114 平和な一日
「おや? マナじゃないか。砂浜に行くって言ってなかった?」
「あ、ドンナさん。えーと……まあ、色々ありまして」
「色々? まあいいわ。店長、オイルマッサージの30分コースでお願い」
「これはこれはドンナ氏。いつもご利用ありがとうございます。担当を呼ぶので、少々お待ちを」
ここは、吐血した変態オークのマッサージ店。
ドンナさんが言っていたマッサージ店はここの事だったらしい。
今から1時間前の事。
吐血して倒れたオークに困惑していると、海の中から巨大なイカが現れた。
モンスターが出たのかと思って直ぐに戦闘態勢に入ろうとしたけど、巨大なイカはマッサージ店の従業員だった。
しかもそのイカは、オイルマッサージのオイルを吐く担当。
イカ墨オイルを体に塗ってマッサージをするらしくて、お姉がそれ興味を持ってしまった。
そんなわけで、これがここにいる理由である。
いかがわしい店なんじゃないかと思っていたけど、ナンパ男4人とオーク以外はまともな従業員ばかりだった。
と言うか、女性スタッフが多い。
女性スタッフに聞くと、店長のオークを含む変態5人は基本的には男相手にしかマッサージをしないらしい。
そうしないとクレームがくるのだとか。
まあ、そんなわけで今はマッサージ30分コースを体験し終わった所で、オークに足裏マッサージをお姉の足を使って教えてもらっている。
ラヴィとメソメは2人で絵本を読んでいた。
「オークさんって気持ち悪いけど、思ったより良い人なんですね」
「拙者は紳士。当然でござる」
「でも、海であんなナンパみたいな事して、客集めは良くないと思います」
「マナ氏、あれは仕方が無いのでござるよ」
せっかくの良いお店なのに、あんな事をしていたら悪い評判が流れてしまいそうだ。
だから、わたしなりにやめた方が良いと言ったつもりだったけど、オークさんが深刻な面持ちで答えた。
わたしはそれを見て、お姉の足のツボをグッと押さえる。
「ま、愛那ちゃん、痛い。痛いでずうう!」
「何か理由があるんですか?」
「たまにマナ氏の様な可愛い幼女を連れて来てくれるので、大目に見るしかないのでござるよ」
「いや、止めろよ」
「痛ああっっい!」
「あ、ごめん。お姉」
「はいぃぃ……」
思わず手に力が入り、よっぽど痛かったのか、お姉にペチペチと頭を叩かれてしまった。
普段わたしに暴力を振らないお姉にしては、ペチペチとは言え珍しい。
そんなに痛かったのか。
何はともあれ、オークさんのおかげで足裏マッサージの仕方は分かった。
これでいつでもお姉にマッサージをしてあげられる。
わたしはオークさんにお礼を言って、お姉とラヴィとメソメを連れて店を出た。
お店を出る時に、明日の朝食を一緒にどうかとオークさんに誘われたので、足裏マッサージを教えて貰ったお礼に「良いですよ」と答えておいた。
明日の朝はこの港町を出る予定だけど、朝食くらいなら大丈夫だろう。
「ナミキさん、オイルマッサージどうだった?」
「ヌルヌルしてて気持ち良かったですよ~。おかげでだいぶ疲れがとれました」
「確かにヌルヌルしてたね。気持ち良かったけど変な感じだった」
ちなみにラヴィとメソメはずっと絵本を読んでいた。
わたしもマッサージなんてしなくて良いと思ってたけど、迷惑かけたお詫びに無料でと言われてしてもらう事にした。
それで体験した結果、思いの外それなりに気持ち良くて悪くなかった。
「あー! いたー!」
不意に大声が聞こえて振り向くと、モーナとダンゴムシがわたし達に向かって走って来ていた。
ダンゴムシの背中には、大きな魚が乗っている。
モーナは側に来ると、不機嫌そうな顔でわたしに背後から抱き付いた。
