表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/291

156 奪われたのは大切な宝物

※今回もラヴィーナ視点のお話です。


「何事かと思ったら、あなた達だったのね」


 そう言って現れたのはリリィ。

 孤児院【海宮かいきゅう】の皆を捜しにさっき別れたばかりで近くにいたのか、デリバーが船を破壊した音を聞いてやって来た。


「リリちゃん、皆は見つかりましたか?」


「駄目ね。もう海宮に戻ってるかもしれないわ」


「そうですか。……でしたら、一緒に海宮に戻りませんか? 愛那まなをゆっくり休める場所に連れて行きたいんです」


 リリィは瀾姫なみきの言葉を聞くと、愛那を見て察して、何も聞かず「分かったわ」と頷いた。

 それからリリィがポンポに気づいて視線を向けて、眉を寄せて顔を歪ませる。


「こいつ……性悪貴族のポンポじゃない。両足が無くなってるけど、一応生きてるみたいね」


「はい。さっき船の下敷きになって足が無くなってしまいました」


「どうせ因果応報でしょう?」


「あの、リリちゃん。娘さんのラタちゃんがいるのであまり……」


 瀾姫が気まずそうにラタに視線を向けると、リリィがラタを見て目がかち合う。

 それからリリィは瀾姫に近づいて、2人でコソコソと話し出す。


「何? この子ってこのおっさんの娘だったの?」


「そうですけど……ポンポさんとはお知り合いなんですか?」


「知り合い……と言うよりは、ただの顔見知りよ。ほら、私はメレカと仲が良いでしょう? メレカはあなたも知っての通り王族じゃない。だから何度かその関係で顔を合わせた事があるのよ」


「そうだったんですね。あ、だからお披露目会に来なかったんですか?」


「うっ、あなた意外と鋭いわね。そうよ。こいつ本当にいちいち煩いのよ。しかも一応アレでも公爵で貴族だから、王族の関係者って立場上、私も下手な事出来ないってわけよ」


「下手な事ってなんですか?」


ころ……蹴り飛ばすとかに決まってるでしょう?」


「関係とか関係なくそんな事したら駄目です!」


「だってこいつセクハラとかもヤバいのよ? 私も何回お尻を触られた事か」


「それはちょっとだけなら蹴っても良いかもしれません」


「でしょう? そのくせ貴族とは何かとか、下民は貴族である我々が正しい道に導かねばならないだとか、そう言う事を偉そうに言うのよ。で、私も面倒な奴って思いながら、ニコニコ笑って相槌あいづちだけ適当にしてやってたら、愛人にならないか? よ。何が正しい道に導くよ。まずお前が導かれろって思ったわね」


