159 海宮の乙女 その3
「ええええええ!? ロン兄に告白されたの!? リン姉!!」
「しーっ! フナ、声がでかいって」
「あ、ごめん。でもそうかあ。あの奥手なロン兄がかあ」
不意に見せる寂しげなフナの表情。
それを見て、思わず聞いてしまう。
「もしかして、フナってイングが好きだった?」
「え? 全然」
思っていたよりもあっけらかんとした返事。
全く興味の無さそうな表情。
思っていたのと違う反応に、私は冷や汗を流して呟く。
「そ、そっか」
水の都フルートの辺境にある土地を手に入れてから数年が経っていた。
ただ、新しい家の建設は難攻している。
何故なら私達にはお金が無く、流石に家まで建てて下さいと女王様にお願いなんて出来るわけがないので、神父様を含めた男手だけで家を建設している為だ。
お金も無い建設経験も無い、しかも子供が大半では、そんな簡単に家なんて建てられるわけがなかった。
これには流石にお手上げ状態で、神父様も「まさかこんな落とし穴があるとは」と頭を悩ませていた。
それはそうとしてそんな中で起きたある日の出来事。
先日行われた国を挙げてのお祭り踊歌祭で、何だか珍しく様子がおかしいイングに呼び出されて、教会の屋根の上で踊歌祭の景色を眺めながら告白された。
イングから言われた言葉は「好きだ」のたった一言。
私はその時動揺して慌てふためいていたのだけど、それを見ていた外野が屋根から落ちそうになって大騒ぎになり、まるで告白が白紙に戻ったかのように返事を返さずに終わってしまった。
ちなみに覗いていた外野の諸君は、ウェーブ、ギベリオ、そしてまさかの神父様の3人。
本当に何をやってるんだかって感じで、しっかりとその後は神父様を含めてお説教タイムへと突入したのは言うまでもない。
そんなわけで日を改めて、ここは手に入れた辺境にある土地のど真ん中……から少し離れた岩陰。
今は皆でここに作った畑を耕しに来ていて休憩中。
そして、教会の中でも今では私を一番慕ってくれているフナを呼び出して、他の皆には聞こえない様に報告……いや、相談している所だ。
ステラも呼ぼうとしたのだけど断られた。
なんでも、イングが神父様と大事な話があると言っていて、それを邪魔しようとしている馬鹿2人がいるので止めないといけない、と言う事らしい。
何だかその大事な話に思い当たる出来事がある気がして、とにかくステラの活躍に健闘を祈っておいた。
「それでリン姉はロン兄と付き合うの?」
「それが……それが今でも信じられ無くて、どうしようって思って……。だって、今までそんな素振り全然見せなかったし、いつも冗談で惚れてる? ってからかっても、他の義弟達と違って、全然そんな事ないって感じで素で返してくるし。まさか告白されるなんて思いもしなくて……」
何だか言ってて段々と恥ずかしくなってきた。
「うーん……」
フナは私の話を聞くと腕を組んで考え込む。
それから少し経ち、フナは「うん」と頷いて私に顔を向けた。
「付き合っちゃおうよ。私は2人はお似合いだと思う」
フナの出した答えに体温が上がる。
顔からも熱を感じて、一瞬だけ目が眩んだ。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫。うん、大丈夫」
「リン姉可愛いなあ。流石は義弟人気ナンバー1だね」
「義弟人気……? 何それ?」
「ああ、やっぱ知らないか。男の子って皆馬鹿だから、私達義姉妹の中で誰が一番かを集まって話し合ってるのよ。しかも週1で」
「……本当に何それ? と言うか、週1で変わるものなの?」
「知らない。馬鹿なだけよ」
「確かに馬鹿かも……擁護できないなあ」
火照った体も冷めていく。
さっきまであんなに体が熱く感じたのに、何だか一気に熱が冷めてしまった。
「そんな事より、まさかあのロン兄がねえ」
「う、うん」
話が戻り、また少しだけ顔の熱が上昇した気がした。
恋愛なんて今まで一度も考えた事ないから、私も初めての事で結構頭が混乱しているのが分かる。
「いやあ、告白するのはもう少し先だと思ってたよ」
