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110 非常事態発生

 海底国家バセットホルン。

 陸地が少なく、殆どの町や村や集落が海底にある魚人の国。

 魚人達は海の中でも呼吸が出来る種族だ。


 自分の船にわたし達を乗せてくれると言ったデリバーさんも魚人だった。

 パッと見は人と全然変わらないけど、デリバーさんに「見るか?」と言われて見せてもらうと、足に水かきがあり背中にはヒレがあった。

 そして、それを見て、とある本の事を思いだした。


 昼食を終えて船に乗り、わたしは甲板で本を広げた。

 この本は、この世界に来た時にわたしが読んでいた本で、この世界の事が色々と書かれている。

 もちろん種族の事も簡単なものだけだけど書いてある。

 そして、わたしが読むページは、海底国家バセットホルンについて書かれたページ。

 随分前に読んだ本だから、結構内容を忘れている。


愛那まな、皆が釣りを始めた」


「ラヴィはしないの?」


「しない。愛那とここにいる」


「そっか」


 この船は乗船可能者数が50人とかなり大きな船だ。

 デリバーさんの言っていた通り、冒険者の人達もあっという間に10人集まって、護衛の為に一緒に乗船してくれている。

 そして、今は子供達の面倒まで見てくれていた。


「えーと……魔従まじゅう、魔従、魔じゅ……あった。どれどれ~?」


 お目当てのページが見つかって、わたしはそのページを真剣に読む。


「魔従とは、魔族の一部を言い表す言葉で、近頃は【魔物モンスター】と呼ばれている。近年では、それ程見かけないが、それあくまで陸地の事だ。陸地では野獣達が多く見られるが、海底では未だにこの魔従が多く存在している」


 魔獣ではなく魔に従うと書いて魔従。

 補足説明を見るに、昔は魔人が暴れていた時代があり、魔人が従えていたから魔従と呼ばれていたのだとか。


「魔従は私も見た事ない」


「そうなんだ? まあ、本に書いてある通りなら、陸にはあんまりいないみたいだしね」


 ラヴィは頷いて、わたしが持っている本を見る。


「これも魔従?」


「あー、うん。みたいだね。見た目が凄い可愛いけど、船に積んだ食料を狙って襲って来るって書いてある」


「困る」


「だよね。こう言うのも含めてだけど、だから船旅に慣れてる冒険者の人を多く乗せた船に乗るのが良いんだよ。客船にも護衛はついてるけど、緊急事態とかは冒険者の方が慣れてるんだって」


「……魔従が出たら、私が愛那を護る」


「へ? はは、うん。ありがと、ラヴィ。わたしもラヴィを護るよ」


 わたしとラヴィは顔を見合わせて微笑んだ。

 それから、本に視線を戻してページをめくる。


「この国の紋章が刻まれた物を持っているのは、王族か王族と深い関わりのある者だけ……か。て事は、見かけたら失礼をしないように注意しないとか」


「注意?」


「うん。この本……あ、あったあった。ここにも書いてあるけど、魚人って元々は他種族を嫌ってたみたいだし、差別がもの凄い時代があったんだって。それに上下関係の差が激しいみたい。ドワーフの国は王族は民の為にあるって考えだったけど、魚人の国はその逆で、元々は王の為に民があるって考えだったみたい」


