115 出港前のトラブル
「ご飯美味しかったですね」
「うん、そうだね。海鮮サラダがサッパリしてて良かった」
「コックさんに作り方聞いてたもんね、マナちゃん」
「私は魚は丸焼きが一番好きだわ」
「モーナスはそればっか馬鹿みたいに食べてたね。せっかく良い店だったのにもったいないねえ」
「いつも通り。モーナスは愛那の料理以外は適当。でも、今日はいっぱい食べてた」
「美味かったからな!」
港町オカリナに着いて次の日の朝。
朝食を食べ終えたわたし達は、オークと別れて乗船用の建物に向かって歩いていた。
ステチリングの時計で時間を確認すると、まだ集合まで1時間も余裕があった。
ちなみに船の出発は1時間と30分後。
ここから船までは20分あれば辿り着くので、万が一にも乗り遅れる心配もなさそうだ。
「今日は人がいっぱいいるね」
メソメが周囲を見て呟いた。
確かに人が多かった。
昨日と比べて人の通りが多くて、皆乗船場に向かっている様だった。
「オカリナの朝はいつもこんな感じさ。オカリナは造船所でも有名だけど、綺麗な砂浜と貿易と乗り換えの場所としても有名でね。だから朝は乗船する人が多いのさ」
「成る程……乗り換えも朝にするものなんですか?」
ふと疑問に思ってドンナさんに質問すると、ドンナさんは苦笑して答える。
「オカリナのルールで朝と夜の8時以降以外は出港禁止なんだよ。入港をスムーズにする為と、船の管理を分かり易くする為にね」
「そうなんですね」
「ま、昔はそうでもなかったようだけど、船の出入が多いと観光客が海で遊ぶ時に危険だからそうなったのよ」
「あー」
言われてみると、昨日の砂浜にいた人は沢山いたし、海で泳いでる人もそれは一緒だった。
わざわざ乗船場の近くで泳いでいる人はいなかったけど、泳ぎに来る人の中にはそう言う人がいてもおかしくないのかもしれない。
それにしても多い。
念の為、ラヴィとメソメと手を繋いで2人がはぐれないようにしようと思ったけど、2人ともダンゴムシの背中に乗っていたので大丈夫そうだ。
と言うか、結局このダンゴムシはずっと一緒に行動している。
店に入る時は店の外で大人しく待っているし、ダンゴムシに驚いて避けて歩く人が結構いるので、周りを歩く人には悪い気がするけど快適ではあった。
ま、ダンゴムシは目立つし、はぐれたらダンゴムシを目印にすれば――
「お父さん……?」
不意にメソメが呟いた。
メソメに視線を向けると、メソメは目を見開いて驚いた様子で、人ごみの中を見ていた。
そして、メソメが突然ダンゴムシから飛び降りて、人ごみの中を走り出した。
「メソメ!?」
「どうしまし……あれ? メソメちゃんがいません!」
「お姉大変! メソメがお父さんって呟いて、人ごみの中に走って行っちゃった! あっ、ラヴィ!」
お姉に説明している間に、今度はダンゴムシがラヴィを連れてメソメを追いかける。
「なんだ? 事件か?」
「そのようだね」
「メソメとラヴィを追いかける! お姉達は先に乗船場に行ってて!」
「いえ! 私も行きます!」
「私も行くぞ!」
「手伝うわ」
直ぐに全員で2人の後を追ったけど、人ごみが多すぎたのがいけなかった。
「見失った」
立ち止まって周囲を見回しているラヴィに追いついたけど、ラヴィがそう言って焦った様子で眉根を下げた。
本当に不味い事になったかもしれない。
メソメは走り出す前に「お父さん」と言っていた。
雰囲気から考えると、この人ゴミの中で父親を見かけたと考えられる。
本当の父親を見つけて、今頃一緒にいるのであれば、それは良い事だし安心も出来る。
だけど、もし人違いであれば、メソメはこの人ごみの中で迷子になってしまう。
メソメはしっかりしている子だから、1人でも乗船場まで来れると思うけど、だからって放っておけない。
それに、何だか嫌な予感がした。
奴隷商人はもういない筈だから、誘拐されるとか、そう言うのではない。
だけそ、妙に嫌な予感が拭えない。
「全員、集合場所までは1人で行けるか?」
