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145 仲直り

「お……マ……。起……ろ……ナ」


 薄い意識の中で声が聞こえた。


「……いマ……! 早く……きろマナ!」


 わたしはボーっとする頭を右手で押さえながら、目を開けて上体を起こす。

 場所は変わらずお披露目会用に建てられた簡易な建物の中の控室。

 それから目の前にはモーナがいて、少しだけへの字口をしてわたしを見ていた。


「やっと起きたか」


「……モーナ?」


「何があったんだ? 外傷はないし、敵の攻撃を受けたわけじゃないだろ? それにロポもいないぞ」


「へ? ダンゴムシがいない? 敵って何?」


「知るか! ロポがいないし、マナが気絶してたからそう思ったんだぞ。まさか寝てたのか?」


「寝て…………っあ! 喋るかたつむり!」


「喋るかたつむり?」


 モーナが首を傾げる。

 するとそこで、机の上から例の喋るかたつむりの「目を覚ましましたか?」と言う声が聞こえてきた。

 わたしはその声に怯えて「ひっ」と身を縮こませる。


「なんだこいつ?」


「知らない!」


「これは失礼。マーブルエスカルゴのカトリーヌです。栄光あるマダーラ公爵家のラタ=コ=マダーラお嬢様のパートナーです。一緒にいた大きな海猫は、このお嬢さんが気絶してから何処かへ行かれました」


「ロポは何処か行ったのか。ところでタラコ=マダーラって誰だ?」


「ラタ=コ=マダーラお嬢様です。しかし、そうですか。お嬢様を知らないとは驚きました。そんな無知な方がまだいらっしゃるなんて」


「なんだおまえ? 私を馬鹿にしてるだろ?」


「かたつむり相手に喧嘩すんな」


「いえ、かたつむりでは無くマーブルエスカルゴです」


「ひっ」


「何だマナ、エスカルゴも駄目なのか?」


「うっさい。怖いものは怖いの。って言うか話しかけないでよ。もう絶交だって言ったでしょ?」


「またそれか…………あ、そうだマナ。リリィ=アイビーから良い場所を教えて貰ったから行くぞ」


「は?」


 モーナがニコニコしながら右手でわたしの手を掴んで握ってきて、わたしを立ち上がらせる。

 すると、かたつむりが「待って下さい!」と大きく声を上げた。


「何処に行かれるんですか?」


「おまえには関係ないだろ」


「それはそうなんですけど……お嬢様が帰って来ませんし、用事の後で良いのでお嬢様の許に連れて行ってもらえませんか? お嬢様は義理高いお方なので、きっとご褒美も出せますよ」


