121 沈没寸前の戦場
沈みゆく船。
終わる事なく無限に襲いくるモンスター達。
逃げ場がなく怯え叫ぶ人々。
次々とモンスターに破れて倒れる護衛騎士。
甲板は地獄と化していた。
「マナか!? お前等も逃げ遅れたのか!?」
わたし達が甲板に出ると、丁度近くでレオさんがモンスターと戦っていて、甲板に逃げて来た人達を護っていた。
と言うか、レオさんが凄すぎる。
わたしに話しかけながら、カリブルヌスの剣を一振りしただけで、モンスターを十匹以上斬り裂いてしまった。
おかげで返事をする事も忘れて、わたしは額に汗を流してその姿に見入ってしまった。
「ん? どうした?」
「あ、いや。何でも……って、それより、大変です。脱出用の潜水艦が壊れて逃げられなくなりました」
「はあ!? マジかよおい。しゃあねえ。土の魔法を使える乗客を集めてくれねえか? そいつ等に船を作らせる」
「ほう。それは良い案であるな」
「ん? チュウベエじゃねえか。流石に密航どころじゃなくなって出て来たのか?」
「は? 密航?」
「むむ。レオ殿、その話は内密にと」
「あ、わりい」
「ちょっとチュウベエさん、密航ってどう言う事ですか?」
「ははは。某には何のことやら。それより、ささっ、早く土の魔法を使える者を捜しに行くでござる」
「いや、アンタ使えるじゃん。って言うか、生物魔法も使えたよね? 鉄砲にどんぐりの弾丸つめてたじゃん」
「は? チュウベエ、お前土の魔法どころか、上位の魔法も使えたのか?」
「う、うむ。黙ってはいたが――」
「マナちゃん危ない!」
「――っきゃあ!」
呑気に喋ってる場合じゃなかった。
チュウベエの言葉を遮ったメソメの言葉の直後に、高速回転する嘴を持つカモメ、シーガルドリルがわたしに向かって突っ込んできた。
突然の事で悲鳴を上げたわたしだけど無傷に終わる。
何故なら目の前でシーガルドリルが十文字に斬り裂かれ、四等分されたシーガルドリルの肉片が凍結したからだ。
十文字に斬り裂いたのは、レオさんとチュウベエの2人。
2人はその早業を、息も荒げずに流れる様にやってのけた。
そして、シーガルドリルの肉片を凍結させたのはラヴィだった。
「愛那、油断したら危ない」
「あ、うん。そうだね、気をつける」
ラヴィがわたしの隣に立って、打ち出の小槌を構えた。
さらに続いて、ダンゴムシがメソメを乗せてわたしの側にやって来る。
「土の魔法を使える人を集めればいいの?」
「あー、うん。逃げる用の船を作って貰おうかなって」
「そっか。じゃあ、私とロポちゃんで集めてくる」
「ありがとう、メソメ。ラヴィはメソメを護ってあげて」
「わかった。愛那は?」
「わたしは……」
呟いて、わたし達が上ってきた穴に視線を向ける。
すると狙っていたかのように、タイミングよくポイズンアリゲーターが穴から上ってきた。
「あいつをどうにかする」
「……気をつけて」
ラヴィは少しだけ間を置いてからそう言って、メソメと一緒にこの場から離れていった。
わたしはポイズンアリゲーターに向かって短剣を構えて、緊張で唾を飲み込む。
「あのワニ、魔従か? マナ、あいつは俺が――って、いや。もっと厄介なのが来やがったな」
「え?」
レオさんの言葉に頭にハテナを浮かべたその時だ。
穴の中から、見るからに凶悪そうなモンスター……いや、ドラゴンが飛び出した。
ドラゴンと言っても、見た目はウーパールーパーに近いかもしれない。
鋭い目つきと、顔の横いっぱいに広がる大きな口。
全身を覆うかの様な薄いピンクがかった紫の鱗。
四足歩行で、六本の角。
背中には長い背びれと大きな翼。
長く太い強靭な尻尾。
ドラゴンはわたし達の姿を見ると、大きな口を開けて悍ましい程の雄叫びを上げた。
「マナ殿、気をつけられよ! こやつは恐らくこの群れのボス! 先程の光線を放った魔従で間違いない!」
チュウベエが叫び、ドラゴンに向かって駆けだした。
わたしは短剣を構えたまま、ドラゴンの情報を確認する。
大口海竜
年齢 : 2911
種族 : 魔従『魔族・海竜種・海竜』
職業 : 無
身長 : 222
装備 : 無
味 : 不味い
特徴 : 溶解光線・丸呑み・飾り羽
加護 : 水の加護
属性 : 水属性『水魔法』上位『毒魔法』
能力 : 未修得
溶解光線か。
これがさっきのやつだ。
っていうか、飾り羽って……じゃあ、あのドラゴンは飛べないって事?