「うん」
「行けます」
「行ける」
「行けるぞ」
「よし。なら、全員バラバラになって捜しましょ。そうね……集合時間は多少遅れても構わない様に、私からデリバーにこの事を今から知らせに行くわ。それに、向こうに行けばドワーフの兵や冒険者もいる。出来るだけ捜す人数は多い方が良いからね」
「ありがとうございます」
「お礼は見つかってからでいいよ。それじゃ後でね」
ドンナさんの提案で、わたし達は別行動をとってメソメを捜す事になった。
わたしを含めて皆が最新のステチリングを持っているので、時間が分からなくなる心配はない。
だから、皆ギリギリまで捜して、乗船場の集合場所まで行く事になった。
「メソメ、何処にいるの?」
わたしはなるべく高い建物に上って、建物の屋上からメソメを捜した。
本当に人ごみが多くて嫌になる。
上から見ればもしかしたら見つかるとも思ったけど、メソメの身長じゃ見える範囲にいても逆に見つけ辛いかもしれない。
それでも、やみくもに捜すよりはと思って、色んな建物の上からメソメを捜した。
でも、時間だけが過ぎていくばかりで、何度建物を上って捜してもメソメはまったく見つからなかった。
わたしは焦り時計を見る。
自分のいる場所から集合場所まで走って15分で、集合時間までも15分だった。
ドンナさんは多少は遅れても構わないって言ってた。
どうしよう。
もう少し捜して……でも、もしかしたら今頃誰かが見つけてるかもしれな――――あ、メソメ!?
見つけた。
メソメは路上で家の壁にもたれかかって、座り込んで俯いていた。
本来なら人ごみの中で座って俯いているメソメを見つける事なんて出来なかっただろう。
だけど、その場にはわたしより先にメソメを見つけた人……いいや、虫がいたのだ。
「ダンゴムシ…………」
そう。
虫とは、あのオリハルコンダンゴムシとか言うダンゴムシの事だ。
ダンゴムシがメソメの側にいてくれたからこそ、そこを人が避けて歩いてくれて、それでメソメの姿が見えた。
わたしは直ぐにメソメの許に向かって走った。
「メソメ!」
建物を出てメソメがいた場所に行くまでに、メソメがいなくなってるかもしれないとも思ったけど、メソメは見つけた時と何も変わらない体勢でそこにいた。
俯いていて遠目には分からなかったけど、顔色が悪く、泣いていたのか目が真っ赤だった。
メソメはわたしが名前を呼ぶと顔を上げて目を合わす。
そして、涙を流してわたしに抱き付いた。
メソメはただ泣くだけで何も話さなかった。
わたしは何も聞かず、メソメを抱きしめて頭を撫でた。
少ししてからメソメが泣き止んだので体を離す。
時計を見たら、もう集合時間まで5分くらいしかなかった。
わたしはダンゴムシに視線を移して、一度視線を逸らしてから、もう一度視線を向けた。
「メソメを乗せてあげて?」
ダンゴムシにお願いすると、ダンゴムシはわたしが言った言葉が解かったのか、触角を縦に振った。
「メソメ、ごめん。急いでるから、ダンゴムシの背中に乗ってね」
「うん」
メソメは頷いてダンゴムシの背中に乗った。
本当は事情を聞きたいけど、今は先を急ぐから、とりあえず集合場所に行ってからだ。
出航時間まではまだ少し時間があるから、集合場所に行ってから話を聞くのでも遅くない筈。
わたしはダンゴムシについて来るように言って、急いで集合場所まで走った。
結構ヤバいかも。
正直困った。
集合場所が乗船場と言うのがよくなかった。
行けばいく程に人が増えて来て、とても直ぐには行けそうにない。
最初の内は走れていたけど、近づくにつれて走る事が出来なくなっていた。
時計を見ると集合時間はとっくに超えていて、船の出港まで残り10分もない。
「マナちゃん、ごめんね」
「気にしないでいいよ」
メソメに話しかけられて振り向くと、申し訳なさそうに眉根を下げていたので、わたしはそう言って微笑んだ。
それから、話しかけられたおかげで少し冷静になった。
