152 おっぱいじゃなくて顔で判断して下さい!
「モーベルさんって誰ですか!? 私そんな名前じゃありません! おっぱいじゃなくて顔で判断して下さい!」
「しらばっくれるんじゃねえ! そのおっぱいの大きさは牛の獣人である証拠! モーベル侯爵夫人で間違いねえんだよ!」
「その通りだぜ! モーベル侯爵夫人はその美貌で俺達男をたぶらかし、何人も奴隷の様に扱って捨てた糞ビッチだ! 俺達は騙されねえぞ!」
「へううう!」
駄目です!
全然人違いだって信じてくれません!
でもちょっとだけ、美貌って褒めてもらえて照れますねえ。なんて考えてると、ザクッ! と、小気味良い音が足元で聞こえました。
そしてその音を不思議に思って見てみると……。
「へううう!!」
照れてる場合じゃありませんでした!
足元に何かよく分からない切れ味が良さそうな剣の剣身だけの物が、地面に突き刺さってます!
私がそれを見て怯えたら、私達を囲む男の人の1人が「ちっ」と舌打ちしました。
ヤバいです!
デンジャラスです!
怖すぎておしっこ漏れちゃいそうです!
でも、今の私は余裕ありありです。
何故なら、魔力のコントロールをシュシュに預けて、オートガードモードを使っているからなのです!
これが無ければ私は今頃は真っ二つでしたが、この通り真っ二つになってなかったので大丈夫です!
さっきシュシュの機能を起動させて正解でした。
ふっふっふっ。
私は愛那ちゃんのお姉ちゃん。
出来る美少女愛那ちゃんのお姉ちゃんなので、この位は朝飯前です。
「瀾姫危ない」
「――っへぅ」
ラヴィーナちゃんが私の目の前に飛んできた何かを氷の盾で防ぎます。
氷の盾に弾かれて地面の上に落ちたそれを見ると、それは毒か何かが塗られたナイフだったみたいで、地面の上に転がった直後にナイフの刀身が溶けました。
「自動防御は便利だけど完璧じゃない。さっきのは敵の水魔法。油断すると魔法操作で自動防御をくぐり抜けられる」
「へう。ラヴィーナちゃんありがとうございますー!」
ヤバいです!
調子にのって大変な事になる所でした!
今度からは気をつけようと思います!
そんな事を決意する私とラヴィーナちゃんを見て、リリちゃんが苦笑しました。
「危なそうなら助けてあげようと思ったのだけど、あなた達2人一緒なら平気そうね」
「心配無用」
ラヴィーナちゃんが頼もしい返事をします。
そんな頼もしいラヴィーナちゃんの隣で、私は驚いていました。
何故なら、リリちゃんの背後に大量のうにが山盛りになっていたからです。
その山盛りのうにには私達を囲む男の人達も驚いた様で、目を丸くして冷や汗を流します。
「な、なんだこの女……。どうして吸血うにがあんな山みたいに積まれてやがる?」
「わからねえ。わからねえがやべえぜあの女。いかれてやがる」
「おめえらビビってんじゃねえ! この人数で負けるわけがねえ! それにウェーブの奴にモーベル侯爵夫人の始末を頼まれてるんだ。女子供に邪魔されて出来なかったなんて言ってみろ。いい笑いもんだ!」
「わあってるよ!」
勘違いはまだしているみたいです。
どうしたら分かってくれるんでしょう?
でも、分かってもらえなくても良いと思い直します。
だってもし分かってくれたら、そのモーベルさんと言う方を、この方達が殺しに行くと言う事です。
そんな事を見逃すわけにはいきません!
