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157 海宮の乙女 その1

※今回はとある人物の過去のお話です。


「こいつ魚人じゃねえ! 霊亀って種族の珍獣人間だぜ!」


「やめ……て…………っ」


「うぜえんだよ! 他種族が魚人様の国にいるんじゃねえ!」


「お……お願…………いっ………やめ……」


「死ね! 死ね!」


「た……すけ…………」


 髪を力強く引っ張られ、顔を殴られ、腹を蹴られ、私はうずくまって身を守った。

 止む事の無い容赦ない少年達の暴力で、私の体が限界を迎えて、意識が消えかけた時だった。

 突然暴力が止み、代わりに何かが殴られる鈍い音と、私に暴力を振るっていた少年達の悲鳴が聞こえた。

 恐怖に怯えていた私は、勇気を振り絞って顔を上げる。

 すると、目に映ったのは、たった1人の知らない小さな男の子。

 まだ幼い、子供と言うよりは赤ん坊に近い程に小さな男の子だった。

 そしてその小さな幼い男の子は、殴られて顔を腫らした私の顔を見ると、心配そうに私を見つめた。


「おねえさんだいじょうぶ? いたいいたい?」


 まだ舌足らずな口調は見た目相応で、それでも間違いなく私に暴力を振るっていた少年達は1人残らず男の子の手によって気絶させられている。

 何とも言えないその光景を見て、私は何故だかそれが異様に可笑しく感じて、痛みを忘れて笑いを込み上げる。

 私が笑うと男の子は可愛らしく小首を傾げて、それから直ぐに私と一緒に笑う。

 きっと私があまりにも可笑しそうに笑うので、つられて笑ってしまったのだろう。

 そんな男の子を見て、気が付けば私は男の子を抱きしめて泣いていた。


「ありがとう、ありがとう、ありが……とう…………」


 心からの感謝を言葉にして送った。

 男の子は小さな腕で私を抱きしめてくれた。


 これが私……リングイ=トータスと、彼、イングロング=L=ドラゴンの出会いだった。







 海底国家バセットホルン。

 その首都である水の都フルートの、鐘のある背の高い教会で私は暮らしている。

 私がまだ赤ん坊の頃に、都から外れた辺境に捨てられているのを神父様が見つけてくれて、他種族にも関わらず拾って育ててくれたからだ。

 この国は他種族には厳しい国で、私を拾ってからは神父様に大分苦労をかけてしまった。

 それでもこうして私が10歳を迎えるまで無事に生きてこられたのは、神父様の人柄と、そして今までの行いの賜物だ。

 私もたくさんの暴力を陰で受ける事はあっても、こうして成長できた。


 神父様は私が傷を作って帰る度に、誰にやられたのだとか色々聞いてくるけど、私は喋った事が無い。

 私の為に神父様を危険に合わせたくないからだ。

 だから、神父様はよく「私の力が足りないばかりに辛い目に合わせてすまない」と言うけれど、私は神父様のおかげで幸せだった。

 元々捨てられた時に名も無かった私にリングイと名付けてくれて、神父様のラストネームのトータスをくっつけて“リングイ=トータス”と名付けてくれた。

 そして、本当の我が子の様に育ててくれた神父様には、今でもどれだけ感謝して恩を返そうとしても返しきれない程だ。

 そんな幸せな生活をおくっていた私の前にも、イングロング=L=ドラゴンと言う名前の男の子と出会って変化が訪れようとしていた。


「え!? この子、今日からここで一緒に暮らす子だったんですか!?」


「ああ、そうだよ。イングロング=L=ドラゴンと言う名前の子で、まだ3歳の男の子だよ」


「さ、3歳!? 君、本当に3歳なの!?」


「うん」


「はは……。私、3歳の子に助けられちゃったんだ…………」


 男の子と一緒に教会に行き、神父様から伝えられた事実に驚愕する。

 そして、あまりのショックに足の力が抜けて、わたしは近くにあったベンチに落ちる様に腰を落とした。


 それから詳しく話を聞いた所によると、この子も私と同じ瑞獣ずいじゅうと呼ばれる種族の人間らしい。

 この子……イングの瑞獣の種類は【応竜】だった。

 瑞獣種は珍しい種族で、何の瑞獣かで性質が大きく異なる。

 応竜の場合は、瑞獣と言っても獣では無く龍族より。

 私の場合は【霊亀】で、魚人と同じ魚族よりなので、同じ瑞獣と言う種族でも大きく異なる。


 でも、納得した。

 何に納得したかと言うと、3歳と言う年齢でここまでしっかりしている事だ。

 龍族は他種族と比べて、精神的な成長がとにかく早い。

 そしに体の成長スピードもずば抜けて早いので、個人差はあれど、その内この子も私なんか直ぐに追い越してしまうだろう。


 イングも私と同じ……と言うほど同じではないけど、私と同じで今は両親がいないらしい。

 どうやら最近両親を亡くして、それで親の知り合いだった神父様が引き取ったと言う話だった。

