渡そうってなって、今日に合わせて用意したのよ」


 フナとステラが交互に喋り、私はそれを聞きながら小さな袋を受け取った。


「開けて見ていい?」


「うん」


「気に入ってくれると嬉しいな」


 小さな袋を丁寧に開けて中身を確認すると、中に入っていたのは、少し不格好な手作り感溢れる木彫りの亀だった。


「それ、リン姉と一緒の瑞獣ずいじゅう種の亀の霊亀なんだよ。皆で資料を集めて、霊樹れいじゅって言うお守りに良いって言われる木を買って、1人ずつ彫ったんだよ」


「ちょっと不格好だけど、良かったら受け取ってほしいな」


「ありがとう、皆……本当にありがとう」


「「り、リン姉!?」」


 私は嬉しさのあまりその場で大粒の涙を流して、木彫りの亀を握り締めてその場に崩れた。

 そんな私の姿にフナもステラも他の義弟妹達も驚いて、私に駆け寄って優しい言葉をかけてくれた。


 私は本当に幸せ者だ。

 大切な家族がこんなにも沢山いて、神父様がいつも優しく微笑んで見守ってくれて、大好きなイングが恋人になってくれた。

 そして、また一つ大切な宝物が出来た。


 世界にたった一つしかない木彫りの亀。

 少し不格好で、でも、皆の想いが詰まった宝物。


 今日この日、久しぶりに家族全員で教会で過ごした。

 とても楽しくて、とても幸せな時間。

 こんな日がずっと続いてほしいと、私は心からそう思った。

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