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143 公爵令嬢暴走す

 踊歌祭ようかさいで開かれた歌と踊りを披露するお披露目会。

 そのお披露目会で見事優勝の座に輝いたのは、何故かわたしだった。

 でも、聞けば多少は納得するような事でもあった。

 審査員の1人である女王様の説明によると、わたしが歌い踊った曲は聞いた事の無いタイプの曲で、そして踊りで目を見張るものがあったのだとか。

 実力では無く自分の世界の曲を選択したから勝てただけな感じで、何だかズルをした気分になったけど、観客席で結果を聞いたお姉達がわたしの分も喜んでくれたので良しとしておく事にする。 

 何はともあれ運良く優勝したわたしは、商品の金銀財宝を手に入れて、お城の庭園を後にした……とはいかなかった。

 それは、表彰が終わって控室に戻って、ダンゴムシを連れて帰ろうとした時に起こった。 


「下民、あなたマナって言ったわね?」


「へ? ああ、うん。そうだけど?」


 質問されたので答えると、ラタは機嫌悪そうな顔でわたしを睨んで「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「まさか、この私様わたくしさまがあなたの様な薄汚いうさぎの獣人風情に負けるとは思わなかったわ。さぞ気分を良くして、どうせ心の中では私様の事を馬鹿にしているのでしょう?」


