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140 始まる踊歌祭とお披露目会

「わあっ! 凄いですね! 愛那まなちゃん! ラヴィーナちゃん!」


「お姉はしゃぎすぎ」


「凄い」


 ここは絶賛お祭り中の水の都メイン通り。

 孤児院【海宮かいきゅう】を出て、お姉とラヴィと3人とダンゴムシを連れてやって来た。

 他の皆はまだいない。

 子供達の朝の準備に手間取っていて、わたし達だけ先に出て来たからだ。

 ちなみにモーナは爆睡中。

 あの馬鹿は久々に食べたわたしが作った朝ご飯を、美味い美味いと言いながら、子供達……と言うか皆の分まで食べて「食べたら眠くなったわ」と言って二度寝を決め込んだのだ。

 モーナに「残せよ」と言えば「マナがまた作れば良いから大丈夫だ」と返してきた自己中っぷり。

 本当に相変わらずの自己中っぷりに呆れたのは言うまでもない。

 と言うか、それのせいで子供達の準備が遅れたまである。

 仕方が無いからわたしが二回朝食を準備して、もう時間だからと急いで海宮を出て来たのだ。

 おかげでこっちはお腹が空いてる。

 まあ、それは今は置いておくとしよう。


 踊歌祭ようかさいの会場……都のメイン通りは、今や人や色々なもので溢れかえっていた。

 ヒトデが宙を舞い、わたし達の頭上で信号機の様に青黄赤へと交互に光り輝く。

 決して交通整理をしているわけじゃない。

 それはまるで踊っている様で、道行く人の何人かは上を見上げて目を輝かす。

 そしてそんな賑やかな光の下では、更に賑やかしく人々が祭りを楽しんでいる。

 わたあめ水あめリンゴあめにチョコバナナ、タコ焼き焼きそばお好み焼き、じゃがバターにフランクフルトと日本のお祭りを思い出させる食の数々。

 聞けば、異国から来た英雄がこの国にもたらした食文化だと言う。

 あわやお姉が涎を垂らしてあれよこれよと買い食いの嵐を決行するかの勢いでヤバかったので、それを止めるのにわたしは必死になった。

 まあ、モーナのせいで朝食を抜いているので、腹持ち良さそうなじゃがバターだけ買って3人で分けて食べたけど。


 さて、そんな日本の祭り……個人的には夏祭りや縁日、それから正月の神社のお参りで見かけると思いながら、わたしはお披露目会の受付までやって来た。

 お披露目会の会場はお城の庭園のど真ん中。

 それ用に舞台が準備されていて、舞台の裏に簡易な建物が建っていて、受付や出場者の控室はそこにある。


「愛那、頑張って」


「……うん」


 緊張しながら唾を飲み込んで頷くと、係員の人に呼ばれて控室に案内された。

 お姉とラヴィがついて来れるのはここまでだ。

 でも、ただ一名だけはわたしにぴったりとついて来る事が許されている。

 それは……。


「大きいけど大人しいし、お利口さんな猫ちゃんですね」


「はあ、まあ……」


 係員に冷や汗を流して曖昧あいまいな返事を返すわたしの心境は申し訳ない気持ちになっていた。

 何故なら、この今お利口さんと褒められた猫が、今日わたしのサポートとして踊る役目を担ったダンゴムシだからだ。

 わたしについて来る事が許されたダンゴムシは、未だに猫の姿のまま。

 青白いその毛並みの良いダンゴムシは、誰がどう見ても完璧に猫だった。

 ただし鳴かない。


 係員に連れられて控室にやって来ると、既に何人かの参加者が緊張した面持ちであちらこちらで待機していた。

 わたしも適当に座れる場所を見つけて、手持無沙汰を感じながらもジッと待つ。


 そうして待つ事約10分。

 何人かの参加者が入ってきて、最後に係員がやって来た。


「お待たせしました。それでは今から30分後に開始になるので、更衣室で衣装に着替えてから、受付で渡した番号を衣装につけてステージの裏に集まって下さい」


 ちゃんと更衣室とかあったのか……って、まあ、普通そうだよね。


