131 紫色に染まる海
「美味しい」
「ホントだ。美味しい」
「だよね。これ結構オススメ」
フナさんの難癖をつけよう作戦が無事成功し、タダで船に乗れるようになった。
この日は旅の疲れで夜のご飯を食べずに直ぐ寝てしまい、よっぽど疲れていたのか爆睡する。
そうして迎えた次の日のお昼頃、祝勝祝いだとかでフナさんに連れられて、わたし達は貝専門の料理を提供するお店へとやって来た。
貝の魚人か貝の料理って所が気になったけど、魚人のフナさんがとくに何も言わないので気にしない事にする。
海沿いにあるこのお店は地面に敷かれたシートの上に座って、青空の下で海を眺めながら料理を食べるのが特徴。
わたしとラヴィとフナさんで七輪の様な石器を囲いながら、網の上で焼かれていく貝を眺めながら貝を食べている。
もちろんそれだけじゃなく、それぞれの横には小さなテーブルがあり、その上には各々が注文した貝料理が並んでいた。
「ロポちゃんも食べられれば良かったのにね」
「ロポは草食。仕方ない」
「いや、寧ろ何で連れて来たの? もの凄く目立ってるんだけど」
わたしはそう言って、わたしの背後で草をムシャムシャと食べているダンゴムシをチラリと見る。
私よりデカい図体は青白く光っていて、機嫌良さげに草を咀嚼するその姿は、わたしの目には悍ましく映る。
長い間一緒にいるおかげで見るのには慣れてきたけど、やっぱり気持ち悪い。
と言うかこのダンゴムシ、隙あらばわたしの側にいるので本当にどうにかしてほしい。
「何でって、一匹で残して来たら可哀想じゃない」
フナさんがわたしの言葉に答えると、ラヴィが貝を咀嚼しながら頷いた。
この通り、フナさんもダンゴムシを受け入れていて、ダンゴムシについてわたしの味方はここにはいない。
わたしはそんな2人に諦めて、目の前で焼き上がった貝を取ってパクリと頬張る。
プリプリの食感に塩味の聞いた味加減。
とても美味しい。
けど、醤油があれば更に美味しさが増した事だろうと思いながら、貝殻を殻入れの器に入れる。
それから追加でハマグリに似た貝を網の上に乗せていく。
「それにしても、船にタダで乗せてもらえる様になって良かったよね」
「はい。……まあ、なんか悪いですけど」
「気にしなくて良いよ。子供から金貨なんて大金を取ろうって方が悪いんだから。そんなの最早悪人でしょ。リン姉だったら暴れてたよ」
「暴れてたって……。それはそれでどうなんですか」
フナさんの言葉に冷や汗を流しながら、焼き上がったホタテの様な貝を自分だけでなくラヴィとフナさんのお皿にも乗せる。
「ありがとう。マナちゃんって料理上手だね。リン姉じゃないけど嫁に欲しいかも」
「網の上で貝を焼いてるだけですよ。あ、これも焼けてますね、どうぞ。はい、ラヴィも」
「ありがとう」
「焼いてるだけって言ってもさ……もぐもぐ。ほら美味しい。焼き加減とか完璧だよ。流石はマナちゃん」
「そう。愛那は完璧」
「……褒めすぎだって」
なんだか顔が火照ってきたので、わたしが手で顔を扇いでいると、丁度その時小さなウェイトレスがやって来る。
「お待たせしましたー。本日お勧めの貝の酒蒸しです」
そう言って現れた手の平サイズのウェイトレスは、両手でバンザイをするように料理を乗せたお皿を持っていて、わたしはそれをお礼を言いながらそのまま受け取る。
「ごゆっくりどうぞ~」
役目を終えて去って行くウェイトレスの後ろ姿を眺めながら、わたしは貝の酒蒸しをテーブルに置いて呟く。
「凄いですよね。自分より大きなものを軽々と持って」
そう。
小さな魚人が持って来た料理の入ったお皿は、わたし達からしたら普通のお皿だけど、小さな魚人からしたらかなりデカい。
