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158 海宮の乙女 その2

 幾つかの年月が流れて16歳を迎える頃。

 私の人生に転機が訪れようとしていた。

 それは、この国が戦争の被害で孤児が増えた事により、教会に助けを求める子供が増えたのがきっかけだった。


 神父様は相変わらずのお人好しで、来る者拒まずの精神。

 おかげで増えすぎた新しい家族、義弟と義妹である子供達。

 寝床も食料も何もかもが足りない。


 さてどうしよう。

 と、考えて導き出された答えは、新しく家を作って畑も作ろうと言う答えだった。

 もちろん私の提案で、神父様も賛同してくれた。

 だけど、それはそれで簡単な事でも無かった。


「でもさ~ロンにい、家と畑を新しく持つって言っても、そんな都合のいい土地あるんですか?」


 ロン兄と呼ばれ質問されたのは、私の義弟イングロング=L=ドラゴン。

 私や神父様はイングと呼んでいるけど、他の義弟や義妹達からはロン兄と呼ばれている。

 何故なのか聞いてみると、イング兄よりロン兄の方が言いやすいからだそうだ。

 ちなみに私はリン姉で統一されている。


「ああ、そうだな。しかし、まだ無いとは言い切れないぞウェーブ」


「そうそう。だからこうやって私達で下見に来たんだから。ね? リン姉」


「そうね。ステラの言う通りだわ。でも、都の中心から離れた土地だから、空き地なら沢山あるんだけど……」


「全部お貴族様の土地ってのがな~。一つくらい奪っちまっても良いんじゃねーか? なあ、フナ」


「ギベリオお兄ちゃんはまたそう言う事言って。そんな事したら処刑されちゃうよ。ね、リン姉」


「ふふ。大丈夫よフナ。ギベリオは冗談を言っているだけよ」


 私達が今いるのは、水の都フルートの都心から離れた辺境。

 イング、ウェーブ、ステラ、ギベリオ、フナ、神父様が受け入れた5人の義弟妹ていまい

 この義弟妹達と私を含めた6人で、新しい家を建てられる場所を探していた。

 ……のだけど、そう簡単には見つからない。

 周囲は空き地が広がっていて、民家があまり建てられてもいないけど、ここ等は全て貴族の土地で私有地だった。


「何言ってんだよリン姉。オイラは本気だぜ? かっかっかっ」


「ほらー! ギベリオお兄ちゃん、そう言う事言ってたらいつか痛い目にあっちゃうよ!」


 フナがギベリオに怒鳴ると、ギベリオが笑いながら走り出した。

 走り出した意味は……多分無い。

 ギベリオが走りだしたので、フナがギベリオを追いかけてだしたと言うだけの事。


 仲の良い兄妹を微笑ましく眺めていると、そこへ軽鎧を身に纏う騎士が数名、5人ほどやって来た。

 と言っても、騎士達は私達に用事があるわけではない様で、私達を一瞥して直ぐに何処かへと行ってしまった。


「あの装備はマダーラ公爵家の近衛隊の騎士だな」


「へえ、そうなの? イング。よく分かったね?」


「ああ。国の騎士であれば鎧にこの国の紋章が刻まれているが、彼等の鎧にはそれが無かった。それと彼等が腰に提げていたレイピアは、マダーラ公爵が雇っている騎士に装備させているものだ」