「そんな事は無いけど……」


「無いけど? 無いけど何だって言うのよ? どうせ公爵家の一人娘である私様を負かしてえつに浸っているのでしょう!?」


「いや、そう言うのじゃ無くて……」


「だったら何だって言うのよ!? さっきは私様を偽りで褒めて惑わせて!」


 かなり怒っているらしくて、ラタは怒気をあらわにしてわたしに接近する。

 周囲にいた子達は相手が公爵家のお嬢様だからか、関わりたくないと言う雰囲気でこちらを見ようともせずにそそくさと出て行った。

 係員の人も既にここにはいなくて、この場にいるのがわたしとダンゴムシ、それからラタとラタのペットのかたつむりだけになる。

 わたしも他の子達の様に帰りたいと思い、嫌味になりそうなのでえて言わないでおこうと思ってた事を言う事にした。


「優勝はラタだと思ったんだよ。わたしがラタを褒めたのは偽りじゃ無くて本心だよ。だって本当に凄くて、誰よりも輝いてた」


「――っな!?」


「わたしさ、ラタの歌を聞いて踊りを見て、ラタと話をして友達になれたらなって思ったんだ」


「お友達……?」


「うん。ラタって可愛いし、人を馬鹿にするような態度はちょっとよくないけど、わたしは好きだよ」


「――好きっ!!??」


 ラタの顔と耳がみるみると……と言うか、一瞬にして赤くなる。

 それだけにとどまらず、耳どころか今度はヒレまで赤く染めた。

 そして、妙にカタカタと全身を震わせて、何やら目をぐるぐると回し出す。

 まさか誰かに好意をもたれる事に慣れていないのでは? なんて思っていると、今度はわたしからもの凄い勢いで距離をとって指をさしてきた。


「だ、騙されないわよ! そうやって私様に取り入って公爵家に近づこうって魂胆なのでしょう!? なんていやしい獣人なの!」


「別にそう言うのじゃないよ。あと、わたしは獣人じゃないんだよね。ほら」


 ラヴィに付けられたうさ耳カチューシャを外す。

 本当は黙っていた方が良いんだけど、何となくラタになら良いかなって思ってしまった。


「耳がとれた!?」


「いや、耳じゃないし。って言うか、わたしの髪型的に耳を出してるから、普通に分かると思うんだけど?」


 そう。

 勝手に勘違いしてくれていたけど、わたしの髪型はいつも通り。

 今朝お姉にセットしてもらった、最近ではいつもでなくなっていたいつも通りの久しぶりの綺麗で自慢なサイドテール。

 だから人間の証拠である耳は見えていた。

 そりゃもう丸見えだ。

 だけど、うさ耳カチューシャの存在が大きすぎたのか、未だにバレていなかっただけ。

 だからこそ、ラタにならバラして良いかなって思ったのもある。


「あ、あなた毛薄人けうすびとだったの!?」


「毛薄人? あ、あー。確か今ではあまり言われてないけど、一部の人がヒューマンの事を毛薄人って呼ぶんだっけ?」


「黒い髪の毛薄人……伝説の英雄様と一緒!」


「伝説の英雄様?」


 喜怒哀楽の激しい子だな、と、わたしは思った。

 ラタは今度は目を輝かして、凄い勢いでわたしに近づいて来て、わたしの手を取って両手で覆うように握った。


「あなた……いえ、マナは伝説の英雄様のご子息か血縁者の方なのかしら?」


「へ? えっと……そもそも伝説の英雄様って何?」


「まあ、知らないの!? では血縁者では無いのね……残念だわ」


「はあ……?」


 突然の態度の変わりように困惑しながらも、わたしは冷静に再度質問する。


「それで伝説の英雄様って何?」


「昔この国の王女を救った英雄様よ。昔、まだ魔族と人々が戦っていた時代に、当時の女王様と国民が魔族に騙されていたの。そして、王女様が殺されそうになっていたのを、伝説の英雄様が救ってくれたのよ」


「成る程、その伝説の英雄様の髪の毛もヒューマンには珍しい黒色だったんだ?」


「ええ、そうよ! 純粋な毛薄人で黒い髪の毛は伝説の英雄様だけ。世界中捜しても絶対に見つかりっこないわ」


 まるで恋する乙女の様に瞳を瞬かせて天井を見上げるラタの姿を見ながら、わたしは何となく珍しい黒い髪の人間と言うのがこの世界でどう思われているのか分かった気がした。

 黒い髪の人間は珍しいと言うだけで高値で売買されるのは、珍しいと言うだけでなく、この伝説の英雄とやらが大きく関わっているのだろう。

 正直、珍しい髪の色ってだけで高額になるなら、それこそ珍しいってだけで何でも高くなってしまう。

 奴隷商人に捕まった時に、あの時のうさ耳をつけたラヴィを見て珍しいとか言ってたけど、反応はわたしの黒い髪を見た時程でも無かった。

 伝説の英雄と同じ黒い髪の毛と言うのは、それだけ他とは比べ物にならない程に価値が高いのだ。


「それなのにまさか黒髪の毛薄人に出会えるだなんて。今日はなんて素敵な日なんでしょう。きっと初代女王様のお導きに違いないわ!」


 ラタがわたしの手を包んだ両手に力を込めて、喜びに輝く瞳をわたしに向ける。

 わたしはと言うと、このノリにちょっとついていけなくて、若干ひき気味に苦笑した。


「マナ、私様の従者にならない?」


「へ?」


「ええ。きっとお父様も喜んで下さるわ。それに安心して? 従者と言っても、私様の身の回りの世話は他の従者にさせるわ。マナは私様の事が好きなんでしょう? だったら、ずっと一緒にいましょう? きっとそれが良いわよ」


