147 VS革命軍 その1
水の都フルートに降る吸血うに。
突然現れて人々を襲う革命軍【平和の象徴者】と名乗るハグレの村の人達。
わたしは教会の屋根の上からそれを見て、わけが分からなくなり呆然と立ち尽くしてしまった。
「ラタお嬢様を捜さなくては!」
ラタのペットのかたつむりがそう言って動き出す。
わたしはそれを見て正気に戻り、グッと堪えてかたつむりを掴んで自分の肩に乗せた。
「そこでジッとしてて。わたしがラタを捜すから!」
「お嬢さん…………ありがとうございます」
本当はかたつむりを肩に乗せるなんて嫌だ。
実際に今そのせいで鳥肌立ってるし、今直ぐにでも降ろして距離を取りたい。
でも、今はそんな事してる場合じゃない。
ハグレの人達や吸血うには間違いなく人を襲っていて、ラタだって襲われているかもしれない。
お姉達の事も心配だけど、あの強いリングイさんが一緒に行動していると思うから大丈夫な筈。
モーナは放っておいても大丈夫だし、それなら、友達にはなれなかったけどラタを助けたい。
だからわたしはかたつむりを肩に乗せてラタを捜すと決めた。
屋根の上から飛び降りるなんて出来ないから、とにかくまずはここから鐘のある場所まで移動して、それから梯子で下に下りていく。
教会の屋根の上は高くて怖くて足が竦みそうだけど、それでも出来るだけ屋根より下、地面を見ない様にして頑張った。
そして階段を下りて行くと、途中で教会内からも騒ぎが聞こえだした。
「こんな所にも……っ!」
階段の途中で教会内を2階から覗ける通路に通じる出口から出ると、見覚えのあるハグレの村の男が1人、神父を襲っている姿を見つけた。
男が魔法で炎を出して襲い、神父は水の魔法でシールドを張って、背後で怯える修道女や参拝者を護っている。
「ごめん! あの人達を放っておけない!」
「構いません!」
魔石をポケットから取り出して、そして手摺を飛び越えて、落下の勢いで男に背後から跳びかかる。
魔力欠乏症にかかってしまっているわたしは今魔法が使えないので、何かあった時の為にモーナやラヴィに頼んで魔石に魔法を入れて貰っていたのだ。
それにメソメと別れる前に魔法を入れて貰った魔石もまだある。
出来れば魔石を使うような事態は訪れてほしくなかったけど、訪れてしまったら使うほかない。
「この高さなら!」
腕にはめたシュシュから魔力を引き出して、魔石に封じ込めた魔法を一気に解放する。
「――っ何!?」
男が気がついた時には既に遅い。
わたしが取り出したのは、ラヴィに魔法をいれてもらった魔石。
魔石から氷の盾が飛び出して、わたしはそれを掴んでそのまま男の頭上に落下した。
「ぐああああああああっっ!」
男は倒れ、わたしは男の上に落下した反動で床に転がってベンチにぶつかる。
2階の高さからとは言え教会の天井は高く、3階くらいの高さがあった為に思っていたより衝撃が大きくて、わたしは痛みを我慢しながら立ち上がった。
「いったあ……。流石にあの高さからは無理しすぎだったかあ」
「お怪我はありませんか?」
「多分大丈夫」
心配してくれたかたつむりに返事を返して、倒れた男に視線を向けた。
男は気を失ったようで、その場で倒れて動かなかった。
「良かった。取り敢えず上手くいった」
「助けてくれてありがとう」
神父がわたしの側に来て感謝を告げると、神父が護っていた人達もこちらにやって来た。
皆から感謝され、それから神父や他の人達と一緒に男を縄で縛って拘束してから教会を出た。
外に出ると、既にこの辺りにはハグレの村の人達の姿は無く、皆何処かに行ってしまっていた。
だけど、そこ等中に吸血うにがいて、宙を浮いていた光り輝いていた生物を捕らえて血を吸っている。
襲われて倒れた人達も何人かいて、既に死んでいるようだった。
「酷い……」
嫌悪を感じてはいるけど、わたしは冷静だった。
常人であれば吐き気を感じて、身動きとれなくなりそうな光景だけど、わたしはそうはならなかった。
今まで通り冷静に短剣を取り出して、ラタを捜す為に吸血うにに気をつけながら進む。
「お嬢さん後ろ!」
「――っ!?」
かたつむりが叫び、後ろに振り向く。
いつの間にか接近を許していて、銛を手にした男がわたしに襲いかかっていた。
だけど、わたしが振り向いて目を合わせた瞬間に、男は一瞬動きを止める。
わたしはその一瞬の隙を逃がさない。
「やあっ!」
短剣を振るって、スキル【必斬】を乗せた斬撃で男の足を狙う。
男は斬撃により脛を斬られ、その場で倒れた。
「っちいぃぃい! やられた! くそっ。お前……あの時の嬢ちゃんか!?」
「…………」
脛を斬られて立ち上がれなくなった男は、顔を上げてわたしを睨む。
