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124 海岸沿いにある辺境の村で

 海底国家バセットホルン。

 その南南東に位置する辺境に、ハグレと言う名の小さな集落……海岸沿いの村がある。

 発音は歯茎と同じ発音で……と、まあ、それは今は置いておくとしよう。


 海岸沿いと言っても、陸地に家が建っているわけではない。

 砂浜では無く海側に頑丈な木の柱が何本も立っていて、それの上に床を作り、その床の上に煙突のある木造の家を建てて出来たのがこの村だ。

 海面の水位が上がりきった満潮で、丁度その床の底が海水に触れる。

 その姿はまるで、海面に浮かんでいる様で、とても不思議な光景を魅せる。


 この村の事を知り、わたしは波が強い日は大変なんじゃと思った。

 だけどそれはいらぬ心配で、波が強いからと言って、海水が浸水するなんて事は無い。

 何故なら、この村のある海域は、海神ポセイドンと言う神から加護を受けていて護られているからだ。

 神から護られたこの海域では、波が荒ぶる事なく、静かな時を過ごせる。

 しかし、そんな場所だからこそ気候は穏やか……と言うわけでは、残念ながら無かった。

 と言うのも、海は穏やかでも、気温が凄まじいのだ。

 昼間は45度前後で、夜間が25度前後と極めて暑いこの大地。

 おかげで夜になるとわたしの嫌いな虫が活発になり、獣達も昼間より夜間に動き出す。

 海の上に村があるのも、この夜活動する獣達から身を守る為の工夫なのだ。


 わたし達を助けたのは、この村の人達。

 その村の代表である村長が、イングロング=L=ドラゴンと言う名の男の人。

 ミドルネームの“L”は“リーニエント”の“L”で、村の人達からは親しみを込めて『リネントさん』と呼ばれている。

 リネントさんはあの日わたしの目の前に現れた龍族の男の人だ。


 そして今、気温が40度を超える熱い昼下がりに、わたしとラヴィとメソメとダンゴムシはこの村に辿り着いた。

 あの日、船が沈没した日にリネントさんやハグレの村の人達に助けられて、わたし達はこの村に連れて来られたのだ。

 と言っても、この場に連れて来られたのは今あげたわたし達3人と一匹だけ。

 一緒に助けてもらった他の人達とは既に別れている。

 リネントさん達が乗って来た船は2隻あり、他の皆は別の船に乗ったのだ。

 理由としては、わたし達の目的地に行く為の船が出る港町に一番近いのが、リネントさん達の住むこのハグレの村らしいからだ。

 まあ、それは今は置いておくとしよう。


 そんなわけで、ハグレに到着したわたし達は村の景色に目を輝かせた。


「わあ。凄いね、マナちゃん、ラヴィーナちゃん。本当に海の上に家が建ってるよ」


「うん。リネントさんの村……話には聞いてたけど、本当だったんだ」


 わたしが呟くと、リネントさんが柔らかな笑みを浮かべて頷いた。


「ああ。長旅で疲れただろう。ゆっくりしていくといい」


「ありがとうございます。でも、直ぐに出てくつもりです」


 別に他意は無い。

 確かに虫が多くて今にも逃げ出したいくらいに嫌な場所ではある。

 でも、それを言いだしたら、ラヴィとメソメを乗せてわたしの背後を歩くダンゴムシを連れて歩くなんて出来ない。

 それに、リネントさんの事を信用していないわけでもない。

 ここまでの道中は本当に良くしてもらって、凄く良い人で信用出来ると思ったくらいだ。

 それなら何故直ぐに出て行くと言ったのかと言うと、それは、わたしではなくラヴィとメソメが口にする。


「そう。早く孤児院に行きたい」


「そうだよね。きっと皆心配してるもん」


 つまりそう言う事だ。

 わたし達の目的はリングイさんの孤児院がある水の都フルート。

 ここから水の都フルートまでどの位の時間がかかるか分からないけれど、今すぐにでも行かなければならない。

 なので、少しの間だけ休憩させてもらって、最低でも明日の朝にはこの村を出るつもりだ。


「そうか。その……リングイ、と言う名の女性が経営している孤児院だったか?」


「はい。とっても良い人で、お姉、わたしの姉もそこに向かっているんです」


「それなら準備だけはしっかりしておくといい。それから、この辺りの暴獣は皆凶暴だ。この村から一番近い港町へは俺が護衛になろう」


「ありがとうございます。頼りにさせてもらいます」


 リネントさんに向かって、軽く会釈をする。

 ここまでの道中で何度も獣や虫に襲われたけど、その度にリネントさんやこの村の人に護られてきた。

 リネントさんを含めて皆が強く連携もとれていて、わたしとラヴィの出る幕がない程だった。

 リネントさんに至っては本当に強くて、多分あのモーナと同じくらいか、もしくはそれ以上の実力がある。

 他の村の人達も強かったけど、リネントさんだけは本当に別格と言った感じだ。


「よかったね、マナちゃん。剣が無くなっちゃったし、それなら安心だね」