 そんなわけで、神父様から「これからはイングの事を一緒に暮らす弟だと思ってほしい」と頼まれて、私は喜んでそれを受け入れた。




 イングとの出会いから幾らかの年月が流れた。

 イングが教会に来てからと言うもの、幼いながらに強いイングに恐れて、私に対しての暴力もだいぶ減っていた。

 それに、色々な出会いもあった。

 教会に任せれば我が子を護れると、教会に行けば護ってもらえると、イングの噂を聞きつけて色んな事情を抱えた子供が来ては住むようになった。

 神父様も来る者拒まずだから、それは本当に止まらない。

 気が付けば、教会の宿舎は入りきらない程の子供で溢れかえってしまっていた。

 おかげで今では私もこの教会では神父様に変わって保護者をする立場。

 沢山の義弟や義妹に囲まれたお姉さんだ。


「神父様、もうこれ以上子供を受け入れるなんて出来ませんよ」


「そうは言うけどね、リン。行き場の無い子供の気持ちは君もよく知っているだろう? 私にはそれを放っておくなんて出来ないんだ」


「うーん。そうですけど……」


「リン姉! 腹減ったってガキ共がぐずるから早く飯作ってくれよー!」


「あーもう! 分かったから、ウェーブ、今行くからもう少し我慢してって言っといて!」


「あいよー!」


「はあ。……って、あの子も他の子とそんなに年が変わらないから十分ガキって、そんな事より神父様、この話は後でしますからね!」


「ははは。考えておくよ」


「絶対ですよ!」


 神父様をジト目で睨んで、私は直ぐに厨房へと向かう。

 人が良いのは良いけど、神父様が子供を受け入れすぎて料理を作るのも一苦労だ。

 人数が多いだけじゃなく、食料もそんなに無い。

 どうやって皆のお腹を少しでも膨らませれるか考えるのが本当に大変なのだ。

 それに、栄養だって考えなきゃいけない。

 私は今日も限りある食材と睨めっこをして、全員分のご飯を作り始めた。

 するとそこに、イングが少し嬉しそうな顔してやって来た。


 イングもあれから成長して、今では舌足らずな口調も無くハキハキとしている。

 むしろ成長しすぎて、見た目は既に10歳前後。

 それどころか言葉使いも大人っぽく、可愛かったあの頃が既に懐かしい。

 本当にその内私を追い越してしまいそうだ。


「リン姉、明日新しい家族が増えると皆が言っていた」


「へえ。良い子だといいね~…………はあ!? 聞いてない! 神父様さっき何も言わなかったよ!?」


「あ、ああ。恐らくだがリン姉がその……怒るから言えなかったのではないか?」


「はああああああ」


 大きなため息が出た。

 神父様め、どうやらまた孤児を受け入れてしまったらしい。

 どれだけお人好しなんだ。


「今回は兄と妹の2人兄妹だそうだ。ここでは珍しい混血では無い魚人のようだな」


「へえ、確かに珍しい。魚人なら他に行く宛もあっただろうに……って、2人!? 一気に義弟と義妹で2人も増えるの!? 家計が苦しくなるううっっ」


「ははは、大変だな」


「笑い事じゃない! もう、本当にどうするのよぉ……。今月もうギリギリなのよ?」


「リン姉なら上手くやれると、神父様も信頼しているのだろう」


「はあ、明日からの献立を考え直さなきゃなあ……」


 がっくりと肩を落としても、料理を作る手は休まない。

 腹を空かせて待つ義弟妹達の為に、忙しなく動かなければ……っと、そこでイングも流石に私に同情してくれたのか、料理の手伝いをしてくれた。


 イングは実に気が利く良い子だ。

 この分なら将来大人になった時に、何処に行っても上手くやっていけるだろう事を、このリン姉さんが保証しよう。


「リン姉ー! ステラがおしっこもらしたー!」


 突然厨房まで届いた義弟の声。

 私は「はーい!」と大声で返して、作っていた料理を中断する。


「俺が行こう」


「え? 任せちゃって良いの?」


「ああ。いつもリン姉の手際の良い動きを見ているからな。任せてくれ」


「それなら頼むよ。でも、いつも私を見てるって、もしかして私に惚れてるのイング~」


「俺も義弟や義妹の面倒を見る事が多くなったから参考にしているだけだ」


「……ねえイング、多少は照れて焦ってくれてもいいんだよ?」


「考えておこう」


 イングのあまりにも素っ気ない態度に、私はがっくりと肩を落とした。

 これが他の義弟達であれば、それなりに良い反応を見せてくれるけど、イングはご覧のありさま。

 正直言って可愛くない。

 もう少し良い反応をと期待するのは、義弟達の成長を見守る義姉として当然なのだ。


 さて、それはともかくとして、早くご飯を作らないといけない。

 私は止めていた手を再び動かして、愛する義弟や義妹、それからついでに神父様の為に料理を再開した。

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