「ご褒美か……それなら良いぞ。魚が良いな」


「おい」


「それなら特別に美味しいのをお嬢様に頼みます」


「決まりだな!」


「はあ……」


 ため息を吐き出して、ご褒美に釣られる馬鹿猫モーナにジト目を向けてやるが、モーナは気にせずかたつむりを自分の肩に乗せる。

 正直モーナから距離を取りたくなったけど、わたしを掴んだ手と逆の左肩の上に乗せたので、とりあえず我慢する事にする。

 そんなわけで、わたしは半ば諦めるような気持ちで、モーナに手を引っ張られながら控室を後にした。




 お姉達がいなくなっていたので、後で合流する事にして暫らく歩いて、乗船場の前の魚神像ぎょしんぞうの周辺までやって来た。

 この辺に背の高い鐘がある教会があるらしい。

 この辺はあまりちゃんと見て回っていないから、何処だろうと上を見上げながら歩く。


「あったぞ! あそこだ!」


「ほお。あの教会はデートスポットで有名な所ですね」


「デートスポット~?」


 かたつむりのデートスポット発言に眉を寄せてモーナを見る。

 モーナはそれを知らなかったのか、とくに気にした様子も無く「そうなのか?」と首を傾げた。


 教会を見つけたので早速中に入り、この教会の良い場所なる所を探す。

 教会の中は大きくて広いと言う印象を受けるけど、別段良い場所と言う程でも無い。

 確かに神聖で美しい感じはするけどそれだけだ。

 2階が3階くらいの高さな天井でやや高め。

 数人の参拝者と普通の神父。

 やはりどこを見ても特別な何かは無い。

 と言っても、わたしがそう言うのに鈍感なだけかもだけど。


「上に行くぞ」


「へ?」


「あそこから登れるんだ」


「へえ」


 モーナが指をさして、その方向を見れば階段があった。

 どうやら良い場所と言うのはここではないらしい。


 未だにわたしの手を握るモーナに引っ張られ階段を上る。

 そうして暫らく階段を上り続けて、関係者以外立ち入り禁止の文字が書かれたプレートがある扉の目の前にやって来た。


「関係者以外立ち入り禁止だってさ」


「関係者の関係者だから大丈夫だ」


「そうなんだ…………って、それ、関係者じゃないでしょ」


「気にするな。入るぞ」


「駄目だ――って、モーナ待ちなって!」


 関係者以外立ち入り禁止の場所のわりには鍵がかかっているわけでは無かったようで、モーナが普通に扉を開けて、わたしを引っ張りながら扉の向こうへと向かう。

 扉の向こうにあったのは、一般的な一軒家のトイレの様な広さの小さな個室で、その真ん中に梯子があるだけ。


「何ここ?」


 わたしが呟くと、モーナはわたしの手を離して、梯子を登り始めた。

 入ってしまったからには仕方が無いと、わたしもモーナに続いて梯子を登る。


 と言うか、おそらく上には鐘がある。

 階段を結構上って来たし、それで最後に梯子を登るのだから間違いはない筈だ。

 モーナはわたしに鐘を間近で見せたかったわけだ。


 梯子を登りきると、思った通りそこは大きな鐘の真下だった。

 鐘を見て大きいなと思いながら、都の景色を眺めようと視線を外に移そうとした。

 すると、モーナに目隠しされる。


「え!? 何?」


「まだ駄目だ!」


「はあ?」


 外を見ようとして駄目と目隠しするって事はもしかして、なんて事を考える間もなく、一瞬フワッとした感覚がして目隠しが取られる。

 そして、その瞬間にわたしの目に映ったのは、それはとても綺麗な都の景色だった。


「わあっ。まるで演奏してるみたい」


 その景色に思わず声を漏らすと、モーナがドヤ顔でわたしの横に並んだ。


「凄いだろ。都の名前と同じ名前のフルートって楽器みたいだぞ」


 そう。

 わたしが見た景色は、楽器のフルートが音を奏でる姿。

 都に並ぶ建物や、踊歌祭ようかさいあかりが綺麗に並び、それは楽器のフルートの姿を幾つも作りだしていた。

 そしてそれ等は演奏する様に輝き、都を照らす。

 それだけでなく、街道から飛び交う水しぶきにシャボン玉、それから宙を漂う生物達や宙に輝く光が音階を奏でる。

 まさに【水の都フルート】のその名にふさわしい姿が、下からじゃ……道を歩いているだけでは分からない姿がそこにはあった。


「うん」


 モーナの言葉に頷き、水の都の素晴らしい景色に心を奪われて、思わず足を一歩踏み出す。

 だけど、踏み出した足の先には何も無く、わたしは空を踏んでそのままバランスを崩す。


「――っきゃ」


「マナ!」


 咄嗟にモーナに支えられ、何とかバランスを取り戻して足元を見ると、何とここは大きな鐘の下では無く屋根の上だった。


「――ひっ。何処ここ……?」


 一瞬にしてわたしの全身から血の気が引いていく。

 ラヴィの故郷である枝木の村アイスブランチ程ではないけれど、今いる屋根の上も相当に高い。

 さっきまでいた大きな鐘の下であれば、窓は無くとも胸元まである仕切りの壁があったから、全然怖く感じなかったけどここは違う。

