135 各々の計画
モーナは猫の獣人と言うのは嘘で、実はマモンと言う名前の魔族だった。
だけどそれは、今にして思えば察する事の出来る事。
以前パーティーでお酒を飲んで騒いでいたモーナは、自分の事を魔族だと言っていた。
そして、レオさんがマモンと言う名前の魔族に、カリブルヌスの剣を譲ったと言っていた。
それ等の事を考えると、気付かないわたしもわたしだった。
とは言え、腹が立つのは治まらない。
わたしが不満を表すと、意外な事に、それがきっかけでリリィさんと仲良くなった。
たまりにたまった不満の数々。
お世辞にも良い事だとは言えないけど、モーナへの不満、つまり悪口で会話に花が咲く。
朝起きたら顔がモーナのお腹に埋もれて息苦しい事、料理中にたまにつまみ食いする事、いちいち抱き付いて来て鬱陶しい事、寝る時も隙あらばわたしの上で寝ようとして重い事、マナマナマナマナ煩い事、他にも色々だ。
わたしは今まであったそんなモーナへの不満をリリィさんに打ち明けた。
「そう、苦労してるのね」
「そうなんですよ、リリィさん! 分かってくれますか!?」
「ええ。私も昔はよく絡まれて、凄く迷惑だったもの」
「リリィさん!」
リリィさんに向かって手を伸ばし、リリィさんが苦笑しながらわたしの手を握る。
わたしとリリィさんの間にモーナ被害者の会が生まれ、厚い友情がここに誕生した瞬間である。
リリィさんも昔はモーナによく絡まれていたらしい。
さっき初めて会った時にわたしの顔を見て顔を顰めたのも、モーナに絡まれた被害者だと思ったからだそうだ。
そう考えると、何だか胸の中でモヤモヤしていた気持ちがスッと消えて、寧ろあれじゃ足りないとさえ思えてくる。
尚、リリィさんの場合の絡まれ方はわたしとは違っていて、毎度出会う度にどっちが強いか勝負を挑まれていたというもの。
なんだそれって感じだけど、モーナはよく自分の事を強いだとか二番目に強いだとか言っているし、なんとなく察しがついた。
と言うか、つまりモーナにとって最強がこのリリィさんで、その次である二番目が自分なんだろう。
リリィさんと話をしたおかげで、モーナの事で色々考えていた自分が本気でアホらしくなった。
怒りもどこへやらと言った感じで、気が付けばどうでもよくなっていた。
「そう言えば、リリィさんも明日のお祭りには行かれるんですか?」
「お祭り? ああ、そう言えばそうだったわね」
「あ、興味ない感じですか」
「うーん……。興味無いと言うわけではないのだけど、一緒に行きたい人がいないのよね」
リリィさんが苦笑してため息を一つ吐き出す。
その目は憂いを秘めていて、何だか恋する乙女の様な顔だった。
それがあまりにも綺麗に見えて、わたしは何だかドキドキして胸を軽く押さえた。
「リリィさんってお世辞無しに綺麗だから、恋人とかいるんじゃないですか?」
「ふふ、ありがとう。でも、残念ながらいないのよ。好きな人はいるけど、何度も好きだと伝えても振り向かないのよね」
「え!? 本当ですか!?」
「ええ。恋って難しいわね」
こんな美人に好かれて、しかも告白までされて振り向かないって正気かその男?
しかもリリィさんって話していると分かるけど、性格も凄く大人で優しいし、超優良物件じゃん!
