132 被害は意外な所にもやってくる
突如訪れた紫色に染まる海とモンスターの襲撃。
それはシェルポートタウンを混乱に陥れた。
しかし、騎士や冒険者達の活躍で見事にモンスターを撃退して、被害も大きいものにはならなかった。
どうなる事かと思ったけど、騎士や冒険者達は慣れているのか、思いの外そこまで大事には至らなかったわけだ。
だけど、わたし達にとっては、十分に大きな被害が出てしまった。
「へ!? 船が……出せない…………んですか?」
「はい。誠に申し訳ございません。昨日の毒海の発生と魔従の襲撃で暫らく出せなくなってしまいました」
ここは乗船場の船の目の前。
あれから既に1日が経過していて、わたしは皆と一緒に船に乗る為にここまで来ていた。
そんなわたし達を迎えたのは、まさかの船が出せないと言う船員からの言葉だった。
「……再開はいつ頃になるんですか?」
「そうですね。早くて1週間後でしょうか」
「1週間……分かりました。また来ます」
ショックのあまり肩を落とし、背後でわたしと船員の話を聞いていたラヴィとフナさんと一緒にこの場を離れた。
「元気出して」
「うん。ありがと、ラヴィ」
「まさかこんな事になるなんてね。レブルの次は毒海だなんて……。やっぱりレブルと毒海が関係しているって噂は本当なのかも」
「ああ……、昨日助けた子が言ってましたね」
昨日助けた子と言うのは、大口海竜を真っ二つにした時に中から出て来た小さな魚人の女の子の事だ。
あの後無事に目を覚まして、家まで送り届けてあげた。
それでその送り届ける途中で、その女の子が震えながら言っていたのが、レブルと毒海の関係。
毒海が発生すると、同時にレブルが現れる。
それを見た逃げ延びた人達が、毒海はレブルが発生させていると言っているらしい。
そんな馬鹿なとも思うけど、毒海はその場に止まらない謎の海域なので、誰かの仕業と考えれば不思議じゃない。
レブルがもし毒の魔法を使えるなら、それも可能なのかもしれない。
「あの話って信憑性が無いから私は信じてなかったんだけど本当なのかも。だからまた船が出せないんだよ」
「そうですね……」
「マナちゃん元気ないけど大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。なんか思ってたよりショックで……でも、大丈夫です。気持ちを切り替えます」
気持ちを切り替える為に、わたしは両手で頬を叩いた。
「あの子」
「あの子……?」
ラヴィが呟き何処かに視線を移し、わたしは首を傾げてそちらに視線を向けた。
するとその先にいたのは、わたし達を見て走って来るあの子……昨日助けた小さな魚人の女の子だった。
「良かった。捜ちまちた!」
女の子は息を切らせてわたし達の目の前で足を止めた。
今日は昨日と違って身なりが綺麗で可愛らしい。
頭に被るは大きなあさりの貝殻で、まるで挟まれているかのような被り方。
目はパッチリとしていて、髪の毛と同じこげ茶色の瞳。
白と青が栄えるセーラー服の様な服装で、背中には甲羅を背負っていた。
噂をすれば何とやらとは言うけれど、女の子とまた会うと思っていなかったわたしは、捜したと言われて驚いた。
「どうしたの?」
「はあ、はあ。はい! お父ちゃんが昨日のお礼をちたいって」
女の子はそう言って汗ばんだ額を腕で拭って笑顔を見せ、フナさんが目を輝かせた。
「それならお言葉に甘えようよ」
「そう……ですね。せっかくなので」
同意すると、ラヴィも頷いて満場一致となる。
そんなわけで、わたし達は女の子の家に向かって歩き出した。
と言っても、女の子は手のひらサイズでその一歩もとても小さいので、ダンゴムシの背中に乗せて行く事になった。
「あ! 自己紹介をち忘れてたでち。あたち、あたり亀の魚人のアタリーでち」
あたり亀ではなくあさり亀。
アタリーは“さ行”が言えないらしい。
「そう言えばそうだね。わたしは愛那。よろしくね」
「ラヴィーナ」
「私はフナだよ。アタリーちゃんはあさり亀の魚人なんだね」
「はい。とうでち」
あさり亀の魚人は本で見た事がある。
みんな頭にあさりの貝殻を被っていて、背には亀の甲羅を背負っている小さな魚人で、その甲羅の中に潜って身を守る種族だ。
昨日食べられていたアタリーが無事だったのも、実際にこの甲羅の中に潜ったのが助かる要因になっていた。
ちなみにこの世界には、実際に【あさり亀】と言うあさりの貝殻を甲羅の様にしている亀がいて、鍋の具材にすると美味しいらしい。
楽しく喋りながら進んでアタリーの家に辿り着く。
昨日アタリーを送り届けたので、ここに来るのはこれで2回目。
アタリーの家はとても立派な家で豪邸だ。
小さな魚人が住むには大きすぎるとさえ思えるその大きさは、わたし達が入っても広さに十分と余裕がありそうだ。
庭も広く、わたしの膝の高さまである塀もあり、アタリーがお金持ちの子供だと言うのがよく分かる。
「昨日来た時も思ったけど、アタリーちゃんってお金持ちだよね」
「あたちのお父ちゃんはこの町の町長だから、多分お金持ちでち」
どうやらアタリーは町長の子供だったようだ。
それを聞くなり、フナさんが目を輝かして呟く。
「それを早く言ってよアタリーちゃん」