「へぅ。思っていた以上に酷いです」


「でしょう? 一回や二回くらいは蹴り飛ばしたって罰は当たらないわよ」


 声を小さくしていても、丸聞こえな2人の会話。

 ポンポが普段からどれ程に酷い人物なのかが窺える。

 ラタを見ると、何とも言えない落胆している様な失望している様な表情をしていた。


「はいはい、お喋りは終わりだよ。孤児院に戻るんだろう? マナは私がおぶってやるから、早く行くよ」


 ドンナがそう言って、2人のコソコソ話を切り上げさせる。

 すると、デリバーがやれやれと言った顔で倒れているポンポを肩の上で抱えた。


「だったら俺はこの男だな。子供が見ている前で見捨てるこたぁ出来ねえしな」


「ありがとう…………ございます」


「ありがとうございます」


 ラタがデリバーに頭を下げて、ラタの肩の上のマーブルエスカルゴもお礼を言った。

 だから、私もラタの隣立って「ありがとう」と頭を下げた。

 いつもの愛那だったら、同じ事をすると思ったから。


 デリバーは微笑んで、私とラタの頭を撫でた。

 それはとても優しくて温かかった。


 そんな時、リリィが何処かを見つめながら微笑んだ。


「流石はメレカの国ね。もうモンスター共の心配はいらないみたい。ま、時間がかかりすぎなのが問題だけどね」


 ふとリリィの視線の先に目を向けると、この国の騎士達が続々と魔物モンスターの群れを倒している姿が目に映った。

 それは都を覆う膜の周辺だったり、民家などの屋根の上だったり様々で、ここから見えていない場所でも既に戦闘は始まっている。

 気が付けば色んな方角から戦闘の音が聞こえて、誰かが魔物モンスターに襲われている様な悲鳴は消えていった。


「それじゃあ孤児院……海宮だっけ? まで案内してくれるかい?」


「はい。愛那ちゃんの事はお願いします。こっちです」


 ドンナが瀾姫から愛那を受け取って、2人の会話を合図に海宮に向かう。

 道中は魔物モンスターに何度か襲われたけど、リリィが全て蹴散らしてくれて、驚くほど何事も無く安全に進む事が出来た。

 リリィは海宮の護衛をしていて、モーナスにライバル視されているだけあって、本当に強いと改めて実感した。


 都の中心を出て周囲に民家などが無い地域に来る頃には、都を覆う膜も修復され始めて、侵入してきた魔物モンスターも殆ど見なくなった。

 ただ、酷い惨状には変わりない。

 逃げきれなかった貴族の死体、貴族を護って死んだ騎士や冒険者、革命軍達による襲撃によって様々な人が被害にあっていた。

 瀾姫は途中顔色が悪くなって何度か吐いていて、そんな瀾姫をリリィが何度も介護して肩を貸していた。



 海宮に近づいて来ると、子供の泣き声が聞こえてきた。

 私達は何かがあったのかもしれないと、走る足を速める。

 顔色の悪かった瀾姫も、子供の泣き声が聞こえた途端にリリィから離れて、真剣な面持ちで走り出した。


 海宮に辿り着くと、私はその惨状を目のあたりにして言葉を失って足を止めた。

 海宮は半壊していて、その近くでリングイが大量の血を流して倒れている。

 リングイの近くには、ドワーフの国から連れて来た子供だけがいて、リングイを囲って泣いていた。

 他には誰もいない。

 フナも、元々ここで暮らしてた海宮の子供も。

 誰もいなかった。


「リンちゃん!」


 瀾姫が顔を真っ青にして駆け寄ると、泣いていた皆が私達に気がついて「助けて!」と口々に叫ぶ。

 私はその言葉で止めていた足に力を込めて走った。

 直ぐにリングイの側に行き、魔力を手に集中する。

 リングイに向かって両手をかざし、青色の魔法陣を目の前に浮かび上がらせた。


「キュアウォーター」


 魔法陣から治療効果のある水を放出させて、リングイの体全身を包み込む。

 だけど、余程のダメージを与えられたようで、直ぐには回復しきれない。

 私は打ち出の小槌こづちを取り出して、それを媒介ばいかいにして更に魔法を強めた。

 リングイを包んだ治療効果のある水が淡く光り、リングイが受けたダメージをみるみると回復させていく。

 多少時間は掛かってしまったけど、何とか回復を終了させる事が出来た。


「大きなダメージを受けてから時間が経ってて、暫らくは起きないかもしれない。でも、もう大丈夫。回復は終わった」


 額を流れる汗を腕で拭う。

 思っていた以上のダメージ量で、少し魔力を使いすぎた。

 思い切り走った後の様な疲労感を覚えながら、私は少しだけ移動して腰を下ろした。


 リングイが回復して皆が喜びあっている姿を見ていると、瀾姫が「お疲れ様です」と私の隣に座って頭を撫でる。

 私は瀾姫に頭を預けて、愛那に視線を向けた。

 愛那はいつの間にか眠ってしまったようで、今はドンナの背中ではなく、近くの地面に降ろされて眠っていた。


「愛那は…………愛那は私がドンナさんに任せた時には、何を言っても声が聞こえてないみたいに返事も出来ない程の状態でした」


「…………」


「ずっと泣いてて……。きっと、今まで我慢していたものも一緒に出ちゃって、愛那は何も考えられなくなっちゃったんだと思います」


「…………」


「愛那は昔から相談を誰かにしない子です。家族にだって滅多に相談しません。自分1人で抱え込んで、勿論そうで無い事もたくさんありますけど、大きな事ほどいつも1人で抱え込んじゃうんです」


「…………」


「この世界に来たきっかけの“扉”の事。ラヴィーナちゃんとロポちゃんと一緒にお世話になった村の人の事。そして、今回のモーナちゃんの事。愛那にとって、モーナちゃんの事は今までで一番のショックだったと思います。それこそ、他の事が頭に入らないくらいに泣いてしまう程に……」


