111 海上戦
ラッコの頭と胴体に、ゴリラの様な両腕、そしてタコの様な足を持つ謎の巨大生物の襲撃。
わたしはこの巨大な生物に捕まれて、貝の殻を砕き割るかの様に、今まさに大きく平べったい岩に叩きつけられようとしていた。
恐怖で目尻から涙が溢れ、わたしは勢いよく叩きつけられ――なかった。
刹那の瞬間。
わたしを掴んでいた巨大な手の指が切り落とされ、わたしは浮遊感を感じ、直後に落下する。
「きゃああ! ――へっ?」
わたしは叫び、そして、落下の最中にお姫様抱っこされた。
「マナ嬢、悪い遅くなった」
「兵隊長さん!?」
わたしを助けてくれたのは兵隊長さんだった。
兵隊長さんは甲板に着地して、わたしを降ろして巨大な生物を見上げた。
「この化け物と血珊瑚が同時に襲ってきてね。俺達と冒険者で血珊瑚を丁度今片付けたとこだ。モーナス嬢はもう一体のこの化け物と海の中で戦ってくれてる」
「モーナが……っえ!? この大きいのがもう一体いるんですか!?」
「ああ。おかげでかなりきつい。俺の部下達もデリバーの旦那が雇ってくれた冒険者共も、全員が血珊瑚の討伐だけでかなり消耗させられた」
「血珊瑚ってそんなに強くな――っきゃ!」
タコ足がわたしを捕まえようと迫り、兵隊長が前に出てタコ足を斬り払った。
「ありがとうございます」
「礼はこの化け物を倒した後で聞く。それよりあの足を見ろ」
「へ?」
兵隊長に言われて視線をタコ足に向ける。
そして、眩暈がしそうになった。
タコ足は兵隊長に斬られた部分を再生したのだ。
しかも、わたしを掴んでいた手の指も見事に再生していた。
「どうにもさっきから、この通り再生しやがる。それに魔法で焼き払おうとも思ったが、船にへばりつきやがってるせいでそれも出来ないんだ」
「それって、かなりヤバくないですか?」
「そうだ――っな!」
わたしの質問に答えながら、兵隊長が襲いくるタコ足を斬り払う。
それを見て、わたしは落とした短剣を探した。
「どうした? 何か落としたのか?」
「はい。短剣を落としちゃって……」
「短剣? アレの事か?」
「アレ?」
兵隊長が指を差し、わたしは視線をそっちに向けた。
視線の先にあったのは、巨大なタコ足の上に刺さっているわたしの短剣。
どうやら、短剣は落ちた拍子にタコ足に刺さってしまった様だ。
「うげっ、最悪」
「どうする? マナ嬢の実力は聞いている。取りに行くなら手伝うが」
「取りに行きたいですけど……って、あ。その前に」
ステチリングで情報を見ていない事に気が付いて、直ぐにステチリングを使用する。
ラッコリラ
年齢 : 732
種族 : 魔従『魔族・軟体哺乳類種・ラッコ』
職業 : 無
身長 : 85109
装備 : 無
味 : 美味
特徴 : 再生・タコ足吸盤・墨バズーカ
加護 : 水の加護
属性 : 水属性『水魔法』上位『毒魔法』
能力 : 未修得
851メートルもある。
どうりで大きいと思った。
でも、それより、何なのコイツのデータ。
正直、血の気が引く思いだった。
大きさもそうだけど、明らかに今まで出会ってきた獣や虫とは違っていた。
見るだけで分かる強さ。
上位の魔法まで使える事実。
これが【魔従】と呼ばれるモンスターなのだと、わたしは少しだけ恐怖した。
こんなのと海の中で戦ってるって、大丈夫なの? モーナ。
「マナ嬢! 俺の後ろに!」
「――っきゃあ!」
兵隊長さんに言われて、咄嗟に後ろに隠れる。
そしてその瞬間にタコ足がのしかかってきた。
兵隊長さんが剣の剣身でそれを受け取り、たこ足の攻撃の重みで甲板がベキッと音を立てて凹んだ。
と、そこで、タコ足が誰かに斬られて、更に切り口が炎で燃やされる。
「きたかっ」
わたし達を助けてくれたのは、ドワーフの兵士達と冒険者たちだった。
でも、彼等の何人かは負傷していて、中には仲間に肩を借りないと立っていられない程の重傷者もいた。
「隊長! 報告します! 8時の方角より血珊瑚の援軍が来ます!」
「はあ!? おいおい本気かよ。戦えるのは何人だ?」
「我等ドワーフ兵は自分を入れて6名。冒険者は7名です!」
「くそっ。血珊瑚相手とは言え、数が多すぎてジリ貧だな。悪いがマナ嬢を戦力と考えさせてくれ」
「わかりました。それなら、今直ぐ短剣を」
「いや、俺の部下の剣を借りてくれ」
兵隊長はそう言うと、わたしの返事を聞かずに負傷している兵士へと駆け寄って、その兵士から鞘に収まっている剣を受け取った。
「受け取れ!」
「はい!」
兵隊長が鞘に入ったまま剣を投げ、わたしはそれを受け取った。
だけど、思っていた以上に重い。
受け取ったのはいいけど、重くて勢い余って尻餅をついて背中から倒れてしまった。
「おいおい! 大丈夫か!?」
「大丈夫です!」
兵隊長に返事をして、直ぐに立ち上がって、剣を鞘から取り出した。
正直言ってかなり重い。
モーナに軽くしてもらってる状態のカリブルヌスの剣に、プラスで3か4キロ位を追加した重さはある。
普段からカリブルヌスの剣を持ち歩いていなかったら、多分わたしじゃこの剣は持てなかったかもしれない。
