112 進路変更
「マナ嬢、ナミキ嬢、モーナス嬢、ラヴィーナ嬢、お見それした。俺は自分の未熟さを痛感したよ」
「当たり前だ! 私は強いからな!」
ラッコリラを倒した後に、残っていた血珊瑚を全て撃退させると、兵隊長がわたし達の前に来て一礼した。
気分を良くしたモーナは胸を張り、いつも通りのドヤ顔。
お姉は照れて、ラヴィは仰向けで寝転がったままの姿で「そうでもない」と呟いた。
わたしはと言うと、何も出来なかったので、なんだか居た堪れない気持ちになっていた。
「マナ嬢には港でも助けてもらったな。あの時の礼をまだ言ってなかった。ありがとう。マナ嬢がいなかったら、こんなにスムーズに船にも乗れなかったし、今頃まだ港にいたかもしれない」
「いえ、寧ろ生意気言っちゃってごめんなさい。って言うか、あれはデリバーさんが良い人だったからで」
「そんな事は無い。あの時、俺は思ったんだよ。もう少し周りに目を向けた方が良いってな」
「そうだ。自己中心的な行動はいずれ身を滅ぼすのよ!」
モーナがドヤ顔で偉そうな事を言いだすので、わたしは呆れた。
お前が言うな。って感じだ。
だけど、お姉がモーナの言葉に「その通りです」と頷いていたので、とりあえず言わずにおく。
「隊長、血珊瑚の処分が終わりました。後はラッコリラだけです」
「おう、分かった」
兵士が報告来たので、兵隊長が兵士と2人で話し合いを始める。
それと同時だった。
丁度入れ替わる様にして、20代後半くらいの年齢に見える女性がわたし達の前に現れる。
その女性は、くせっ気のあるロングな濃い緑色の髪の毛で、目は鋭いつり目とエメラルドグリーンの様な綺麗な瞳。
顔立ちは整っていて、かなりの美人。
肌の色は褐色で、筋肉が引き締まったアマゾネスの様な体。
服装は鉄製に見える白い胸当てでおへそが出ていて、下は白いビキニの様なものと足だけを覆った迷彩色のズボンを穿いていた。
そのズボンはズボンと呼べる代物なのか疑問に思うもの。
覆っているのは本当に足だけで、腰のあたりにある紐で足を覆う布を固定しているだけだった。
腰には剣をぶら提げていて、背中には銛も背負っている。
正直言って、見た目が凄くかっこいい。
「ちょっと良い?」
女性はモーナに視線を向けて話しかけてきた。
「モーナスだった? ありがとう。アンタ強いね」
「当たり前だ! 私は世界で二番目に強いからな!」
「へえ、大きくでたね。でも、あんだけ強けりゃ頷ける。と、それより聞きたいんだけどさ。ラッコリラは本来ここいらの海域では出ない魔物だ。原因は何だと思う?」
「知らん。自分で考えろ」
「――っな!?」
「ぷっ、はっはっはっ! おもしれえなモーナス嬢!」
いつの間にやら話を終えたのか、モーナの答えに腹を抱えて兵隊長が笑い、女性は眉根を少し吊り上げて兵隊長を軽く睨む。
「ちょっと兵隊長さん、笑わないでくれる?」
「いや、だってよお。モーナス嬢の返しが……くくくっ。はっはっはっ!」
「ったく。あれだけの実力があるなら、何か分かると思ったんだけど……はあ。まあ良いわ。リバーに進路を変えるかどうか相談した方が良いわね。兵隊長さん、私はリバーの所に行って来るわ。他の冒険者には兵隊長さんの指示に従うように言っておくから、こっちは頼んだわよ。あー後、船の操縦もこっちで何とかしとくわ」
「了解した」
女性がこの場からいなくなると、お姉が首を傾げて兵隊長に向かって手を上げた。
「もしかして、あの方はデリバーさんの元奥さんですか?」
「ああ、そうみたいだな。ドンナって名前で、あの見た目で40代らしいぜ」
「女性の歳を勝手に喋るのは良くないと思いますよ」
「おっと。今のは失言だったな。内緒にしてくれ」
わたしが注意すると、兵隊長は苦笑して両手を合わせた。