ここで悪い事をしてはいけないと反省させるべきです。
なので、私は戦う準備をする為に、スキル【動物変化】を使おうとしました。
でもその時です。
ラヴィーナちゃんが少しだけ焦った様子で私に話しかけて来ました。
「モーナスがいれば大丈夫だと思う。だけど、愛那が危ないかもしれない」
「愛那ちゃんが!? どう言う事ですか!?」
「細かい事は後で説明する。今は早く愛那を捜した方が得策」
「分かりました。ラヴィーナちゃんを信じます!」
「あら? そう言う事なら、事情は分からないけど私も手伝うわよ」
私がラヴィーナちゃんに答えると、リリちゃんが微笑んで手助けを申し出てくれました。
そして、微笑んだまま不思議な事を言いだしました。
「とりあえずこいつ等全員半殺しで良いわよね?」
「…………はい?」
私が首を傾げた瞬間です。
ひゅ~っと涼しい風が吹きました。
私達を囲んでいた男の人達が倒れました。
目の前のリリちゃんの頬っぺたにいつの間にか血がべっとりとこびりついてました。
「あらやだ。久しぶりの対人戦で油断して返り血を浴びちゃったわ」
「………………っ!?」
「お見事」
「な、ななななななっ何が起きたんですかあああああ!?」
「早く捜さないといけないんでしょう? あなたの話も聞かずに、おっぱいでしか女を判断しないこんなゴミどもの相手をしている場合ではないから、さっさと半殺しにしただけよ」
「ええええええええええっっっ!?」
そんな一瞬で半殺しだなんて、驚きの速さです!
ホントに何も見えませんでした。
ラヴィーナちゃんには見えたのか、お見事だなんて言って納得した様な虚ろ目顔してます。
「さっ。早く見つけましょう」
「急ごう」
「ま、待って下さいー!」
ラヴィーナちゃんとリリちゃんが走り出すので、私も慌てて走ります。
まずはメレカさんと待ち合わせをしていた魚人像の前を目指します。
もしかしたら愛那ちゃんがそこにいるかもしれないからです。
でも、ちゃんと周囲を見ながら慎重に進みました。
それにしても、ラヴィーナちゃんもリリちゃんも足が速いです。
でも、愛那ちゃんを捜しながらだからなのか、私に合わせていてくれているのかは分かりませんが、目で見える速さで走ってくれて助かりました。
だけど、お2人とも足が速いので、私は直ぐに疲れちゃいました。
でも頑張ります!
愛那ちゃんに危険が迫っているなら、弱音を吐いて休んでいる場合じゃありません!
だからもう驚きません!
何に驚かないかなんて言うまでもありません!
次々に出て来ては私を「あのおっぱいはモーベル侯爵夫人!」と言って襲ってくる人達を、リリちゃんが全てひと蹴りでノックダウンさせている姿にです!
そしてそこ等中にいるうにを次々に粉砕している姿にです!
めちゃんこ強いです!
って言うか、私は瀾姫です!
そのおっぱい侯爵夫人じゃありません!
おっぱいじゃなくて顔で判断して下さい!
そうして捜している途中、ラヴィーナちゃんから何が危険なのか聞きました。
それを聞いて、思っていた以上に大変な状態かもしれないと思いました。
ラヴィーナちゃんから教えてもらったのは、革命軍【平和の象徴者】の人達についてです。
簡単にお話をまとめると、この人達は愛那ちゃんとラヴィーナちゃんとロポちゃん、そしてメソメちゃんを毒海のモンスターから助けてくれた人達で、ハグレと言う名前の村の人達だそうなんです。
以前お話を聞いたメソメちゃんのお父さんがいた、レオさん達が愛那ちゃんを捜しに行ってくれた場所です。
そして、愛那ちゃんはこの村の人達ととっても仲良くなっています。
メソメちゃんとお父さんの再会を祝したパーティで、色々な人と仲良くお喋りをしていたそうです。
優しい愛那ちゃんはきっとこの村の人達が相手では本気で戦えない。
それどころか、愛那ちゃんがモーナちゃんの攻撃すらも止めてしまうかもしれない。
そう言った事から、モーナちゃんが一緒にいるとは言え、危険なのは確かだとラヴィーナちゃんは思ったんです。
確かに愛那ちゃんの性格を考えると、ラヴィーナちゃんの言う事は正しいです。
そしてそれを裏付けるかの様に、私達はステラと言う人を見つけました。
ステラさんから少し離れた所には2人の男性がいて、1人は気絶していて、1人は水の網の中で騒いでいました。