「…………」


「だから、ドンナさんの背中に預ける時に、愛那に眠るように言い聞かせました」


「…………」


「いっぱい寝てお風呂に入って、美味しいご飯を食べたらきっと元気になります」


「…………本当?」


「はい! いっぱい寝てスッキリして、お風呂に入ってサッパリして、お腹がいっぱいになったら意外と気持ちに余裕が出るんです。ふふ。だから、それが今は一番良いんです」


 瀾姫が私に笑顔を見せる。

 その笑顔はとても優しくて温かい、いつも瀾姫が愛那に見せる笑顔だった。

 だから、愛那はもう大丈夫だと思った。


 瀾姫が立ち上がって、皆の方に近づく。

 私も愛那の寝顔を見てから、瀾姫の後に続いて皆の許に向かう。

 リリィとデリバーとドンナは皆から何があったのか聞いている途中で、私と瀾姫はそれに加わった。


「成る程な。レブルとその仲間が孤児院の子供を連れて行っちまったって事か」


「うん。フナお姉さんにスキルの力を使わせる為に人質にするって……」


 デリバーの言葉に皆の内1人が同意して言葉を続ける。

 すると、ドンナが眉間にしわを寄せた。


「厄介な事になったね。そのフナって子のスキルは【迷宮攻略マップクリア】なんだろ?」


「うん。かくれんぼしてる時に使われると、何処に隠れても直ぐ見つかっちゃうんだよ」


「あの、お話の途中ですみません。フナさんのスキルが【迷宮攻略マップクリア】だと何が厄介なんですか?」


 瀾姫がクエスチョンマークを頭に浮かべてドンナに尋ねる。

 話を途中から聞き始めたので、私ももちろん何がかは分からない。

 私も答えを求めてドンナの顔を見上げると、ドンナが瀾姫と私に一度視線を合わせて「そうだね」と呟いた。


「一応この子達から今さっき聞いた事をまとめて教えるよ」


「お願いします」


「お願い」


「まずはそうだね……。フナって子のスキルを利用する為に、レブルが仲間を連れてここに来たらしいわ。それでその子を護る為に、そこで倒れてる院長のリングイが戦って負けたの。その時にリングイが聞き出したのが、水深約10万キロ奥深くにある古のバセットホルン城。竜宮城と呼ばれる昔のこの国の中心よ」


「す、水深約10万キロにある竜宮城…………ですか」


 瀾姫が驚いて唾を飲み込んだのが分かった。

 それに私も驚いてる。

 そんな奥深くに、昔はこの国の中心があった事にも衝撃的だった。


「それでここからが厄介な事に繋がるんだけど、その古代のお城、竜宮城には古代兵器が眠ってるわ」


「古代兵器ですか?」


「そう。古代兵器【玉手箱】。話にしか聞いた事ない代物だけど、それを使えば、生物を無限に老化させれるだとか言う話よ」


「……た、玉手箱で老化って、まるで浦島太郎ですーっ!!」


 突然瀾姫が大声を上げて驚いて、それにドンナもデリバーも皆も驚いた。


「う、うらしま?」


「その、うらしまなんたらってのは何だ? 古代兵器と何か関係があるのか?」


「いえ、こっちの話です。気にしないで下さい。すみません、話を続けて下さい」


「あ、ああ。まあ、それなら良いけどさ」


 ドンナが冷や汗を流して頷いて、咳払いを一つして話を再開する。


「それで、話を戻すと……そうそう。その古代兵器【玉手箱】を革命軍の連中が狙ってるみたいなんだ。だけど、竜宮城は今や人を寄せ付けない迷宮の様な場所。その水深の深さも相まって、並大抵じゃ攻略できない。そこで、フナって子のスキル【迷宮攻略マップクリア】が必要なわけだ」


 合点がいった。

 フナのスキルを私は見た事ないけど、その凄さなら愛那から聞いた事がある。

 そのスキルを使えば、そのダンジョンのマップの隅々まで細かい部分の把握だけでなく、敵の居場所や自分のいる位置までもが分かる。

 確かにそんなスキルが使えるのなら、どれ程に驚異的な迷宮化した竜宮城すらも攻略できる。

 だからこそ、フナのスキルを利用する為に、孤児院の皆が人質にとられた。


「全部……取られちまった…………」


 不意に声が聞こえて振り向くと、リングイが目を覚まして上体を起こしていた。

 目を覚ましたリングイを見て皆が喜んで近づこうとしたけど、近づく事は出来なかった。


「オイラの……私の大切なもの全部取られた! なんでよイング! 私の大切なもの……これ以上取らないでよ…………っ!」


 リングイは声を荒げて叫び、涙を流して地面に拳を叩きつけた。

 男っぽいものではない、いつもと違う言葉使い。

 その声を聞いて、その姿を見たから、皆はリングイに近づけなかった。


 私は愛那に視線を移す。

 大切なものを奪われたのはリングイだけじゃない。


 愛那も……私も、瀾姫も奪われた。


 そう思ったら、私の頬にも一粒だけ涙が伝った。

 瀾姫の言葉を思いだす。


“いっぱい寝てお風呂に入って、美味しいご飯を食べたらきっと元気になります”


 愛那の許まで歩いて行き、私も今は眠る事にした。

 すると瀾姫も側まで来て、地面に座って「どうぞ」と愛那の頭を自分の膝の上に乗せて私を招く。

 だから私は甘える事にした。

 瀾姫の膝の上に頭を乗せて眠る事にした。


 目をつぶると瀾姫の温かい手が私の頭を撫でた。

 それはとても優しくて、とても温かくて、とても安心出来て、私は直ぐに眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