「いやいやいや、待って待って。話が飛躍しすぎてるって。好きだけど、別にずっと一緒にとかそう言う意味じゃないし」


「そんな事ないわよ。もしさっきまでのマナへの態度を気にしているのなら謝るわ。ごめんなさい。私様とマナはずっと友達、すっと一緒よ。2人で一緒に暮らしましょう?」


「気にしてない。って言うか、友達ってそう言うのじゃないよね?」


「いいえ。友情にだって愛はあるもの。きっと上手くやっていけるわ」


「愛って……いやあ、まあ、そうかもしんないけどさ」


「私様ね、人に褒められたのって初めてなの」


「う、うん?」


「いつもお父様とお母様には厳しく育ててもらって、お稽古の先生にも褒めてもらった事が無いの。出来て当たり前。それが公爵家だから」


「そ、そっか。大変だねえ……」


 何かのスイッチが入ってしまったのか、ラタの語りは止まらない。

 わたしに出来るのは最早相槌(あいづち)を打つ事くらいだ。


「それに不満があるわけではないのよ? でも、マナにお披露目が終わった後にあんな風に褒めてもらえて、とても嬉しかったの」


「嬉しかったなら良かったよ」


「だけど私様は我慢した。いいえ、本当は恥ずかしくなって逃げたの」


 だろうね、なんて事を思いながら次の瞬間、わたしは苦笑交じりに口を滑らしてしまう。


「あの時のラタ可愛かったね」


 この言葉がラタの暴走を更に加速させる。

 ラタの目……と言うか瞳の中にハートマークが浮かび上がった。

 それを見て、わたしは漫画でたまに見るやつだなんて呑気な事を思った矢先に、次の瞬間ラタに強く抱きしめられた。


「好き!」


「ええ…………」


 最早包み隠さず引きながら、困惑してドン引きには及ばずとも引いた声を漏らすが、もうそれはラタの耳には届かないらしい。


「他の者はお父様に取り入ろうと私様に近づこうとするけど、マナは他の者とは違う! 本気で私様の事を好いて……いいえ! 愛して褒めてくれるわ!」


「愛を語った覚えはないんだけど?」


「言わなくても分かるわ! 私様とマナの出会いは運命だったのよ!」


 ラタのわたしを抱きしめる手と腕に力がこもる。

 わたしの困惑は治まらず、本気でどうしようかと考えた。

 そもそも、何でこんな事になってしまったのか?

 友達になれたらとは言ったけど、愛を語った覚えも口説いた覚えもない。

 と言うか、わたしが黒い髪のヒューマンと分かってからの態度の変化が激しすぎるしデレすぎだ。

 そこでふと、わたしは思いつく。


「ラタはわたしが黒い髪の人間じゃなかったら、友達になりたいと思わなかったんだよね?」


 少しズルくていやらしい言い方だけど、この場を乗り切るにはもうこれしかない。

 これでラタとの関係が悪くなっても、それは仕方がない事だ。

 だからわたしは少し強めに、それでいて出来るだけ傷つけないように優しく言った。

 すると、あれ程興奮していたラタがわたしから離れて、悲しそうな目でわたしを見た。

 その目には、もうハートマークは無くなっていた。


「……ごめんなさい。そうよね。私様はマナに酷い事をしたわ。あんなにさげすんで、黒い髪の……伝説の英雄様と一緒だと分かった途端に好きだと言うなんて、都合がよすぎる事だわ。そんな私様をマナが信じられないと思うのは当たり前の事よね」


 ラタが目尻に涙を溜めて堪え、そして涙がわたしに見えない様に後ろを向いて鼻をすする。


「マナ、あなたと会えて本当に良かったわ。歌と踊りを褒めてくれてありがとう。可愛いと言ってくれてありがとう。本当に嬉しかったの。だから、私様も友達になりたいと思ったの。でも、勇気が出なくて、つい見下すような酷い事ばかり言ってしまったわ。それだけは信じて? さようなら……」


 ラタはわたしに顔を見せない様に控室を出て行った。

 わたしはこの場から去って行くラタを見て、止めようとしてやめた。

 そして、わたしとダンゴムシしかいないこの場所で、罪悪感を感じながら呟くのだ。


「ごめんね、ラタ……」


 と。







「ラタお嬢様に置いて行かれてしまいました」


「――っへ?」


 突然聞こえた声に驚き周囲を見回す。

 だけどいるのはわたしの他には猫になったダンゴムシだけ。

 ダンゴムシは相変わらず何も言わない。

 いや。

 言わないけど、ある一点に集中して目を向けていた。

 わたしは嫌な予感を感じつつも、ダンゴムシの向けた視線の先を目で追う。

 そして……。


「人間のお嬢さん、どうせならラタお嬢様に直接会って謝った方が良いですよ? なのでついでにラタお嬢様の所まで連れてってもらえませんか?」


 はい。

 控室の机の上、ラタのペットのかたつむりが喋り、わたしの肩の上に跳躍して見事に着地。


「――――っきゃああああああああああ!!」


 まさかの喋って跳躍し肩に乗ると言う恐ろしい事を成し遂げた機敏に動くかたつむりとの遭遇に、わたしは倒れその場で気絶した。

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