それこそ己の体より大きくて、例え料理が入っていなくても大きくて持てないだろう大きさだ。
「魚人なら普通だよ。ヒューマンは力弱いからそう見えるかもだけど」
「あー」
ドワーフのグランデ王子様が大きな斧を振り回していたのを思い出す。
確かにとんでもなく力持ちだった。
「なるほど。って、あ。それより、酒蒸しどうぞ」
本日お勧め貝の酒蒸しを取り皿に入れて、ラヴィとフナさんに渡す。
2人はわたしにお礼を言って受け取り食べる。
尚、貝の種類はハマグリに似た貝だった。
そうして暫らくの間、美味しく貝料理を食べていた時だ。
それは、突然に訪れる。
「きゃあああああああああ!!」
不意に海の方から悲鳴が聞こえ、何事かと視線を向ける。
そして、わたしは、わたし達は驚いた。
水平線の向こう側から紫色の海が広がり、何かがこちらに向かって近づいて来る。
何かの正体はモンスターの群れ。
大量の毒海蠍。
それは勢いよく、そして船を巻き込み近づいてきた。
「毒海……」
フナさんが呟き、顔を青ざめさせる。
わたしとラヴィは立ち上がり、それぞれ短剣と打ち出の小槌に手を伸ばした。
次第に周囲も騒めきだし、食事をしていた他の客や海で遊んでいた人達、それから店員たちも逃げ出した。
迫り来る毒海は広がり続け、海に浮かぶ船を無情にも呑みこんでいく。
「これ、結構ヤバいよね」
誰に言うでもなくわたしが呟くと、ラヴィが静かに頷いた。
「ど、どうしよう。た、た、た、立てなく……なっちゃた」
「へ!?」
視線を移すと、フナさんは腰が抜けてしまって動けなくなってしまっていて、体を震わせて目尻に涙を溜めて必死に手だけで逃げようとしていた。
「ラヴィ」
「分かった」
名前を呼んだだけで、わたしの意図を読み取ってくれたラヴィと一緒に、わたしは直ぐにフナさんをダンゴムシの背中に乗せる。
「ありがとう。ごめん、私……」
「気にしないで下さい。それより今は早く逃げましょう」
「ロポ、フナを任せた」
ダンゴムシが触角を縦に振り、ラヴィはダンゴムシを優しく撫でる。
「行こう」
わたし達が早くこの場から逃げようと走り出すと、丁度すれ違う様に何人かの騎士や冒険者と思われる人達が海に向かって走って行く。
そして、直ぐに背後から激しい戦いが始まった。
「ごめんね! 私のせいで魔従がそこまで来てる!」
「フナさんのせいじゃないですよ。それよりも――」
背後からこちらに向かって伸びる一本の光。
それはあの時に海で見た光線、大口海竜の溶解光線。
わたしは背後に振り向いて短剣を構えて、それと同時にラヴィが魔法で氷の盾を出現させて光線を防ぐ。
そして次の瞬間、毒海蠍がわたし達に向かって飛びかかった。
だけどわたしは動じない。
だからこそ短剣を構えていた。
毒針を振るおうと迫り来る毒海蠍に向かって短剣を振るい、わたしのスキル【必斬】が毒海蠍を真っ二つに斬り裂いた。
「囲まれた」
ラヴィが呟き周囲に視線を向ける。
わたし達を囲むは八匹の毒海蠍と大口海竜が一匹。
駆けつけた騎士や冒険者達の助けは来ないだろう。
彼等は他のモンスターを相手にしているから期待できそうになかった。
加速魔法が使えれば、一点突破で逃げ出せそうだけど、使えない以上それは出来そうにない。
結構ピンチかも。
わたしは心の中で弱音を吐き唾を飲み込む。
だけど、決して諦めない。
周囲を警戒しながら、わたしとラヴィは同時に動く。
「スノウフィールド」
ラヴィを中心に大量の雪が降り、周囲が雪に覆われる。
一瞬にして周囲が雪景色となって、そこから雪だるまのゴーレムが出現した。
それと同時、わたしは大口海竜に接近していた。