「何処行ってたんだ? 捜したんだぞ!」
「くっつくな」
とりあえずモーナの顔を押して離す。
モーナは不満そうな表情を見せたけど、そんなモーナにお姉が笑顔を向けた。
「オイルマッサージのお店に行ってたんですよ」
「オイルマッサージ?」
「はい。イカ墨のオイルです」
「イカ墨か。不味そうだな」
「舐めようとしたら店員さんに止められました」
お姉が馬鹿な事を言いだしたけど、とりあえず放っておく。
そんな事より、わたしはさっきから気になっている事があった。
それは、モーナがダンゴムシの背中に乗せて持って来た魚だ。
魚は大きくて、多分マグロ一本分くらいの大きさだ。
気になったのはわたしだけでは無かったみたいで、ラヴィが魚に指を差してモーナに聞く。
「この魚は何?」
「トロキングだ。さっき仕留めてきたわ」
「トロキング?」
「ラヴィーナちゃん、トロキングはトロの王様なんだよ」
「メソメは知ってるの?」
「うん。私はこれ好き」
「トロキングは美味いからな!」
歩きながらメソメに聞いた話をわたしなりにまとめると、トロキングはマグロみたいな魚。
でも、マグロと違って赤身が殆ど無い。
食べられる身の部分は中トロと大トロばかりの魚らしい。
まあ、わたしは大トロなんて食べた事ないけど。
「あ! そう言えば、私まだ海で泳いでません!」
「そうなのか? じゃあ行くか!」
「はい! レッツスイミングです!」
突然お姉が大声を上げて、それにモーナが答えて、2人がはしゃいで砂浜へと向かって走り出す。
わたしはそんな2人の後ろ姿を見て、元気だな。と思いながらゆっくり歩いた。
ラヴィとメソメはダンゴムシと一緒にわたしの隣を歩く。
正直、ダンゴムシが怖くて横に視線を向けれない。
砂浜に向かって歩いていると、オカリナを吹いた時の音が響いて聞こえた。
音の聞こえた方に視線を向ける。
視線の先、ずっと向こうのここから少なくとも500メートル以上は離れているであろう先にあるのは、大きな乗船用の建物。
その建物の形は楽器のオカリナそのもの。
港町オカリナの名前の由来は、このオカリナの形をした乗船用の建物が名物で、そこからとった名前らしい。
ちなみに、この港町にはオカリナもそこ等中で売られている。
最初にオカリナを見た時は、自分の世界で実物を見た事が無いのに、この世界で初めてオカリナを見るとはって感じで驚いた。
まあ、それは今を置いておくとしよう。
明日はあそこで別の船に乗り換えか……。
リングイさんがいる孤児院海宮まで、まだまだ先が長い。
船に乗ったら、水の都行きの船が出る港町に行き、そこで乗り換えをしないといけない。
ここから乗り換え先の港町まで18日で、そこから水の都までが13日かかり、合計で31日もかかってしまう。
1ヶ月だ。
本当に長い。
しかもこれはスムーズに航海出来た場合で、日数は普通に長くなる事があるらしい。
元の世界に帰れたとしても、来年とかになりそうだな~。
ボーっとそんな事を考えながら歩いていたら、ラヴィがわたしの手を掴んで繋いだ。
「愛那、皆先に行った」
「へ? あ、いつの間に」
考え事をしていたら、皆先に行ってしまった様だ。
わたしは繋いだ手に力を入れて、ラヴィに笑顔を向けた。
「わたし達も行こっか」
「うん」
ラヴィが口角を上げて頷いた。
2人で一緒に砂浜まで走って、お姉達と合流した。
◇
砂浜で遊び続けていると日が暮れてきたので、そろそろ夕飯にしようとなって、モーナが捕まえてきたトロキングを食べる事にした。
とは言え、捌き方が分からない。
魚はお母さんに教えてもらって何度か捌いた事あるけど、流石に初見の魚の捌き方なんて分かるわけもない。