 番号をつけて更衣室ではなくステージの裏に直行する。

 更衣室があると思っていなくて、海宮を出る前に着替えていたのだ。

 と言うわけで、ステージの裏に来ると、そこには控室に来た係員さんとは別の係員さんがいた。


「あら? 早いわね。えーと番号は……7番ね。開始がまだ先だし他の子もまだいないから適当しててね」


「はい、わかりました」


 返事をしてから周囲を見る。

 長机と椅子、それからウォーターサーバーの様な役割を持つタル。

 タルには『ごじゆうにどうぞ』と書かれていたので、近くにあったコップに水を淹れて椅子に座った。

 そして、今まで気にしていなかったけど、そろそろ本番に向けて気にしないといけない背後の生物に話しかける。


「水飲む?」


「…………」


 返事は返ってこない。

 返事の代わりに何を勘違いしたのか、尻尾を振ってわたしに顔をすり寄らせた。


「ちょっと、やめてよ。くっつくな。って言うか、反応が犬なんだけど? 猫になったんだから猫らしくしなよ」


 首を傾げてつぶらな瞳を向けてくる。

 その姿は可愛らしく、思わず撫でくり回したくなる甘美な誘惑をかもし出す。

 だけどわたしは騙されない。

 これはダンゴムシなのだから。

 と言うわけで、気にしないといけない生物は猫になったダンゴムシ。

 猫になったからと言って「にゃあ」と鳴くわけでもなく、尻尾の反応……と言うか動きも、元々の触角の動きと一緒である。

 だから、喜ぶ時は触角ならぬ尻尾を激しく揺らし、落ち込む時は垂れ下げる。

 まさに犬。

 猫では無く犬だった。


「良い? わたしが歌ってる間は、仕方ないからいっぱい触れるけど、だからって普段から直ぐくっつくのを許したわけじゃないからね」


「…………」


 返事は無い。

 ただ尻尾を垂れ下げて悲しげな顔をするだけ。

 罪悪感が湧いてくるけど、これは仕方が無い事。

 どうせこのお披露目会が終わったら元のダンゴムシに戻るんだし、勘違いされてダンゴムシの状態でくっつかれたら命が幾つあっても足りないのだ。

 ここは心を鬼にするべきところ。

 わたしは心を鬼にして、ペット用の器に水を淹れて、落ち込むダンゴムシの前においた。


「分かったら一応飲んどいてね。昨日の夜にその姿だと食事が猫用のものじゃないと駄目って分かったんだし、ちゃんと水分補給しないとだから」


「…………」


 返事は無い……けど、ダンゴムシはもう機嫌を良くしたのか、尻尾を振ってペロペロと水分の補給を始めた。

 するとそこで、知らない子がわたしの前に仁王立ちした。


「……?」


 不思議に思い視線を向けると、眉根を釣り上げた魚人の女の子がわたしを睨んでいた。

 歳はわたしと同じくらいだろうか?

 何の魚人なのか魚の種類は分からないけど、耳の後ろにヒレがあるので魚人で間違いはない筈。

 裂けるような大きな口が特徴的で、灰色の髪と褐色な肌の子だった。

 よく見ると露出度のやや高い衣装で、このお披露目会に向けて気合十分と言うのが伝わってくる。


「あなた、うさぎの獣人ね」


「へ? ――っあ」


 一瞬何を言われたか分からなかったけど、直ぐに分かった。

 実は今、わたしはラヴィのうさ耳カチューシャを頭につけている。

 ラヴィ曰く「お守り」だそうだ。


「ええっと……まあ、うん」


 嘘をつくのはよくないけど、種族を隠す身としては都合がいいので否定せずに肯定しておく。

 すると、女の子はダンゴムシを一瞥して、フンッと鼻息を荒く吐き出した。


「うさぎの獣人如きが生意気にこんなに大きな海猫うみねこを連れて参加だなんて気に入らないわね」


「はあ……?」


 気の無い返事しか出来ない。

 海猫……この世界で言う海猫は、鳥ではなく海の中で暮らす猫の事。

 女の子が言う通り、今のダンゴムシを小さくすれば、色的にも似ているし確かにそう見えなくもない見た目ではある。


 と言うか、これはアレだろうか?