なんて失礼な事を考えていると、フナさんが居間に戻って来た。
「疲れたー」
「おかえりなさい。何があったんですか?」
わたし達の近くにクッションを置いて座ったフナさんに視線を向けて尋ねると、フナさんは何やら疲れた顔を私に向ける。
「孤児院の近くに戦時中に使ってた避難用の洞窟があるんだけど、モーナスさんとナミキさんが子供等と迷路作るとか言いだして、その洞窟を掘ったらしいのよ」
既に嫌な予感がする。
これはわたしの身内がおもいきり迷惑かけたに違いない。
ただ身内を信じないのは流石にどうかとも思うので、わたしはとりあえず嫌な予感を無かった事にして、フナさんの話の続きを黙って聞く。
「そしたらその洞窟でモーナスさんが魔石を落としたらしいんだけど、気がついた時には迷路化してて、探すに探せなくなって私が呼ばれたみたい」
「なんかすみません……」
頭を下げた。
そりゃもう90度くらいは腰を曲げて。
「良いよ良いよ。それに私よりラヴィーナちゃんの方が大変かもしれないし」
「へ? ラヴィですか?」
「うん。ラヴィーナちゃんに魔石を指輪にしてもらうって言ってたよ。なんか元々そのつもりだったとか言ってたけど、あんな小さな子に頼むなんて、よっぽど混乱してるのかもね。ラヴィーナちゃんがやる気になってたから、私は先に帰って来たけど……」
「指輪ですか。……まあ、それならそんなに大変じゃないかもですね」
「そうなの?」
「はい」
そう言えば、フナさんはラヴィのスキル【図画工作】を知らないのだったか、知っていて忘れているのか。
どちらにしても、頷いたわたしの顔を見ても、それでも心配そうな顔をした。
まあ、指輪を5歳児に作らせようなんて、普通に考えたら正気じゃないのは確かだ。
「あのラヴィーナって子、スキルで色々作れるみたいね」
「へ?」
教えてないのに言い当てたリリィさんに驚いて、わたしはリリィさんをマジマジと見た。
すると、リリィさんがとくに気にした様子もなく、当たり前のように言葉を続ける。
「何のスキルが使えるか見れば分かるのよ」
「凄っ」
「凄くなんかないわ。ステータスチェックリングがあれば誰でも条件は同じでしょう?」
リリィさんはそう言いながら、私が腕にはめたステチリングに視線を向けて微笑む。
わたしもつられてステチリングに視線を向けて、冷や汗を流しながらリリィさんに視線を戻して、微笑んだ顔を見て苦笑いした。
すると、フナさんがリリィさんの肩を掴んで横から抱き付いて、リリィさんの頭を撫でた。
「すーぐそうやって謙遜する。可愛くないぞ~」
「ふふ。本当の事よ。それよりお疲れ様。飲み物を淹れてくるわね」
「ありがとーリリィちゃん」
スキンシップ力の高いフナさんがリリィさんから離れたと思ったら、今度はわたしに抱き付いた。
「うーん、やっぱり良い抱き心地。疲れた心が癒されるわ」
「そう言えば明日の祭りの日にプレゼントを渡すんですよね?」
「うん、そうだよお。リン姉に見つからない様にもうバッチリ隠したよ」
「もしかして、最初にやる事があるって言ってたのってそれですか?」
「そうだよ。丁度リン姉がいなくて良かったよ。いたら隠すの中々出来ないもん」
「あら? よく分かってるじゃない。リングイったら、フナが何かの事件にまき込まれたんじゃって騒いで大変だったのよ。子供達が何かを知ってるようだけど、皆何も言わないんだもの。はい、どうぞ」
「ああ、やっぱり……。皆に悪い事したなあ。ありがとう、いただきます」
リリィさんが淹れてきた飲み物をフナさんが受け取って喉を潤す。
ついでにわたしの分も淹れて来てくれたみたいで、わたしもリリィさんから飲み物を受け取た。
飲み物はオレンジジュースで、一口飲めば口の中に爽やかな柑橘類の甘くサッパリとした味が広がる。
なんだか久しぶりに感じる甘いオレンジの味は、とても美味しくて口の中を潤した。
「……はあ。予定より帰って来るの遅くなっちゃったからなあ。こってり怒られそうだなあ」