この世界の料理の本を何冊か持っているけど、この世界の魚を丸々一匹捌く方法が書かれた本は無かった。
さてどうしようかと困っていると、一仕事終えたデリバーさんと会ったので、デリバーさんにトロキングの捌き方を教えてもらった。
結構な大きさで食べきれないと思ったので、トロキングを裁いている間に、子供達や兵隊長や兵士達やドンナさんや冒険者の皆さんをお姉達に呼んで来てもらった。
皆が集まった所で、捌いたトロキングをまずはお刺身にして食べてみる。
トロキングのお刺身は口の中で溶ける様な柔らかさで、脂がのっていてとても美味しかった。
兵隊長や兵士達とメソメ以外の子供達はお刺身を食べた事が無いらしく、最初は抵抗がある様だったけど、一口食べてからは皆「美味しい」と言って喜んで食べていた。
その後も、お姉の希望で煮物やホイル焼きや酒蒸しやフライやアクアパッツァ、それから味噌っぽいものがあったのでけんちん汁を作った。
すると、煮物と酒蒸しとけんちん汁がこの世界では珍しい料理だったらしく、デリバーさんを始め殆どの人が目を輝かせて口を揃えて「見た事も無い料理」と言って喜んで食べてくれた。
ドンナさんと冒険者の人達は違っていて、ドンナさんが「まさかここで食べれるとは思わなかったよ」と嬉しそうにしていた。
とくに煮物が珍しいらしい。
ドンナさんや冒険者の人達は世界中を旅していて、色んな場所で色んな料理を食べているけど、煮物は今まで一度しか食べた事が無いらしい。
それを聞いて、煮るだけなのに。なんて事をわたしは思ったけど、口には出さなかった。
ちなみに、この煮物が一番好評だった。
煮るだけなのに。
とは言え、皆も煮物を食べながらドンナさんの話を聞いていたので、それで【珍しい=美味しい】になったのかもしれない。
お姉は「愛那ちゃんの作る煮物は宇宙一です」なんて言って、ドヤ顔で得意気になっていたけど。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
食事を終えて、デリバーさんから明日乗る船を教えてもらう為に、オカリナの形をした建物に入ってその中で船を見せてもらう事になった。
「明日は船を2つにわけるんですか?」
船を見てそう聞いたのはお姉だった。
連れて来られた場所には、大きな船が2隻あり、その2隻が並んでいたからだ。
それに、わたし達がここまで乗ってきたデリバーさんの船より一回りも二回りも小さかった。
「いや、手前の方だけだ。奥の方は今晩中に出港する別の船だ」
「そうなんですね」
「ああ。そうだなあ……お、アレ見えるか? 乗る船の前の方にあるやつ」
「見えます。かにさんの絵が可愛いです。カニが食べたくなりました」
「がっはっは。さっき飯を食ったばかりだろ。ねえちゃんおもしれえな。それが目印だ。覚えとけよ」
「はい!」
成る程、確かにカニのイラストが描いてある。
手前と奥で並んでいる船は、どちらも同じ見た目をしていたけど、奥にある船には何も書いてなかった。
「さてと、ねえちゃん達は明日の朝は町で飯を食うんだったか?」
「はい。オークの店長さんが美味しいお店があるって誘ってくれました。ドンナさんも一緒に来るんですよ。デリバーさんも一緒にどうですか?」
「俺ぁは遠慮しとくわ。兵隊長さんと出港してからの打ち合わせもあるしよ」
「そうですか、分かりました」
お姉とデリバーさんの話を聞きながら、わたしはカニのイラストを忘れない様にジッと見つめた。
ドンナさんが一緒だから大丈夫だとは思うけど、万が一の事を考えた方が良い。
まあ、集合場所は船の中でもないし、万が一なんて無いとは思うけど。
こうして、港町オカリナでの平和な一日が終わった。