 昔の魚人は他種族をあまりよく思っていなかったと言う、アレが現代に影響を与えた一例だろうか?

 なんて事を考える間もなく、女の子が机に視線を向けて「カトリーヌ!」と大きな声を上げた。

 それにつられて視線を向けると、そこには――――


「――――っひ!!」


 目に映ったそれ(・・)を見て、わたしは驚きのあまり勢い余って床に転がる。


「はっ? 何その反応? 失礼ね!」


「だ、だってそれ(・・)……」


それ(・・)? 何よそれ(・・)って! わたしのカトリーヌをそれ(・・)呼ばわりだなんて喧嘩売ってるの!?」


 女の子が机の上にいたそれ(・・)を手の平に乗せて「ごめんねえ、カトリーヌ」と言ってキスをする。

 わたしはそれ(・・)を見て、全身から寒気と鳥肌が立つのを感じて、急いで立ち上がって女の子から距離をとった。

 わたしがここまで拒絶するのは勿論理由がある。

 何故ならそれ(・・)は、女の子がキスしたそれ(・・)は……。


「本当に失礼な奴ね。これだから獣人は嫌なのよ。良い? 覚えておきなさい。私様わたくしさまは海底国家バセットホルン水の都フルートの上流階級にして公爵家の一人娘、ラタ=コ=マダーラ様よ。そしてこの子は私様の可愛いパートナー、マーブルエスカルゴのカトリーヌちゃんよ」


 そう、それ(・・)は、女の子がキスしたそれ(・・)はかたつむりだったのだ。

 エスカルゴとかたつむりじゃ全然違うとか、この女の子の名乗りとか最早どうでも良い程にわたしは混乱していた。


 かたつむりを手の平に乗せてキスするなんてありえない!


 わたしの頭の中はもうそれだけでいっぱいだった。


「たかだかうさぎの獣人如きが海猫を連れて参加してるからって良い気にならないでよ! このお披露目会で勝つのは私様よ! 凡人風情が公爵令嬢であるこのラタ=コ=マダーラ様とカトリーヌに勝てると思わない事ね!」


 よっぽど大きな海猫に見えるダンゴムシを連れている事が気に食わないのか、それともわたしが他種族だから単純に気に入らないのか、それともその両方なのか。

 いずれにしても、何やら面倒なお嬢様に目を付けられてしまうし、かたつむりが気持ち悪いしで最悪な気分だ。


 だけど、そんな事も言っていられない。

 ついにお披露目会が始まった。

 わたしの番号は7番で、つまり7番目に歌と踊りを披露する事になる。


「うぅ……、なんか緊張してきた」


 ボソリと呟いて手をこする。

 猫になったダンゴムシに視線を向けると、わたしと目が合った途端に尻尾を振って呑気だ。

 そんなやっぱり犬っぽいダンゴムシから視線を逸らして前を向くと、丁度その時に1番目の女の子……と言うかグループが呼ばれてステージに出て行った。


 まばらな拍手の音と、出て行った女の子達の家族だか知り合いだかと思われる歓声の声。

 女の子達の紹介が適当にされて、音楽が流れ始めた。

 流れたのは知らない歌。

 聞いていて分かるのは何だか民謡っぽいと言う事。

 ふと、わたしはそれを聞きながら考える。


 あれ?