「フナさん?」
「これはチャンスだよ」
「チャンスって……まさか」
フナさんがニヤリと笑い、如何にもな悪い事を考えている顔をするので、わたしは嫌な予感がしてフナさんをジト目で見た。
そんなわたし達に気付かずに、アタリーを乗せたダンゴムシがラヴィと一緒に家の門を通って行く。
2人と一匹の後ろ姿を見ながら、フナさんがわたしに提案する。
「昨日のお礼は船にしてもらおう」
「……やっぱり。絶対それ言うと思いました」
「え? 本当? マナちゃんも同じ事考えたの?」
「考えたって言うか……って、フナさんはもっと真面目な人だと思ってました」
「このままだと祭りに間に合いそうにないし緊急事態だからね。手段は選んでられないよ」
「祭り……ああ、もう直ぐなんでしたっけ?」
「そうなんだよ。一度ここに寄っちゃったせいで、既に祭りの日までギリギリなのよね。だから実は結構焦ってたりするんだよね」
「祭りの日っていつでしたっけ?」
「4日後」
「ああ……それは…………結構ヤバいですね」
「うん」
2人の間に沈黙が訪れて、前を歩いていたラヴィとダンゴムシの背中に乗るアタリーがわたし達に振り向いて、アタリーがわたし達に手招きする。
わたしとフナさんは歩き出して、門を通って2人の許まで歩きながら会話を進める。
「だからこのまま船を待っていたら、確実に祭りに間に合わない。ここから船で早くても2日かかっちゃうから、元々ギリギリなんだよね」
「成る程……って、あれ? そう言えば今更なんですけど、魚人って海の中をかなりのスピードで泳げるみたいですよね? それなのに船に乗るって事は、やっぱり泳ぐより船の方が速いんですか?」
「それは人によるよ。船より速い人もいれば遅い人もいるし、でも、殆どの人は船より遅いよ。船は動力源が魔石だから、魔石があれば限りなく全速を出せるけど、人は体力に限界があるから。それに最近は毒海の危険性もあるし、よっぽど自身のある人以外は船を使うよ。まあ、毒海なんて普通滅多に遭遇しないけどね」
「そうなんですね」
フナさんと会話しながら進み、玄関までやって来る。
ラヴィ達は既に家の中に入っていて、ダンゴムシまで家の中に上がらせてもらっていた。
日本と違い段差のある玄関でなく、床に靴底の汚れを落とす敷物が置いてあるだけの簡素な作り。
もしここが地球だったとして、外国もこんな感じなのかな? と思いながら、わたしは靴底の汚れを落として家の中にお邪魔した。
家の中も外見と同様に広かった。
小さなアタリーと比べたら、遥かに大きなわたしでも住める広さ。
玄関から廊下から部屋まで全てが大きくて、小人が住むには広すぎるんじゃないかと思えてくる。
だけど、それには納得する理由があった。
その理由は、ここが港町の長の家だから……と言うわけではなかった。
案内されて通された来客用の居間で、出されたハーブティーを飲みながら、アタリーの父親である町長から興味深い事を聞かされた。
「海の中にも町が広がってたんですか? じゃあこの家って……」
「うむ。ここは巨人を招く為や緊急事態に備える為に用意した別邸で、主屋は海底にある。しかし知らなかったのか。それなら後でアタリーに案内させてよう。巨人の方々でも海の中なら住人を踏みつぶす事もないだろう」
海底国家バセットホルンは魚人の国で、殆どの町や村が海底にあり、陸の町や村が殆どない。
それはこの世界の常識で、本にもしっかりと書かれていた。
しかし、本に書いてない事実がそこにあった。
それは海沿いにある町や村には、陸の上と海の中の両方にそれ等があると言う事。
わたしの驚きは中々に消えなかった。
何故なら、今まで全く気がつかなかった事実、今まで通ってきた港町やリネントさんの村も同じ様に海の中にも人が住んでいたからだ。
わたしが驚いた顔をしていると、フナさんがわたしの顔を覗いて首を傾げた。
「どうしたの?」
「へ? ああ……えーと…………」
正直に言うとちょっとショックだった。
それならそうと知っていれば、海の中の町も見たかった。
この世界の町や村は本当に新鮮な事ばかりで、行くたびに新しい何かと出会える。
だから、わたしは自分でも気がつかない内に、いつの間にかそれが楽しみになっていたから。
ただ、そんな愚痴を零すのもどうかと思ったので、わたしは適当にそれっぽい理由を探して呟く。
「本に……本に書いてなかったなあって思って」
「そう、本に書いてない」
わたしが呟くと、ラヴィもそれに同意してくれた。
すると、フナさんが更に首を傾げる。
「本? どんな本を読んだの?」
「世界の事が書かれた本で、色んな国の情報が載ってる本です。その中にこの国の情報も書いてありました」
「ああ分かった。結構有名な本だ」
「そうなんですか?」
「うん。他国の事を知る為に製造された本で、リン姉が子供達にって買ってきた事あるんだよ。結構目立つ事とかしか書いてないし、色々抜けてるのよね」
「みたいですね」
なんと言うか、色々と納得した。
そして、わたしが納得してからは、フナさんによる交渉が始まる。
勿論、祭りに間に合う為の船の手配の交渉だ。
そして結果は、まさかの二つ返事で交渉成立。
娘を救ってくれた恩人に恩を返せると喜ばれた。