ううん、それよりもっ。
チュウベエがドラゴンに接近して石刀を振るう。
すると、ドラゴンはその巨体からは考えられない程、俊敏にジャンプして石刀を避けた。
でも、わたしはそれを逃がすつもりはない。
距離はそれなりに離れているけど、それでも斬撃が届く距離。
わたしはスキル【必斬】を乗せ、空中で身動きを取れないドラゴンに向かって短剣を振るった。
だけど、まさかの回避で避けられてしまった。
ドラゴンはわたしが短剣を振るったのを見て、その大きな口で空気を吸い込んで体を風船の様に膨らませて、斬撃の軌道からずれたのだ。
「うそでしょ?」
呟いた瞬間だった。
ドラゴンが吸い込んだ空気を一気に吐き出して、体を捻らせて落下する。
その落下先にはチュウベエがいて、一瞬にしてドラゴンにチュウベエが踏みつぶされた。
メキメキと甲板が音を鳴らせて、ドラゴンと甲板の間に挟まれたチュウベエは、血反吐を吐いて白目をむく。
「そう言うお約束はいらないっての」
思わず呟いてしまった。
かつての強敵が仲間になって、新たな強敵の前で簡単に倒される。
少年漫画なんかだとよくある展開の、新たな強敵を強く見せる為の所謂やられ役。
そんな言葉が頭の中をよぎって、わたしはため息を吐き出したくなった。
でも、実際にため息なんて吐いてる場合じゃない。
チュウベエは白目をむいているけど死んでいるわけではなさそうなので、一先ず放っておくことにする。
悪いけど、このヤバい状況下で逃亡犯を構っている余裕はない。
とは言っても、沈没寸前のこの船から脱出する為に、チュウベエの魔法が必要になる。
殺される前にこの状況をどうにかしないといけないのも確かだ。
ドラゴンに気を取られてばかりもいられない。
ワニが大口を開けて、わたしに向かって突進してきた。
わたしは短剣を構え直して、直ぐにスキル【必斬】を乗せて振り払った。
だけど、短剣から放たれた斬撃は、いとも簡単に避けられてしまった。
でも、問題は無い。
ワニが避けた先にはレオさんが既に待機しているのだから。
「くたばりやがれ!」
下から上へとカリブルヌスの剣が弧を描き、ワニの胴体から頭の天辺までが真っ二つに斬り裂かれる。
レオさんのその攻撃は鮮やかで、こんな状況でも無ければ見入ってしまっていた事だろう。
ワニが悲鳴を上げる事もままならないまま絶命した直後、ドラゴンがレオさんに向けて光線を吐き出した。
光線が一直線にレオさんを襲い、レオさんがカリブルヌスの剣で光線を頭上に弾き飛ばす。
「すごっ」
思わず声を漏らした時、三匹のカモメが嘴をドリルの様に高速回転させて、わたしに向かって突っ込んできた。
咄嗟に構えて、わたしは直ぐに短剣を振るう。
カモメを二匹同時に切り落とす事に成功するも、残り一匹を取り逃す。
「――っぁ!」
カモメの突進を避けきれず、左足の太ももにドリルの様な嘴がかすってしまった。
とてつもない激痛でわたしはその場で転がり、溢れ出した血を手で押さえる。
痛みと感触でわかる。
かすっただけだけど、間違いなく太ももを少し抉られている。
額だけでなく全身から異様に汗が流れ始めて、痛みで涙が溢れてくる。
このままじゃ不味いと頭では分かっているのに、立ち上がる事が出来ない。
「マナ!」
レオさんの声がして視線だけ向けると、大量のサソリやカモメに囲まれたレオさんと目が合った。
確かにレオさんは強いけど、サソリやカモメの数はパッと見ただけで100は余裕で越えている。
この数が相手では流石にきつい様で、わたしの許へ来ようとしてそれを阻まれていた。
更に事態は悪化していく。