「元々なら、今は違う?」


「うん。えーと……ここ。魔族との戦いが終わって、国の在り方が変わっていった。って書いてあるでしょ?」


「ある。でも、未だにその考えを持っている人もいるって書いてある」


「だねー。だからってわけじゃないけど、念の為に用心するつもりで、失礼の無いようにしないとね」


「分かった。他に何が書いてある?」


「そうだな……色々あるけど、これなんてどう?」


 わたしとラヴィは暫らく一緒に本を読んだ。


 船旅は長い。

 だからこそ丁度良かった。

 その間に次に行く国の事を学ばないといけない。

 と言うのも、ドワーフの国とその周りの違いに驚いたからだったりする。

 今更な話だけど、ドワーフの国はあの鉱山の地下の鉱山街だけだった。

 実はあの鉱山の外は、港町トライアングルを含めて別の国……ワンド王子達獣人の王族が治める獣人国家だった。

 わたしはドワーフの国の滞在中に、サガーチャさんからそれを教えてもらいそれを知った。

 それを知らなかったら、デリバーさんにあんな対応は出来なかったかもしれない。

 そう考えると、やっぱり国の情報は知っておいて損はない筈だ。

 とまあ、それは今は置いておくとしよう。


 夕時にお姉がご飯の時間だと呼びに来てくれて、わたしはラヴィと一緒に食堂へ向かった。

 食堂に入ると、そこにはドワーフの兵と冒険者の姿はなく、モーナとメソメと他の子供達の姿しかなかった。

 食事は既にテーブルの上に置かれていて、皆は先に食事を食べていた。


「あれ? 兵士と冒険者の人達は?」


「先に子供にご飯で、その後から順番に食べるみたいです。それと、デリバーさんも先に食事をするそうなので、もう直ぐで来られると思いますよ。デリバーさんが食事している間は、冒険者の方が船の操縦をするそうです」


