138 綺麗なメイドさん
「愛那ちゃん次はこっちをお願いします」
「はいはい」
「愛那、これ着てみて」
「うん、わかった」
「マナちゃーん、次はこれ。これ着てよ」
「わかりました」
水の都フルートで始まった踊歌祭に向けた衣装選び。
巡り巡る着替えの数々。
あっちこっちと色々な店に連れて行かれ、わたしは今、着せ替え人形と化していた。
時刻は既に夕方の5時を過ぎ、陽も落ち始めて周囲も暗くなっていく……事は無かった。
何故ならここは海の底。
深海に陽は無く、この時間に都から光が消える事は無い。
都を照らす光の数々は、夜9時をもって全てが消灯する。
だからお店もどれだけ長く営業しても基本は夜9時までが営業時間。
飲食店は夜8時がラストオーダーなのだとか。
とは言え、居酒屋はそうではないらしい。
まあ、わたしには縁の無い話だけど。
「って、フナさん、あのお……これ布の面積少なすぎませんか? って言うかこれ布?」
「ビキニアーマー?」
「愛那ちゃんがエッチな服着てます! 駄目ですよ! 愛那ちゃんにはまだ早すぎま……やっぱり可愛いからオッケーです!」
「よくない!」
「流石はナミキさん。話が分かるなあ」
「着たわたしもわたしだけど、って言うか踊り子的な服だと思ったのに……。これは流石に衣装としてどうなんですか?」
「えー? 似合ってるから良いじゃん」
「似合う」
「はい、とっても似合ってて可愛いです。でも、確かに歌ったり踊ったりする衣装としては何かが足りません」
「いや、何かも何も、足りないのは布の面積だから。それにわたしこの格好で知らない人……って言うか、男の人の前に出たくないんだけど?」
「――――っ!? そうでした! 愛那ちゃんのこんなエッチな姿を男の人の前に出すなんて出来ません!」
「一理ある」
「あれ? 変な所で気にするのね皆」
フナさんが意外とでも言いたげな表情を浮かべ、それから次の衣装を選びに行く。
わたしはビキニアーマーの様な服? を脱いで着替えた。
と言っても、わたしへの着せ替えはまだまだ続く。
あれやこれやと着せ替えをさせられていけば、時間が経つのもあっという間で、気が付けば経過時間は1時間。
季節が冬であれば、既に夜と言って良い時間帯になっていた。
「うわ、もうこんな時間。早く帰んなきゃリン姉に怒られる」
「じゃあ帰りましょうか」
「そうだねえ。帰ろっか」
会計をフナさんに任せて先に店を出る……と言うか、どんな衣装を買ったかは明日になってからのお楽しみらしい。
何故か明日開催の踊歌祭のお披露目会に参加する当事者のわたしには内緒で衣装が決定され、何を買ったのか知らされぬまま連れ出される事になった。
買っている所を覗いてやろうかと考えたけど、右手にラヴィ、左手にお姉、の2人のガードによって店の外まで連れて行かれて、残念ながらそれは出来なかったのだ。
そうして嫌な予感を抱いて店を出て直ぐだった。
わたし達の目の前を綺麗なメイドの女性が通り過ぎる。
姿勢は正しく、歩く姿から気品が溢れ、メイド姿なのに何処かのご令嬢の様な印象を受ける。
青空を思わせる綺麗な髪は後頭部で纏められてポニーテールとなっていて、一歩を踏み出す度にサラサラと綺麗に揺れる。
一瞬見えた横顔は宝石のように美しく、前方を真っ直ぐと捉える赤紫の瞳も、また宝石の様に美しく綺麗だった。
あまりにも綺麗な女性で、同性ながらに一瞬目を奪われると、不意にお姉が驚く様に「メレカさん!?」と声を上げる。
すると、女性はお姉の声に気が付いて立ち止まり、お姉に振り向いて微笑した。
「あら? ナミキ、またお会いましたね。ご無沙汰しております」
「はい! お久しぶりです! また会えて嬉しいです!」
どうやらお姉の知り合いらしい。
多分わたしがいない時に知り合ったのだろう。
どうやって知り合ったんだろう? と考えていると、女性と目がかち合った。
「もしかして、この子はナミキの妹かしら?」
「はい。妹の愛那ちゃんです。愛那、このお姉さんはメレカさんです」
お姉に紹介されたので、直ぐにメレカさんに会釈する。
「妹の愛那です。よろしくお願いします」
「うふふ。お行儀が良くて立派な妹さんですね」
「はい! 自慢の可愛い妹です!」
「お待たせー! ちょっと時間かかっちゃったあ……って、あれ? お知り合い?」
お姉がドヤ顔で答えると、丁度直ぐ後にフナさんが店から出て来て首を傾げた。
よく考えたら店の目の前で何やってんだって感じなので、わたし達は一旦横にズレて出入口から離れる。
「ラヴィーナ、よろしく」
「私フナです。メイドさんよろしくね」
ラヴィとフナさんの2人が挨拶を終えると、メレカさんがメイドのスカートの裾をつまみ、カーテシーの挨拶をする。
「お嬢様方、改めて紹介させて頂きます。私の事はメレカとお呼び下さい。よろしくお願いいたします」
「わあっ。本物のメイドさんだよ。私初めて見た」
メレカさんの挨拶に感動したのか、フナさんが目をキラキラさせて喜ぶ。
わたしはと言うと、二次元の世界でしか見た事の無い挨拶の手法に、口を開けて同じく感動した。