集合時間から随分と遅れて焦っていたけど、焦ったってどうにもならないし、こういう時こそ冷静になるのが一番良い。
今いる場所から集合場所までのかかる時間を計算して、間に合うかどうかと推測する。
多分だけど、ギリギリ間に合う。
もう少し歩いて角を曲がれば、乗船場の建物も見える筈だ。
と、その角を曲がった途端、視界が一気に広がった。
「やった。走れる」
思わず呟いた。
角を曲がった先は開けた場所になっていて、そのおかげで一気に走れるだけの広さがあったのだ。
走れれば多少の余裕はあるし、間違いなく間に合う。
「走るよ」
ダンゴムシにひと声かけてわたしは走った。
魔法が使えない分遅いけど、最早そんな事はどうでもいい。
とにかく全力で走って建物の中に入り、乗船場へと向かって行く。
「見えた!」
乗船場まで辿り着くと、昨日と同じく手前と奥でまったく見た目が同じの船が並んでいた。
ただ、流石にここは人が多くてごちゃごちゃしていて、走るのは無理そうだ。
わたしは念の為に手前の船に視線を向ける。
昨日見たカニのイラストが間違いなく描いてあった。
だけど、船の前にはもう誰もいなかった。
「流石にいないか。えっと……げっ。もうあと1分しかないじゃん。いなくて当然だわこれ。急ごう!」
「うん。ロポちゃん、ごめんね。後もう少しだよ。頑張って」
ダンゴムシが触角を縦に振る。
多分「任せて」とでも言いたいのだろう。
って、今はダンゴムシの感情なんて考えている場合でも無い。
汗も結構かいているしそろそろ体力的にもきつくなってきていたけど、わたしは人をかき分ける様に全力で船まで走って乗り込んだ。
船に乗り込むと、丁度その時オカリナが鳴る音が聞こえて、船が動き始めた。
ダンゴムシが頑張ってついて来たおかげで、メソメも間に合った。
とは言え、本当に凄く疲れた。
わたしはその場で息を切らして天井を仰いだ。
「本当にごめんね」
「だから気にしないでって――――きゃっ」
不意打ちだった。
謝るメソメに気にしないでと言った瞬間に、ダンゴムシがわたしにすり寄ったのだ。
気が抜けた所に不意打ちでされたものだから、わたしは思わず小さく悲鳴を上げて、走りつかれていたのもあって転んでしまった。
わたしが転ぶと、ダンゴムシが何やらオロオロするように体を震わせて、触角を垂らした。
ダンゴムシには悪いけど、元々虫が苦手なわたしがメソメの事で感謝をしたからと言って、そう簡単に怯えるなと言う方が無理なのだ。
メソメの事は本当に助かったし感謝してるけど、それはそれでこれはこれなので、わたしには近づかないでほしい。
……本当にごめんだけどね。
「マナちゃん、皆どこにいるのかな?」
「あー、そうだね。捜しに行こっか。さっきの事は……」
「うん。迷惑かけちゃったし、皆を見つけたら話すね」
「分かった。じゃあ、先に捜そう」
「うん」
わたしはメソメと一緒に皆を捜しに船の中を歩き出した。
そしてこの時、わたしは気付いていなかった。
船の外……後方で騒ぐ人々の声に、そして、その声の原因に。
◇
オカリナの形をした乗船場の建物から、一隻の船が出港する。
その背後には、一本の氷の道が綺麗に伸びていた。
そしてその氷の道を、1人の幼い少女が駆け抜ける。
乗船場の人々はそれを見て騒ぎ、或いは驚いて、出港していった船と少女を様々な感情を乗せて見ていた。
そして少女を見て、そこから少し離れた場所にいる一つの集団へと向かって走る者もいた。
人々の注目を一身に浴びたその幼い少女の名前はラヴィーナ。
そう。
ラヴィは船を乗り間違えたわたしとメソメを見て、氷の道を作って船を追いかけたのだ。
船を追いかけ、力強く前へと進むラヴィの後方、氷の道は溶けて崩れて行く。
後戻りは出来ないとでも言う様に船は速く進み、それをラヴィが躊躇う事なく真っ直ぐに追う。
そうしてラヴィが船に追いついて甲板に辿り着く頃には、既に港は豆粒ほどにしか見えなくなっていた。
わたしとメソメがラヴィと合流したのは、これより30分も後の事である。