カモメが次々と船に突進して穴を開けていき、船が崩壊しだして、沈む速度が加速を始めた。
甲板が急斜面へと角度を変えて、目に映るのは毒の海へ誘う滑り台の様な傾斜。
わたしはその場に止まる事が出来ずに、そのまま滑り落ちる。
「愛那!」
「マナちゃん!」
ラヴィとメソメの声が聞こえた。
そして次の瞬間、わたしは水の網に捕えられて、そのまま上へと引っ張られた。
「凄い怪我! 早く治さないと!」
「直ぐやる」
どうやら助かったらしい。
ラヴィとメソメとダンゴムシに傾斜になってない甲板まで引き上げられて、その場でラヴィの回復の魔法を使ってもらえた。
太ももの傷はみるみると回復していき、綺麗さっぱり痛みも無くなった。
「ラヴィ、メソメ、ありがとう。助かった」
「良かったあ。戻って来たらマナちゃんが毒海に落ちそうだったからびっくりしちゃった」
「でも、出血が酷い。あまり動かない方が良い」
「そうしたいけど、そうも言ってられないでしょ」
そう言って、わたしは立ち上がって周囲に視線を向ける。
ラヴィとメソメに助けてもらったここは、別に安全と言うわけでもない。
周囲はまだ戦場で、サソリやカモメがうじゃうじゃいるのだ。
「そう言えば、土の魔法を使える人は見つかったの?」
「見つけた。けど、使えない」
「へ? 使えない?」
「それがね、身を守る為に魔法を使ってたから、もう皆魔力が残ってないの」
「そう。ポイズンシースコーピオンとシーガルドリルの数が多すぎる。そのせいで護衛騎士以外は全員魔力が尽きてる。護衛騎士もそろそろ限界」
「そんな……」
考えても見れば、直ぐに分かりそうな事ではあった。
この世界の人は魔法が使えるし、なんならわたしやお姉より魔力をたくさん持っている。
だけど、それでも、あまりにもモンスターが多すぎるのだ。
皆が必死で魔法を使って身を守っていて、その魔法は無限じゃないし、いつか底をつきてしまってもおかしくない。
「どうしよう、マナちゃん!」
「愛那……」
ラヴィとメソメが眉根を下げてわたしを見つめる。
わたしは何も答えられなかった。
こんな状況をどうすればいのかなんて、わたしにだって分からない。
何か策は無いかと周囲を、そして空を見上げたその時だ。
船が完全に沈むまで時間の問題。
そうじゃなくても、モンスターの群れの多さに絶体絶命と言えるこの大ピンチに、救いの手が差し伸べられた。
わたしが空を見上げたその時、空を覆い尽くす程にいたカモメが炎に包まれて一瞬で炭になった。
更に、そこ等中にいたサソリも、突然何かに切り刻まれたようにバラバラになって絶命した。
そして、わたしの目の前には、背の高い1人の男が背を向けて立っていた。
男は恐らく龍人だ。
頭からは龍の角が生えていて、背中には龍の羽、そして腰のあたりからは尻尾を生やしていた。
「危なかったな」
男が背を向けたまま喋って、そして、体をわたしに向けて視線がかち合う。
短めで少し暗い色をしたオレンジの髪に、黄金色のトパーズを思わせる様な綺麗な瞳。
誠実そうな顔はとても整っていて、かっこいい大人の男性の雰囲気を漂わせている。
「え、えっと……」
「リネントさーん!」
突然の事でわたしが言い淀んでいると、少し離れた場所から誰かの名前を呼ぶ声が聞こえた。
すると、目の前の男がその声に反応して、声の聞こえた方に振り向いた。
「生存者を見つけた! 人数が多いから救助隊を連れて来てくれ!」
「了解!」
男が聞こえた声と会話すると、再びわたしに振り向いてから微笑み、それからラヴィやメソメにも視線を向けて微笑んだ。
「もう心配はいらない。我々は君達を助けに来た者だ」