そしてわたしの横で「可愛いです」と連呼するお姉と、わたしと同じ様に口を開けてメレカさんを見つめるラヴィ。
そんなわたし達にメレカさんは苦笑してから、わたしに視線を向けた。
「マナ、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「へ? はい、どうぞ」
わたしが頷くと、メレカさんはわたしが腕にはめているシュシュを見てから、わたしと目を合わせた。
「魔力欠乏症の病に侵されていると見て、間違いないでしょうか?」
「――っ!?」
わたしは驚き、大きく目を見開いた。
そして直ぐにお姉に視線を向けると、お姉はわたしの視線に気づいて首を大きく横に振る。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。私は人の持つ魔力の流れを読み取る事が出来るので、そう言った症状が出ている人が分かるのです」
「ああ、そうなんですね」
お姉の知り合いのようだし、お姉が話したのかとも思ったけど、どうやらそうではないらしい。
ドワーフ達が魔力を見る事が出来るのと同じで、メレカさんも似たような事が出来るようだ。
わたしが納得していると、メレカさんが真剣な表情で、顎に手を乗せて何かの思考を始めた。
そして、ほんの2、3秒程それをすると顎から手を退けて、綺麗な姿勢でわたしに向き合う。
「突然不躾な事をお聞きしますが“マモン”と言う名の魔族をご存知でしょうか?」
「へ? マモン……って、モーナの事ですか?」
「メレカさんはモーナちゃんのお知り合いだったんですか!?」
お姉の驚きぶりからすると、どうやらメレカさんとはモーナがいない時に出会ったらしい。
メレカさんは「モーナ……?」と呟くと、顎に手を当てて、少し考える素振りを見せてから顎から手を離した。
「そうですね。今はモーナスと名乗っていると仰っていました。それで――」
「あーごめん! メイドさん、早く帰らないと不味いのよね。もし良かったら家に来て話の続きしてもらっていい? 行けばモーナスさんにも会えるし」
メレカさんの話の途中でフナさんが慌てた様子で割り込んだので、ステチリングの時計を見ると、いつの間にか既に6時半を過ぎていた。
ここから孤児院までの道程は片道で30分以上かかり、リングイさんには6時から30分の間には帰ると伝えている。
既に時間は30分を過ぎているので、確かに不味いかもしれない。
メレカさんはフナさんの慌てぶりを見て苦笑する。
「引き留めてしまって申し訳ございません。でしたら……あっ、いえ。恐縮ですが、私もこの後は予定が入っているので、またの機会にお話させて頂きます」
「それなら明日はお時間とれますか? 私の愛那ちゃんは明日の踊歌祭でお披露目会に参加するんですけど、その後にお時間あれば会えませんか?」
「明日ですか……」
お姉の提案にメレカさんが顎に手を当てて思考し、それから直ぐにお姉と目を合わせて頷いた。
「それでしたら時間を取れそうです。どこで待ち合わせしましょう?」
「やりました! そうですねえ……」
「アタリーと待ち合わせしてる場所で良いんじゃない?」
「アタリー……ちゃん? 確か愛那ちゃんとラヴィーナちゃんの新しいお友達ですよね?」
「そう。あさり亀の魚人。明日会う約束してる」
「あさり亀の魚人さんですか? 確かあさり亀の魚人は小さい魚人さんですよね? 私も会ってみたいですー。どこで待ち合わせしてるんですか?」
「乗船場の前の広場の……なんだっけアレ」
「魚神像」
「あーそうそう。魚神像の前で待ち合わせてる」
ラヴィにナイスアシストなんて思いながら答えると、お姉がメレカさんと待ち合わせ場所を同じ場所にと話し合う。
そうして待ち合わせ場所を魚神像の前に決めて、わたし達はまた明日と別れた。
そんな帰り道、ふと空……ではなく海を見上げると、目に映るのは煌びやかで綺麗に輝く満天の光。
ここは地上ではなく深海の底なので、もちろんそれ等は星ではない。
この光り輝くものは全てが海中の生物である。
消灯時間になると、この光り輝く生物達の輝きは更に煌びやかに目に映るらしい。
何気にそれが今日の楽しみの一つだったりする。
しかし、今日は帰ったら歌や踊りの特訓だ。
特訓と言っても、多分何を歌うか決めるだけになりそうだけど。
踊りは正直わたしは諦めている部分がある。
諦めるなって思われちゃうかもだけど、たったの一日でどうにか出来る程甘くないだろって話だからだ。
もしたった一日でどうにか出来たら、それは最早才能の塊で、将来そっちの道に進んだ方が良いと言える。
そんなわけなので、わたしは帰ったら歌える歌の中から選んで決めるだけ。
とは言え、普段カラオケとか行かないし、絶対間違えないで歌えるとしたら誰しもが聞いた事がある日本の国家の“君”から始まる名前のあの歌くらいだろうか?
「流石に無いな」
「何がですか?」
「あーうん、何でもない」
頭にクエスチョンマークを浮かべるお姉を横目にして、どうしようかなと、わたしは海を見上げながら歩いた。