この兵隊長、もしかするとナチュラルに失言するタイプかもしれない。
しかし、ちょっと驚いた。
失礼な事を言うけど、あの禿げて小太りしたおっさんのデリバーさんが、まさかあんな美人でかっこいい女性と結婚した事があるだなんて。
デリバーさんは良い人だし、やっぱり世の中顔じゃなくて中身ってのは意外とあるもんなんだな。
と、わたしは心の中で深々と感じた。
「そういや、ラヴィーナ嬢のそれは……大丈夫なのか?」
兵隊長が仰向けで寝転がっているラヴィを見て冷や汗を流した。
一向に起きる気配のないラヴィを見れば、それも普通の反応だろうと思う。
「問題無い。体が動かないだけ」
「体が動かない!? それは大丈夫じゃないだろ! ちょっと待ってろ。衛兵を呼んでくる」
「呼ばなくて良い」
「いや、しかし」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ラヴィーナちゃんは力を使いすぎただけみたいですから、その内元気に走り回ります」
「そ、そうか?」
「はい!」
お姉じゃあるまいし、ラヴィが元気に走り回る姿は想像できないけど、大丈夫なのは間違いないのでわたしは黙っておく。
お姉は兵隊長に断りを入れると、ラヴィを背負って「お部屋に行きますね」と笑顔で言って、ラヴィはそれに頷いた。
2人が部屋に移動しようとしているのを見ていて、わたしは様子を見に来ただけだった事を思い出した。
「やば。一応早く戻らなきゃ」
ドンナさんがデリバーさんの所に向かったから、わたしの報告はもう必要無いかもしれないけど、流石にそのまま無視するのはよろしくない。
そんなわけで、わたしは急いでデリバーさんのいる食堂へと向かった。
モーナはわたしの後ろをついて来ようとしたけど、兵隊長さんにラッコリラをどうするかと聞かれて、足を止めて兵隊長さんと話し始めた。
食堂にはメソメと子供達とデリバーさんとドンナさんと冒険者が2人いた。
冒険者の2人がメソメを含めた子供達の側にいて、まだ怖がっている子供に話しかけて安心させていた。
メソメと目が合ったので微笑んで、直ぐにデリバーさんとドンナさんの許へ向かった。
「よお、嬢ちゃん。大変だったみてえだな」
「はい。でも、わたしは何も出来ませんでした。それに、見てくるだけだったのに、その事も忘れちゃって」
「なあに、無事だったなら良いって事よ」
デリバーさんはそう言って笑うと、ドンナさんに視線を戻した。
「ドーナ、もしかすっと例の国家反逆者集団の影響かもしれねえ」
「国家反逆者集団……レブルね」
ドンナさんが深刻な面持ちで顎に手を乗せた。
レブルと言う名に、わたしは聞き覚えがあった。
モーナから聞いた三馬鹿の一人が、その“レブル”だ。
一度はモーナの勘違いなんじゃとも思ったけど、デリバーさんとドンナさんの様子を見ると、勘違いってわけでもなさそうに思える。
「レブルの影響だと思った理由を聞いてもいい?」
「ラッコリラが巣くってる海域周辺で、国家反逆者集団を目撃したって情報が最近多くてな。最近ラッコリラ専門の漁師に注意の呼びかけが起きてんだよ。っつっても、レブルを見たって報告はねえみてえだけどな」
「そうなのね」
「あ、あの……一つ質問良いですか?」
「ん? なんだ? 嬢ちゃん」
「ラッコリラ専門の漁師なんているんですか?」
話の腰を折るのはどうかとも思ったけど、あんなデカい生物の専門漁師がいる事に驚いてついつい聞いてしまった。
すると、デリバーさんが笑い、ドンナさんが苦笑しながら「それはね」と答えてくれた。
「ステチリングで情報を見れば分かるけど、ラッコリラはあのなりで結構美味いのさ。それで、ラッコリラ専門の漁師や、それ用の装備をつけた船もあるくらいなんだよ」
「それ用の装備……ですか」