ラヴィーナちゃんからお話を聞くと、ステラさんはラヴィーナちゃんと仲の良いお姉さんだそうです。
ラヴィーナちゃんは最初ステラさんを見つけた時に、とても悲しそうでした。
でも、ラヴィーナちゃんは偉いです。
私とリリちゃんが気遣うと、何でも無いように「大丈夫」と少しだけ口角を上げて答えました。
だから、私もリリちゃんもラヴィーナちゃんの気を汲んで何も聞かず、ステラさん達から情報を手に入れる為に動きます。
リリちゃんは男性の方に行き、私とラヴィーナちゃんはステラさんを調べる事にしました。
「気絶してる。この足の傷、愛那のスキルの傷痕」
「見ただけで分かるなんて凄いです」
「いつも見てるから」
愛那ちゃんと何があったのかは分かりませんが、ステラさんは頭を強く打ったようで、頭から血を流して気を失っていました。
やっぱりどこか悲しげな表情のラヴィーナちゃんは、ステラさんの傷を魔法で回復しました。
するとそこに、騒いでいた男性を黙らせてリリちゃんが戻ってきました。
「聞き出してきたわ。やっぱりマナがいたみたいね。捕まえられていた人達を助ける為に、この3人と戦った後に何処かに行ったみたいよ」
「そうですか……」
「それにしてもやるわねあの子。あっちで気絶していた奴に外傷がないと思ったら、金玉蹴飛ばして気絶させたみたいよ。笑っちゃうわよね」
「金玉? 蹴ると気絶する程痛い?」
「無いので分かりません。でも凄く痛いらしいですね」
流石は私の愛那ちゃんです。
でも、ラヴィーナちゃんの言う通りですね。
本気で戦えないから、スキルを使わないで相手に勝つ方法を考えたに違いありません。
私も愛那ちゃんを見習って、男性の方を相手にする時は金玉を蹴り上げる事にします。
「それより愛那の居場所は分からない?」
「何処かと言っても城の方に向かって走って行ったらしいから、そっちに行けばいるかもしれないわね」
「お城ですか?」
「ええ。元々あの子もあなた達も城から来たのでしょう? それなら、もしかしたらあなた達が城に自分とマモ……モーナスを捜しに戻ってると考えたのではないかしら?」
その時です。
モーナちゃんの名前を聞いた時に、少しだけ変な違和感を感じました。
そしてそれで気が付きました。
「待って下さい。モーナちゃん、モーナちゃんの戦った痕跡がありません! モーナちゃんは愛那と一緒じゃないんですか? モーナちゃんがいたら、相手が3人もいれば何もしないなんて絶対にありえないです!」
「――っ!」
ラヴィーナちゃんも気がついた様で、驚いた表情を見せてリリちゃんに視線を向けました。
リリちゃんも察してくれたようで、泡を吹いて気絶している男性の足を引っ張って連れて来ました。
そして、リリちゃんがいっぱいの往復ビンタを男性に放って、男性の頬が赤く染まって目を覚ました。
「い、いでえ……。あれ? 俺は……」
「答えなさいゴミ野郎。マナの他に猫の獣人はいなかった?」
「な、なんだてめえは!」
「質問してるのはこっちよ」
リリちゃんが男性の顔を殴ります。
鼻血が出て痛そうですが、愛那ちゃんの為に見てみないフリをします。
「てめえ糞あまがあああ――――ぶべっっ」
更に追加でリリちゃんが顔を殴ります。
歯が折れました。
痛そうです。
「殺されたいの? マナの他に猫の獣人はいなかったか聞いているのだけど?」
「こ、答える! 答えるからもう殴らないでくれ!」
「あんたの意思表示なんて聞いてないわ。答えなさい」
「は、はいいいいいい!」
リリちゃん滅茶苦茶怖いです!
怖すぎて私も思わず背筋伸ばしちゃいました。
「あの黒髪の女の子の事だろ? あの子が何だって――」
「余計な詮索は――」
「――すみません! はい! マナの他には誰もいませんでした!」
「呼び捨てとは良い度胸ね」
リリちゃんが素敵な笑顔で男性のお腹に一撃ノックダウンです。
怖いです!
本当にめちゃくちゃ怖いです!
おしっこ漏れちゃいます!
「急いだ方が良さそうね。あの馬鹿……モーナスは一緒に行動していないみたいよ」
「愛那……」
おしっこ漏らしてる場合じゃありません。
何故モーナちゃんと一緒に行動していないのかは分かりませんが、愛那ちゃんが1人で行動している以上、のんびりなんてしていられないんです!
「行きましょう!」
大きな声でラヴィーナちゃんとリリちゃんに告げると、2人とも頷いてくれました。