それを複雑な気持ちで見下ろしながら、わたしは目を合わせた。
この男は、海で毒海が発生した時に助けてくれたハグレの村の人の1人で、他に救助した人達をリネントさんと別れて連れて行った人の1人だ。
だから、わたしとはそれ程面識がない。
でも、あの時に助けてくれた事にお礼を言った相手だった。
別れるまでそれ程会話もしてないけど、リネントさんについて行ったのはわたしとラヴィとメソメとダンゴムシだけだったから、わたしの事を覚えていたのかもしれない。
そうじゃなきゃ、わたしと目が合った瞬間に動きが止まるなんて無いだろうから。
「なんで嬢ちゃんがここにいる? まさか孤児院じゃなく、こんな所にいるとはな」
「孤児院……? どう言う事ですか?」
「さあな。嬢ちゃんには悪いが何も教えてやるつもりは無い。殺したきゃさっさと殺せ」
「――っ。殺しません!」
殺せるわけない。
わたしにとってハグレの村の人達は皆が恩人で、この人もわたしを助けてくれた1人だ。
だからわたしはこの場から離れる為に、殺さないと告げて走った。
早くこの場から離れたかった。
「お知り合いだったのですか?」
「…………それより、ラタのいそうな場所を教えて」
「分かりました。ラタお嬢様はお披露目会の後、お父上とお母上と一緒にディナーをご予定されていましたので、恐らく予約されているレストランにいらっしゃると思います」
「レストランか。場所を教えて」
「はい」
かたつむりの案内でレストランへと急ぐ。
レストランはここから意外と近くだったおかげで、直ぐに辿り着く事は出来たけど、そこは悲惨な状況になっていた。
わたしは身を隠して様子を窺う。
レストランの悲惨な状況、それは、正確にはレストランの前の状況。
まず、レストランの建物の前に、貴族と思われる人達の10人以上が手を頭の後ろに回された状態で座らされている。
それは老若男女関係無く、その中にはラタの父親もいて、父親の隣に座っていた女性もお披露目会で見覚えがあったので、その人が多分ラタの母親だと思われる。
次に、吸血うにが5匹ほど座らされている貴族たちの背後に並べられていた。
そして、血を吸われたと思われる軽鎧を身につけた何人かの人達が吸血うにの側で倒れていた。
顔色を考えると、恐らくもう死んでいる。
最後に、貴族たちの前には腕や足を斬られて血を大量に流して痛みに叫んでいる人と、それをやったであろうハグレの村の人が3人。
ハグレの村の3人は、男が2人に女が1人。
男2人はメソメと父親の再会パーティーにいた2人で名前は知らない。
2人ともサーベルを持っていて、1人は貴族たちの目の前を右に左に行ったり来たりして歩き、1人は血を流し叫ぶ人にサーベルの先端を向けていた。
そして、女も再会パーティーにいた人で、ラヴィにうさ耳のカチューシャをプレゼントしてくれたお姉さんだった。
男2人の名前は分からないけど、お姉さんの名前はステラ。
鱈の魚人とうさぎの獣人のハーフで、魚人の血が濃い為うさ耳はないけど、お尻の方にうさぎの尻尾がある。
再会パーティーでラヴィと仲良くなって尻尾を見せてくれて、触らせてもくれた優しい人。
うさ耳のカチューシャも、亡くなった母親がうさぎの獣人だったから持っていたらしく、形見や思い入れがあるわけではないけど好きなものらしい。
だから落ち込んだ時はそれを頭につけて元気を出すと、ラヴィに笑顔で話していた。
そんな人が今は他の2人と同じようにサーベルを持ち、もう片方の手で何かが書かれている紙を持ちながら、その紙と貴族達を鬼の形相で交互に睨んでいた。
「旦那様と奥様が……」
「うん。でも、ラタの姿が無い」
「はい。ラタお嬢様だけ逃げ延びたのでしょうか?」
「分からないけど、とにかく今はあそこにいる皆を助けないと」
助けないといけない。
だけど、どうすれば良いか思いつかない。
相手は3人もいて、今のわたしには加速魔法が使えない。
今あるわたしの武器は短剣と魔石が数個、そしてスキル【必斬】。
スキル【必斬】の力が強力だとは言え、子供の足で大人3人を相手にまともに戦えるとは思えない。
どう助ければいいか思いつかず物陰に隠れながら悩んでいると、3人の間に変化が起きた。
男の1人、貴族の目の前を右に左に行ったり来たりを繰り返す男が、痺れを切らしたように他の2人に話しかける。
「おい。面倒だから全員殺さないか?」
「馬鹿言わないでよ。レブルに無駄な殺しはするなって言われてるでしょ? 殺すのは差別主義者だけ。それ以外は捕まえるだけ」
「はっ。あの人も甘ちゃんだよな。どうせこの都はもう直ぐで終わるってのによ」
「全くだな。今殺しても後で災害で死んでも同じだろうに」
災害……?
