155 愛那が護ろうとした人を殺させない
※今回はラヴィーナ視点のお話です。
不味い事になったと思った。
リネントとやって来たモーナスが愛那に重力の魔法を使った。
直ぐに助けようとしたけど、私も瀾姫と一緒に魔法をかけられて動きを封じられてしまった。
だけど、モーナスが愛那を裏切るなんて、私にはまだ信じられない。
何か事情がある筈。
「もう二度と会う事は無いわ。マナ、さよならだ」
別れの言葉を告げられて、愛那はショックで泣き崩れて動けなくなった。
こんな愛那は見たくない。
だけど、モーナスの魔法が強くて動けない。
その場で地面に倒れたまま起き上がる事も出来ずに、この場を去って行くモーナス達を見る事しか出来なかった。
でも、一つだけ分かった。
それはロポの事。
ロポはオリハルコンダンゴムシに戻っていた。
ずっと触角を垂れ下げて、ずっと愛那の事を心配そうに見てた。
ロポは素直で良い子だから分かる。
ロポは愛那を見捨ててないし心配してる。
それなのにモーナスと一緒に行くと言う事は、きっとモーナスに何か事情がある。
モーナス達がいなくなると、私にかけられていた重力の魔法も、愛那と瀾姫にかけられた重力の魔法も解かれた。
それでも愛那は立ち上がらなかった。
ずっと声を殺して泣いていた。
胸が苦しくなった。
でも、この場所にじっとしていられない。
周囲を確認すると、魔物達が私達に向かって行動を開始し始めていた。
今までこっちに来なかったのは、恐らくリネント達がいたから。
そして最初に気付くべきだった。
リネントに助けられた時、あれ程タイミング良く現れた意味を。
でも、今はそんな事を気にしている場合でも無い。
愛那を護る。
「くそっ! わ、私はこんな所では死ねない! 死ぬ器では無いんだ!」
確か名前はポンポ、が叫んで1人で走り出した。
方角を見ると、行き先は多分乗船場。
愛那がなんで助けようとしていたのか何となくは分かっていたけど、私は助けたいとも思えないから放っておく。
それに、あのポンポと言う人の子供のラタも、もう何も言わなかった。
光のない瞳をボーっとさせて、泣き続ける愛那に視線を向けているだけ。
さっきまでは父親を助けようとしていたけど、もうそんな思いも無くなったようだった。
「放っておけません。ラタちゃんのお父さんを追いかけます」
「――っ?」
瀾姫が愛那を背負って、ポンポが走って行った先を見る。
それにはラタも驚いて瀾姫に視線を向けた。
「な…………んで……?」
「愛那なら、きっとそうします」
「マナなら……。でも、お父様は……お父様は沢山酷い事を言ったわ。自分だけ助かろうとして……私様さえも…………」
「それでもです。愛那ちゃんだったら、護って、生かして、それで罪を償わせるんです。ね? 愛那」
瀾姫が優しく愛那に問う。
だけど、愛那は泣き続けるだけで返事をしない。
でも、それでも私にもやっと分かった。
私は自分がまだまだなのだと思い知らされた。
そう。
愛那ならそうする。
愛那なら護って生かした上で罪を償わせようとする。
ドワーフの国で奴隷商人達相手にもそうだったように。
瀾姫が言った言葉は、本当にその通りだと思った。
だから、私も決めた。
「行こう。愛那が護ろうとした人を殺させない」
「はい!」
ラタは返事をしなかったけど、瀾姫は力強く頷いた。
もう既にポンポの姿は見えなくなっているけど、出来る所までやらないと、愛那に顔向けできない。
私と瀾姫は乗船場に向かって走り出し、ラタもかたつむりを肩に乗せて後を追ってきた。
ラタの気持ちは何となく解かる。
私もお母さんに虐げられていた経験があるから。
どんな扱いをされても、お母さんを嫌いになんてなれなかった。
だからきっと、ラタも同じなんだと思う。
ここ等一帯にいる襲いくる魔物の群れは、殆どが大量の蠍だった。
愛那を背負っている瀾姫に負担をかけない様に、私は打ち出の小槌を取り出して、広範囲で氷の魔法で雪を降らせて氷漬けにしていく。
打ち出の小槌を使うと魔力の消費が激しくて疲労も大きいけど、今は弱音を吐いている場合でも手加減している場合でも無い。