「そうだよ。奴は脳が弱点だからね。再生するって言っても、脳を巨大な砲弾でぶち抜いてやりゃあ即死するのさ。だから、ラッコリラを倒す為の船には巨大な大砲が積んであるのよ」
「あー、成る程。それでモーナがラッコリラの頭に手を当てて魔法を使ったんだ……」
「ああ、あのモーナスって子ね。あの子は強いね。普通はあんな鮮やかに討伐なんて出来ないよ。あんな強い子がいるなら、私等冒険者の護衛がいなくても海を渡れるよ」
「そんなに凄かったのか? あの猫の嬢ちゃん」
「凄いってもんじゃないよ。今まで私が見てきたどの冒険者よりも強いよ。今回はラッコリラ二体が大量の血珊瑚を引き連れて来るなんていう糞みたいな状況だったから、モーナスって子も1人じゃ辛かった。でも、いつも通りの船旅なら、護衛なんて必要無い。あの子1人で十分だよ」
「そんなにか。そう言う事なら、俺も戦ってるところを見てみてえな」
なんだかモーナが褒められて嬉しい気持ちになる。
後でモーナに聞かせてあげよう。
と思ったけど、そう言えば今は絶賛絶交中だった。
わたしから話しかけるのは避けたい。
お姉かラヴィにこの事を話して、褒められていた事をわたしの代わりにモーナに伝えて貰おう。
「しかし、国家反逆者集団か……。ちーっとばかし遠回りになるが、船の動力源に使ってる魔石の魔力残量に余裕もあるし、オカリナに寄って行くルートを通るか」
「オカリナ?」
「オカリナってのは港町オカリナの事だよ。あそこには私がお勧めするオイルマッサージのお店があるわ」
「オイルマッサージ……ですか」
「知らないのかい? あそこは10年くらい前までは何も無いただの港町だったけど、オイルマッサージのお店が出来てから、女性の間で有名になったのさ」
「俺ぁオカリナの連中が昔から好きじゃねえが、今にして思えば昔の頃の方が好きだったよ」
「そりゃ、あんたはそうだろうさ」
「何かあったんですか?」
「ん? ああ。今でこそ俺達魚人は他種族と友好的だが、10年くらい前はそうでもなかったんだ。で、オカリナに住んでる連中は、その頃から既に他種族と交流があってだな。俺は元々他種族なんて信用出来ねえ。って考えだったもんだから、嫌いだったってだけだ」
「ちょっと、リバー。そんな説明じゃ今の方が嫌いって理由が分かんないじゃないか」
「ああ、そうだがな……」
デリバーさんが歯切れ悪く返事をして言い淀む。
その様子にわたしが不思議に思っていると、ドンナさんが可笑しそうに笑った。
「この男はね、オイルマッサージのお店がサービスでやってる足つぼのマッサージってので、痛い痛いって大騒ぎしていい歳して泣き叫んでたんだよ」
「へ?」
「何言ってんだ! 泣き叫んじゃいねえよ! ちーっとばかし涙が零れただけだ!」
「はっはっはっ! やっぱ泣いてんじゃないか!」
「泣いちゃいねえよ!」
仲良いな。
流石は元夫婦。
デリバーさんとドンナさんが喧嘩を始めたので、わたしはメソメ達の所に向かった。
それにしても、マッサージか……。
マッサージなら、わたしがお姉によくやっている。
肩をこりやすいらしいので、主に肩のマッサージをだけど。
オイルマッサージはよく分からないけど、足つぼマッサージに少し興味が湧いてきた。
足つぼマッサージは健康状態が悪いと痛い。と、よく聞くし、お姉の健康管理の為にわたしも覚えたい。
教えて下さい。ってお店の人に頼んだら、教えてもらえるかな?
……うん。
一回駄目元で頼んでみよう。
進路は変更されて港町オカリナとなる。
港町トライアングルといい、何だかわたしとお姉の世界の楽器の名前っぽい。
トライアングルで言う、三角海月と呼ばれるトライアングルジェリーフィッシュの様な何かがいるのかもしれない。
ともあれ、ちょっとマッサージが楽しみだな。と、わたしは期待で胸を膨らませた。