「ああ……うん、そうだね」


 剣が無くなった。

 その剣とは、カリブルヌスの剣の事だった。

 船が沈んだ日。

 あの日は皆が皆無事だったわけではない。

 何人もの乗客や船員、それに護衛騎士の人達が殺されて、その中にはレオさんも含まれていた。

 レオさんが死んだ所を見たわけではないけど、あの時、わたしの名前を呼んだ時からレオさんの姿を見ていない。

 リネントさんが助けてくれて、直ぐにレオさんを捜したけど、何処にも見当たらなかった。


 あの時の事を思い出してうつむくと、メソメが「ごめんね」と慌てて頭を下げた。

 わたしは微笑んで、気にしなくて良いとメソメの頭を撫でる。


 すると丁度その時だ。

 たくさんの人が目の前に現れて、笑顔でわたし達……正確にはリネントさん達を出迎える。

 ケモ耳や尻尾、それから魚人特有のヒレ。

 そんな感じで種族は魚人や獣人で様々で……と言うわけではない。

 わたし達を助けてくれたリネントさん以外の人達は、皆が“魚人と人間”もしくは“魚人と獣人”などの、ハーフやクォーターだった。

 ここまで来る道中で聞いたけど、純血の人は1人もいない。

 村に住む住人は、全て魚人と別種族の間に生まれた混血の人ばかりだ。

 そう言った混血の人達が集まってできたのが、この村らしい。

 とまあ、それは今は置いておくとしよう。


「「「おかえりー!」」」


 何人もの子供達が駆けだして、リネントさんに勢いよく抱き付いた。

 凄い勢いで抱き付かれたと言うのに、よろめく事も無くリネントさんは笑顔で子供達を受け止めた。

 集まっていた村人の何人かも前に出て来て、その内の1人の男が笑顔でリネントさんに話しかける。


「リネントさん、お帰りなさいませ。無事で何よりです。そちらの子供達は?」


「ああ。北の海で発生した毒海の様子を見に行き、魔従まじゅうに襲われていたので助けて連れて来た」


「そうでしたか」


「長旅で疲れているから、この子達に休める場所を提供してやってくれ」


「かしこまりました」


 男は綺麗な礼をすると、わたし達に視線を向けて微笑む。


「大変でしたね。さぞお疲れでしょう。宿をご用意しますので、こちらについて来て下さい」


「ありがとうございます」


「わかった」


「うん、ありがとう」


 わたし達はそれぞれ返事をすると、リネントさんにお礼を言って男の後に続いた。

 後に続くと言っても、実際に歩いているのはわたしとダンゴムシだけ。

 ラヴィは暑さでまいっていて、ダンゴムシの上でぐったりしているし、メソメはそのラヴィを団扇うちわあおってあげていた。

 ぐったりしているラヴィを見ると、ラヴィと最初に出会ったころを思い出す。

 そうなると、自然とお姉やモーナの事も頭に浮かんだ。


 海に出てから、もうそろそろ1か月経つな。

 お姉とモーナは今頃リングイさんに会えたかな?


 リングイさんの孤児院までは、元々は約1か月で到着する予定だった。

 だから、予定より早く到着できていれば、既にリングイさんと再会していてもおかしくは無かった。


 リネントさんから教えて貰ったけど、この村から目的地行きの船が出る港までは、また何日も歩くらしい。

 船を乗り間違えてしまってから、随分と遠回りになってしまった。

 お姉の事は少し心配だけど、モーナがいれば安心だろう。


 モーナ……か。

 カリブルヌスの剣を無くした事、謝ったら許してくれるかな?

 ……でも、許してもらえたとしても流石に怒るだろうなあ。

 元々は大事にしまってたくらいだし。


 と、そんな事を考えてる時だった。


「お父さん……?」


 不意にメソメの声が聞こえた。

 あの時と、メソメが1人で走り出した時と全く一緒だった。

 お姉とモーナの事を思い出していたわたしの頭は、直ぐに思考をメソメに切り替える。

 再び同じ事が起こってしまうのかと、わたしは慌ててメソメに視線を向けた。

 だけど、今回は前回とは違っていた。

 メソメは涙を流し口元を押さえて、ある一点を集中して見ていた。

 そしてもう一つ。

 前回と違う事が起きた。


「メソメ!?」


 そう。

 前回と違う事、それは、前回には無かった男の声。

 メソメの名を大声で叫ぶ声が聞こえてきたのだ。

 その声に驚き視線を移すと、そこにはメソメによく似た大人の……魚人の男が立っていた。


「お父さん! お父さん!」


「メソメー!」


 メソメがダンゴムシから飛び降りて、男に向かって走る。

 男も涙を流しメソメに向かって走り出して、2人は抱きしめ合った。


「お父さん見つかったんだ。良かったね、メソメ」


 わたしは2人の姿を見て、少し潤んだ目を細めて微笑んで呟いた。

 色々とアクシデントが多かったけど、メソメが父親の許に帰る事が出来て本当に良かったと、わたしは心からそう思った。

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