「うん…………うん? え? 今何て?」
「だから、告白するのはもう少し先だと……って、え? あんなに分かり易かったのに、リン姉ってば本当にロン兄の気持ちに気づいてなかったの?」
「…………はい」
「素っ気ないふりして耳とか赤くなってたの気付かなかったの?」
「はい……って、そうだったんだ…………」
とにかく体も顔も何もかも熱い。
フナの反応を見れば、聞けば分かる。
多分これは周知の事実で、知らないのは私だけ。
それも含めての恥ずかしさが込み上げてくる。
「ああ、私分かった。だからだ。リン姉鈍感すぎて、だからロン兄が焦って告白したんだ」
「そ、そうなの?」
「うん。だってリン姉が好きって言ってる義兄弟いっぱいいるもん。結構他にもアプローチかけてる子もいるんだよ? 知らなかったと思うけど」
「……はい。知りませんでした」
思わず敬語になる。
本当にそんなの初耳で、もう恥ずかしすぎて穴があったら入りたい気分だ。
「とにかく、私はロン兄はお勧めだなあ。10年以上もリン姉の事を想い続けてるし、義兄弟の中で一番かっこいいし、優しくて性格が大人だもん。他の子達ならお断りだけど、ロン兄なら私のリン姉を任せても良い。許す」
言葉を失った……と言うよりは、何も言えないと言った感じ。
10以上も前からと言う事実にも驚いた。
それってつまり、イングがまだ本当に幼かった頃からと言う事で、もしかしたらイングと出会った頃からかもしれないと言う事だった。
だから不意にフナの口から出た『私のリン姉』と言う意味あり気な怪しい言葉には気付かない。
「でもさ、やっぱり大事なのはリン姉の気持ちだよね。リン姉はどうしたいの? ロン兄の事が好き?」
「私は………………」
「俺は好きだ」
「――っ!?」
不意にされた告白に振り向くと、声の聞こえた先にはイングの真剣に私を見つめる姿。
そしてその背後で、何故か頬を赤く腫らすウェーブとギベリオと、腕組をしてそんな2人を睨みつけるステラ。
ただ、イングの背後に立つ3人は、私の目には映っていなかった。
否、目に映す余裕が無かった。
真っ直ぐと私を見つめる真剣な瞳に、私の顔は沸騰する程に熱く、そして赤色が支配する。
私の思考は真っ赤な顔とは違って真っ白に染まり、何も考えられない状態。
私は何を考えたのか、何も考えていないからこそなのか、周囲を目を回して見回しまくる。
そして、ついに出た告白の返事は、私の返事を待つイングを見守るフナ達を困惑させるに十分な言葉だった。
「新しい家が出来たら付き合うか考えてもいいです!」
最悪な返事。
こんな曖昧で情けない返事と言えない返事を返した私に、フナ達は当然のように困惑する。
キープだキープだの、煩い黙りなさいだの、ロン兄成仏しろよだの、様々な声が飛び交っている。
だけど、こんな返事と言えない返事に、イングは、イングだけは嬉しそうに微笑んでくれた。
「ああ、ゆっくり考えると良い」
◇
イングの告白に返事と言えない返事をしてからと言うもの、私は新しい家作りを率先して手伝うようになっていた。
そしてイングをこの家づくりから遠ざけた。
理由は、このままだと本当に情けないからだった。
所謂自己満足な様なものだけど、告白を家が出来たら考えてもいいだなんて曖昧なもので返し、挙句にその家を告白した相手に作らせるなんて私は私が許せなくなってしまう。
自分勝手も良い所で、しかもこの新しい家は元々は私が望んで提案したもの。
全てが人任せなんて考えれば考える程に何様な話だ。
だから、私は自分のこの情けない気持ちに決着をつける為にも、イングの力を借りずに家を作って告白の返事を返したかった。
それが今の私の誠心誠意なのだ。
しかし、イングも中々に諦めてはくれない。
教会で神父様の手伝いをしながらも、毎日の様に差し入れのご飯を持って来ては、私達が食事中は図書館で借りた本を読みながら食事が終わるのを待っている。
しかも、建設のアドバイスをしながらだ。
ありがたいけど、これでは家づくりから遠ざけた意味が無い。