「ふーん。船員が全然いないからどうするんだろうって思ったけど、冒険者の人が交代するのか」


「みたいですね。……あ、モーナちゃん。そこの隣いいですか?」


 お姉が先に食事をしていたモーナに小走りで近づいていった。

 わたしとラヴィもそっちに歩いて行き、モーナの隣にお姉、その隣にわたし、わたしの隣にラヴィの順に座る。

 それと、わたしと向かい合うようにメソメが座っていた。

 メソメは他の子供達と楽しそうにお喋りしながら食事をしていて、わたしが席につくと嬉しそうに「いらっしゃい」と言った。


 食事のメニューは、木うさぎの肉入りスープと大きな魚の丸焼きとコッペパンの様な丸いパン。

 魚は何の魚だったか……一応だけど、本で見た事がある。


「このお魚さんはなんと言う名前のお魚さんですか?」


「チキンフィッシュだな。図体のわりには直ぐ逃げるからそう呼ばれてるわ」


「鳥さんの味がするわけでは無いんですね」


「鳥の味はしないけど美味いわよ」


「そうなんですね。いただきます」


 お姉は手を合わせてから、チキンフィッシュの丸焼きの頭と尻尾を手で掴んで、そのままガブリとかぶりついた。

 わたしはまずはスープをスプーンですくって口に運ぶ。


「美味しい」


 思わず声が漏れる。

 木ウサギのスープはサッパリとしていて、魚介類で出汁をとった海鮮風味の味わい。

 肉もとても柔らかくて、とても美味しかった。


 次に丸焼きの魚を食べる為にフォークなどを探したけど、テーブルの上の何処にも見当たらなかった。

 わたしの所だけではなくテーブルの上全部。


 やっぱり手掴みか……。


 ちょっと気が引けるけど、元の世界で海老とか蟹とか食べる時に、殻を剥いて食べていたし出来ないわけじゃない。

 周りを見て見ると、お姉はだけじゃなくて皆も手で持ってかぶりついている。

 モーナに至っては魔法で宙に浮かせて器用に食べていた。


「よう、嬢ちゃん。手で食うのは抵抗あんのか?」


 不意に背後から声をかけられて振り向くと、デリバーさんが立っていた。


「ほらよ、フォークとナイフだ」


「ありがとうございます」


「良いって事よ」


 ありがたい。

 本当はお箸があるといいけど、それは流石に無理だし、フォークとナイフがあれば十分だ。

 デリバーさんからナイフとフォークを受け取って、魚を切り分けて食べる。


「美味しい……って言うか、秋刀魚さんまっぽい?」


「そうですね。秋刀魚の味がします」


 お姉も同じ様に感じたらしい。

 チキンフィッシュは秋刀魚の様な味がして、身がしっかりしていてとても美味しかった。

 塩味は効いてるけど、なんだか醤油と大根おろしがほしくなる味だ。


 メソメの隣が空いていたので、そこにデリバーさんがドカッと座る。


「どうだ? 美味いだろ? これを作ったのは俺の元女房だ。あいつぁ気はみじけえけど料理は美味いんだよ。っつっても、魚はただの丸焼きだがな。がっはっはっ」


「なんだおまえ結婚してたのか? 元って事は離婚したんだろ? こんな長い船旅によく来てくれたな?」


 モーナが失礼な事を言いだした。

 内心ハラハラしたけど、デリバーさんは気にしなかったみたいで、モーナの質問に「がっはっはっ」と笑った。


「俺が海賊の頃の話だからな。そもそも喧嘩別れしたわけじゃなく、あいつが世界を旅したいって言うもんだから好きにしろっつったら、じゃあ別れましょう。って言いやがってな。仕方がねえから別れてやったんだよ。今はあいつも好き勝手に冒険者を連れ回して世界中を旅してんだよ。んで、たまたまあの町に戻って来てたから手え貸せっつったら、金貨1枚で手を打とうってな。ちゃっかりしてらあな」


「それで金払ったのか? 馬鹿だな」


「良いんだよ。自慢じゃねえが、あいつが金貨1枚で一緒に来てくれりゃあ安いもんだ。料理は美味いし旅にも慣れてる。挙句の果てに俺の代わりに船も動かせるからな」


「デリバーさんは今でも奥さんの事が大好きなんですね!」


「よく分かってんじゃねえか、でっかい姉ちゃん」


「そうだな、ナミキのおっぱいはデカいな」


「おい、猫の嬢ちゃん。そっちのでっかいじぇねえよ」


「ナミキのおっぱいはでかいぞ?」


 モーナが馬鹿な事を言いだして、どんどん会話が馬鹿な方向へと進んでいく。

 おっぱいがでかいだの、触り心地がいいだの、お姉の妹のわたしにはその傾向がないだの……やかましいわ!