「ふふ。随分と心配させたのだから仕方ないわよ。頑張りなさい」
わたしがオレンジジュースを味わっている目の前で、顔色の悪くなったフナさんをリリィさんが慰めた。
それから暫らくして、玄関の方から「ただいまー」とたくさんの声が聞こえてきた。
「あ、リン姉達が帰って来た」
フナさんが花を咲かせる様な笑顔を見せ、足取り軽く玄関へ向かう。
すると、それに呼応するかのように院内も一気に賑やかになり、玄関の方から子供達の明るく元気な声が聞こえてきた。
そして少し間を置いて、リングイさんの「フナ!」とフナさんを呼ぶ大きな声が聞こえてきた。
その声色は喜びと心配の感情を秘めていて、フナさんの事を本当に心配していたのだと感じた。
これは感動的な再会になるなと密かに思ったわたしは、感動的な再会が気になって覗きに行く。
だけど、残念ながらわたしの予想は見事に外れる。
フナさんの言う通りの展開になっていた。
リングイさんの目の前でフナさんが正座させられていて、母が子を叱るかのようにフナさんがリングイさんから怒られていた。
ちっとも感動的な再会になっていなかったので、わたしは見なかった事にして居間に戻……れなかった。
顔を覗かせて様子を見たわたしは一瞬にして子供達に見つかり、腕や足を引っ張られてリングイさんの目の前まで引きずられる様にして出て転んで鼻を打つ。
「いったあ……」
「フナはもっと年ちょ――――え? マナ?」
「あ、あはは。どうも……」
顔を上げて、赤くなった鼻を押さえて再会の挨拶を交わすと、リングイさんがわたしの顔を見て大きく笑った。
「かっかっかっ。マナいいね、その赤っ鼻」
わたしは思いだす。
リングイさんが話していて結構イラってくる人だった事を。
わたしの中でいつの間にか美化されていたリングイさんは、わたしの赤くなった鼻を見て大笑いして、わたしはそんなリングイさんを見て睨む。
「笑うなー!」
◇
所変わって迷路と化した洞窟の前。
わたしがリングイさんと再会をしている中、お姉とモーナとラヴィが真剣な表情でダンゴムシを囲っていた。
周囲には誰一人としておらず、それなのにひそひそと話す怪しい3人。
囲まれたダンゴムシはピクリとも動かず、ただそこに寝転がっている。
「良いか? この事はマナには内緒だからな?」
「はい! うっかり言わない様に頑張ります!」
「これなら愛那も安心する」
3人は頷きダンゴムシを見つめる。
そしてそんな中、お姉が眉根を下げて顔を俯かせる。
「でも、愛那ちゃんの為とは言え、何だかロポちゃんが可哀想です」
「仕方が無いだろ? ずっとこのままでいたら、それこそこいつが浮かばれないわ」
「そう。ロポには悪いけど、これはロポの為でもある」
「そうですね」
お姉がダンゴムシにそっと触れて、悲しげに見つめた。
「とにかくだ。こいつはこれで良いとして、ラヴィーナの方はどうだ?」
「問題無い。スキルで作った」
ラヴィはモーナに答えると、魔石を宝石の様に飾った指輪を出してモーナに渡す。
指輪を受け取ると、モーナは機嫌良さげに尻尾をピンと立たせた。
「よくやったぞ!」
「当然」
「モーナちゃん、まずはお礼ですよ」
「そうだったな! ありがとな、ラヴィーナ!」
「うん」
「後は作戦を成功させるだけですね! 頑張って下さい!」
「モーナス頑張れ」
お姉とラヴィに応援されて、モーナが上機嫌に無い胸を張って指輪を天に掲げた。
「任せとけ! 成し遂げてやるわ!」
モーナが高らかに宣言すると、お姉とラヴィが拍手を送る。
怪し気に何かを企む3人は、ピクリとも動かないダンゴムシを囲って怪しげに笑う。
と言っても、ラヴィはいつも通りだけど。
「あーっはっはっはっ! マナアアアッッ! 覚悟しろよおっ!」
モーナがそう叫んだ丁度その頃、孤児院でのんびりしていたわたしの背中に悪寒の様なものが走ったのは言うまでもなかった。