まるでこの後ここで、この都で何かが起きるかのような発言。
それも、災害と言う革命軍が関係ないもの。
少なくとも、革命なんて名乗る自分達の行為を、災害なんて呼ぶわけがないのだから。
この都が何かの災害に巻き込まれるとして、それを知っているかの様な言動にわたしは眉を顰ませる。
「例え同じであっても、レブルの言葉は絶対だよ。関係無い人は殺さない。私達は犯罪者じゃなくて革命軍【平和の象徴者】なんだ。差別主義者だけを殺して、それ以外を殺すのは逆らった者だけよ」
「ちっ」
「分かってるよ」
ステラさんの言葉に男2人が不服そうに顔を歪める。
差別主義者だけを殺すと言う言葉に、この事件は差別が横行していたこの国の過去と深く関わっているんだとわたしは感じた。
そしてそれと同時に、ハグレの人達の目的が無差別な殺しでは無い事を理解した。
でも、それならなんで吸血うになんて言う生物を連れて来たのかが分からない。
その時、わたしの肩の上にいるかたつむりが、焦った様な口調で話し出す。
「不味いです。マダーラ家は混血種に対して代々差別的な思想をもっています。それが知れたら殺されてしまいます」
言われなくてもそれは十分察していた。
だからこそ、わたしも少し焦っていた。
もしこの場に差別をする人がいなければ、今直ぐにでもラタを捜しに行きたい。
だけど、少なくともラタの父親はそう言う人で、殺される対象なのは間違いなかった。
「それで? ステラさんよお、この中に差別主義者は後何人いるんだ? この中にいるんだろ? お前を、お前の母親に孕ませて捨てて殺した魚人が」
――っ!?
ステラさんを母親に孕ませて捨てた。
つまりステラさんの父親がこの貴族たちの中にいると言う事。
しかも、ステラさんを身籠った母親を捨てて殺した父親が。
「ああ、いるよ。お母さんは私を産んで死んだ! そいつのせいで衰弱した体で私を産んで死んだんだ!」
ステラさんが怒り叫び、そして、その人物を睨んだ。
「待たせたね、マンダ、ナズ。もう全員確認した。他にはもういないみたい。だから、今この中にいる差別主義者は、わたしのお母さんを殺したそいつとそいつの横にいる女……妻だけよ」
心の底から怒りを感じさせる底冷えしてしまう程の声でステラさんが告げ、ラタの父親にサーベルの先端を向けた。
「女は俺が殺す!」
右と左に行ったり来たりしていた男が跳躍し、そして、わたしは物陰から既に飛び出していてギリギリ間に合う。
男のサーベルとわたしの短剣が甲高い音を立ててぶつかり合う。
わたしの存在を見た男は少し驚いた表情を見せて、後ろに下がってわたしとの距離を置いた。
「お前、確かメソメの友達の……」
「ちっ。面倒だな。おい、ステラ、マンダ! このガキを殺すぞ!」
「ま、しゃあないか。差別主義者を庇ったって事は、そっち側って事だ。殺したってメソメには言えないな」
「ま、待ってよ2人とも! この子は殺したら駄目よ!」
ステラさんが焦って2人を止めようとしてくれたけど止まらない。
大量に血を流す人にサーベルを向けていた男がその人を斬り殺してから、わたしを睨んで構えた。
最悪な気分だった。
ラタの父親は一時的とは言え助けられたけど、目の前の人を見殺しにしてしまった。
でも、だからって今は落ち込んでいる場合でも、殺されてしまった人を見て悔いている場合でも無い。
わたしの背後ではかたつむりがラタの両親に怪我が無いか話しかけていたが、母親は放心しきっていて何も言えず、父親の方はこんな時だと言うのに母親に孕ませて捨てたなんて嘘だと言って弁明している。
正直、吐き気がするくらいに気持ち悪く、背後にいるラタの父親に嫌悪の気持ちが出てくる。
人が目の前で殺されているのに、助けに来たかたつむりがこんなにも労わってくれているのに、それを全て無視して自分を正当化するような事を妻に言って弁明し続けている。
助ける価値なんて無いとさえ思えてしまう。
だけど、それでも、こんな父親でもラタの父親で、ラタが「お父様」と言って慕っていた人。
だから見殺しになんて出来るわけがない。
「ステラ、子供と言えど差別主義者の仲間であれば殺すだけだ。いずれ大人になれば沢山の人を不幸にするぞ!」
「――っ! 分かったわ……」
ステラさんがわたしに向き合ってサーベルを構える。
「マナちゃん、残念だよ。ここにラヴィーナちゃんがいなかった事がせめてもの救いかもね」
「そうですね。わたしもラヴィに、ステラさんのこんな姿を見せたくないですから」
ラタの為に、ラタの家族を護る為にステラさんを斬る覚悟を決めた。