とは言え、言われている事は最も過ぎて反論の余地がなくて、アドバイスを甘んじて受け入れるしかなかった。
何だか悔しい。
「ロン兄、前から気になっていたんですけど、それって昔の事が書いてある本ですか?」
「ああ。最近はこの国の昔について書かれた本にハマっていて愛読している。ウェーブも読むか? 興味深い事が書かれているぞ」
「いやあ、俺に本なんて読めませんよ。文字とか読めないし」
「そうか。……それなら、俺が文字を教えよう」
「良いんですか!?」
「ああ、勿論だ」
「よっしゃ! それなら皆にも教えてあげて下さいよ。文字なんて普段使わないから知らない奴ばっかなんですよ」
「そうだったのか? だが、確かにその通りだな。今まで気にした事が無かったから知らなかった」
確かに義弟妹達は文字を知らない。
教会でも文字を使う事は多少なりともあったけど、そう言うものは全て神父様か私かイングがしているので気にならなかった。
ウェーブの反応を見るに、文字を教わりたいと思っている義弟妹達はそれなりにいるのかもしれない。
そう言えば、私も文字を知ったのは、神父様のお手伝いをするのに役立つと思ったのがきっかけだった。
それで神父様にお願いして、お手伝いをしながら習ったのだ。
「あ、そうだ! ロン兄! だったらさ、悪いんだけど俺達家族の他に、あと1人だけ教えてやってほしい奴がいるんです!」
「珍しいな」
「最近できた友達なんです。カールさんって言う俺の年上なんだけど、すげえ良い奴で義弟妹達ともたまに遊んでくれるんですよ!」
「義弟妹達と? そうか。それなら一度挨拶をしないとな。ただ、文字を教えるのは良いが、そのカールと言う友人も文字を知らないのか?」
「カールさんの家って貧乏なんです。俺達と一緒で家に金が無くて習い事が出来ないみたいで、だからいつも親の手伝いばっかしてます。でも、将来は一流レストランのコックになりたいって頑張ってて、その為にも料理だけじゃなくて文字も勉強したいって言ってたんですよ。俺もカールさんを応援したくて、2人で色々料理の勉強してるんです。だからお願いします!」
「そう言う事か。……分かった。ウェーブの友人さえ良ければ、一緒に文字を教えよう」
「本当ですか!? やった! 絶対あいつも喜びますよ! ありがとうございます!」
ウェーブの喜ぶ顔を見ていたら、何だか私も嬉しくなって手伝いたくなってきた。
「そう言う事なら私も文字を皆に教えるのを手伝うわ。勿論ウェーブのお友達もね。私もウェーブのお友達にいつもお世話になってます。って挨拶しておきたいし」
イングとウェーブの2人の側に行って告げると、ウェーブは更に喜び、イングも嬉しそうに笑ってくれた。
笑ったイングの顔を見て、最近イングを遠ざけていた事に今更ながらに気がついた。
それは家づくりだけの話では無くて、教会の中でもだった。
だから、笑ったイングの顔も久しぶりに見た気がした。
「そうだ。この本、リン姉もどうだ? 面白いぞ」
イングがそう言って私の目の前に読んでいた本を差し出すので、私はせっかくなので受け取った。
「古のバセットホルン城…………竜宮城の謎に迫る……? 古代兵器【玉手箱】は実在するのか…………ふむ。イングったら、こういう本が好きなのね」
「歴史に興味があってな。読んでみたらこれが結構面白い。この本に書かれているのは古代兵器以外にもあって、昔この国の中心だった竜宮城についても詳しく書かれているんだ」
「面白そうね。私も読んでみようかな」
「ああ、是非そうしてくれ」
気が付けば、段々と会話に花が咲く。
それから私とイングの話は日が暮れる時刻まで続いていき、私とイングの会話が終わる頃には、ウェーブや他の皆が今日の家づくりを終えていた。
皆には悪い事をしたと反省しつつも、久しぶりにイングとまともに喋った私は、凄く充実した時間を感じた。
そして、その日の夜。
私は布団に潜りながら今日のイングとの会話を思い出して、一緒の部屋で眠る義妹達に聞こえない程に小さな声で呟いた。
「竜宮城……深海の奥底に眠る人々の希望が詰まったお城かぁ」