わたしは剣を構えて直ぐに周囲の状況を確認する。
兵隊長さんと兵士達、それに冒険者達は戦闘を始めている。
だけど、戦況は劣勢だ。
先程燃やした足は再生されていて、燃やしても意味が無いと見て分かる。
攻略法が見つからない。
でも、やるしかない。
「やあああ!」
わたしは叫び、スキル【必斬】を乗せて剣を横に振るった。
真空の刃が発生して、それはラッコリラのタコ足を二本同時に斬り裂く。
だけど、タコ足は直ぐに再生して、わたしを上から押しつぶすように襲ってきた。
わたしは避けようとしたけど出来なかった。
今のわたしは加速魔法が使えず、そして、いつもより重い剣を持っていて動きが鈍っていた。
だから避けられる筈が無かったのだ。
そして、避けようとしてしまった判断が命取りになる。
もし、襲いくるタコ足を斬り落とそうと考えていれば、それは間に合ったかもしれない。
だけどわたしはそうしなかった。
判断が遅れて間に合わない。
「アイギスの盾!」
攻撃が当たる直前にお姉がわたしの目の前に飛び出して、盾を出してタコ足を防いだ。
だけど、流石に巨大なタコ足の重さには勝てない様で、そのまま押し潰されそうになる。
「お、重、重いですうう」
「お姉!」
わたしの目の前でお姉が何とか持ちこたえてはいるけど、それも時間の問題だ。
わたしは直ぐにタコ足を斬り落とそうと剣を構える。
「打ち出の小槌」
タコ足を斬り落とそうと剣を振るう直前に、ラヴィが背後から前に駆けていき、タコ足に打ち出の小槌を振るった。
ラッコリラはタコ足だけでなく全身が縮み始める。
だけど、それも途中で終わってしまった。
ラッコリラが口から炭を吐き出して、ラヴィに叩かれたタコ足を自ら切り離したのだ。
「愛那、怪我した?」
「ううん、大丈夫。ありがと、ラヴィ。あと、お姉も助かった」
「良いんですよ。愛那が無事で良かったです」
「うん、って言うかお姉、顔めちゃくちゃ青いよ?」
「震えすぎて船酔いしました。……吐きそうです、ぅぷ」
「ええぇ……」
「それより愛那ちゃん、あのタコさんは食べれますか?」
「へ? あ、ああ、うん。さっきステチリングで情報見たら、美味しいって書いてあったけど」
「本当ですか!?」
「瀾姫、あれタコじゃない」
「え!? タコさんじゃないんですか!?」
ラヴィがラッコリラの情報をステチリングに映して、お姉に見せる。
すると、お姉が大口を開けて驚いて、ラッコリラとその情報を何度も交互に見た。
「ラッコさんだったんですね! 私、ラッコを食べるの初めてです!」
「お姉……」
もう何からつっこめば良いのやら……。
お姉に呆れていると、船を覆う程の巨大な魔法陣が空に浮かび上がった。
その魔法陣は紫色をしていて、かなりの禍々しさがある。
「おいおいヤベえぞ! 毒の魔法を使う気だ!」
兵隊長が叫び、兵士達が動揺する。
冒険者達も焦り始めて、皆が一斉にラッコリラを攻撃した。
だけど、それは全部防がれた。
血珊瑚の増援が来て、ラッコリラを肉の壁となって守ったのだ。
「わわっ。大きくて動くサンゴ礁です。あれも食べられますかね?」
「食べられない。血珊瑚は硬いし身が無い」
「そうですか。残念です」
「いやいや、呑気にそんな事話してる場合じゃないでしょ!」
お姉とラヴィにわたしがつっこみを入れたその時だ。
空に浮かぶ魔法陣が淡く光り、船を覆う程の紫色の液体……毒が飛び出した。
兵隊長や兵士、それから冒険者達が毒に向かって魔法を放つ。
だけど、それは血珊瑚やラッコリラの墨やタコ足に邪魔された。
「瀾姫、盾お願い」
「はい! わかりました!」
ラヴィが足元に水色の魔法陣を敷いて、お姉がラヴィの目の前に盾を出現させる。
魔法陣が淡く光り、ラヴィを空へ押し上げる様に大量の雪が飛び出した。
そして、ラヴィが上空に現れた毒に接近して、ラヴィの持つ打ち出の小槌が姿を変える。
「トールハンマー」
瞬間――爆雷が放たれて、毒に直撃して大きな爆発が発生し、船を覆う程の毒を全てかき消した。
ラヴィはその爆風にまき込まれたけど、お姉の盾で身を守って、そのまま甲板へと落下して雪の上に落ちた。
「ラヴィ!」
雪の上に落ちたラヴィに駆け寄ると、ラヴィは立ち上がる事なく仰向けに寝たまま、視線だけわたしの方に向けた。
「動けない。前より力を使いすぎた。代償が大きい」
「そっか、休んでて。後は――」
後はわたしが何とかする。と、言おうとした時、ラッコリラの頭上まで伸びる大きな水柱が上がった。
わたしを含めて、全員が驚いて水柱の頂上に視線を向けると、そこからモーナが飛び出した。
「雑魚ども、待たせたな! 最強の私のお出ましだわ!」
モーナが叫び、そのままラッコリラの頭に乗り、そして。
「グラビティミキサー!」
一瞬だった。
モーナがラッコリラの頭に触れて魔法を唱えた瞬間に、ラッコリラは白目をむいて口から泡を吐いて絶命した。
そして、ラッコリラの重みで沈みかけた船を、モーナが重力の魔法でラッコリラを宙に浮かせて沈むのを防ぐ。
「すげえな……」
モーナの強さに誰もが目を奪われて言葉を失い、兵隊長だけがそう呟いた。