そうして進んでいると、乗船場の建物が見えた辺りで大きな声が聞こえてきた。
「早く何とかしろ! それでも貴様は冒険者なのか! 私が死んだら報酬も無くなるんだぞ!」
「本っ当にうるっさいねえっ! 貴族様だか何だか知らないけど死にたいのかい!? 黙って見てな!」
乗船場の建物の前では魔物と誰かが戦っていて、その側でポンポが相変わらず自分勝手に怒鳴り散らしていた。
そして、魔物と戦っているのは、久しぶりに見た知人だった。
「リバー! アンタはもう現役じゃないんだ! 下がってな!」
「馬鹿言うんじゃねえドーナ! 俺は今でも現役よお!」
魔物と戦っていたのは、港町トライアングル乗船場の管理人の魚人デリバーと、その元妻の人間ドンナだった。
2人はお互いに背中を預け、向かって来る魔物の群れを相手に、ポンポを護りながら戦っていた。
私が先行して魔物を倒しながら2人に近づくと、2人とも私に気がついて驚いた顔を見せた。
「子供なのに度胸のある子が来たと思ったらラヴィーナじゃないかい。それに……あそこでこっちに向かって来てるのはナミキじゃないか。ナミキも一緒って事は、無事合流できたんだね。おや? ナミキが背負ってるのはマナかい?」
「そう。それより助太刀する」
「そいつは助かるね。リバーがそろそろ体力の限界みたいだからさ」
「何言ってやがる! 俺はまだまだいけるぜ! っと、それより嬢ちゃん久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「デリバーも元気そうで良かった」
「貴様等何を呑気にガキと話しているんだ! 口では無く手や足を動かせ!」
もちろん戦いながら喋ってる。
その証拠に、3人を囲っていた魔物の数は、残りが蠍2匹だけになっていた。
それでも、ポンポは何が気にいらないのか、ドンナとデリバーを怒鳴りつけた。
でも、ドンナとデリバーは大人。
ポンポの言葉を気にする事なく「はいはい」と適当に返事だけ返す。
2人は正しい。
ポンポみたいな相手は真面目に相手するだけ無駄。
だけど、ポンポの言葉に我慢出来ない子が1人いた。
「お父様、いい加減にして下さい! 今がどういう状況だか分かっているのですか!? 彼等は命を懸けて護ってくれているのに、いつまでそんな態度をとっているのですか!?」
ラタが私に追いついて、父親であるポンポの側に行って怒った。
それを見て私は少しだけ驚いた。
ラタの事はまだ会ったばかりでよく知らない。
でも、父親に何かを言うような子では無いと思ってた。
「ラタ、お前は親に向かってなんて口の利き方の悪い事を言うんだ! そんな風に育てた覚えはないぞ! 公爵家の娘として恥を知れ!」
「恥を知るのはお父様の方ですわ! 私様はずっとお父様を尊敬していました! どんなに辛くあたられようと、大好きなお父様の為に頑張って参りましたわ! なのに……なのにお父様は――――」
「ええい黙れこの親不孝者が! 貴様などもう私の子では無い! この場で縁を切ってくれるわ! 今直ぐ――」
次の瞬間、ポンポの頭上に長さが50メートルありそうな大きな船が落ちてきた。
それは一瞬で、後少し近づいていれば、ラタもそれにまき込まれていた。
そしてポンポは船に潰されて……。
「ぐぎゅぁあああああああっっ!! 痛いいいいい! 誰がっっ誰が助げでぐれえええあああああああっっ!!」
しぶとく生きていた。
運が良いのか悪いのか、とにかく悪運は強かった。
大きな船の下敷きになったポンポは、悪運強く潰されたのは下半身……正確には太ももから下の部分だけだった。
それでも衝撃は強い筈だけど、生きていたのだから悪運が強い。
「……お、お父様…………」
ラタは目の前で足を船に潰されて、今も尚下敷きになっている悲鳴を上げるポンポの姿を見て、顔を青く染めて後退った。
「リバーどうする? 依頼主である護衛対象が虫の息だけど?」
「俺に聞くな。さっき雇われたのはお前さんの方だろ」
「困ったねえ。雇われたから護ってあげてたけど、私あいつ嫌いなのよ。助けたくないわあ」
「同感だ」
当たり前だと思う。
ポンポは本当に嫌な奴。
でも、私の答えは決まってる。
「助ける」