「これで!」
スキル【必斬】を乗せて横一文字に短剣を振るい、大口海竜を斬り裂こうとしたけど、それを大口海竜が飛び跳ねて避けた。
だけど、わたしの攻撃は終わってない。
懐に隠し持っていた魔石を取り出して、腕につけたシュシュを通して魔法を発動させる。
魔石から飛び出すはメソメの魔法、粘着性の強い水の網。
それは大口海竜を捕らえて絡まった。
「よし! ――ってええ!」
大口海竜が水の網にかかったまま大口を開けた。
そして、目に映るのは集束されていく光。
「嘘でしょ!?」
大口海竜の口から溶解光線が放たれる。
それは真っ直ぐにわたしに向かって飛んできて、わたしは転がる様に横に跳んでギリギリで躱した。
いや、微妙に当たってる。
背中でジュッと音がして、わたしは顔を青ざめさせた。
「愛那!」
「大丈夫! ラヴィはサソリに集中して!」
「分かった」
本当に危なかった。
周囲に雪が降って気温が下がったからこそ分かるけど、背中は無事だけど服は溶解光線で完全に溶けてる。
わたしは雪の影響で下がった気温を背中で感じながら、直ぐに立ち上がって短剣を構え直した。
ラヴィは出現させた雪だるまを操り、サソリ相手に戦う。
だから、大口海竜はわたし1人でどうにかしないといけない。
水の網のおかげで動きが鈍くなっているけど、大口海竜は網にかかっているとは思えない程に動きが速かった。
と言うか、よくあの状態で動けるなと感心する。
って、感心してる場合じゃない。
「これ、メソメの水の網が無かったらマジでヤバかったかも」
そんな事を呟くわたしに油断を与えさせない動きを見せる大口海竜が、再び大口を開けてそこに光が集束されていく。
わたしは短剣を構えたまま、光線による攻撃に備え、やめる。
このまま突っ込む!
少しでも早く大口海竜に近づく為に、足を前に出し、力の限り全力で走る。
「これでええええ!」
大口海竜が溶解光線を放つ刹那の瞬間、わたしはスキル【必斬】を乗せた斬撃を大口海竜に浴びせた。
斬撃は大口海竜を水の網ごと斜めに斬り裂き、大口海竜は悲鳴をあげて真っ二つになって絶命した。
すると、二つになった大口海竜から、小さな魚人の女の子が1人、丸呑みされていたのか全身が血まみれの状態で飛び出した。
一歩間違えていれば女の子まで真っ二つにしていた事にわたしは慌てて、女の子を抱きかかえて息をしているか確認する。
「良かった。息してる。でも怪我してる。この子を早く手当しなきゃ。ラヴィ、この子を――って、ラヴィ凄…………」
回復の魔法を使って貰おうとラヴィに話しかけて、わたしは驚いた。
わたし達を囲んでいたサソリは全て氷漬けになっていて、そしてそれはそれだけに止まらない。
更に雪の降る領域が広範囲にまで及び、目に見える範囲の暴れ回っていたモンスターの群れ全てもが氷漬けになっていた。
おかげでこの場に駆けつけモンスターの群れと戦っていた騎士や冒険者達も驚いていた。
「凄いよラヴィーナちゃん」
「少し魔力を使いすぎた」
「ごめんラヴィ、疲れてるとこ悪いけど、この子をお願い」
「分かった」
「ありがと。あと、ついでにダンゴムシの背中に乗って休みなよ」
「平気。それより愛那の背中も見せて」
「ああ、うん」
言われた通りラヴィに背中を見せる。
ラヴィは女の子に回復の魔法を使いながらわたしの背中に触れて、安心したかの様な吐息を漏らした。
でも、安心ばかりもしてられない。
わたし達はこの場を離れる為に、海を背にして直ぐに走り出した。
とにかく今は、安全な場所に移動しないとだ。
お知らせです。
ストックが無くなって、来月からの更新が基本週1になるのでよろしくです。