 わたしはモーナに無言でスプーンを投げつけて、何も無かったかのように食事を続けた。

 ちなみに、投げたスプーンは拾って、ラヴィに水の魔法を出してもらって洗って使った。

 それを見てモーナが大笑いしたから、またスプーンを投げようとしたけど、デリバーさんまで大笑いしたのでやめた。


 そうして楽しい食事の時間が終わり、食器を片付けている時だった。

 突然爆発音が聞こえて、船が大きくれて外が騒がしくなった。

 モーナは爆発音が聞こえて直ぐに駆け出して、メソメや子供達は怯えてテーブルの下に隠れる。

 わたしとお姉とラヴィは子供達が心配だったのでこの場に残った。


「出やがったか?」


「魔従ですか?」


「そうだな。今いる海域であの爆発音だと……血珊瑚ブラッドコーラルだな」


血珊瑚ブラッドコーラル……確か、生物の血を食料にしている動く珊瑚ですよね?」


「よく知ってるな。嬢ちゃんの言う通りだ。大して強くはねえが硬い。今の爆発は冒険者の魔法だろうな――っと、揺れがひでえな」


 船は今も尚揺れ続けている。 

 それに、小刻みに爆発音も聞こえてきて段々不安になる。

 不安に思ったのは、わたしだけじゃない。

 テーブルの下に隠れているメソメ達も一緒でうずくまっている。

 いつもなら騒がしいお姉も、皆の前だから落ち着いていて……あ、違う。

 怖すぎて身動きとれなくなってる。

 なんなら子供達より顔が青いし、足がガクガク震えているし、ラヴィに支えられてギリギリ立ってる。

 5歳児に支えられてるなんて、普通逆だろ。それで良いのか高校生? って感じだ。

 と、そこで、ドーン! と更に大きな音が鳴る。

 船体が今までより大きく揺れて、子供達が悲鳴を上げた。


血珊瑚ブラッドコーラルにしちゃあ手こずりすぎだな。おい嬢ちゃん、俺の代わりに様子を見に行ってくれや」


「へ? わたし? なんでわたし? って言うかデリバーさんは……?」


「俺はもし船が沈んだ時に、子供の側にいてやらねえと助けてやれねえからよ。あっちの姉ちゃんはあんな子供に支えられてるし頼りにならねえ。嬢ちゃんはヒューマンに見えるが、髪が黒いし獣人なんだろ? 獣人は10歳で大人だ。見た目からして嬢ちゃんはそのくらいの歳に見える。見た目のわりに落ち着いてるのは、嬢ちゃんがもう立派な大人だからだろ? だから頼むんだ。様子を見たら戻って来てくれていいからよ」


「ああー……」


 確かに。と、思ったのと同時に、黒い髪の毛の人間がこの世界にはいないと言うのを思いだした。

 この世界の獣人であれば、わたしの見た目でもれっきとした成人だ。

 兵隊長もわたしを代表者として扱ってくれているし、そう考えればデリバーさんがそう思うのも普通の事だ。

 とは言え、それを抜きに考えても、今この場には大人がデリバーさんしかいない。

 お姉はラヴィに支えてもらってるし、今この場でまともに動けるのはデリバーさんとわたししかいない。

 そして、万が一にも船が沈没した場合に、子供達を助けれるのはデリバーさんしかいない。


「わかりました。様子を見て来ます」


 獣人であると言う考えを、わざわざ否定する事も無い。

 今まで散々わたしは黒髪の人間ってだけで狙われてきたのだ。

 自分から名乗る必要は無いし、それに今は非常事態。

 だから、わたしはそれだけ答えた。


「すまんな。頼む」


 デリバーさんに頷いて、わたしは直ぐに走り出した。

 背後からお姉の「わわわ、私も行きますー!」なんて声が聞こえたけど、あんな生まれたての小鹿の様な足では無理だろう。

 と言うか、足を引っ張られそうだから置いて行くのが一番だ。


 向かっている途中で何度か小さな爆発音と、船体が揺れたけど、わたしは問題無く甲板まで辿り着いた。

 そして――


「――っきゃあああああ!?」


 わたしは甲板に出た瞬間に、いきなり何かに足を掴まれて真っ逆さまの宙吊りになった。


「え!? 何これヤバ! 何が起きたの――って、何あれ……?」


 逆さまになったわたしの目に映ったのは、タコの様な足を持つ巨大なラッコ。

 いや、ラッコと言うには程遠いかもしれない。

 頭と胴体はラッコだったけど、手は人……と言うよりはゴリラに近かった。

 でも、そんな事よりヤバいのは、とにかくこの謎の生物の大きさだ。

 大きさは圧倒的に船よりデカい。

 タコの様な足で船体に張り付いて、甲板や船のあちこちに足を何本か乗り上げていた。

 そして、その内の一本がわたしの足を掴んで、わたしを逆さ吊りにしている。


 その巨大な生物はゴリラの様な手に大きく平べったい岩を持っていた。

 巨大な生物とわたしの目が合い、その大きく平べったい岩が視界に入り、巨大な生物は自分の体にそれを置いた。


「これって……」


 ラッコの食事方法が脳裏をよぎった。

 食事をする時の方法の一つとして、ラッコは体に硬い物を置いて、貝などの硬い殻を割る。

 つまり、このラッコはわたしを……。


 わたしは焦り、カリブルヌスの剣を抜こうとして、それが今部屋にある事を思い出す。

 だから、直ぐに懐にしまっておいた短剣を取り出し――


「――っあ。嘘でしょ……?」


 焦ってしまったのがいけなかった。

 短剣を取り出した瞬間に落としてしまったのだ。

 そして、巨大な生物がわたしをタコの様な足から手に持ち変える。


 逃げ場はない。

 力が強くて逃げ出せない。

 巨大な生物は、わたしを大きく平べったい岩に向かって振り下ろした。

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