「流石は俺達の大将! ロン兄は物知りですね!」


「物知りと言う程では無いさ。だが、褒め言葉は素直に嬉しいな」


「ウェーブはこの前ごろつきにからまれてボコボコにされてるのを助けられてから、ロン兄の信者だからね~」


「あったりまえだろ! 俺はあの時にロン兄と血よりも濃い兄弟の契りを近いの盃で結んだんだ」


「何が血よりも濃い兄弟の契りよ。助けてもらった後にリン姉に出して貰ったアップルジュースを一緒に飲んだだけじゃない」


「あー、やだやだ。本当にやだね。これだから女ってのは嫌だ。ロン兄と俺の何よりも深い男同士の絆が理解出来ないなんてな」


「うっさいホーモ!」


「ホモじゃねーし!」


 ギベリオとフナに続いて、今度はウェーブとステラが追いかけっこを始めだす。

 こうして見ると、血は繋がっていなくとも、こっちも負けじと仲の良い兄妹だ。


「私も神父様みたいに、親のいない子供をあんな風に元気にしてあげたいな」


 ウェーブとステラを眺めていると、自然とそんな言葉が呟いて出た。

 今の私達がこうして幸せな毎日をおくれているのは神父様のおかげ。

 神父様がいてくれたからこそ、あんな風に喧嘩だって出来るし、私も笑っていられる。


「リン姉なら出来るさ。きっと良い母親になる」


「は、母親!? わ、私が!?」


 イングの口からそんな言葉が飛び出して驚いて振り向くと、イングは私を見て微笑んでいた。

 そんな顔で母親なんて言われるから更に驚いて、何だか急に顔が火照ってきた。

 それは、母親と言うものに一種の憧れがあるからなのかもしれない。

 父親は血が繋がってなくとも神父様だと思ってる。

 でも、母親は別。

 赤ん坊の頃に神父様に拾われて育ったから母親を知らない。

 だからこそ憧れる。

 都で見かける母親と一緒にいる子供は本当に幸せそうな顔をしているから、私にとって母親と言う存在は遠く、そして手を伸ばしても届かない憧れなのだ。


「ああ。リン姉は今でも教会では母親の様な存在だしな。まあ、どちらかと言うと今は姉と言う立場だが」


「そそそ、そうだよ。私は皆のお姉ちゃんみたいなものだし、全然母親になんてなれっこないって」


「そんな事は無い。良い母親になれる。俺が保証する」


「――っ! な、なんだか熱くなってきたなあ! あはは、そうだ! さっきの騎士の人達って、何しにこんな所に来たんだろうね?」


 イングの褒め殺しの様な言葉攻めの応酬に耐えられなくなった私は、誤魔化すようにさっき見た騎士達の話へと話題を変える。

 すると、微笑んでいたイングの顔は、みるみると気難しさの感じる表情へと変わっていった。


「あの騎士……と言うよりは、マダーラ公爵家はあまり良い噂を聞かない。出来れば関わりたくない」


「そ、そうなの?」


「ああ。……リン姉、土地探しは明日に出直した方が良いかもしれない」


「うーん、分かった。イングがそう言うなら出直そうか……とはいかないかもね」


「何? それはどう言う――っ! ギベリオとフナがいないのか?」


「そうみたい」


 私とイングは顔を見合わせて、私が苦笑するとイングが肩を落とす。

 最近ではいつものやり取り。

 義弟妹達が騒いで私とイングが振り回される。

 もう何年も続いているから、今ではすっかり慣れっこだ。

 因みに今回はギベリオとフナだけど、いつもはだいたいお調子者のウェーブが原因だったりする。


 私とイングはいつの間にか取っ組み合いをしていたウェーブとステラを抑えて、ギベリオとフナの捜索を開始した。

 ついさっきまで側で走り回っていたので、あまり遠くへは行ってない筈だけどと捜す。

 そうして捜しまわり続ける事数十分。

 意外と見つけ出すのに時間がかかってしまったけど、ギベリオとフナの2人はケガも無く元気にパンを食べていた。

 そして2人の側には、さっき見かけた騎士が5人。

 ギベリオとフナが食べているパンと同じものを食べていた。


「ギベリオ、フナ、2人とも心配したんだよ」


「あ、リン姉! この兄ちゃん達がすげえ美味いパンをくれたんだぜ!」


「リン姉も食べる?」


 ギベリオが美味しそうにパンを頬張り、フナが食べかけのパンを私に差し出す。

 私はそんな2人に呆れながら、フナには「私よりステラに分けてあげて」と言ってから、5人の騎士達に頭を下げた。


「義弟と義妹がご迷惑をおかけしてすみません! パンまでいただいちゃって、本当にありがとうございます!」