 ここは屋根の上で、少しでもバランスを崩して転べば、屋根の上を転がって落ちて地面へと真っ逆さまだ。

 こんなの怖くないわけがなかった。


 だと言うのに、モーナは特に気にする様子も無くわたしの質問に答える。


「さっきの鐘の上だ」


 どうりで高いわけだと思いながら、わたしはモーナにしがみついた。


「無理無理。ここは無理。さっきの鐘の下まで戻して?」


「なんだ? おかしな奴だな。ナミキの背中に乗って飛んでる時はいつも平気なのに」


「それはお姉だから安心してるだけ! こんな所じゃ安心できないでしょ」


「変な奴だな」


「うっさい!」


 思いっきりモーナを睨んでやる。

 すると、モーナがやれやれとでも言いたげなムカつく顔で、わたしの目の前に石の椅子を魔法で出した。


「そこに座れ。それなら安心だろ」


「……まあ、無いよりは。ありがと」


 どうせ出すならさくとかにしてほしいなと思いながらも、わたしはお礼を言って石の椅子に座る。

 石の椅子はモーナが魔法で出しただけあって、結構頑丈でその上何故か石なのに座る所が柔らかくて座り心地が良かった。

 それにモーナが出してくれたからか、お姉の背中に乗っている時の様な安心感があった。


 モーナはわたしの隣で屋根の上に直接座って、景色を眺めながら「感謝しろ」と図々しい。

 そんなモーナに文句の一つでも言ってやりたかったけど、ここから見える景色の素晴らしさに免じて言うのを止めておいた。


「マナ、まだ怒ってるか?」


「別に。ちゃんと椅子出してくれたし、もう良いよ」


「そっちじゃない…………そっちじゃなくて“扉”の事とかだ」


「ああ…………」


 成る程、一応まだ気にしてくれていたらしい。

 てっきり既に忘れていると思ってた。

 でも、もうその話はわたしの中では一応ケリはついている。

 何だかんだとモーナにはお世話になってきたし、もうそれで良いんだ。


「最初聞いた時は、そりゃ……本当にショックだったし絶交だって思ったけど、モーナにも色々事情があるだろうし、もう気にしなくて良いよ」


「本当か!?」


「本当だよ。まあ、“扉”だけじゃなく、マモンだとかの本当の名前もモーナの口から最初に聞きたかったけどね。モーナについての知らない事って、いつも他の誰かから些細なきっかけで知る事ばっかだからさ」


「それは……そうだな…………」


「でも、思ったんだ。モーナが以前自分から魔族って言った時は、わたし自身も全然信じてなかったし、仕方ないかなって。だから本当に気にしなくて良――」


「マナアアアアアッッ!!」


「――っちょ! 危な!」


 突然モーナが勢いよく抱き付いてきて、わたしは一瞬バランスを崩して椅子から転げ落ちそうになる。


「勢いよく抱き付くな! 落ちるじゃんか!」


「気にするな」


「気にするわ!」


 何だか綺麗な景色を前にしていると言うのに、モーナの馬鹿のせいでため息を吐き出したくなった。

 と、そこで目の前の綺麗な景色を眺めながら、ふと思う。


「そう言えば、ここってリリィさんに聞いたんだよね? ここの教会の関係者ってリリィさんなの?」


「リリィ=アイビーは関係者じゃないぞ」


「へ? 嘘でしょ? だってあんた、さっき関係者の関係者って言ってたじゃん」


「ここの関係者はリングイだな」


「マ? リングイさんなんだ?」


「だな」


「へ~……」


 と呟いて、わたしはリングイさんの元恋人のリネントさんの事を思い出す。


「リネントさん元気かなあ」


「リネント? 誰だそいつ?」


「あ、そっか。そう言えばリネントさんの事は言ってなかったっけ? リングイさんに内緒にしてたから」


 わたしがそう呟くと、モーナが顔をしかめた。


「リングイに内緒?」


「うん。リネントさんはリングイさんの元恋人。結構かっこよくて素敵な男の人だったよ」


「…………は?」


 モーナが驚き、そして、少しの間をあけて笑いだした。


「あーっはっはっはっ! なんだその冗談は! あの男みたいな女に恋人なんて出来るわけないだろ! あーっはっはっはっ!」


「おいこら馬鹿モーナ。それ偏見だし失礼だろ。リングイさんに謝れ」


「だって、だって……ひひっくくくっ。あーっはっはっはっ! あり得ないわーっはっはっはっ! 何処のもの好きだその馬鹿男! 本当に存在するのか!? あーっはっはっはっ!」


「モーナ最低。笑いすぎ」


「マナが笑わせてるんだろ! あーっはっはっはっ!」


 本当にモーナは最悪だ。

 本気で失礼だし、何も笑えるような所は無い。

 言わなきゃよかった、と思いながら、とりあえずモーナにデコピンをお見舞いしてやった。


「――んにゃっ! 何をするー!」

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