 そう言えば歌うのはいいけど、曲流れないじゃん。

 うわあ…………。


 もう失敗に終わる未来しか見えないけど引くに引けない。

 勝たなきゃ孤児院に子供を預けられないのだから勝つしかない。

 そんな追い詰められた状況の中でも、時間は無情に流れて出番が迫ってくる。

 気が付けば既にわたしの目の前、6番めの子が呼ばれて出て行った。

 それを見て緊張が高まって、手の平に人の字を書いて飲み込む。

 このよく耳にする緊張をほぐす手法でどうにかしないとと何回も。


 そうしている内に6番の子の出番が終わり、わたしの出番がいよいよやって来た。


「7番のマナちゃん、出番だよ~」


「はい! ダンゴムシ、行くよ」


「…………」


 ダンゴムシは何も言わない。

 何も言わずに尻尾を振ってわたしの後ろをついて来る。

 わたしは握り拳を胸に当てて、緊張した足取りでぎこちなくでもステージに立った。


「出場ナンバー7番のマナちゃんです。皆さん拍手をお願いしまーす!」


 係員のお姉さんが観客達に向かって元気にわたしを紹介すると、まばらに拍手の音が鳴る。

 と、思いきや、大音量の拍手と声援? の数々が飛んできた。


愛那まなちゃああああああああっっ! 世界一可愛いですううううううっっ!」


「マナ! 今の所一番可愛いぞ! 私の方が可愛いけどな!」


「かっかっかっ! それ応援になってないぞ!」


「モーナちゃん何言ってるんですか! リンちゃんの言う通りです! 世界一可愛いです!」


「マナたん頑張るでちー!」


「マナちゃーん! こっち見てー!」


「「「マナお姉ちゃんがんばれー!」」」


 ……うるさっ。

 モーナ寝てたのに来てるじゃん。

 あれ?

 よく見たらアタリーもいる。

 来てくれたんだ……って言うか、何でアタリーはお姉の胸の間に挟まってるの?

 ……まあいいや。

 ん?

 何あれ?

 横断幕?


 観客席で広げられた場所を取る邪魔なソレには“あいらぶマナちゃん”の文字とハート模様。

 比較的大きな声を出せないラヴィの両手にはメガホンの様なものが握らされていて、何かを言っている様だけどわたしの耳には届かない。

 と言うか、周りが煩すぎる。

 何やらアイドルの追っかけみたいな集団は、めちゃくちゃ騒がしく周りの迷惑お構いなしなたたずまい。

 最早応援では無く迷惑行為だった。


 そんなお姉達の暴走を見て、わたしの近くに立っていた係員のお姉さんに小声で話す。


「身内がすみません。アレ、止めなくて良いんですか?」


「ああ……、今の所は。審査員……と言うか、女王様が何も言わないので」


「そうですか」


 それなら良いか……って、女王様!?


 言われて審査員に王族がいる事を思い出して、それが女王様だと聞いて驚き視線を向ける。

 そして、審査員席の真ん中に座る女王様を見て、わたしはその美しさに目を一瞬だけ奪われた。

 そこにいたのは間違いなく女王様。


 海の様に透き通った青色の美しい髪。

 瞳は宝石よりも綺麗なエメラルドグリーン。

 優しく慈愛に満ちた顔つきは整っていて美しい。

 審査員の席に座っていて分からないけれど、それでも分かる全体の美しさ。

 気品が溢れるその姿は凛々しく美しい綺麗な女性。

 同性のわたしから見てもそう思うのだから、異性が見たら間違いなくとりこになるだろう。

 ただ、その美しい女王様は何処かで見た事のある顔をしていた。


「愛那ちゃあああああああああん!! ロポちゃあああああん!! ファイトですよおおおお!!」


「…………」


 女王様の姿に驚き一瞬目を奪われたものの、お姉が煩いし恥ずかしいしでわたしは冷静になる。


 うん、さっさと終わらせよう。


 そんなわけで、わたしは深呼吸を一度して、ダンゴムシに開始の合図を目配せして知らせた。

 わたしのお披露目が今、ついに幕を上げた。

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