「ははは。気にしないでくれよ。こんな所に子供だけでいたら危ないから一緒にいてあげたんだ」


 人当たりの良さそうな言葉と笑顔。

 イングは関わりたくないと言っていたけど、良い人そうで安心したと、私が思った時だった。

 5人の騎士の中でも、一際目つきの悪い騎士が私を睨んで呟く。


「いいや、先輩。この子も含めて全員十分子供ですよ」


 私と会話した騎士とは全然違う雰囲気で、如何にも悪い顔立ちの騎士。

 その騎士は呟いた後に私の後ろにいたイング達、それから周囲を見まわしてから、イングに指をさしながら私と目を合わせた。


「おい、女。保護者はあの背の高い子供か? 大人はいないのか?」


「い、いえ。保護者は私です。この中では私が一番上なので、私が保護者をしてます」


「ほう……」


 私の答えを聞くと、目つきの悪い騎士がいやらしい目つきになって私に舐めるような視線を向けた。

 すると、それを見ていた人の良さそうな騎士がその騎士の頭を小突く。


「馬鹿やめろ、ゲロック。お前はそんなんだからロリコンって言われるんだ」


「ロリコンはやめて下さいよ先輩。俺はただ謝礼を頂こうかと思っただけですよ」


「そんなのは感謝の言葉を貰えれば十分だろう。それに今は勤務中だ。馬鹿な事を言ってないで勤務に戻るぞ」


「へいへーい」


 目つきの悪い騎士が適当な返事を返して背を向けて歩き出す。

 それに続いて他の3人の騎士も歩きだして、人の良さそうな騎士が「じゃあ」と軽く手を振って騎士達に続いた。

 暫らくの間去って行く騎士達の背中を見ていると、ウェーブとギベリオが私の事をニヤニヤと見ながら話し出す。


「聞いたか兄弟ウェーブ。リン姉12の頃から成長止まってるから、もう16なのに子供だと思われてるぜ。おもしれえなあ。かっかっかっ」


「聞いたぜ兄弟ギベリオ。本当に面白いよな。リン姉の種族は15で成人なのにな。やっぱ色々と小さいからだろうなあ」


 2人のしゃくに障る人を馬鹿にした目つきが、私にこれでもかと刺さって止まない。

 つまりこの2人は、身長が低いし胸も無い、と私に言いたいのだろう。


 胸は良い。

 私は胸は気にしてない。

 だけど、身長だけは気にしてる。

 何故なら、教会では神父様を覗いて一番の年長者なのに、一番では無いにしろ義弟妹達より身長が低いからだ。

 そのせいで義弟妹と並んでいると妹だと間違われてしまう事も少々。

 とくにイングなんかは成長が早いから、既に身長を余裕で追い越されている。

 イングと私は7歳差。

 なのに私の身長が止まった事で、差は一方的に広がるだけの生き地獄。

 年々気持ち良い位にすくすくと身長が伸びていく義弟イングと、時が止まったかのように身長が全く伸びない私。

 どちらが年上かと質問すれば、誰もがイングを年上と勘違いする。

 元々教会で一番の古参である私とその次のイング。

 どうしてここまで差が出てしまったのか……。

 最早イングに身長を奪われているとしか思えない。

 そう言うわけだから、私は身長だけは気にしているのだ。


 それなのに人の気も知らないで人が気にしている事を平気で言う2人。

 普段から温厚であれ、と心がけている私も流石に頭にきて、2人を思いっきり睨んでやった。


「ギベリオお兄ちゃんとウェーブ最低! リン姉は小さくない!」


 2人に比べてフナは本当に良い子。

 私をチビだと罵る2人を睨みつけて、幼い手で私を抱きしめてくれる。

 そして言うのだ。


「リン姉、さっきの騎士のお兄さん達は、あっちの方にある土地を下見に来たんだって。あっちにある土地の土地主の貴族が死んで、跡継ぎもいないから女王様が誰に任せるか決めてるみたいだよ」


 と、指をさして。

 もちろん私はそんなフナに笑って答える。


「え? 今何て?」


 と。

 そうして、まさかの朗報が私の耳に飛び込んだ。


 まさに朗報。

 直ぐに神父様にこの事を知らせて、女王様へと駄目元で掛け合う事になる。

 すると、神父様の普段の行いの賜物もあり、話はどんどん良い方向へと向かっていった。




 1年後、私達は女王様の慈悲に感謝した。

 女王様が土地を欲しがっていた貴族を相手に説得してくれて、ついに辺境の土地が私達のものとなったのだ。

 そして、神父様の計らいで、その辺境にある新たな土地の責任者に私が選ばれた。

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