蠍の残り一匹に止めをさして、2人に告げてポンポの方に向かって走る。
ナミキもそこに来ていて、慌てた様子で「どうしましょう?」と、あたふたしてた。
だけど、私とその背後を見てそれは無くなった。
「あ、デリバーさんにドンナさん、お久しぶりです」
「おう。姉ちゃんの方は元気そうだな」
「そうね、久しぶり」
助けたくないと言っていたのに、いつの間にか私について来た2人に驚いて視線を向けると、2人は私の顔を見ておかしそうに笑った。
そんな2人を見て呑気に一緒に笑っている瀾姫は、ハッとした顔になったと思ったら、ポンポを見て「笑ってる場合じゃありません!」と再び慌てだす。
「ああ、そうだったな。笑ってる場合じゃねえな」
そんな事を笑いながら言うデリバーに、不思議に思って私は質問する。
「助けたくないって言ってた。何で来た?」
「何で来たって……まあ、アレだ。子供が助けようとしてるのに、大人の俺達がそれを無視じゃ情けねえ話だろ?」
「子供達の前では良い人にならなきゃ大人として恥だからね」
「ははっ違いねえ。ま、偽善者って奴だけどな」
「はあ? 偽善者ってさあ、アンタそれやめてよ。響きが良くないでしょーが」
「がっはっはっ! 間違っちゃいねーだろ」
「そうだけどさあ」
ドンナがデリバーを不満気に見て、それから悲鳴を上げ続けるポンポに視線を向けた。
「さて、このお貴族様を助けるってもどうすんだい? この船、乗船場から飛んで来たみたいだけど破壊しちまって良いのかね」
「そりゃあおめえ人命がかかってんなら仕方ないだろーよ」
「はい! 壊しちゃいま――壊せるんですか!?」
瀾姫が驚いて尋ねると、デリバーが「がっはっはっ!」と大きく笑う。
そして手首や指の骨、それから首をポキポキと鳴らした。
「嬢ちゃん達は下がってな。おい、ドーナ。久々に【電磁拳砲】を使う。モンスター共が邪魔しない様に見張っててくれ」
「あいよ」
言われた通り、瀾姫とラタが後ろに下がる。
ドンナも後ろに下がって、言われた通りに周囲に目を配り、新手の魔物が来ないかどうか警戒を始めた。
「海賊をやってた現役時代の俺の技を見せてやるぜ」
デリバーが両手に握り拳を作り、胸の前でそれ等をぶつけ合う。
その瞬間、ぶつかり合った拳を中心にしてバチバチと目に見える電流が弾けて、デリバーの体が電気に包まれた。
デリバーの体は筋肉で膨れ上がり、息を荒げて大量の汗を流す。
相当な負担が体にかかるのか、デリバーはその状態で10秒ほど動かなくなった。
そして、握り拳を維持したまま、両手を後ろに引いて構える。
「ふんっっ!!」
デリバーが両手の拳で同時に船を勢いよく殴り、次の瞬間、電流を帯びた光線がデリバーの拳から放たれた。
その威力は絶大で、50メートルもの長さがある大きな船が一瞬にして粉々になった。
周囲にはバチバチと残留した電流が宙を舞って、肌をビリビリと掠める。
「凄い……」
思わず呟いた私に、デリバーが疲れ切った表情の隠しきれない笑顔で振り向いた。
「がっはっは……ゲホッゲホッ。はあ、はあ。ちくしょう、きっちいなあ。年には勝てねえなあ。おかげで現役時代の半分の力も出ねえわ」
「何言ってんだい。7割位は出てたよ。アンタは自分の現役の時の実力を美化しすぎなんだよ」
「ああっ? 半分だ……っつってんだろ! はあ、はあ」
「いいや、7割……いや、8割だね」
デリバーとドンナの2人が喧嘩を始めて、瀾姫が電撃の凄さに放心していた顔を慌てふためく顔へと変化させた。
どちらにしろ凄いのは確かで、でも、私が今気にしないといけないのはデリバーの電撃じゃない。
私は直ぐにポンポの側に行って、回復の魔法を使った。
だけど、足は手遅れだった。
太もものあたりは元に戻す事は出来たけど、既に膝を含めて膝から下は潰された勢いでちぎれて無くなっていた。
回復魔法はそこまで万能ではないから、無くなったものは取り戻せない。
ポンポはデリバーの電撃を直接食らったわけではないけど、その衝撃は船を通して食らっていて気絶してる。
目を覚ました後に足が無くなったと知れば、その事でまた煩いだろうと思いつつ、私は回復を終了した。




